「映画を倍速視聴する若者」と「チョコザップに通う大人」は同じ…今、もっとも重視されている"価値"とは
プレジデントオンライン / 2024年1月25日 14時15分
■イントロダクション
「タイパ」という言葉を耳にする機会が多くなった。「若者言葉」の一つと認識している人も多いだろう。ネットで配信された映画やドラマを倍速で、あるいは「ファスト映画」と呼ばれる違法アップロードの要約版を視聴したりする人が目立つようだ。
タイパが重視される風潮の背景には何があるのだろうか。
本書では、タイムパフォーマンス(時間対効果)を略した造語である「タイパ」に焦点をあて、それを追求するメディア視聴や消費行動の理由、背景にある意識変化などについて、消費文化論の視点から考察している。
タイパの性質の一つに「手間をかけずに○○の状態になる」があり、例えば「オタク」とみなされるためにタイパを追求するケースもあるという。
著者はニッセイ基礎研究所生活研究部研究員。大学院博士課程を経て2019年ニッセイ基礎研究所に入社。10年以上にわたってオタクの消費欲求の源泉を研究している。
2.「消費」されるコンテンツ
3.Z世代の「欲望」を読み解く
4.タイパ化するマーケット
5.タイパ追求の果てに
■「手間をかけずに○○の状態になる」というタイパの性質
2022年、三省堂が発表する「辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2022』」において、その年を代表・象徴する新語ベスト10の大賞に「かけた時間に対しての効果(満足度)」や「時間的な効率」を意味する「タイパ」が選ばれた。
きっかけは2021年、ファスト映画(ネタバレを含む要約された動画)の投稿によってアップロード主が逮捕されたことであっただろうか。違法性のあるファスト映画をなぜ人々は消費するのか。メディアがその背景を探るうえで「タイパ(タイムパフォーマンス)」というキーワードに着目し、効率性をとくに求める若い世代の消費行動は、それ以前の世代と比較すると「タイパ」追求型である、といった文脈で使われるようになった。
まずタイパの性質を3つに分類したい。
(1)時間効率
(2)消費結果によって、かけた時間が評価される(主に消費後)
(3)手間をかけずに○○の状態になる(主に消費対象を検討するうえでの指標)
■倍速視聴でコンテンツを消費して「オタクだと認識されたい」
(1)は、仕事や家事など、労力が求められるときに手間を省くなどして時間の効率化を図る側面を指す。
(2)は、モノやサービスを消費した際に、その消費対象から直接得た効用が、かけた時間に見合っていたかを評価する側面だ。英会話教室に月5万円払って、12カ月で英語が話せるようになったら、費用はかかったが結果的にタイパがよかったと評価される。
(3)は、若者が倍速視聴やファスト映画などを視聴するなどしてコンテンツを消化する側面で、オタクだと認識されたい、そのコンテンツを観た状態になっておきたいという、コンテンツの消化によって生まれるコミュニケーションが目的にある。ある状態になるためにいかに手間を省けるかに焦点が当てられるため、消費をした後に評価されると言うよりは、実際に消費対象を検討するうえでの指標となる。
![テレビストリーミング](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/8/1200wm/img_e83d5d101c1178b644ac2a6759e1fbf7606987.jpg)
■「自分が何のオタクか」が人間関係構築に重要
SHIBUYA109 lab.「Z世代のヲタ活に関する意識調査」によると、Z世代の82.1%が「推しがいる/ヲタ活をしている」と回答している。SHIBUYA109 lab.によると、若者の言うオタクという語は、「ファン」と「お金や時間をたくさん費やしているもの」という2つの意味で使われているという。若者は、興味を持っているというモチベーション自体をオタク的と考える。
若者にとって、自身がオタクであると発信することは、自分自身が何者であるか=アイデンティティを発信することと同じ。日常生活におけるプライオリティは高くなり、人間関係の構築においても、「自分が何のオタクか」「自分は何オタクと見られれば円滑なコミュニケーションをとれるのか」ということが重要になるのである。
SNSの普及によってバーチャルなつながりを持つことが大衆化し、仮に現実社会で自身を肯定してくれる人がいなくても、SNS上で自分を理解してくれる人がいればそれでいいと考える者も増えている。ニッチな嗜好(しこう)、人に言いづらい趣味を持っていても、現実世界の人間関係に理解を求めたり、現実社会の人間に配慮しなくても、ネット上でそのニッチな消費対象を嗜好している他の消費者を見つけ、そのコミュニティに身を置くことが可能なのである。
■「ステータスとしてのオタクが欲しい」
ネット(SNS)のコミュニティにおいては、例えば映画が趣味だから、SNSで他の映画ファンとつながって盛り上がりたいという欲求が生まれた場合、他のオタクと交流を持つためには、まず自分自身がオタクだと思われる必要がある。コミュニティでのコミュニケーションのためにオタク=自分が何者かを示す必要があるのだ。
また、自身は現実社会ではオタクだと思われているけれども、それを保証(証明)してくれるものはないから、他のオタクから認めてもらうことで自信につなげたいと考える者もいるだろう。
このような背景から、ステータスとしてのオタクが欲しい(オタクになりたい)若者にとっては、いかに最短距離で、いかに手間をかけずにオタクになるかがタイパを追求する動機そのものになるわけだ。
![ソーシャルメディアの概念](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/1200wm/img_6743a35e270183e2a83c73edbb8e8f47599594.jpg)
■「他人から認知されたい」という本質的な願望
だからこそ、ファスト映画を視聴したり、動画のスキップ機能を利用したり、ネタバレサイトを見たり、Twitterに溢れる猛者たちの論考や雑学をあたかも自分のオリジナルかのように引用し、知った気になったりする。映画鑑賞の醍醐味(だいごみ)ともいえる「初回の感動」を放棄するという非合理的な行動をとったとしても、彼らにとっては、時間をかけてその醍醐味を味わうこと自体が非合理的であり、とにかく省けるものを省いたほうが合理的なのである。
ラーメンを食べる際のコスパ追求の目的は「ラーメンをお得に食べる」という点にあり、目的を達成するには「ラーメンを食べる」必要がある。これを経済学の言葉で言い換えれば、コスパにおいては消費されたモノが消費者に直接効用をもたらす。
しかし、タイパの追求においては、消費したモノが直接効用を生むわけではない。仮にオタクになりたい、何者かになりたいということが目的ならば勝手にオタクを名乗ればいいし、自分はオタクだと思い込んで生きていればいい。しかし、オタクになりたい、何者かになりたいという、一見目的に思える欲求の裏には、「○○ということを他人から認知されたい」という本質的な願望がある。オタクになりたいという願望は、オタクと認知されるための手段にすぎないのだ。
■「今」掻き立てられる欲求を満足させたい現代の消費文化
一方で、カジュアルにオタクを名乗る層だけではなく、多くの消費者がこれまで以上に「即時的な満足」を求めるようになり、「その瞬間を楽しむタイプの消費」が目立つようになった。
![廣瀬涼『タイパの経済学』(幻冬舎新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/f/1200wm/img_0f9f0f264ee73ec91e6649115a36fe9b241509.jpg)
私たちの生活にSNSが根付き、昔に比べて圧倒的に情報量が増えた。情報に溢れているということは消費したいと思う興味対象も総じて溢れているわけで、一つの消費対象に固執するよりも、消費一つ一つにかかるウェイトを軽減し、スピード感や手軽さ、まさに「ファストな経験」や「ファストな消費」が求められている。だからこそ私たちは、サブスクやシェアといった所有しない選択肢も享受するし、一度使えば満足し、まだ使用感が薄いうちにすぐフリマアプリに出品する。
現代の文化にまつわるムーブメントは、一緒になって瞬間的に盛り上がる集合的沸騰の形式で現れることが多く、短命で、また時空間として非常に拡散した場所で起こる。趣味にしても、日常から得られる刺激にしても、消費者の興味は移り変わりやすく、同じモノやコトに留まるのは不可能といえるだろう。
私たちの興味の中心となるのは「今」であり、その「今」掻き立てられる欲求の多くは、即時的に満たされ、満たされればすぐに、「今」満たしたい別の欲求が生まれ、さっき消費したモノのことなどすぐに忘れてしまう。消費者にとってはその瞬間が満たされればいいだけだから、その消費に時間も手間もかけたくないし、旬を逃したくない。
■高額な転売商品を買ってしまう人には理由がある
人気YouTuberのHIKAKINが立ち上げたブランド「HIKAKIN PREMIUM」の商品として、2023年5月にセブン‐イレブンで「みそきん」カップ麺&カップメシが販売された。発売当日は全国的に品薄となり、買えなかった消費者も多かった。
消費者はその味よりも、HIKAKINがプロデュースしたという点や間違いなく話題になるという点に価値を見出しており、そのネタの旬を逃すまいと、高額で転売されているフリマサイトから購入する者も散見された。
どこで売っているかも、いつ再販されるかもわからない商品を待つことで生まれる心理的ストレスや、そもそも自分自身の興味が移りやすいことを自覚しているからこそ、「今」を逃すと他の興味に埋もれてしまうというリスクを考慮に入れ、割高でも確実に数日後には家に届いているという点がフリマアプリが選ばれる要因となるのだ。まさにコスト度外視でタイパを重視した消費といえるだろう。
■コメントby SERENDIP
著者は、「○○の状態になる」ためのタイパ追求サービスの事例として、パーソナルトレーニングをサポートするRIZAPグループが始めた「chocoZAP」を挙げている。服装自由で気軽に短時間でもトレーニングができる「コンビニジム」を謳うサービスだが、痩身や筋力アップといった効果よりも「健康を気づかいジムに通っている」という状態に、タイパよくなれる点がヒットの要因と分析されている。主にジム未経験者をターゲットにしており、従来のRIZAP会員や他のジムの会員からの移行は少ないと思われる。その意味でタイパは、より多様な市場を生み出すきっかけも作っているのではないだろうか。
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(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)
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