なぜP&G出身者は"P&Gマフィア"と称されるのか…元社員が証言「30歳で3社経験と同程度」という驚きの仕事内容
プレジデントオンライン / 2024年1月30日 14時15分
※本稿は、和佐高志『メガヒットが連発する 殻を破る思考法』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。
■P&Gできわめて幸福なキャリアを築くことができた
P&Gで、私はきわめて幸運なキャリアを築くことができたと思っています。「コーラック」や「ウィスパー」に始まり、「マックスファクター」「SK-II」を成功させ、マーケティングからセールスへと2階級昇進を果たしました。その後は、「ジョイ」や「ファブリーズ」などホームケアを管轄し、「アリエール」などランドリーカテゴリーを管轄した後は、38歳でマーケティング、営業企画、ファイナンス、R&D、生産統括(工場)、法務、人事などのすべての部署を管轄するジェネラルマネジャー(GM)に就任することになりました。
担当カテゴリーは「SK-II」を除く、すべてのスキンケアブランドと「マックスファクター」の化粧品、「ウィスパー」、そして石鹸の「ミューズ」と幅広いものでした。その結果、私はアメリカにあるP&Gシンシナティ本社の4人のグローバルプレジデントが上司になり、各カテゴリーのPLや利益をレポートすることになりました。
ほぼ毎週この4人のプレジデントと、時差の関係で夜9時から深夜までテレビ会議をし、昼間は日本のメンバーたちと仕事をする超過密な生活をしていました。
■日本法人に5人しかいないGMになれた
P&Gはグローバルで「トップ30マーケティング」を毎年、選んでいました。全世界で30人、マーケティングで高いポテンシャルを持った人材をチョイスするのです。この「トップ30マーケティング」に選ばれた人しか、基本的にGMにはなれないと言われていました。GMはきわめて限られた役職で、グローバルの人材プールの中から選ばれていたのです。
なぜ私がこんなに若くして、日本法人に5人しかいないGMという役職の一人になれたのか。それは端的に言えば、結果を出すことができたからです。
自分で言うのもなんですが、特に「マックスファクター」「SK-II」、ホームケア、ランドリーなど、担当したカテゴリーは、すべて大きく数字を伸ばしたのです。
「マックスファクター」は松嶋菜々子さんというブランドキャラクターを熱意で獲得しました。ビューティケアの販売企画、カウンセリング部長時代には他部門のメンバーと協同して、シンガポールエアラインのサービストレーニングとして行われているSQトレーニングを、数億円かけて2000人すべてのビューティカウンセラーに受けてもらい、サービスの基本を徹底的に学んでもらいました。肌の下に隠れているシミやしわを、シミュレーションで肌診断し、将来の美肌を手に入れる「SK-II」独自のカウンセリングシステムを導入しました。
■結果を出すために、とにかくあきらめない
ホームケアに行くと「ジョイくん」のキャラクターで「ジョイ」を伸ばし、「ファブリーズ」では置き型を含めて爆発的に伸ばし、「ボールド」では次々と話題になる面白い広告を作り、たくさんの広告賞をいただきました。
どうしてそんなことができたのかというと、「イシュー」に対して、逃げずに徹底的に向き合い、その解決にチームと一丸となって挑んだからだと思っています。もちろん、やるべきことはたくさん出てきますが、だからこそ、戦略的な集中を行う。
見つけた戦略が尖(とが)っていれば、だいたい反対にあいますから、そこではパッションが必要です。松嶋菜々子さんにノーと言われたら、普通は「ま、いいか」であきらめるのですが、私はあきらめない。「ま、いいか」はないのです。
そこで逃げたらダメ。そもそも、私が会いに行ってノーと言われたわけではない。やるべきことをやっていないわけです。そこで、もっとも成功できる方法を考える。私よりも、社長が行ったほうがいいと思えば、そうする。誰に助けてもらえばベストなのかを考える。結果を出すために、です。
結果を出すために、とにかくあきらめないのです。
■「ブランドマネジメント制」が優秀人材のベース
先にも少し触れましたが、P&G出身者は「P&Gマフィア」などと呼ばれて、いろいろな企業で活躍するようになっています。そのベースになっているのが、「ブランドマネジメント制」にあると私は感じています。
この仕組みの中で、消費者マーケティングのプロとして育てられ、同時にブランドやカテゴリーのPLや利益の責任を負う。これは、小さな会社の社長になるようなものなのです。
P&Gに入社すると、ブランドマネジメント制の中で、20代で3つくらいのブランドやカテゴリーを担当することになります。小さなものなら数十億円。中堅規模で数百億円。大きなものなら1000億円を超すブランド=会社を、30歳ほどで3社経験しているような状況になります。
言ってみれば、すでにいろんな会社で働いているような経験を持っているのです。しかも、ブランドマネジャーになれば、会社の運営に近い仕事になる。ブランドマネジメント制が、これを可能にしているのです。
実際、ブランドは、大きなマーケティング予算を扱います。ここから、どんなプロモーションを行えば、消費者行動が変化し、シェアが上がったり、売り上げが上がったりするのか、相関関係を見ながら、その予算の使い方を考えなければなりません。
■部下とチームの両方が伸びなければ評価されない
そもそも銀行に預けておけば、世界では4~5%の金利で増えていきます。それと同じ利回りにしたのでは、ブランドマネジャーにお金を預ける意味がない。そういうことも、入社3、4年目には学びます。予算を預かれば、年利5%以上のバリューを出さなければいけないということです。
そして先にも少し触れたように、P&Gでは、部下とチームの両方が伸びなければ評価されません。自分だけが伸びても昇進はないのです。チームの育成、トレーニングの大切さ、リーダーシップ、問題解決能力が必然的についてくる。
会社に雇われているのではなく、オーナーシップを持って、自分のブランドを率いていくという意識が強くなるのです。
部下を持つと、360度評価になります。自分の強みと弱みが、はっきりと文書で書かれて出てきます。多方面に目を配っていなくては、当然、評価は得られません。
30歳で「SK-II」のブランドマネジャーを担当していた時には、年間400億円のブランドでした。それからホームケアやランドリーになると、1000億円規模のカテゴリーを見ていくことになりました。
■極めてハードな仕事を30歳そこそこで経験できた
また、私自身、後に韓国も見ていくことになりますが、グローバル市場も担当領域になりました。
こういう仕事を30歳そこそこで担う。ものすごくストレッチでチャレンジなプロジェクトばかりでしたが、それはありがたいことでした。しかも当時のP&Gは先輩社員の人数も少なく、先輩たちは後輩を育て、P&Gのポートフォリオを増やし売り上げを上げるしかなかった。上司が「こいつはもう無理だ」と思ったら、昇進は止まってしまう。
その意味では、マーケティングなど学生時代まったく勉強してこなかった私を、先輩方がどれほど我慢強く育ててくれたのか、とても感謝しています。P&Gに入っていなかったら、今の私はいない。それは断言できます。
だから、私にできるのは、自分が学んだことをこれからの人たちにお伝えしていくことなのだと思っているのです。
■シンガポール行きか、新たな挑戦か
38歳でGMに就任して3年半、一つの転機が訪れることになります。日本のヘッドオフィスはこれまで日本にあったのですが、それをシンガポールに移す、という会社の方針が決まったのです。
GMの役職にある以上、シンガポールに行かなければなりません。行くか行かないか悩んでいるときに、もともと持っていた思いが頭をもたげてきました。
伝説の外資系トップと呼ばれ、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどで社長を務めた新(あたらし)将命(まさみ)さんの著書に、こんな記述があったのです。
なるほど、10年ずつで3社ほどキャリアを積むのはいいな、とおぼろげに考えていた時期があったのでした。ところが、気づけば、P&Gに18年。私自身は、そんなに長くいるつもりはなかったのです。
ただ、医薬品、紙製品、化粧品、ホームケア、ランドリー、セールス部門など、さまざまなカテゴリーを見ることができたのは、とても幸運でした。会社は替わらなくても、ブランドを替わることで、新しい経験も積めたし、モチベーションも高めることができました。
■2008年夏に退職、リーマンショックが世界を襲う
しかし、すでに役職はさまざまなカテゴリーをまたぐGMです。おそらく、次のポジションは、別のカテゴリーのGMか、もしくはカントリーマネジャーでした。
しかし、私にとってはそれらのポジションは今までやってきたことの延長線上で、もっと新しいチャレンジをしたいという気持ちが大きくなっていました。そこでP&Gを卒業することにしたのです。
日本のP&G本社は当時、神戸にありました。次の会社を関西で探すのは、おそらく難しいものになるだろうと思いました。選択肢が限られるからです。そこで、充電期間を少しとる目的もあって、転職先を決める前にまずは東京に移り住むことを決めました。
退職したのは、2008年夏。その後、リーマンショックが期せずして世界を襲います。すべての外資系の会社のリクルーティングが半年間ほどストップし、私は雇用保険をもらうために渋谷のハローワークにも通うことになりました。希望の年収を聞かれ、P&G時代の年収を答えたら「桁を間違えていませんか」と苦笑されたのを覚えています。
一度はゴルフ関連の会社に就職したのですが、さまざまな理由により、約半年で退職し、以前からヘッドハンティングの声がかかっていた会社に行くことを決断しました。
それが、日本コカ・コーラでした。
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Jukebox Dreams代表取締役CEO
1990年、同志社大学文学部新聞学科卒業後、P&Gジャパン・マーケティング本部入社。医薬品、紙製品のマーケティングに始まり、化粧品&スキンケア、洗濯関連カテゴリー等を担当。ブランドと人材育成の実績を重ね、ブランドマネジャーからマーケティングディレクターへ。2006年、紙製品、化粧品&スキンケア事業部担当のジェネラルマネジャーとして、P&Lの責任を持つ。2009年より、日本コカ・コーラのお茶カテゴリーマーケティング責任者。「太陽のマテ茶」や「からだすこやか茶W」などの新製品発売および「綾鷹」ブランドの立て直しなどによるお茶カテゴリーV字回復を実現。2013年、同社副社長に就任し、「ジョージア ヨーロピアン」「世界は誰かの仕事でできている。」キャンペーンなど複数の大型ブランドのビジネス拡大推進をリード。2019年にコカ・コーラ社世界初となるアルコールブランド「檸檬堂」の開発責任者として成功を収め、最高マーケティング責任者に就任。2020年、日経クロストレンドが選出する、マーケター・オブ・ザ・イヤー大賞受賞。2023年、同社を退社。Jukebox Dreams(ジュークボックスドリームズ)を設立、同社代表取締役CEO就任。
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(Jukebox Dreams代表取締役CEO 和佐 高志)
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