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「民間の遺伝子検査は占い」「脳ドックはやらなくていい」大学病院の医師が語る「検査」の不都合な真実

プレジデントオンライン / 2024年1月20日 14時15分

写真=中村治

検査はどのくらい健康維持に役立つのか。医療はグレーゾーンが大きく保険適用外の脳ドックをすべきどうかは判断が分かれ、民間の遺伝子検査についても占いのようなものだという。一方で、鳥取大学医学部附属病院消化器内科助教の池淵雄一郎さんは「市町村などが公共的なサービスとして行う『対策型検診』については、定期的に受けることでがんになったとしてもそのがんで死亡する可能性を下げることができる」という――。

※本稿は、鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 15杯目』の一部を再編集したものです。

■脳ドックは全員がやる必要はない理由

「危険因子と言われるリスクがある方には勧められますが、脳ドックは全員がやる必要はないと思います」

と言うのは、鳥取大学医学部附属病院脳神経外科の坂本誠准教授である。

脳ドックとは、脳梗塞などの脳疾患発症リスクの早期発見を目的として、MRI(磁気共鳴画像)や頸(けい)動脈エコー、血液検査などを行う検診コースの総称である。危険因子とは、病気と“因果関係”がある「要素」と言い換えてもいい。科学的根拠に基づき疾患の発生と関連がある要素だ。

「脳における危険因子とは、血圧がすごく高い方、中高年以上で糖尿病や肥満がある方、喫煙や過度の飲酒をされる方、脳の病気になった家族がいる方。こうした危険因子に心当たりがあれば受診したほうがいいと思います」

頸動脈エコー検査では、心臓から頭へ血液を送る大血管――頸動脈に超音波を照射、反射した波から動脈硬化の進行の程度を調べる。MRIは非常に強い磁石と電磁波を利用して、人体を任意の断面(縦・横・斜め)で画像表示する。

血管など脳の細部まで目視が可能で、脳梗塞や脳動脈瘤(りゅう)などの血管の病気や脳腫瘍などを発見できる。脳ドックではこのMRIと頸動脈エコーを併用するのが一般的である。

「頸動脈エコーだけだと偽陽性が出る確率が高くて、アメリカなどでは推奨されていません。日本は人口当たりのMRIの普及率が世界一という背景があり、脳ドックが盛んなのだと思います。MRIを使えば、狭窄(きょうさく)(動脈が狭くなること)があるかどうかをはっきりと確認することができるからです」

■想像以上に医療分野はグレーゾーンが大きい

偽陽性というのは、新型コロナウイルスのPCR検査で広く知られることになった、その疾患にかかっていない人でも陽性を示すことをいう。

ここで留意しなければならないのは、脳ドックは保険適用されていないということだ。

保険適用とは、公的な審査・承認を経て、健康保険からの給付の対象として認められることを意味する。十分なエビデンス(科学的証拠)があり、国民に対して税金で補助するに値する医療行為である。

ビジネス面では、保険適用外の医療行為は「自由診療」であり、施設ごとに値段を付けることができる。MRIを所有する病院にとって、脳ドックは大きな収入源にもなりうる。そのため、社員の福利厚生の一環として企業の健康診断の中に入っているという面がある。

一般的に思われている以上に、医療分野の“グレーゾーン”――判断が分かれる領域は大きい。保険適用外の医療行為が、エビデンスを積み重ねてのちに保険適用となることもある。あくまでも“現時点”での一つの目安である。

■100歳まで健康に過ごすために、がんは早めに見つける

国民の約半分が罹患するといわれている、がんを例にとって説明する。がん検診には2種類がある。

一つは市町村などが公共的なサービスとして行う「対策型検診」。

これは厚生労働省が認める、対象集団全体の死亡率を下げるというエビデンスの揃った検査であり、公的資金により無料もしくは可能な限り経済的な負担軽減により行われる。もう一つの「任意型検診」は自身の死亡リスクを下げるため、自費で受ける。

前者の対策型検診は定期的に受ける必要があると、消化器内科の池淵雄一郎助教は強調する。

「定期的に受けることで、がんになったとしてもそのがんで死亡する可能性を下げることができるんです」

胃がんや大腸がんは、早期発見であれば内視鏡で切除する。がんが進行していたとしても、ロボット支援手術や腹腔鏡手術という、比較的体への負担が少ない外科治療が可能だ。しかし長期間検診を受けていないと、治療できない状態にまで進行したがんが見つかることがある。

「まれに進行が非常に早いがんというのもありますが、普通の胃がんや大腸がんは、毎年検診を受けていれば手遅れになることはあまり無い。100歳まで健康に過ごすために、がんは早めに見つけることです」

写真=中村治

■保険適用ではないピロリ菌検査は不安があったら受ける

では対策型検診で推奨されている検査だけで十分かというと、そうとも言い切れない。

ピロリ菌という、胃の粘膜に生息する、らせん形をした細菌がある。正式名称は「ヘリコバクター・ピロリ菌」だ。胃潰瘍や十二指腸潰瘍、慢性胃炎のほとんどはピロリ菌が原因で起こる。

胃がんのほとんども慢性胃炎から始まるため、ピロリ菌が原因といってもいい。ピロリ菌が生息している場合、早めに除菌治療をしたほうがいいとされている。

しかし、このピロリ菌検査は先に内視鏡検査(胃カメラ)を受けないと保険適用にはならない。なかには、中学校や高校で検査を行なっている自治体や地域もあるが、全国的にはまだ行われていないのが現状である。

「ピロリ菌の有無を検査するというのは、胃がん発症予防のために効果は高いと思います。でも今は内視鏡検査を受けないと、保険適用でピロリ菌の検査はできません。人によっては楽な検査ではありませんが、ぜひ一度内視鏡検査を受けてピロリ菌の有無を調べてほしいです」

ピロリ菌のような検査は例え内視鏡検査を受ける必要があっても、不安があれば受けるべきであろう。

■学会と厚労省の「見解」が異なる検査も

アイルランド出身の医師スザンヌ・オサリバンは著書『眠りつづける少女たち』の中で、「病や疾患の有無は、多くの人々が考えているような不変の科学的真実などではない」と前置きした上で、〈診断基準〉によって健康な人間が、突如、病気のカテゴリーに入ってしまう危険性を指摘している。

明らかな疾患は別として、例えば高血圧はいくつの数字から正常と異常を区切るべきなのか。体質、生活習慣、遺伝によって差異があり、診断基準となる数値がすべての人に当てはまるものではない。そして厄介なのは病気のラベルを貼られると、剥がすのは容易ではないことだ。過剰検査が、新たな病を呼び込むこともある。

前出の坂本はこう言う。

「小さい脳動脈瘤が検査で見つかっても、場所や大きさによっては、くも膜下出血を起こすリスクが非常に低いこともあります。治療をせず定期的に経過観察をする方も多く、実際に治療になる方は半分もいない。ところが、脳動脈瘤が見つかったことで心配になってしまい、精神的に参ってしまうこともある」

検診にはがんの予防や早期発見という目的で行うには、効果が低い検査も含まれていることがある。人間ドックの“オプション”に含まれることがある、腫瘍マーカー検査はその一つだ。

「腫瘍マーカー検査は、本来がん診断後の経過や治療の効果をみるために行われる検査です。それだけでがんの診断ができる検査ではない」

血液内科の河村浩二教授は「早期発見を目的として行う意味はあまりない」という。

写真=中村治

腫瘍マーカーとは、がん細胞やがん細胞に反応した細胞によって作られるタンパク質などの物質のこと。がんの種類によってそれぞれ特徴がある。しかし、がん以外の病気や飲酒・喫煙などの生活習慣、飲んでいる薬の影響などにより、がんでなくとも、高い数値となることがある。

反対に、がんがあっても値が高くならないこともある。さらに、がんの種類を確実に特定できない。あくまで参考になる検査の一つとして、診察や画像診断の結果と併せて使用されている。

唯一、前立腺がんに関しては腫瘍マーカーが有効とされている。だが早期治療のために必要だとする泌尿器科学会と、過剰検査だと考える厚生労働省とで意見が割れている。

「何を見るのかで違ってくるのだと思います。広い集団全体の死亡率を下げるためなのか、個人の死亡率を下げるためなのか。そこで大事になるのが、『感度』『特異度』『有病率』『陽性的中率』といった数字になります(図表1参照)。

同じ感度・特異度でも、対象となる集団の有病率によって、陽性的中率が違ってくるのです。ここから分かるのは、人間ドックや検診のようなほとんど有病率がない集団に対しては、この検査は推奨されないということです」

がん
出典=鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 15杯目』

いかなる検査にも偽陽性が必ず含まれている。その割合を「誤警告率」として表す。この数字は対象が有病率の低い、つまり健康な人間の集団ほど大きくなっていく。その検査はムダなだけではなく、受診者に著しい精神的・経済的負担を負わせる可能性がある。

「同じ検査でも、病気が疑わしい人に対象を絞れば別なのです。一般の健康な人が、いろんな検査をとりあえずやる必要はないと思います。単に検診をするだけではなくて、本当にそれが有効な検診なのかどうかを真摯(しんし)に調べていくという姿勢が大事なのだと思います」

■データは嘘をつく、都合良く解釈もできる

ここまでは、国家資格を持つ医師が在籍する医療機関の行う検査である。一方、民間事業者による検査の広告には、我々の興味を惹くような文字が躍っている。

いわく、ある遺伝子検査サービスでは、病気になるリスクだけではなく、体質や性格の傾向、先祖のルーツなどが分かるという。

遺伝子診療科の粟野宏之教授は、こうした検査広告では“精度管理”についての情報の公開が十分でなく、曖昧だと指摘する。

病院で行う検体検査は、医療法等に則って精度管理がなされている。しかし「医療」ではない民間の検査の場合は、何の規制もない。検査基準そのものを企業が決めることができる。

「例えばある検査会社の広告に、『800人を対象にした試験による研究報告がある』というようなことが書いてあったとします。本当に800人に検査したかどうかは、公表されていない場合はその文言を信頼するしかない。

写真=中村治

そして、調べた遺伝子の変化が本当にその体質に関わるものかを判定するには、10万人、100万人くらいの大きな集団でやらなければならない。また、年齢や性別、地域や人種といった条件を考慮する必要もあります」

尿の匂いに対する線虫という生物の反応で、がんの有無が診断できるという「線虫検査」の広告の中には、感度や特異度が90%前後と書かれているものがある。一見するとかなり精度の高い検査に思える。しかし、前出の図表1にあるように、有病率が分からなければ陽性的中率が判断できない。

極端なことを言えば、感度99%、特異度90%の検査を受けて陽性の結果だったとしても、有病率が0.1%だとすると、その人にがんがある確率は10%程度にすぎないという結論になる。

「データというのは、取り方によっては嘘をつきます。都合のいいように解釈することも可能です。線虫検査に関しては、生き物を使って精度管理ができるのかという疑問があります。精度の高い検査というのは、いつ・どこで・誰がやっても同じ結果が出なければいけない。生き物を使って果たしてそれが可能なのか」

■日本の民間の遺伝子検査は占い

筆者が手に入れた線虫検査によると、〈15種類のがん〉を検知できると書いてあった。

「陽性になった場合、15種類のうちどのがんなのかを一つひとつ調べないといけない。そもそも不確かな検査を検証するために、お金も時間もかかってしまいますよね」

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 15杯目』
鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 15杯目』

良心的な医療機関であれば、検査で不都合な結果が分かる場合があること、その精度についても十分な説明があるはずだ。カウンセリングの必要も出てくるだろう。

「僕は日本の民間の遺伝子検査は占いくらいに考えています。ビジネスなので商売が絡んでいますし、それを分かった上で楽しむ分にはいいかなと。調べている遺伝子は体質に関わるものなので、仮に変化があったとしても実際に病気になるかどうかはそれだけで決まるものではありません。繰り返しになりますが、検査精度も様々です」

検査を受ける人の中には、自身の健康に対する不安を抱えているのに求める情報が得られず、すがるような思いで検査をする人もいることだろう。そこには忙しい医療者が充分に患者に寄り添うことができず、その隙間にビジネス検査が入り込むという構図も見えてくる。

しかし本当に自身の健康に役立つ検査を受けたいのであれば、その内容と信頼度をしっかりと理解した上で、対象を絞って受ける。医療リテラシーを高めて、自らを守るしかないのだ。

(カニジル編集部 取材・文=西村隆平(カニジル編集部)、写真=中村治)

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