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「日本式アップルパイ」を世界に売り込みたい…東京の高級スーパー「紀ノ国屋」が赤字覚悟で沖縄に進出したワケ

プレジデントオンライン / 2024年1月24日 11時15分

紀ノ国屋とUPSは共同で沖縄とアジア向けの物流拠点となる配送センターを開設した=23年6月、沖縄県糸満市 - 写真提供=UPS

■「利益のすべてが物流費で吹っ飛ぶ」沖縄になぜ?

東京・青山を本拠地にする創業113年の老舗スーパー「紀ノ国屋」の進化が止まらない。首都圏を中心に店舗展開してきたいわゆる高級スーパーだが、全国各地で近頃、「KINOKUNIYA」の商品や看板を目にすることが増えてはいないだろうか。

60年以上のロングセラーを誇る紀ノ国屋の人気商品「アップルパイ」は、今や北海道から九州・沖縄まで全国各地の店舗で売られるようになり、今年春以降、海を超えシンガポールや香港、台湾のアジアでも販売が始まろうとしている。

沖縄県の「リウボウストア」で売られているアップルパイの価格は1274円(5号サイズ)。首都圏の972円よりもやや高いが、紀ノ国屋の髙橋一実副社長は「離島に商品展開するとなると、利益のすべてが物流費で吹っ飛んでしまう。沖縄でこうして商品を並べられたことで、最初の高い壁は超えた。次に乗り越える壁は、販売価格の差をなくしていくことだ」と話す。

■コロナ禍、物価高でも4期連続の増収

紀ノ国屋の販売拠点数(直営)はコロナ前の2019年度30店舗から、24年1月現在45店舗に拡大。売上高は約217億5300万円から今期23年度末の通期予想は約255億7600万円で、19年度比38億円超の増収を見込む。コロナ禍を通して4期連続増収を達成した。

少子化、コロナ禍、物価高、物流コスト高で拡大路線には幾重にも壁が立ちはだかる。輸送力が不足し物が運べなくなる、いわゆる「2024年問題」への対応も重くのしかかる。にもかかわらず、「KINOKUNIYA」はアメーバのごとく、拡大路線を推し進めている。

そんなことがなぜ可能なのか。取材を進めると、紀ノ国屋がこれまでにないやり方で全国各地から沖縄を基点に海外市場へと、商品供給を見込んだ徹底的な物流改革を仕掛ける意図が見えてきた。

■悲願の進出を叶えた相棒は物流世界大手

同社が「唯一無二のパートナー企業」として手を組むのは、世界220カ国・地域に宅配ネットワークを有する米物流大手UPSの日本法人、ユーピーエスサプライチェーンソリューション・ジャパン。

貨物航空機の保有台数では世界最多。ヤマト運輸が宅配事業のモデルにしたことで知られる創業117年の老舗企業で、日本には1990年にヤマトとの合弁で進出した。2002年に合弁を解消し、国内では企業向け国際物流、越境EC物流、サプライチェーンの改善提案を担っている。

現在、紀ノ国屋の販路開拓の現場には、マーケティング、商談の段階から常にUPSのスタッフが伴走している。

筆者は、2022年9月に紀ノ国屋が沖縄のデパート「リウボウ」内で特別販売会を開催した際に髙橋副社長に出会い、同社の地方戦略について取材した。その催事会場にもUPSの担当者の姿があったのだが、その意味と背景をつかんだのはそれから9カ月後、紀ノ国屋がUPSを引き連れて共同で「沖縄初進出」を果たした時だった。

企業の物流は一般的に、荷物の種類や目的地ごとに、より安くより効率よく運んでくれる物流会社を選定し、配送や在庫管理などを委託する。食品スーパーを経営する紀ノ国屋にとって、首都圏の限られた域内に店を出していたころは物流に悩まされることなど、ほとんどなかった。ところが、全国にモノを運ぶようになると物流は「大きな壁」となって立ちはだかった。

■なぜ日本の物流企業ではダメだったのか

地域の配送業者と連結がうまくできずルートがつながらない、商品の扱い方や供給頻度、温度管理など細かな要望に十分対応してもらえない、効率よく運べず収益性が改善しない、といった問題が多発。日本の物流会社とでは世界展開を念頭に置いた物流ルートを敷くことができず、頭を抱えていた。

髙橋副社長はこう語る。

「紀ノ国屋がつくる価値ある商品は、全国各地の食材やメーカーの技術によって生み出される。絶対に廃れさせたくない、日本の大切な財産そのものです。各地に散らばる製造拠点、メーカーをつないで海外に出ていくには、物流が絶対的な要になります。

でも、小売企業がいくら『物流の壁』の克服を考えても埒(らち)があかない。コスト削減ありきで物事が動かないケースが山ほどある。コロナ禍が明けて、ここで脱皮できない企業はおそらくだめになるという危機感がありました」

「今後、世界に出ていく計画を考えれば、相手は国際物流を得意とする会社がいい。最初から世界とつながるUPSにパートナーとしてチームに加わってもらって関係性を築き、ゼロから物流網をつくることを目指しました」

日本式アップルパイを世界に売り込むため、紀ノ国屋髙橋一実副社長(左)は台湾の催事で売り場に立った。右はUPSの安田誠一さん=23年5月
写真提供=紀ノ国屋
日本式アップルパイを世界に売り込むため、紀ノ国屋髙橋一実副社長(左)は台湾の催事で売り場に立った。右はUPSの安田誠一さん=23年5月 - 写真提供=紀ノ国屋

■店舗拡大戦略から、卸やフランチャイズ販売に転換

2020年のコロナ禍の始まりを機に、紀ノ国屋は客足の途絶えた首都圏を飛び出し、地方各地の百貨店やスーパーの軒先を借りて期間限定の「特別販売会」を展開してきた。その数は、昨年までの4年間で90会場、売上高にして9億1600万円に上った。

毎回、各催事場に名物のアップルパイや自家製の惣菜、スイーツ、雑貨など500品目を超える食品や雑貨を運搬する。21年以降の特販会から、トラックやJR貨物、航空、船舶を駆使し、地方から地方へ、商品の輸送と保管、供給を支えたのが、UPSだった。

紀ノ国屋は主要都市への自社店舗の出店にめどをつけ、今後は卸やフランチャイズ販売を増やし、オリジナル商品の供給網拡大を軸にブランド認知を国内外に広げていく方針を掲げている。特販会を通してローカルスーパーに流通する豊かな食文化に触れ、各地に根付く事業者との連携可能性を見出したことが、後押しとなった。

髙橋副社長は、全国から海外へとつながる物流網の構築を「先行投資」と考え、先にやるべきことを走らせながら、「コスト面・ルートの面で最適化を図り、採算がかなう方法を一緒に考えてほしい」とUPSに求めた。

UPSの貨物航空機=23年12月・香港国際空港
筆者撮影
UPSの貨物航空機=23年12月・香港国際空港 - 筆者撮影

■片荷輸送という最大のロスをなくす「往復ビンタ」

流通企業の売上高に対する物流コスト比率は一般的に3~5%といわれ、近年はさらに上昇傾向にある。髙橋副社長が当初UPSと契約した内容は、その平均値の最大10倍。法外なコスト比率を許容してまで、安定的に商品が届けられる物流網を構築することにこだわった。

「責任は重いと感じました」

UPSでロジスティックスの担当部長を務める安田誠一さんは振り返る。

「通常は価格が第一ですから。高ければすぐに取引先を変えることが当たり前ですが、走り出しの全く採算が合わない状況でも紀ノ国屋さんは全面的に頼ってこられた。食品スーパーとして毎日モノを届けることの難しさを感じながら、髙橋副社長が目指すビジョンに共感し、なんとかしなければと必死の思い。このような取引関係は初めての経験でした」

紀ノ国屋とUPSが共同で仕掛ける改革のキーワードは、物流の往路と復路、それぞれの貨物便を可能な限り満杯にして生かし切る、「往復便」にちなんだ、通称“往復ビンタ”(UPS)の拡充だ。

両社が構築する配送ルートは、往復するトラックやコンテナが「片荷輸送」にならないことを目指す。UPSが主体となって、ルートの重なる顧客をマッチングしたり、混載できる荷主を探したりして企業の集荷営業に走る。

■金沢店へ配送→富山の惣菜を調達→東京へ

一方の紀ノ国屋側も、自社商品の仕入れを増やして復路便の中身を充実させようと、首都圏や都市部の売り場で販売できる地方商材の掘り起こしに全力疾走する。そんな「両輪」で走らせる混載貨物便がその特徴だ。

帰りのトラックに載せることを念頭に、地方の“逸品食材”を仕入れ、昨年6月から都内の店舗で売り出したのが、富山県産の「白えびかき揚げ丼」と煮物惣菜6品。

富山県産「白えびのかき揚げ丼」富山からのおくりもの
写真提供=紀ノ国屋
富山県産「白えびかき揚げ丼」富山からのおくりもの - 写真提供=紀ノ国屋

金沢店まで商品配送を終えていったん空になったトラックが、富山の食品メーカー「ふたつわ食品」の工場に向かい、かき揚げや惣菜品を調達して復路に就く。東京の倉庫へ帰る途中、惣菜品は東京都・三鷹にある紀ノ国屋のセントラルキッチンに届けられ、かき揚げ丼の弁当や煮物のパック商品となり、ランチタイムの首都圏の店舗に並べられる、という流れだ。

出会いは、ふたつわ食品の関連会社が運営する富山の食品スーパー「ヴァローレ」が、紀ノ国屋の商品を仕入れ、常設の販売コーナーを開設したことがきっかけだった。

店内に並ぶ北陸地方ならではの惣菜のおいしさと質の高さに目をつけた髙橋副社長が、今度はヴァローレを通して惣菜を仕入れさせてほしいと頼み込んだ。UPSも加わり、衛生管理をクリアするためのパック方法や集荷時間、ルート変更の試行錯誤を経て、富山―東京間の毎日配送を実現した。売り場で毎日完売し、早くも、紀ノ国屋の定番人気商品の仲間入りを果たしている。

■相乗り企業を増やせば物流コストも下げられる

その運賃形態にも特徴がある。

通常、物流会社にとってのミッションは、「トラック1台あたり、飛行機1機あたり、船1便あたりの利益を最大化することにある」(安田さん)。物流会社が主体となって荷量と貨物便のバランスを調整し価格をコントロールするのが一般的だが、紀ノ国屋方式ではそうはならない、という。

紀ノ国屋の商品を載せた貨物便は、混載割合に応じて運送料金を荷主間でシェアする方式で、他社の混載貨物が増えるほど、ベースカーゴとなる紀ノ国屋が先行的に負担した費用を低減させる形態をとる。紀ノ国屋が借り上げる貨物便への相乗りを歓迎し、混載企業にとって従来よりも割安な料金で運べるケースが相次いでいる。いわば、物流版「ライドシェア」なのだ。

混載企業にも、発地・着地の両方でUPSの配送センターを在庫保管拠点として使ってもらうことで、集荷と配送の効率性を高め、割安感のある輸送形態を実現した。

さらに、物流ルートの再構築は結果的に、トラックドライバーの時間外労働時間の上限が課される2024年問題への対応も加速させた。

■物流会社のやるべきことを「逆に教えていただいた」

例えば、東海・北陸方面の配送は、従来、別々のルートで独立し、行きと帰りで2人ずつ、計4人のドライバーが必要だった。だが、愛知県内の倉庫を中間拠点に東海・北陸方面を往復便でつなぎ直すことで、往復1人ずつ、合計2人のドライバーが労働時間の制約に触れることなく、業務を完結できるようになった。

往路と復路それぞれのトラックに載せる品があるからこそ生まれた、効率輸送をかなえる“往復ビンタ”拡充の成果だ。

新たな取り組みには、知恵も手間も、追加の投資も必要となる。紀ノ国屋の連携強化に動くUPSにとって、企業の勝算はどこにあるのか。

「紀ノ国屋さんが最初の道を切り拓く“リスクテイカー”となって走ってくれたおかげで、物流会社としてできること、やるべきことは何かを、逆に教えていただいた」と安田さんは表現する。

本来、物流とは荷主がいて、運ぶものがなければ道はできず、ビジネスも生まれない。紀ノ国屋が目的意識を持って拡大していく物流網の上で、UPSは混載営業でつながりのできた取引先とともに、新たなビジネス需要をつかみ始めており、24年問題に対応する原資、原動力になっているという。

■目指すは沖縄を拠点にしたアジア→世界展開

日本では、物流業界誌の企業向けロジスティックス売上高ランキングで100位にも入らないUPSだが、今、紀ノ国屋の海外ルート開拓の波に乗って、国際物流大手として本領発揮のチャンスが巡ってきている。

改革のもう一つのテーマは、沖縄を基点にその先へ物流網を広げる紀ノ国屋の「アジア・世界戦略」だ。沖縄の物流倉庫を出口に、24年春からシンガポールや香港、台湾など東南アジア向けの商品出荷がスタートする。

紀ノ国屋は、22年9月に沖縄で開催した特販会で記録的な販売実績を叩き出したことを機に翌年6月、沖縄県内のリウボウストアに商品卸を始め、県内7店舗に常設売り場がオープンした。アップルパイをはじめ、本州よりも割高な商品については「今後、同一価格で販売できるようにリウボウと共に改善していく」(髙橋副社長)という。

商品販売と物流拡大で紀ノ国屋と連携するリウボウストアの親川純社長(左)=23年6月
写真提供=紀ノ国屋
商品販売と物流拡大で紀ノ国屋と連携するリウボウストアの親川純社長(左)=23年6月 - 写真提供=紀ノ国屋

同時にUPSも、常温、冷蔵、冷凍の3温帯物流倉庫を沖縄本島南部に開設。専用倉庫としての機能だけでなく、受注センターとして初めて、在庫管理と商品供給のコントロール業務を請け負う事業をスタートさせた。

「実際にアジア各地に行って商談してみると、沖縄がどれほど重要な位置にあるかを実感します。距離の近さ、スピード面、費用面でも、物流拠点が沖縄にあるというだけで、取引のハードルが一気に下がる」と髙橋副社長はいう。

■物流を「コスト」とみなしている企業は生き残れない

沖縄への物流ルートを開設する際、UPSは沖縄に製品を出荷しているIT企業や複数の食品メーカーに営業をかけ、行きの混載便を構築。紀ノ国屋は、沖縄で製造できるドリンク商品の検討や、沖縄進出を見越して開発した「黒糖パン」の原材料を仕入れるなど、戻りのコンテナを埋める努力が続けられている。今後物流がつながるアジア各地においても同様に、両輪による国際版の「往復ビンタ」が動き始める見通しだ。

物流網の稼働を上げるには、紀ノ国屋の商品を卸す各地のローカルスーパーとの協力関係が鍵を握る。「アジアへの玄関口」になることを見越して物流倉庫まで新設した沖縄では特に、「物流の維持に対し互いにリスクを負うリウボウさんとの信頼関係と連携を重視している」と髙橋副社長は強調する。

沖縄の那覇空港内店舗やリウボウのデパートとストアで長野県産の土産菓子や果物などを販売する長野県の地域商社マツザワ(飯田市)は、リウボウを介してUPSとつながり、それまで1箱2000円台だった輸送費を、混載便に載せることで1000円以下に低減させた。

■地方企業の難題を解決する切り札になるか

タイの食材を使った冷凍食品などを販売するCPF・ジャパン(東京都)は、タイ―東京間と変わらない輸送費で沖縄まで商品が届けられる見積もりを得て、昨年10月から初めてリウボウストアとの取引を開始した。

海外を含め多地域間で「仕入れ」が行き交う“往復ビンタ”の物流網は、相乗りする企業にも同時に開かれ、販路拡大の可能性を提供することになる。

物流はもはや、価格を競わせて値下げを試みる「コスト」ではない。商品開発と販路拡大、そして全国各地で奮闘する良質な食品メーカー、ローカルスーパーの流通支援に不可欠な「課題解決手段」だと位置づけたことに、視点の転換がある。

先行投資を仕掛けるイノベーターの紀ノ国屋にとっては、高速で展開する商品開発と供給網拡大の同時進行は、「損益分岐点ギリギリで、まだまだ苦しい」(髙橋副社長)という。UPSにとっての採算性確保も、まだ道半ばだ。

その反面、両社の商流に関わる仲間は全国津々浦々、着実に増えている。背負ったリスクと引き換えに積み上がる「濃密な信頼関係」(髙橋副社長)は、国難ともいえる物流と地方企業の販路拡大の難題に対処する、貴重な切り札になるかもしれない。

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座安 あきの(ざやす・あきの)
Polestar Communications取締役社長
1978年、沖縄県生まれ。2006年沖縄タイムス社入社。編集局政経部経済班、社会部などを担当。09年から1年間、朝日新聞福岡本部・経済部出向。16年からくらし班で保育や学童、労働、障がい者雇用問題などを追った企画を多数。連載「『働く』を考える」が「貧困ジャーナリズム大賞2017」特別賞を受賞。2020年4月からPolestar Okinawa Gateway取締役広報戦略支援室長として洋菓子メーカーやIT企業などの広報支援、経済リポートなどを執筆。同10月から現職兼務。朝日新聞デジタル「コメントプラス」コメンテーターを務める。

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(Polestar Communications取締役社長 座安 あきの)

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