なぜ五輪も万博も「建設費の想定」が大ハズレするのか…「デジタル」導入を嫌う日本の建設業界の構造的問題
プレジデントオンライン / 2024年1月25日 8時15分
■万博の建設費はすでに2度も増額された
近年の建設産業は、人手不足に起因する工期の遅れや建設費の増額、痛ましい事故などが相次いでいる。
工期遅れの例でいえば、2029年の完成を目指して建て替え工事が進められている東京・世田谷区の区役所本庁舎で、大手建設会社が工程計画などを誤ったため、全体の完成予定が2年近く遅れる見通しになっている。
建設費の増額では、開幕が1年半後に迫る大阪・関西万博の会場建設費が、すでに2度も増額されている。日本国際博覧会協会(万博協会)は、資材価格や労務単価の高騰が主な要因としているが、見積もりの甘さを指摘する声も少なくない。
2024年4月からは、働き方改革関連法の時間外労働時間の上限規制が建設産業にも適用される。これを受け、一部公共事業でも工期延長が発表されている。こうした問題は、区民の施設利用開始時期の先延ばし、国民の税金による負担増などの観点から、決して社会や個人(生活者)にとって無関係ではない。
■このままだと「工期遅れ」が頻発する
全ての産業で進む人手不足だが、とりわけ建設産業は建設現場技能工の高齢化や若手不足が顕著だ。週休2日制(4週8閉所)に向けた取り組みは、一般社団法人日本建設業連合会(日建連)をはじめとする各業界団体からも発表され、各所で実証実験もなされているが、定着しているとは言えない状況だ。
これまで長い労働時間で人手不足をカバーすることで工期に間に合わせてきた建設産業に労働時間の上限規制が適用されることで、工期を守れなくなる状況はますます増え、国民への影響が拡大することは容易に想像できる。
■事業者ごとのコミュニケーションがうまくいっていない
建設工程は大きく4つのプロセスに分かれる。どんな建物を建てるか考える「企画」、企画をデザインなどに起こす「設計」、企画・設計を基に実際の建設を請け負う「施工」、建物が完成したあとの「維持管理」。建設工期とは、最初の「企画」「設計」「施工」の3つを指している。
報道では「施工」の部分が工期遅れの原因として取り上げられることが多いのだが、実は「企画・設計」段階での決定までが長いため、施工に皺寄せがいっていることはあまり知られていない。
「施工」においては、現在は優秀な技能工によって早い工期を維持できているが、高齢化や就労者数減少、時間外労働の規制強化が進む中で、従来のやり方を変えて企画から着工までの効率化も含めた見直しが必要である。こうした「建設産業の構造による抜本的な課題」が社会的に認知されていないのは非常に問題だ。
「企画・設計」段階の決定が長くなる要因は、建設サプライチェーンが分断しているという産業構造にある。企画から建物竣工(しゅんこう)(完成)までの建設サプライチェーンには、発注者(デベロッパーなど)、受注者(設計事務所やゼネコン)、またその配下には、サブコン、建材・設備メーカー、工場、専門工事会社など多くの事業者が関わっており、事業者ごとに業務が細分化されている。
業界が重層下請構造になっていることで、施工体制が複雑化し、現場の施工に対して元請けや上位下請けによる管理が行き届きにくくなり、現場の円滑な連絡調整や情報共有に支障が生じる。事業者間での手戻り(やり直し)やコミュニケーションロスが多く発生するのだ。
■各事業者が一つの建物の設計図をそれぞれ作る非効率さ
例えば、一つの建物を建てるにも各事業者がそれぞれ設計図を作っていることはご存じだろうか。設計事務所が「基本設計」「実施設計」を行うが、この設計図では建築物は完成しない。それを基に、総合建設会社(ゼネコン)が「生産設計」を、メーカーは「製造設計」を、施工会社は「施工設計」をというように、設計図は何種類も別々に作られているのだ。
しかも、図面変更や確定にはプロセスの上流にさかのぼって、設計者や受注者(多くの場合がゼネコン)の承認が必要になる。よって、設計に変更が出た場合、アナログ管理だと各種設計図の整合性を保つことが難しくなる。
図面を確定した後に現場で変更が出た場合でも、設計者に伺いを立てて承認を受ける必要がある。そのため、手戻りが多く発生して承認に時間がかかり、建設工程の施工プロセスの下流に位置する現場に「工期遅れ」という皺寄せが発生する。
■工期短縮のための「デジタル活用」と「フロントローディング」
人手不足の深刻化とともに高齢化や2024年問題への対応が待ったなしとなる中、市民生活に影響を及ぼす住宅やオフィス、商業ビルの安定的な供給を実現しながら、建設業従事者の働き方改革を実現するためには、建設工期の短縮と建設品質の両立が欠かせない。その工期短縮の鍵となるのが、「フロントローディング」と「デジタル活用」である。
フロントローディングとは、できるだけ多くの決定事項を、できるだけ早期の段階で決めることで生産性を高めることを言う。先ほどの設計図の例でいえば、1つの設計図を全員で共有することができれば工期は短縮できるのである。そのためには、建設に携わるすべての人が早い段階で情報を提供し合い、速やかに意思決定をする必要がある。
建設現場では、設計図や工程表を紙で出力するなどアナログな管理がまだまだ多く、変更があった場合に対応が遅れがちだ。ドローンやロボティクス、XRの活用などのデジタル活用も進んでいるが、中でもフロントローディングを実現する上で重要となるのがBIM(ビム)の活用である。
■建築物をモデリングする「BIM」
BIMとはBuilding Information Modelingの略語で、直訳すると「建築物に関する情報のモデリング手法」だ。「Information」が非常に重要であると言われている。
「BIM」は建築物を3Dデジタルモデル化し、建築部材の一つひとつに、サイズやコストなどの多様な属性データを追加することができる。これにより、より正確な設計のプレゼンテーションができたり、設計パターンごとに正確なコスト試算ができたり、壁の内部の見えない配管を画像出力できたりする。また、耐久性のシミュレーションや、補修時に新築時の図面を利用できたりもする。
BIMを施工や保守管理にまで活用することで、建設情報の流れを円滑にし、建設プロセスと建物のライフサイクル全体をデータで横断して活用することができ、人手不足や工期の遅れを是正する効果が期待されている。
BIMのメリットは作業効率化だけにとどまらない。
BIMはデジタル(仮想空間)上でのシミュレーションを駆使した設計検討にも強みを発揮する。そのため、資材を不必要に浪費することもなくなり、コスト削減や工期短縮を実現させることが可能になる。
■日本でのBIM活用は50%にも満たない
諸外国では工期削減に取り組む上で、BIMの活用は当たり前となっている。国土交通省が2023年3月に発表した「建築分野におけるBIMの活用・普及状況の実態調査」によると、BIMの導入状況は総合設計事務所で81.4%、専門設計事務所で41.3%、総合建設業で41.1%、専門工事会社で60.0%となっている。全体では48.4%と半数にも満たず、建設プロセスにおけるBIM活用はまだまだ進んでいない。
なぜ日本ではBIM活用は進まないのだろうか。
日本の建設業界では、施工に必要な情報が網羅されていない設計図を基に、施工に関わるゼネコンやサブコン、専門工事会社がそれぞれ自社に必要な情報を図面を書き加えながら(情報を追加しながら)、建物の完成とともに図面が完成するという慣習になっている。サプライチェーンの「部分最適化」を重視するあまり、これまでの慣習を変えることへの理解を得ることが難しいのである。
■新技術を導入しやすくする環境整備が必要
こうした課題が山積する建設産業において、「デジタル活用」と「フロントローディング」はどのように実現できるのだろうか。
まずは情報を提供したり、相手の提供する情報を信頼するためには相互の信頼関係、つまり、これまでの取引を超えた、パートナーとして相手を成長させるというコミットメントが求められる。よりフラット、対等な関係性などはその第一歩であるが、そのための多少の遊びを設けることは必要だ。働き方、賃金、工期など全てがキツキツでは変化は生まれにくい。
今後、デジタル技術の進歩のスピードは加速し、新しい技術が次々に出てくることが予想される。国や自治体には、これまでのやり方に固執せず、社会全体がより良い方法を積極的に取り入れるように後押しをしてほしいと思う。
同時に、建設に関わる企業が、新しい手法や必要な技術を導入し活用しやすい環境整備にも期待したいと思う。BIM加速化事業の補助金なども一部でスタートしているが、国としてのコミットメントがない中では迫力に欠けていると言わざるを得ない。
官民が一体となって、持続可能な建設産業と社会(インフラ)の実現に向けて、今までの制度や仕組み、常識を、「勇気を持って変えていく」ことが必要だと、私は考えている。
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野原グループCEO
1978年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、シカゴ大学経営大学院修了。シティバンク、エヌ・エイ、日興シティグループ証券を経て、2006年野原産業入社。2009年野原産業取締役、2018年野原ホールディングス(2023年7月に野原グループに改編)社長。日本における建設産業のDXを牽引すべく、2015年以降、プロ向け建材通販サイト「アウンワークス」の立ち上げ、BIMデータライブラリーの「bimobject.com」を世界的に展開するスウェーデンのBIMobject社との合弁会社「BIMobject Japan株式会社」を設立。2023年、建設産業変革のフロントランナーとして「建設DXで、社会を変えていく」ことを掲げ、BIM設計-製造-施工支援プラットフォーム「BuildApp(ビルドアップ)」を中心とする建設DX推進事業を強化。
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(野原グループCEO 野原 弘輔)
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