「権力者と会食をする女」はモノ扱いされて当然なのか…松本人志問題を報じる“あおりワード”に抱く違和感
プレジデントオンライン / 2024年1月17日 11時15分
■『週刊文春』のスクープによって芸能界の性加害問題が明るみに
『週刊文春』が昨年末、吉本興業に所属する松本人志氏の性加害疑惑を報道。ジャニーズ児童性虐待問題で被害者が立ち上がったことで勇気づけられた、と松本氏の性加害を告発した女性は語っている。報道が事実であれば、これはMeToo運動だ。かねてから噂(うわさ)されていた芸能界における女性への性加害問題の一端が、文春の相次ぐ告発記事によって、とうとう表に出てきているように見える。
疑惑の内容は、松本氏の後輩芸人から声をかけられ、高級ホテルで開かれた飲み会に参加したら、そこで松本氏に性行為を強要された、というもの。東京、大阪、福岡で起きたとされ、複数の女性が証言している。
だが松本氏は報道内容を否定し、訴訟を起こすと言明している。そして、告発した女性たちへのバッシングが、ネット記事やSNSなどで広がっている。
「何年もたってから、なぜ今告発するのか」「なぜ警察へ行かないのか」といった批判だ。ジャニーズ問題でも、多くの被害者が誹謗(ひぼう)中傷にさらされてきたが、なぜこうもたくさん、告発者を批判する声が上がるのだろうか。松本氏の人気の高さや、双方の言い分が対立していることが理由として考えられるが、今回は、それ以外の理由も背景にあるように思える。
■男性との飲み会に参加する女性への偏見がひどい
端的に言うと、有名だったり権力や金を持っている男性たちとの飲み会に参加する女性たちに対する社会的な偏見があるのではないだろうか。有力者とコネクションを作ろうとするのは、さほど珍しいことではない。飲み会にその目的で参加するのは、女性よりむしろ、男性の方に多い。それなのに女性が同じ行動を取ると、なぜ批判の対象になるのだろうか。今回飲み会に参加した多くの女性たちは芸能界に関係していたという。彼女たちが有力者と知り合いになりたいと考えても、別に不思議ではない。
そうした女性たちに対し、何か特別にバイアスのかかった視線を向ける傾向が、社会の中にあるように思う。彼女たちが何を考え、どういう気持ちで参加し、その場にいたか、一方的に決めつけるような視線だ。具体的には、彼女たちを単に身体的な存在、つまり性的な対象と見なし、人として当然持っている内面を無視するということだ。こうした見方は男性の間で強いように思うが、女性の中にも偏見を持つ人はいる。だが実のところ、これは、性暴力の加害者が被害者を見るときの視線と重なっている。
■「SEX上納システム」「献上」といった興味本位の目線
大いなる矛盾なのだが、MeToo運動を後押ししているはずの文春報道すら、そうした視線から逃れられてはいない。記事中で、「SEX上納システム」や「献上」といった言葉を使っているのが、その証左だ。松本氏と女性たちの飲み会をアレンジしたという後輩芸人たちの所業を指しているのだが、かなり扇情的な言い回しだ。
女性をモノのように扱い、尊厳を傷つける言い方なので、こうした言葉の使用はやめてほしい、と私は最近、X(旧ツイッター)に投稿した。「いいね」の数は4000を超えた。性暴力被害者のアカウントもその中にあった。私はふだんからそうしたアカウントをフォローしていて、そのポストを読んでいるので、アカウントの所持者たちがいかに耐え難い思いを抱きながら、被害に遭った後の日々を過ごし、生き抜こうとしているかを知っている。
賛同ポストの中には、以下のような指摘があった。「こうした表現は被害者をモノ化しても、何とも思わない人たちを作り出してしまう」「興味本位な気持ちが先に立っている」「無意識のうちに女性蔑視の感情が浮かび上がっている」などというものだ。
![ハシュタグを持つ手元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/6/1200wm/img_4659e5be5de98c62d0417c5bc66e60c295379.jpg)
■被害者はバッシングなどの二次加害が嫌で沈黙してしまう
興味本位の視線、モノ化、蔑視――これらは、有力者との飲み会に参加する女性たちに向けられるまなざしの中にあるものと相通じている。それは、性暴力の被害者が、常にさらされている二次加害のまなざしでもある。それゆえ、多くの被害者がそうした目で見られることを忌避して、沈黙してしまう。だから「SEX上納」といった言葉の使用は、女性たちを救うどころか、逆効果になってしまう恐れがある。
その一方で、文春の言葉の選択を肯定するポストもあった。「単なる性暴力ではなく、構造的・組織的なものであることを示している」「わざと露悪的にすることで、批判性を強めている」などの指摘だ。一理あるけれども、そうした効果を上げるために、被害者の尊厳を傷つける形になるのであれば、やはり本末転倒だと思う。人権よりも表現を重視するのは、いいかげんやめるべきだ。
「こうした表現は加害者側の視点に立ったもの。そのような形で読者に出来事を理解させるのは、被害者にとっては二次加害に当たる」という指摘もあった。このような指摘に反論するのは、難しいのではないだろうか。
結果として、MeToo運動の推進を妨げることにもなる。被害者に二次加害をもたらすような表現は、間接的に告発のハードルを上げてしまいかねない。
■「性接待」「枕営業」といった言葉は女性をモノ化する
実際、性接待や性上納、枕営業、お持ち帰りなど、対象者をモノのように扱い、尊厳を傷つけるような言葉は数多く存在している。男性に対してもこうした言葉が使われることはあるだろうが、女性に対して安易に使われることの方が、はるかに多い。
Xではさらに、「男性が男性を接待するために、女性である自分たちが利用されるという経験をした」と語るポストを見た。ショックだったのは、「女性という属性以外、自分がどんな人間であるかは全く無意味なこととされた上、そこにいた男性たちは誰一人、申し訳ないと思っていないことだった」という。
このようにして被害者を「接待」「上納」「献上」などの道具に使い、利益を得ている加害者自体に、とことん焦点を当て描写するような言葉はあまり見かけない。それは一方で、日本社会がどのような所であるかを映し出している。
![「ダウンタウン」の松本人志と浜田雅功。2025日本万国博覧会誘致委員会の発足式典。東京都千代田区、2017年3月27日](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/b/1200wm/img_0bf731e48b1d0361abd818e8f69f5286491277.jpg)
■男性視点からの言葉選びには違和感がある
文春にはむしろ、陰に隠れているこうした加害者たちを、表現の上でも表に引きずり出し、露骨なまでに活写する新しい造語を作り出すことを期待したい。「接待」「上納」「献上」などといった表現においては、加害者間でモノのように受け渡しされる被害者にスポットが当たっており、姑息(こそく)にも、そういった無法な行為をしてまで権力者におもねろうとするあっせん者や、そうした行為を要求したり、その結果を享受したりして満足気な権力者の姿は、あまり見えなくなっている。
現在のところ、「報道の力」を存分に発揮している文春だが、元々、文学という日本語の現場を切り開く芥川賞・直木賞を支えてきた文藝春秋社の一部でもある。「言葉の力」もぜひ、もっと発揮してもらいたい。
日本のメディアはずっと、男性中心的な視線の下で報道してきた。「SEX上納」といった表現を思いつくのは男性であろうと見なし「妊娠のリスクがなく、性行為の重みを軽視できる性ならではの表現だ」と指摘する声も、一連の賛同ポストの中にあった。性行為だけを、1人の人間から簡単に切り離せるように思うのは、確かに、性行為の結果もたらされるかもしれない直接的責任から免れている立場だからかもしれない。物事に向ける視線を、もっと幅広いものにしていく必要がある。
多様性や人権が重視される今、メディアにも社会にも変化が求められている。人権を重視するとは、とどのつまり、ものの見方を変えることではないだろうか。つまり、これまで無視されてきた人たちの視点から、物事を見てみるということだ。
■ワインスタイン事件では「性暴行」など端的な言葉が使われた
アメリカでMeToo運動を実践する形となったワインスタイン事件でよく使われるのは、性暴行(sexual assault)や性的虐待(sexual abuse)など、出来事をそのまま表す言葉だ。被害者をモノ化するようなインパクトのある表現は使わなくても、証言などを通じて文章の中で説明することによって、事件の問題性は十分、社会に浸透させることができる。
アメリカでは、性暴力の被害者が実名・顔出しで、被害経験を公的な場で語って聴衆に勇気を与え、サバイバー、またヒーローとして、社会から尊敬と賞賛を得ていることが珍しくない。被害者がこのように表に出て堂々と発言することと、被害者をモノ化するような表現が大手を振って流通していないことは、どこかでつながっていると思う。
もちろん被害者が顔を出すべきだということではない。でも日本のように、被害者を、同じ人としての地点からモノの位置に引きずり降ろすような表現の仕方が発達している社会で、被害者がバッシングに遭うことなく、胸を張って講演し聴衆に感銘を与えるようなことが、どれだけ実現するのだろうか。
特に性暴力は、権力勾配のある中で起きることが多い。それを今までのように、加害者側の視点で、事件や被害者を見るような表現を続けていて、本当に加害の構造が変えられるのだろうか。被害者が声を上げやすい社会をつくるためにも、被害者の目線に立った表現や報道が、もっと主流になっていくべきだ。
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アカデミック・ジャーナリスト
コーネル大学Ph. D.。90年代前半まで全国紙記者。以後海外に住み、米国、NZ、豪州で大学教員を務め、コロナ前に帰国。日本記者クラブ会員。香港、台湾、シンガポール、フィリピン、英国などに居住経験あり。『プロデュースされた〈被爆者〉たち』(岩波書店)、『Producing Hiroshima and Nagasaki』(University of Hawaii Press)、『“ヒロシマ・ナガサキ” 被爆神話を解体する』(作品社)など、学術及びジャーナリスティックな分野で、英語と日本語の著作物を出版。
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(アカデミック・ジャーナリスト 柴田 優呼)
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