親の愛に飢えた不幸な幼少期の似た者同士…チャールズ国王とダイアナ元妃に見る世代間に連鎖する悲劇ドミノ
プレジデントオンライン / 2024年1月23日 11時15分
(※初出の敬称は当時のもの。1回目以降敬称略)
■英国王室の悲劇の原因は「愛情不足」だった
「エディンバラ公は愛情ある父親とは言いがたい。彼もまた父親に愛されなかった人だ」――。
現在Netflixで公開されている『ザ・クラウン』は、英国女王の故エリザベス2世(1926~2022年)を中心とした激動の英国王室の物語。シリーズラストのシーズン6を迎え、長きにわたるロイヤルストーリーはエンディングを迎えた。
同ドラマはフィクションだが、事実をもとに脚色されている。存命の王室メンバーのスキャンダルを克明に再現されており、日本の皇室ではまず考えられないことだ。
女王は在位中絶え間なく、家族間の断絶や反目、裏切りに悩まされていた。特に後継者チャールズ皇太子(現国王、75)とは、女王も夫のエディンバラ公フィリップ王配(1921~2021年)も長年確執が続く。
冒頭のセリフは、母の故ダイアナ妃(1961~1997年)を亡くして悲しみのあまりヤケになったウィリアム王子(41)と対立するシーンで、チャールズが苦悩に満ちた表情でつぶやいたもの。あろうことか『ママに似ている僕がきらいだろ?』とウィリアムが刃向かってきたのだから。
世界で最も有名な王室である英国王室だが、光り輝く側面とは裏腹に、王室メンバーの多くは“親の愛情不足”という、人間の根源的な“飢え”に苦しんでていたことはこれまですでに報じられており、このドラマでもそれが主題のひとつとなっている。
■“デカ耳”…いじめの標的にされたチャールズ皇太子
シャイで内気なチャールズ皇太子は父のフィリップからしばしば冷たい態度をとられていた。
例えば学業面。本人は上流階級の子弟が多く通う上品なイートン校に入学したかったが、フィリップは、自分の出身校であるスコットランドの新興校・ゴードンストウンに息子を強制的に入れる。
同校はイートンとは違って粗暴な学生も多かった。学校を設立したユダヤ人教育者の意向で、強権な人格形成を旨としていたと言われ、フィジカル面でも非常に厳しいトレーニングを学生に課した。それはひ弱なチャールズに相当ハードだったし、そんな“皇太子”という異分子を、周囲の学生は冷ややかに見ていたようだ。
『ザ・クラウン』では、ラグビーのスクラムの中でチャールズが誰かにわざと殴られたり、特徴的な大きな耳を引っ張られたりするシーンが登場する。彼のあだ名は“デカ耳”。子供というものはいつの時代も正直で残酷だ。
出典:「いじめを乗り越えた優しい王」 寄宿学校の同級生が語る英国王の過酷な少年時代(産経新聞)。
チャールズは実際にゴードンストウン校の生活を、「監獄のようだった」と述懐している。
■マッチョなフィリップは内向的なチャールズにイライラ
スポーツ万能、マッチョな海軍将校だったフィリップは、内気な文学青年のチャールズを、「よかれ」と思って鍛えようとする。いつの日か英国国王になる息子には心身ともに強くあってほしかったのだ。しかし、ある意味荒々しい躾はチャールズだけに行い、スポーツ万能で快活な長女のアン王女(73)を「スウィーティー」(愛しい子)と呼んで溺愛した。
なお悪いことに、母のエリザベス女王もまた、公務の多忙さゆえか、元々の性格ゆえか、我が子にわかりやすい愛情を注ぐ人ではなかった。ジャーナリストのケイティ・ケリー著『Royals』によると、子供たちを置いて長い外遊から帰った後、母に駆け寄った幼いチャールズにそっけない態度をとったそうだ。また「私は母に抱きしめられたことがない」とチャールズは英メディアに語っている。
『ザ・クラウン』では、30代後半になってさらに子供を欲しがる女王に対し、フィリップの親友が「未来の王位継承者のチャールズは、女王の死後を想起させる存在。そんな(複雑な)子供ではなく、彼女は単なる子供が欲しいのさ」と言及するシーンも。実際、王室伝記家ロバート・レイシー著『Battle of Brothers』によれば、チャールズより12歳離れた次男のアンドリュー王子(63)は、女王のお気に入りだった。
とはいえ、女王も王配も、チャールズを愛してないわけではないだろう。だが、愛情表現が下手くそだ。それではチャールズは「自分は親に愛されていない」と思ってしまうのも、むべなるかな。しかしフィリップもまた、満たされきれない“餓え”を感じていたのだ。
■父は愛人と夜逃げ、母は統合失調症でサナトリウムへ
フィリップは、クーデターで追放されたギリシャ王家の傍系の長男だ。彼の一家が外国に亡命した後(フィリップは果実の箱に隠れて亡命したそう)、父は愛人とモナコに逃げ、そのまま子供たちと会うこともなく逝去。母は亡命や夫の浮気などが原因で次第に精神を病み、統合失調症を発症し、サナトリウムに長期入院する。
フィリップの3人の姉たち全員がドイツのナチ関係者に嫁いでいたため、彼は一人ぼっちに。温かい家庭というものを知らずに過ごした。さらには、生前の父からかなり冷たくあしらわれたようだ。
『ザ・クラウン』では、飛行機事故で亡くなったフィリップの姉の死について「お前のせいで(姉は)死んだのだ」と、父からなじられるシーンが悲しい。
■自分はアメーバ…そんな気持ちが息子への厳しさに
孤独なフィリップは叔父のマウントバッテン伯爵のコネで英国海軍に入り、遠い親戚である女王と知り合う。女王は金髪、碧眼(へきがん)、長身のフィリップに一目惚れしたのだ。
フィリップは名門王族の出で、大英帝国の最盛期を築いたビクトリア女王の子孫でありながら、爵位もないほとんど無一文のギリシャ人。女王は周囲から結婚を反対されるが、初恋の相手を伴侶に選ぶ姿勢を貫く。
結婚当初は海軍将校夫人として、普通の専業主婦をしていた女王だったが、25歳の時に穏やかな生活は突然終わりを迎える。父のジョージ6世が、肺がんにより56歳で崩御したからだ。
それはフィリップにとっても大きな転機だ。なぜなら、夫に従順な専業主婦だった妻の後ろを、今後歩かなければならなくなったからだ。それは“男の中の男”を体現する海軍将校として我慢ならないこと。しかも彼の天職も海軍の職も奪われた。
また、当時のイギリスは子供の姓は父方を名乗るのが一般的だったが、自分のマウントバッテンではなく、妻のウィンザーに決められた(のちにマウントバッテン=ウィンザーとなるが)。「自分は王家のアメーバに過ぎない」と『ザ・クラウン』の中のフィリップは嘆く。
■「カミラが忘れられないなら…」という父の悪魔の囁き
そのうっぷんを晴らすかのように、長男チャールズを厳しく教育。本人は否定しているが、美しいバレリーナらと浮名を流し、女王を深く悩ませたとも言われている。
そして、チャールズとダイアナの結婚時には、フィリップは、現王妃のカミラ・パーカー=ボウルズ(76)への想いを断ち切れない息子に、ある言葉をかける。
「結婚して8年経ってもカミラが忘れられないのなら、彼女のもとへ戻ればいいさ」と。
これは悪魔のささやきかもしれない。長男ウイリアム王子を授かった後は、幸せそうにも見えたチャールズとダイアナだったが、次男ハリー王子(39)が生まれた後は、仲が冷え切ってしまった。
のちにチャールズは「ハリーが生まれるまでは、妻への貞節を守っていた」と弁解したが、その後の浮気を肯定したようなもの。さらには「愛人を持たない最初のウェールズ公になりたくない」とダイアナ妃に対して開き直ったそうだ(ウェールズ公は皇太子の意味。ドキュメンタリー『Diana in her words』より)
英国国王は伝統的に「ロイヤルミストレス」という誰もが公認の愛人を持っていたからだ。
■民衆が見たいのは、チャールズではなくダイアナ
チャールズとダイアナはひとまわりも年齢が離れ、趣味もまるで合わない。しかも、どこへ行っても、美しく華やかなダイアナにばかりスポットライトが当たるのをチャールズは苦々しく思っていた、と多くの英国王室関連の報道や書物には記述されている。
『ザ・クラウン』では、英連邦であるオーストラリアに夫婦で外遊に訪れた際、単独で現れたチャールズに民衆は「ダイアナはどこだ?」とブーイングを浴びせ、さらには“デカ耳”とはやしたてたシーンがあるが、実際、チャールズにとっては、スコットランドの監獄・ゴードンストウン校での悪夢が蘇ったかもしれない。
「英国のプリンスである自分は、なぜいつもこんな目に遭うのか?」とチャールズの自己肯定感は、ダイアナによって粉々に打ち砕かれる。彼女にそんな意図はないにしても、惨めな気持ちになったとしてもおかしくない。
■“みそっかす”のダイアナが欲しいのは、夫の愛
一方、ダイアナはダイアナで、不仲の両親のもとに生まれた、いわばみそっかすのような存在だったと言われる。キリスト教徒として姉や弟はしかるべき場所で洗礼を受けたのに、彼女だけ適当な場所でおざなりな洗礼をされたそうだ。
だから、彼女もチャールズと同様に、親の愛情に飢えていた。両親が離婚して母親が家を出てから、継母に育てられる。AFP通信は、「関係はかなり悪かった」と伝えている。大学にも行かず、幼稚園の保育士のアシスタントをしていた頃にチャールズとの縁談が持ち上がった。
そのころのダイアナはシャイで内気だったが、結婚後天性の美貌が花開き、世界中の注目を浴びる。一方で夫とカミラの仲を常に疑い、そのストレスから業病ともいえる摂食障害に苦しめられることに。一時期、骨と皮ばかりに痩せたダイアナの写真が今も残る。
「親にしろ、夫にしろ、どうして彼らは私を愛さないの?」という心の叫びが写真から聞こえてくるようだ。
夫婦お互いに「なぜ自分を愛さない? なぜ自分をかえりみない?」と叫び合っているようでは、早晩破綻するのは当然だろう。
■ハリー王子の反乱は、親の因果が子に報いか?
離婚後しばらくして、チャールズはカミラと正式に結ばれた。
『ザ・クラウン』で描かれた2人の結婚式は、女王の感動的なスピーチがあり、なかなかに味わい深いものだった。長い長い時を経て、チャールズは国王に、カミラは王妃となった。ここに至るまでに、2人はスキャンダルまみれで、ありえないほどチャールズは恥をかいた。
しかし、カミラはダイアナと違って、チャールズの自己肯定感を損なわず、彼より前に出ることはない。「あなたはあなたでいい」とチャールズに寄り添い、誰からも得られなかった愛をカミラが与えてくれた。それは、カミラを決して諦めなかったチャールズの粘り勝ちともいえる。
ダイアナはといえば、結局“餓え”を満たすことはできず、悲惨な自動車事故で37歳という短い人生の幕を閉じた。次男ハリーは母の死がトラウマとなり、王室離脱、暴露本の出版、兄との絶縁など、お騒がせネタをばらまき続けているのはご存じの通りだ。
英国王室の人間模様を俯瞰(ふかん)してみると、女王が苦難の連続だったように、息子のチャールズもまた、受難続きであることがよくわかる。「親の因果が子に報い」とはいうが、この負の連鎖はいつまで続くのだろうか――。
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ファッション系出版社、教育系出版事業会社の編集者を経て、フリーに。以降、国内外の旅、地方活性と起業などを中心に雑誌やウェブで執筆。生涯をかけて追いたいテーマは「あらゆる宗教の建築物」「エリザベス女王」。編集・ライターの傍ら、気まぐれ営業のスナックも開催し、人々の声に耳を傾けている。
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(フリーランスライター・エディター 東野 りか)
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