メールのccで相手の時間を奪ってはいけない…極限までムダを減らしたデンマークの超効率的な働き方
プレジデントオンライン / 2024年1月27日 16時15分
※本稿は、針貝有佳『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■生産性の源泉は「仕事への喜び」
香港で組織のトップとして働いていた経験があるスティーンは、香港でカルチャーショックを受けた。
「僕が香港で働き始めたとき、やることがいっぱいあって20時頃まで働いていたんだ。そうしたら、部下が誰も帰らなくて……なんで帰らないのだろう? って不思議に思ってたんだ。
そうしたら、後になってから気がついたんだけど、部下たちはみんな、僕より早く帰ってはいけないと思ってたみたいなんだ。そのことに気がついたときはショックだったよ」
部下が上司を気遣って、あるいは上司の視線を気にして帰宅時間を調整するという慣習はデンマークにはない。スティーンのなかで、そのカルチャーは衝撃だった。
その後、スティーンは部下に18時には帰るように「指示」を出した。
理由は、デンマークの社員のように、香港の社員にも喜びを感じて働いてほしかったからだ。
スティーンの考えはこうだ。
生産性が高く、成果を出せるのは、心から仕事に喜びを感じている社員である。心から仕事に喜びを感じるためには、プライベートを犠牲にしてはいけない。プライベートを犠牲にしてしまったら、いつか疲弊して、仕事でも成果を出せなくなってしまう。
しかし、スティーンからの異例な「指示」に、香港の社員は戸惑ってしまった。
最初は、スティーンが部下にどんなに早く帰るように「指示」しても、部下はなかなか帰ってくれなかった。香港の社員には、上司よりも早く帰宅するという発想がなかった。
どうしても上司よりも早く帰宅することに抵抗がある。どうしても上司よりも早く帰宅する気になれないのだ。
■プライベートを犠牲にしたツケがくる
たとえ上司の「指示」であっても、上司よりも早く帰ったら給料を減らされるのではないか、解雇されるのではないか、そんな不安が襲ってくる。
スティーンは部下たちの不安を取り除くために、部下の説得を続けた。スティーンからすれば、そんな心配は無用だった。
「早く帰宅したら評価が落ちるのではないか、なんて、そんな心配は要らない。僕が一番心配していたのは、部下が長時間労働で疲れてしまうことだった。部下にはプライベートも満喫してほしい。プライベートも充実してる方が、仕事の生産性も上がるから」
スティーンは、部下がプライベートも充実させて、心から仕事に喜びを感じてくれることが一番嬉しいと断言する。
仕事のためにプライベートライフが犠牲になれば、メンタルが疲弊して、そのツケが必ず仕事にはね返ってくる。
逆に、プライベートライフをしっかり楽しみながら、情熱的に仕事に取り組めれば、仕事でも成果を出せる。働くことに喜びを感じられることは、生産性のためにもとても重要なことなのだ。
■中間管理職の「承認」を飛ばすことも
そもそも、日本の会社は、組織の意思決定プロセスに関わるメンバーの数が多いのかもしれない。
映画監督キャスパーは、日本が大好きで、日本を舞台にドキュメンタリー映画を撮ってきた。キャスパーは日本とのやりとりについて、こう語る。
「ひとつのことを進めるのに、色んな人の許可が必要で、ものすごいプロセスを踏まなきゃいけない。最終決定までに何人もの許可が必要なこともある。だから、なかなか物事が前に進まない。日本人の労働時間は長いと言うけれど、いちいちこんなに細かい手続きを踏んでいたら、それは労働時間が長くなるに決まってる、と思ったよ」
このように、日本とのやりとりを煩雑に感じるのは、キャスパーだけではない。
デンマーク人と話していて、日本企業と仕事をする大変さが話題に上ることは多々ある。とくに、確認作業の多さに辟易する人が多いようだ。
シンプルに考えてみよう。
社員のワークライフバランスを重視する海外の企業が、手続きが煩雑でコミュニケーションコストが高い日本企業と一緒に仕事をしたいと思うだろうか。
デンマークの組織について、キャスパーはこう説明する。
「デンマークでは、日本の組織の意思決定プロセスにいるはずの何人もの中間管理職の承認を飛ばせる。デンマークの組織は基本、少人数かつプラグマティックで、意思決定のスピードが速い」
キャスパーが共同経営する映画会社も少人数だ。国内外で数々の賞を受賞するクオリティの高いドキュメンタリー映画を制作しているが、常駐スタッフはほんの数人だ。
あとは、パートナーやフリーランスを含む約10人のコアメンバーでさまざまなプロジェクトを進めている。それぞれが自分の役割を担いながら、みんなでサポートし合う。会議やプレゼンはほとんど開かない。
私は数少ない会議のために、この映画会社を訪問することがあるが、やはり会議は短時間で終わる(いつもコーヒーやお茶を淹れてくれるのが嬉しい)。会議で何かを決めるというよりは、ざっくりとした現状把握と、これからすべきことの確認という感じだ。出席者は最大で4人くらいだろうか。意思決定のスピードは驚くほど速い。
あるとき、会議に出席していたスタッフが、途中から自分にはあまり関係のない内容だと思ったようで「じゃ、私はここで」と、サクッと退席したが、誰も気に留めていなかった。
(あ、これでいいのか)
と、さりげないシーンに日本との相違を感じた。
■ダブルチェックは不要
海外の企業が日本とのやりとり、とくに確認作業の多さに辟易してしまうと述べたが、デンマーク人にとって、無意味なタスクの代表は「ダブルチェック」である。
基本的に、デンマークではマイクロマネジメント(細かい管理)を一切しない。上司が部下の仕事の進捗(しんちょく)を細かくチェックすることは、デンマークではする必要がないどころか、「タブー」の領域である。
ミスが発生しないように、念のために複数人が目を通してチェックするというのは、日本ではよくある作業で、決してめずらしいことではない。おかげでミスを防げているというメリットも大いにあると思う。だからこそ、JAPANブランドは信頼されている。
だが、複数の人が同じ作業をするために時間を使えば、一人ひとりの社員と組織全体にとっての時間コストという面では、やはりコストが高くなる。
デンマークでは、部下や同僚の仕事の「ダブルチェック」はしない。そこに時間を使うよりも、一人ひとりの社員が責任を持ってベストを尽くして仕事をした方が、効率がいいと思っているからだ。
もちろん、仕事によってはひとつのミスが致命的になるのでダブルチェックした方が良いだろう。だが、成果よりも時間コストの方が大きい「無駄なダブルチェック」はしていないだろうか。
無駄なダブルチェックをなくすだけで、使える時間は圧倒的に増える。それに、担当者は自分だけだと思えば、より責任感を持って仕事に取り組むようになるし、自分の仕事に誇りが持てるようになる。そうなれば、俄然やる気が湧いて、むしろミスが減る可能性も高い。
■メールのccは必要最低限に
みんなで情報共有するためのメールのccも要注意だ。メールに不要なccを入れるのも、相手の「タイパ」の妨害になるからだ。
メールでccを入れると、ccに入っている人たちがメールに目を通すために時間を使うことになる。じつは、これも、複数の人が同じことをする「ダブルチェック」に似ている。無意識かもしれないが、ccを入れることによって、お互いの時間を奪い合うことになっている。
ccを入れる際には「なぜこの人をccに入れるのか?」を考えたい。進捗を把握しておいてもらいたいとしても、本当にやりとりを逐一ccに入っている全員に把握してもらう必要はあるのだろうか。「ccの断捨離」を定期的にしてみるのも良いかもしれない。
ccをすることで各自との細かいやりとりを省けて、お互いのタイパにつながるのであれば意味がある。だが、無駄なccはやめた方が、お互いのタイパになる。
■メール対応方法をルール化──集中タイムを確保する
仕事の生産性は、手持ち時間を最大限有効に使えるかどうかに左右される。
「テイク・バック・タイム」のペニーレは、集中できる環境をつくって、今日すべき仕事をしっかり達成できるようにする重要性を説く。
そのために、メール対応方法のルール化を提案する。
「ずっとメール対応してる人がいるけど、それはものすごい時間とエネルギーの無駄。四六時中メール対応をするということは、常にタスクの切り替えをしているようなもの。生産性がものすごく下がる」
そう指摘したうえで、ペニーレは、「メール対応」をまとめてひとつのタスクとして設定し、所要時間も決めることを提案する。
たとえば、1日に数回30分間の「メール対応」というタスクを設定し、その時間に一気に返信する。返信に時間がかかるメールは「○○へのメール」という新たなタスクとして設定し、所要時間を決める。そうすることで、「メール対応」の時間以外はメールを気にする必要がなくなり、しなければならない他の作業に集中できるようになる。
四六時中メールチェックをしていると、頭の中にひっきりなしに新しいタスクが飛び込んでくる状態になる。そうなると、気が散漫になる。
また、すぐにメールに返信すると、相手からもすぐに返信が返ってきて、メールのラリーになることもある。そうなると、結局、メール対応ばかりに時間を使って、すべきことが進まなくなる。
あなたも身に覚えがあるのではないだろうか。少なくとも、私には身に覚えがある。過去の自分の仕事の仕方がなぜ非効率だったのか、なぜやってもやっても終わらなかったのか、その理由が今ならわかる気がする。
そして、メールだけでなく、SNSも同様であることは言うまでもない。
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デンマーク文化研究家
東京・高円寺生まれ。早稲田大学大学院・社会科学研究科でデンマークの労働市場政策「フレキシキュリティ・モデル」について研究し、修士号取得。同大学・第二文学部卒。2009年12月に北欧のデンマークへ移住して、デンマーク情報の発信をスタート。首都コペンハーゲンに5年暮らした後、現在はコペンハーゲン郊外のロスキレ在住。
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(デンマーク文化研究家 針貝 有佳)
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