350年間も数学者たちを悩ませた「フェルマーの最終定理」を解決に導いた2人の日本人数学者の「意外な予想」
プレジデントオンライン / 2024年1月25日 15時15分
※本稿は、NHK「笑わない数学」制作班編『笑わない数学』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■証明まで350年かかった「フェルマーの最終定理」
「フェルマーの最終定理」とは、フランスの数学者ピエール・ド・フェルマーが残した数学史上最大のミステリーとも呼ばれた難問です。
なぜミステリーと呼ばれたのか?
実はフェルマーはこの問題を自ら証明したと書き記しているのですが、どこを探してもその証明が見つからなかったからなのです。
その後、数々の数学者がフェルマーの最終定理の証明に挑んでは敗れ去り、結局350年経って、ようやく証明にたどり着いたという難問なのです。
この難問、問題自体を理解するのは意外と簡単です。まずは次の問題を考えてみてください(図表1)。
この問題は中学校で習うかと思います。例えば、x=3、y=4、z=5であればこの式を満たしますよね。
他にもこの式を満たす自然数x、y、zの組はたくさんあります。x=5、y=12、z=13とか、x=8、y=15、z=17とか、x=7、y=24、z=25などなど。
それでは、もし、ここで「指数」(文字の肩の数)が2ではなく3だったらどうでしょうか?
1から9を3乗した数を表にしてみましたので、この表を参考に、この式を満たす自然数x、y、zの組を探してみてください(図表3)。
どうでしょうか? 自然数x、y、zの組は見つかりましたか? 絶対に見つからないと思います(見つかったという方は、ご自身の計算ミスを疑ってください)。
そろそろ皆さんもわかってきたのではないでしょうか? 「フェルマーの最終定理」とは次のような問題です(図表4)。
つまり、指数nが3でも4でも100でも1000でも10000でも、この式を満たす自然数x、y、zは絶対に無いということなのです。
■「真に驚くべき証明を発見したが余白が狭すぎる」
フェルマーは1607年にフランスの田舎町で生まれました。
この頃は、ヨハネス・ケプラー、ガリレオ・ガリレイ、アイザック・ニュートンという科学者が活躍し、ヨーロッパを中心に近代的な科学が発展した時代でした。
その中でもフェルマーは、確率論や幾何学など当時最先端の研究を行い、数学界をリードする存在でした。
そんなフェルマーが30歳のころ、持っていた本の余白にメモを書き残します。このメモを現代風に書き直したものが、先ほどお見せした「フェルマーの最終定理」です。
ところがフェルマーは続けて次のようにメモを書き足しました(図表5)。
(フェルマーが書き込んだ原本は失われているため、この画像はイメージ図です)
その後、フェルマーは証明をどこにも残さないまま、この世を去ってしまったのです。
これがその後350年に渡って、数学者たちを悩ませ続けることになるフェルマーの最終定理の誕生でした。
■天才数学者・オイラーが証明を試みるも…
余白が足りないのであれば、フェルマーは別の紙を用意して証明を書けば良かったのではないか、という指摘が読者のみなさんからも聞こえてきそうですが、いずれにしても、フェルマーの最終定理は本当に正しいのかどうか、大きな謎が残されたわけです。
その謎を解こうとその後、たくさんの数学者たちが証明に挑みます。
大きな成果を上げたのは、レオンハルト・オイラーです。数学史上、類をみないほどの天才オイラーであれば、フェルマーの最終定理を解決できるのではと期待してしまいますよね?
ご期待のとおり、オイラーは指数nが3の場合について解決してくれました。指数nが3の場合だけかと思われるかもしれませんが、それでも十分にすごいことなのです‼
とにかく、あのオイラーでも指数nが3の場合だけしか解決できなかったということは、この問題がめちゃくちゃ難しいということをわかっていただけるのではないでしょうか。
■「1つ1つしらみつぶし」では、永遠に終わらない
フェルマーの最終定理を証明するためには、指数nが10でも10000でも1億でも、3以上のすべての自然数で正しいと証明しなければなりません。
指数nが3以上のすべての自然数で正しいと証明しなければならないということは、1つ1つしらみつぶしに当たっていったら、永遠に終わらないということです。
そこで、1つ1つの自然数をしらみつぶしに当たるのではなくて、ある程度まとめて解決しようという数学者が登場しました。
その数学者は、ソフィ・ジェルマンという当時では非常に珍しい女性数学者でした。
ジェルマンは、フランスのパリで生まれ、幼い頃から大の数学好きでした。しかし、当時のフランスでは、女性が数学を学ぶことは、社会的に受け入れられていませんでした。
ジェルマンが18歳のとき、理系のエリートを養成するための学校が創設されました。しかし、入学を許されるのは男性だけでした。そこでジェルマンは男性の名前を名乗って生徒として潜り込み、数学を学んだのです。
ジェルマンの才能はその後、数学者の王とも呼ばれたガウスも認めるところとなります。
自らを男性と偽りつつ、研究結果をガウスに送って意見交換をするようになりました。そして、ジェルマンはフェルマーの最終定理に迫る1つの成果にたどり着きました。
■当時では珍しい女性数学者・ジェルマンの「戦略」
ジェルマンが取った戦略は、それまでには無かった斬新なものでした。
指数nに入る数を1つ1つ確かめていくのではなく、たくさんの自然数について一気に証明する方法を考え出したのです。
そのたくさんの自然数とは、5、11、23、29など、素数のうち2倍して1を足したものがまた素数になる自然数です。指数nがこの素数であれば、ある条件の下でフェルマーの最終定理が成り立つことを示したのです。
しかし、彼女は女性であることを理由に、論文で発表することは認められなかったといいます。
ジェルマンが30歳のときに自分が女性であることをガウスに打ち明けました。
その後、ガウスは彼女の業績を称え、自分が所属する大学の名誉学位を授けようと動きましたが、ジェルマンはその直前にこの世を去りました。
ジェルマンは、女性だからという理由だけで正当に評価されませんでした。
しかし、そんな逆境にもめげず偉業を成し遂げたジェルマンは本当に素晴らしいです。
■2人の日本人数学者の「意外な発見」
さて、フェルマーの最終定理の証明への道はジェルマン以降もある程度の前進はみられました。
しかし、20世紀に入っても、フェルマーの最終定理が成立しないことが示されていない指数nの候補となる自然数は、まだまだ無限に残されたまま、ほとんど進まなくなりました。あまりの難しさに、多くの数学者は「フェルマーの最終定理を完全に証明することは不可能だ。もう証明は諦めよう」と考えるようになりました。
ところが、フェルマーの最終定理とはまったく関係のないところで行われていた1つの研究が、その後、誰も予想しなかった突破口を開くことになるのです。
その研究に取り組んでいたのは、志村五郎と谷山豊という若き日本人数学者でした。
彼らの研究テーマは、ものすごく変わっていました。
ざっくり言えば、例えば左下のような方程式の問題と、右下のような不思議な絵がつながっているのではないかという研究です(図表6)。
この方程式の問題と不思議な絵が、どのようにつながっているかの説明は、紙面が足りませんので省略させていただきます。
■世界の数学者たちが驚愕した「志村-谷山予想」
2人の日本人がフェルマーの最終定理とまったく関係ないところで、方程式の問題と不思議な絵がつながっているのではないかという「志村-谷山予想」と呼ばれる問題を世に送り出したということだけ覚えておいてください。
この発見を何かに例えるなら、ピラミッドで発見された壁画とまったく同じものが、なぜかシベリアの永久凍土の地下からも発見されたような驚き、そんな感じです。
しかし、そのくらいの驚きだったので、志村-谷山予想が本当に正しいのかどうかについては、欧米の数学者たちはみんな半信半疑だったそうです。
そして、残念ながら志村と谷山は自分たちの予想の正しさを証明することまではできませんでした。志村-谷山予想は未解決のまま残されることになったのです。
■数学史上最大のミステリーを解決したアイデア
ところが、1986年、これまためちゃくちゃ意外なことが発見されたのです。
志村と谷山はフェルマーの最終定理とはまったく関係のないところで研究していたと書きました。
ところがなんと証明されないまま残っていた志村-谷山予想が、フェルマーの最終定理と結びつくことが、アメリカのケン・リベット博士とイギリスのゲルハルト・フライ博士によって発見されたのです。
この2人の発見により、志村-谷山予想が正しいと証明できれば、フェルマーの最終定理もまた正しいことが証明できるという事実が明らかになったのです。
そして、イギリス人数学者のアンドリュー・ワイルズ博士が志村-谷山予想の証明に乗り出します。幼い頃から、フェルマーの最終定理を解くことを夢見てきた数学者です。ところが、志村-谷山予想は、どこから手をつければよいかわからないほどの超難問でした。
それでも1995年、ついにワイルズ博士はリチャード・テイラー博士と共に証明を完成させたのです。
フェルマーの最終定理の誕生からおよそ350年。数学史上最大のミステリーは解決したのです。
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(NHK「笑わない数学」制作班)
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