国際競争力1位の国はこうして作られた…一見のんびりしたデンマーク人が密かにやっていること
プレジデントオンライン / 2024年1月24日 16時15分
※本稿は、針貝有佳『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■素敵な矛盾に満ちた「ビジネス先進国」の正体
北欧のデンマークは、素敵な矛盾に満ちている。
スーパーに行っても気の利いた弁当もデリもなく、約500〜1200円のサンドイッチやサラダくらいしかなくて、商品の選択肢の少なさに悲しくなる。もっと何か、まともでリーズナブルなものはないのだろうか。
しかし、進学・結婚・離婚・就職・転職といった人生の岐路において、あれかこれかの二者択一は迫られない。幅広く張り巡らされ合流や分岐を繰り返す電車の路線のように、人生の選択肢は複数用意されていて、軌道修正がしやすい。
一般的に食への関心はそれほど高くなく、ランチは茶色いライ麦パンのオープンサンドを食べれば十分といった国民である。それなのに、料理を楽しむ男性は多く、世界のガストロノミーをリードするレストランが意外とある。ただし、目を疑うほど高額である。
物価が高くて、カフェでカフェラテ1杯とサンドイッチ1個を注文するだけで約2500円する。一方で、約2500円が一般的に最低ラインの時給でもある。
税金が高く、消費税は25%で、給料の約半分を税金として納めなければならない。けれど、医療費も教育費も無料で福祉が充実しているので、人生なんとかなるという安心感がある。
家庭菜園を楽しみ、週末には公園や森を散歩し、のどかな自然を愛する国民たち。それなのに、高齢者もITを駆使し、ネットバンクやオンライン手続きを当たり前に利用する「デジタル化先進国」でもある。
面積は九州程度で、人口は約590万人(千葉県より少ない)の小さな国であるにもかかわらず、幸福度・貧困率の低さ・格差の小ささ・汚職率の低さ・デジタル化・国際競争力など、社会的な国際ランキングにおけるデンマークの存在感は圧倒的である。
だが、こういった矛盾は、実際に暮らしていると、矛盾ではなく、必然なのだとわかってくる。一見矛盾していることには、しかるべき因果関係があるのだ。まだイメージが湧かないかもしれないが、本書(『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』)を読み終える頃には大いに納得してもらえるだろう。
■「世界一幸せな国」は一面でしかない
おしゃれな北欧デザインのインテリアや雑貨、アンデルセン童話に出てくるようなメルヘンチックな街並み、福祉が充実している世界トップクラスの「幸福度の高い国」。心地良さを意味するデンマーク語の「ヒュッゲ」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれない。
いずれにしても、北欧のデンマークといえば、豊かで幸せそうなフワフワしたイメージがあるのではないだろうか。こういったイメージは、どれも間違いではないのだが、それはデンマークの一面にすぎない。
ここでビジネスに関するデンマークのいくつかのランキングを見てみよう。
デジタル競争力 1位(2022年)
今後5年間のビジネス環境 3位(2023年)
いかがだろう。ビジネスシーンにおいても、なかなかの存在感ではないだろうか。
デンマークで世界的に知られる企業は以下のとおりである。
玩具レゴブロックで知られるレゴ社(LEGO)、日本ではサントリーが販売代理店となっているビールメーカーのカールスバーグ社(Carlsberg)、風力発電機の設計・製造・販売で世界をリードするベスタス社(Vestas)、コンテナ船を強みとする世界一の海運企業マースク社(Mærsk)、グローバルな製薬会社のノボノルディスク社(Novo Nordisk)。
千葉県よりも人口が少ない国ながら、グローバルな舞台で活躍するデンマーク発の企業は意外に多い。
■世界ナンバーワンの圧倒的な「ビジネス効率性」
2022年、デンマークは国際競争力ランキングで世界ナンバーワンに選ばれ、世界から注目を浴びた。さらに、2023年も2年連続してナンバーワンに選ばれている。
なお、このランキングは、IMD(国際経営開発研究所)が行なった調査で、日本は2022年が34位、2023年は35位だった。
なぜデンマークは国際競争力が高いのか。
短期的に見ると、デンマークが急速にランキングを上げてナンバーワンに躍り出た理由は、経済状況が改善したからである。だが、長期的かつ総合的に見ると、デンマークの圧倒的な強みは「ビジネス効率性」にある。
国際競争力ランキングは「経済状況」「政府の効率性」「ビジネス効率性」「インフラ」という4つのカテゴリの総合評価で決まる。デンマークは「ビジネス効率性」において、2020年から2023年の4年間にかけて首位を走ってきた。
経済状況15位
政府の効率性 5位
★ビジネス効率性 1位(4年連続)
インフラ 2位
【日本】(2023年)
経済状況26位
政府の効率性42位
ビジネス効率性47位
インフラ23位
ちなみに、日本の国際競争力の足を引っ張っているカテゴリは、まさにこの「ビジネス効率性」である。どうやら、デンマークには日本にとって見逃せないビジネスのヒントがありそうだ。
■競争力の決め手は、時代の変化への対応力
では「ビジネス効率性」とは何なのか。
IMDは「ビジネス効率性」を「生産性と効率性」「労働市場」「ファイナンス」「経営プラクティス」「取り組みと価値観」という5つのカテゴリに分けている。
5つのカテゴリのなかで、デンマークがナンバーワンのカテゴリは「生産性と効率性」と「経営プラクティス」だ。また、「取り組みと価値観」が3位にランクインしている。
「生産性と効率性」(1位):1人あたりGDP、労働生産性、農業・産業・サービス業における生産性、大企業や中小企業の効率性、デジタル化など
「経営プラクティス」(1位):アジリティ(状況変化への対応力)、取締役会の機能、意思決定へのビッグデータ分析の活用、起業家精神、社会的責任、女性管理職など
「取り組みと価値観」(3位):グローバル化への積極性、ブランディング、柔軟性と適応力、経済的・社会的改革のニーズ認識、企業のDX化、社会の価値観など
デンマーク産業連盟(DI)のアラン・ソーレンセンは、こう指摘する。
「デンマークの高い国際競争力の主な理由は、状況変化に対する企業の迅速な対応力、モチベーションが高い社員、高度なDX化である」
また、デンマーク企業は、社員・社会・環境に配慮する傾向があり、そのスタイルが時代のニーズに合っている、と言い添える。さらに、ソーレンセンの指摘はこう言い換えられないだろうか。
「デンマーク人は、時代のニーズを読み取って変化する力を持っている」
デンマークがさまざまなランキングにおいてトップクラスで評価されているのは、まさに、未来を見通す「先見の明」を持っているからである。
普段はのんびりしているデンマーク人だが、じつはさりげなく準備しているし、いざ変化が起こったときの機動力は半端ない。
一緒に生活していても、デンマーク人はDIYや家庭菜園が大好きで、無人島でも生きていけるのではないかと思うほど、本当に優れた「サバイバル能力」を持っている。
変化し続ける環境を的確に把握し、自分たちが持っている知恵とリソースを最大限に使って、どんな状況でも前に進んでいこうとする。
これが「ビジネス先進国」を支えるデンマーク人の正体である。
■楽しみながら変化する驚きの対応力
要するに、デンマーク人は「先見の明」がある。
デンマークが先見の明を持って時代の変化に対応しているわかりやすい証拠として、以下のようなランキングが挙げられる。
SDGs達成度 3位(2023年。発表が開始された2016年から毎年上位トップ3入り)
電子政府ランキング 1位(3回連続。2018〜2022年)
しかも、デンマーク人は「楽しんで」時代の変化を先回りしている。
その様子を体感できるのが、デンマークの首都「世界一の自転車都市」コペンハーゲンだ。
私が移住した2009年末、すでに、自転車専用道路・自転車専用信号・電車内の駐輪場など基本的な自転車インフラは整っていたが、その後の「自転車ストラテジー」による都市開発のスピード感は圧巻だった。
コペンハーゲン市は「環境に優しい街づくり」という理念のもと、CO2排出量削減のために「自転車ストラテジー」を加速させた。
次々に、自転車専用道路や駐輪場が拡充され、自転車専用の橋「スネーク」が建設され、都市と地方を結ぶ「自転車用スーパーハイウェイ」が整備されていった。
自転車専用道路を平均時速約16キロ、スムーズに走れれば時速20キロで風を切って走るのは、じつに爽快だ。
コペンハーゲンで暮らしていた5年間、私は運河のある美しい街並みを眺めながら、高速で風を切って自転車を乗り回す気持ち良さにハマっていた。いつまでも自転車に乗っていたくて、妊娠して臨月の大きなお腹になっても、そっと自転車に乗って移動していた。
それくらい「世界一の自転車都市」コペンハーゲンで自転車を乗り回すのは楽しい。
環境対策というちょっと堅苦しい課題を、市民が楽しめるワクワクする街づくりに転換してしまう。それがデンマークなのだ。
■「キャッシュレス社会」から「カードレス社会」へ
もうひとつ、デンマークが時代の変化に対応する力を持っている事例を挙げよう。
世界を先駆ける「デジタル化」である。
デンマークは、電子政府ランキングで3回連続ナンバーワン(2018年〜2022年)に選ばれ、デジタル競争力ランキングでもナンバーワン(2022年)を獲得した「デジタル化先進国」である。
私も現地で暮らしながら「デジタル化先進国」の現実を体感してきた。
デンマークでは、現金のみを持参していると、困るかもしれない。
ほとんどの客がカードかスマホで払うので、店がレジに十分な現金を用意していないこともある。基本、現金のやりとりを想定していないのだ。
こんなエピソードがある。
手元にあったお札を崩そうと思って、地元のカフェでいつものようにカフェラテを買って、お札を出した。すると、若い男性スタッフの顔がみるみる真っ赤になっていく。
どうしたのだろう? と思っていたら、どうやらお釣りに出す現金がないようだ。
慌てて「カードでも払えますよ。カードで払いましょうか?」と聞くと、ホッとした顔で「ありがとう。助かります」という返事が返ってきた。
結局、私の財布に眠っていたお札を崩すことはできなかった。
このように、デンマークは文字どおりの「キャッシュレス社会」である。大量の現金は、行き場を失って邪魔になることさえある。
さらに、近年は「キャッシュレス社会」から「カードレス社会」へ移行しつつある。
2013年には「モバイルペイ」というアプリが開発され、急速に普及し、諸々の支払いが一気にラクになった。最近では、健康保険証や運転免許証の提示といった本人確認についても、スマホのアプリで済ませられるようになった。だから、うっかり財布を忘れても、スマホがあればなんとかなるケースがほとんどだ。
■古いシステムを切り捨てる大胆さ
ここまで書くと「日本でもキャッシュレスやカードレスは進んでいる」と思う人もいるかもしれない。たしかに、私も最近日本に一時帰国して、デジタル化が進んでいると感じるシーンはたくさんあった。
さらに、全国各地に多機能のコンビニがあり、日本はデンマークよりも便利で進んでいると感じる場面が無数にあった。
ただ、デンマークと日本で決定的に違うところがある。
それは、時代に合わせて前進する際に、現行のシステムを併存させるか、古いシステムをバッサリ切り捨てるか、という違いである。
日本は顧客への配慮から、新しいシステムを導入する際にも古いシステムを併存させる傾向がある。それに対して、デンマークは古いシステムをバッサリ捨てて、新しいシステムに「乗り換える」。
デンマークでは、行政からの手紙もオンラインのみで届く。目を通さなければならない書類が自宅の郵便ポストに届くことは基本的にない。おかげで、我が家は自宅の郵便ポストをチェックする習慣がなくなってしまった。
私が自宅のポストをチェックするのは、日本の方から手紙や小包を送ったという報告を受けたときだけである。
デンマーク人夫にも家のポストをチェックする頻度を尋ねてみたところ、「うーん。2カ月に1回くらいかな」とのことであった。
というわけで、我が家に郵便物を届けていただく際には、事前告知していただけるとありがたい。そうでないと、送っていただいた数カ月後に気がつくことになる。
もちろん、我が家は夫婦ともにズボラなので、これがデンマーク人のスタンダードだとは言わない。だが、それくらいチェックしなくても、たまにどなたかに心配をかけているのかもしれないが、不便はない。
ふと思ったが、一般のデンマーク人がどのくらいの頻度で郵便ポストを確認するのかという点は気になるところである。
どうだろうか。世界を先駆ける「デジタル化先進国」のリアルを皆さんにも感じていただけただろうか。
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デンマーク文化研究家
東京・高円寺生まれ。早稲田大学大学院・社会科学研究科でデンマークの労働市場政策「フレキシキュリティ・モデル」について研究し、修士号取得。同大学・第二文学部卒。2009年12月に北欧のデンマークへ移住して、デンマーク情報の発信をスタート。首都コペンハーゲンに5年暮らした後、現在はコペンハーゲン郊外のロスキレ在住。
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(デンマーク文化研究家 針貝 有佳)
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