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「上下関係」が乗員乗客10人を殺した…"集中ゾーン"に入ったベテラン機長が航空機を墜落させるまでの一部始終

プレジデントオンライン / 2024年1月20日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Diy13

1月2日に発生した日本航空516便と滑走路上にいた海上保安庁の航空機が衝突し、双方が炎上した事故。JAL機の乗客・乗員の一部は負傷したが、379人全員が脱出した。この件以降、SNS上で話題になっている書籍がある。1978年12月、10人が死亡したユナイテッド航空173便墜落事故のコックピット内のやりとりを記録した『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』の一部を紹介しよう――。

※本稿は、マシュー・サイド『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

■ユナイテッド航空173便の悲劇…見えない車輪

1978年12月28日の午後、ユナイテッド航空173便は、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港からオレゴン州のポートランド空港に向けて飛び立った。天気は快晴。飛行条件はほぼ完璧だった。

機長はマルバーン・マクブルーム。ロマンスグレーの52歳だ。いつも早口で話すため、少し厳しい調子に聞こえることがある。第二次大戦で兵役を務め、飛行経験は25年以上。パイロットになりたいと思ったのは、子どもの頃、母親と散歩中に、曲芸飛行士の一座が次の巡業地に向かって飛んでいるのを見たときだった。

「ママ、ぼくパイロットになる!」彼は空を見上げ、そう言った。

副操縦士は、45歳のロッド・ビービ。ユナイテッド航空に勤めて13年、5000時間以上の飛行経験を積んでいる。コックピットにいるのはもう1人、航空機関士のフォレスト・メンデンホールだ。41歳で、勤務年数は11年、飛行経験は3900時間。

まさにベテラン揃いで、乗客は何の心配も必要なかった。途中のデンバーで短時間のストップオーバーを経て、最終目的地のポートランドに発ったのは14時47分。この日はクリスマスの3日後で、181人の乗客の大半は、休暇を終えて家に帰る途中だった。

コックピットでは、3人のクルーがなごやかに世間話をしていた。機体は巡航高度に達し、2時間26分後には目的地のポートランド空港に到着する予定となっていた。

17時10分頃、ポートランドの管制から空港への進入許可が出たため、マクブルーム機長はランディング・ギアのレバーを下げた。通常はこれでスムーズに車輪が下りて定位置にロックされる。しかしこのときは「ドン!」という大きな音とともに機体がガタガタと揺れた。キャビンの乗客たちは驚いて周りを見回し、何が起こったのかと口々に話し始めた。

コックピットのクルーも不安を隠せない。ランディング・ギアはきちんと定位置にロックされたのか? あの大きな音はなんだったんだ? ギアがロックされると点灯するはずのインジケーター・ランプがひとつだけ点いていないのはどういうことだ?

機長に選択の余地はなかった。彼は管制に無線連絡して、「問題を確認するまで飛行時間を延長したい」と要請した。管制はすぐさま「方位100度へ左旋回してください」と指示を出した。

173便はその通り空港南方へ向かい、ポートランド郊外上空で旋回飛行に入る。クルーは確認作業を始めた。機体下の車輪がロックされているかどうかは目視できないため、かわりのチェックをいくつか行った。航空機関士は客室に向かい、窓越しに、主翼上面にボルトのような突起が出ているかどうかを確認した(車輪がロックされると出る仕組みになっている)。

突起は間違いなく出ている。彼らはサンフランシスコにあるユナイテッド航空の運航整備管理センターに連絡をとるなど、さまざまな手を尽くした。そしてすべての状況から考えて、車輪は正しくロックされていると思われた。

しかし機長はまだ心配だった。確信が持てなかったからだ。車輪なしでの着陸は大きなリスクを伴う。統計データによれば、胴体着陸で死者が出る大惨事になる確率は極めて低いが、危険なことには違いない。マクブルームは責任ある機長として、確証がほしかった。

ポートランド上空を旋回しながら、機長は答えを探した。なぜインジケーター・ランプのひとつが緑に点灯していないのか? 配線を確認する方法はあるだろうか? 彼は頭の中で必死に解決方法を探した。

しかしその間に、新たな問題が現れつつあった。173便には、デンバーを発った時点で4万6700ポンド(約1万6500リットル)の燃料が積まれていた。目的地に着陸するには十分な量と言える。しかしこの機種(DC-8)は毎分210ポンド(70リットル強)の燃料を消費する。旋回飛行ができる時間は限られていた。

■「完璧」な集中

現地時間の17時46分、残燃料を示す目盛りが「5」に下がった。危機的状況とは言えないが、失敗の余地は狭まるばかりだ。タイムリミットが迫っている。そのうち残燃料が少ないことを示す警告灯が点滅しはじめ、航空機関士は落ち着かない様子で機長にそれを知らせた。ブラックボックスに残っていた航空機関士の音声には、はっきりと動揺が表れている。

飛行機のコックピット
写真=iStock.com/Maravic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Maravic

ところが機長はそれに対して何の反応もせず、車輪の問題にこだわった。このフライトの責任者は機長だ。彼には189人の乗客とクルーを守る責任がある。胴体着陸を敢行して乗客を危険に晒すわけにはいかない。どうしても、車輪が出ていることの確証がほしかった。

機長は考え続けた。車輪は本当に下りているのか? まだ自分たちが気づいていない確認方法があるのではないか? ほかにできることはもうないのか?

17時50分、航空機関士は再度、燃料不足が進んでいると機長に忠告した。すると機長はタンクにまだ「15分」分の燃料が残っているはずだと主張した。「15分⁉」航空機関士は驚いて聞き返した。「そんなに持ちません……15分も猶予はありません」。機長は残りの燃料を誤認していた。時間の感覚を失っていたのだ。燃料は刻々と減り続けている。このまま旋回飛行を続ければ90トンのジャンボジェット機が上空から突っ込み、乗客のみならず南ポートランドの住人まで事故に巻き込むことになるだろう。

副操縦士と航空機関士は、なぜ機長が着陸しようとしないのか理解できなかった。今は燃料不足が一番の脅威のはずだ。車輪はもはや問題ではない。しかし権限を持っているのは機長だ。彼は上司であり、最も経験を積んでいる。副操縦士も航空機関士も、彼を「サー(Sir)」と呼んでいた。

18時06分、燃料不足により第4エンジンがフレームアウト(停止)した。副操縦士は言った。「第4エンジンを失ったようです。第4……」。しかし機長はこれに気づかない。副操縦士は30秒後にもう一度繰り返した。「第4エンジンが止まりました」

「……なぜだ?」機長はエンジンが停止したことに驚いているようだった。時間の感覚が完全に麻痺していたのだ。「燃料不足です!」強い口調で返事があった。

実はこのとき、173便は安全に着陸できる状態だった。のちの調査で、車輪は正しく下りてロックされていたことが判明している。もしそうでなかったとしても、ベテランのパイロットなら1人の死者も出さずに胴体着陸できたはずだった。その夜は雲一つなく、滑走路も明確に目視できる状態だった。しかしいまや173便は、燃料切れ寸前の状態で大都市の上空を旋回している。滑走路までの距離は8マイル(約12キロメートル)だった。

※結局、173便はオレゴン州ポートランド近郊の森に墜落し、乗員乗客合わせて10人が死亡した。

■「上下関係」がチームワークを崩壊させる

航空安全対策の転機となったこの事故は、エレイン・ブロミリーの悲劇(※)を思い起こさせる。一方は空で起こった事故、もう一方は手術室で起こった事故だが、どちらにも共通するパターンがみられる。

※2005年、副鼻腔炎の手術を受けた37歳の女性エレイン・ブロミリー。執刀医や麻酔科医はベテランだったが、口から挿入して酸素を送りこむ器具がうまく設置できず、血中酸素飽和度が低下。医師は気管挿管しようとしたが、これも失敗。最終的に気管切開して危機を脱する方法があり、準備もされていたものの、処置されないまま女性は脳にダメージを負い、その後、死亡した。

車輪の問題にこだわり続けたマクブルーム機長と、気管挿管にこだわり続けたアンダートン医師。どちらも認識力が激しく低下していた。機長は燃料切れの危機に気づかず、医師は酸素欠乏の危機に気づかなかった。機長は車輪問題の答えを探すのに必死で、医師は気管チューブを挿入するのに必死だった。迫り来る惨事はまったく無視された。

航空機関士は機長に残燃料を知らせたが何の反応も得られなかった。看護師のジェーンも、気管切開の準備をしたが医師たちに無視された。どちらももっと明確に伝えるべきかと苦悶したが、権威ある相手を前に萎縮した。社会的圧力、有無を言わせぬ上下関係が、チームワークを崩壊させたと言える。

しかし肝心なのはふたつの事故の類似点ではなく、相違点だ。最も大きな相違点は、失敗後の対応の違いにある。医療業界には「言い逃れ」の文化が根付いている。ミスは「偶発的な事故」「不測の事態」と捉えられ、医師は「最善を尽くしました」と一言言っておしまいだ。しかし航空業界の対応は劇的に異なる。失敗と誠実に向き合い、そこから学ぶことこそが業界の文化なのだ。彼らは、失敗を「データの山」ととらえる。

マシュー・サイド『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
マシュー・サイド『失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

航空事故が起こると、航空会社とは独立した調査機関、パイロット組合、さらに監督行政機関が、事故機の残骸やその他さまざまな証拠をくまなく調査する。事故の調査結果を民事訴訟で証拠として採用することは法的に禁じられているため、当事者としてもありのままを語りやすい。こうした背景も、情報開示性を高めている一因だ。

調査終了後、報告書は一般公開される。報告書には勧告が記載され、航空会社にはそれを履行する責任が発生する。事故は、決して当事者のクルーや航空会社、もしくはその国だけの問題として受け止められるのではない。その証拠に、世界中のパイロットは自由に報告書にアクセスし失敗から学ぶことを許されている。かつて米第32代大統領夫人、エレノア・ルーズベルトはこう言った。

「人の失敗から学びましょう。自分で全部経験するには、人生は短すぎます」

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マシュー・サイド(ましゅー・さいど)
作家、英「タイムズ」紙コラムニスト
元卓球選手で、現役時代には全英チャンピオンに4度輝き、オリンピックに2度出場。オックスフォード大学哲学政治経済学部を首席で卒業。本書はイギリスで刊行されると30万部を突破。『サンデータイムズ』紙ベストセラー1位獲得、ブリティッシュ・ブック賞の2019年ベスト児童ノンフィクションに選ばれるなど、少年少女向けのハウツー書として異例のヒットを記録。BBC「ニュースナイト」やCNNでコメンテーターとしても活躍。恵まれない子どもたちをスポーツ指導で支援する慈善事業にも携わる。二児の父。著書に『非才!』(柏書房)、『失敗の科学』(ディスカバー・トゥエンティワン)がある。

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(作家、英「タイムズ」紙コラムニスト マシュー・サイド)

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