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東京都中央区の「祖母の家」を1人で継ぐことになったが…売却を言い出せない「ちゃんとしてね」という呪い

プレジデントオンライン / 2024年2月1日 14時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

空き家はなぜ放置されてしまうのか。NHKスペシャル取材班は「相続したものの、家への思い入れが障壁になって処分を決断できずにいる人は多い。時間がたつほど管理も行き届かなくなる」という――。

※本稿は、NHKスペシャル取材班『老いる日本の住まい 急増する空き家と老朽マンションの脅威』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

■どうするか決められないまま空き家を維持してきた

空き家の取得経緯として最も多いのは「相続」で54.6%を占める。相続からどんな経緯をたどって“なんとなく空き家”になるのか、詳しく知りたいと考えていたある日、取材で接点のできた不動産会社から「築100年の空き家を相続して困っている人がいる」という話が舞い込んだ。解決に向けて自ら動いており、番組に協力してもいいと言ってくれていると聞き、すぐさま連絡を取って会うことになった。

待ち合わせ場所にやってきたのは筑前賢一さん。妻に先立たれて子どもはおらず、現在は一人暮らしだという。66歳になった今は勤めていた会社でシニア社員として働いている(年齢などは取材当時。以下同)。スーツ姿にビジネスバッグを提げた、あえていうならきちんとした身なりの“ごく普通”の男性だった。

「どうするかわからない状態で維持していて……そのままずるずる来ている感じですね」

■60万円かけて親族一人一人と権利を整理

悩みのタネは東京都中央区にある母方の祖母の家だ。ノートに家系図を書きながら説明してくれたところによると、20年前に祖母が亡くなって筑前さんの母を含む6人の子どもたちに相続の権利が発生したが、家をどうするか話し合わないでいるうちに4人が亡くなってしまった。

相続権を持つ人が亡くなると権利はその子どもたちに移る。最終的には筑前さんとその兄弟を含む計8人が権利を持つ形になり、「誰かがいつか使うかもしれない」と全員で分割して固定資産税を支払いながら“なんとなく”建物を維持してきた。

だが親族も高齢化する中で、このまま放置していたら事態はより複雑になりかねない。そう考えて3年ほど前に腹をくくり、司法書士を雇って遠方の親族一人一人と交渉を始めた。費用は全部で60万円ほどかかり、心理的な負担も大きかったという。

「相続は“争続”ってよく言いますよね。そうならないために個別で交渉する形をとりました。大変なことになったな、という感じでしたね。いわゆる当事者になったというか……」

■空き家を相続して困り果てている人は多い

聞けば母は長女で、筑前さんは祖母にとって初孫だったのだそうだ。それだけにかわいがられ、子ども時代は祖母の家で過ごす時間が長かった。自身の実家ではないが思い入れは強い。加えて、母や叔母からかけられた言葉もあった。

「『家のこと、よろしくね』『ちゃんとしてね』って。だからもう自分がやるしかないのかなと思いましたね」

権利者全員との話し合いが済むまでに要したのは1年。空き家になってからおよそ20年が経過していた。

番組に寄せられた悩みでも相続に関するものは多い。

「面識のない異母きょうだいに相続の相談をするのが怖い」
「相続の権利を持つ人間が全国に散らばっており、たどるのが大変」
「自分名義の土地に亡くなった祖父名義の空き家が残っているが、親族が相続放棄してくれず解体できない」
「親族の希望で祖父の家を10年以上残しているが、管理が負担」……

個別の事情はさまざまだが、煩雑さに心が折れかけている所有者たちの悲鳴が聞こえてくる。

空き家に関する数多くの相談を受けてきたNPO法人 空家・空地管理センターの上田真一理事は「相続人同士で意見の対立が起きてしまうと、空き家期間が長期化する傾向がある」という。相続に関して誤った認識や思い込みを抱いている人が多いことも手伝って、停滞したり揉め事に発展したりしがちだ。

■相続トラブルによって所有者不明の空き家が増加

相続の混乱は自治体にも甚大な影響をもたらす。前提として日本ではこれまで不動産登記が義務化されていなかった(2024年4月1日より義務化)。相続権は相続人の承諾を必要としないため誰かが亡くなると自動的に発生するが、身内と疎遠になっているなどの理由で訃報を知らず、自分が相続の当事者になったことを関知していない人はいる。

もしくは親が空き家を所有していることを知らず、親が亡くなった後も気付かないパターンもある。こうなると所有権移転の登記がなされないため、現在の所有者やその現住所が不明な空き家が発生してしまう。

また、登記をせずとも罰則はなかったため、故意に無視することもできてしまっていた。使い道のない不動産のためにわざわざ手間をかけて事務手続きを行うのは面倒というのがその理由だ。

このため空き家の所有者探しは難航する。明治大学の野澤教授の著書『老いた家 衰えぬ街』(講談社現代新書、2018年)によると、野澤教授の研究室が行った自治体の空き家担当部署へのアンケートでは、回答した自治体のうち77%で所有者不明の空き家が存在した。併せて寄せられた自由回答の中には「相続登記されていない空き家が多く、相続権者が多数であるために所有者の探索に手間も時間もかかる」といった担当者たちの苦悩が記されていたという。

■「思い出が詰まった家を売るのは申し訳ない」

相続した空き家の処分には、権利関係のほかにもう1つ大きな壁が立ちはだかる。家は財産であると同時に思い出が詰まった場所でもある。そう簡単に割り切って淡々と処理を進められない。

なんとか自分1人で相続するところまでこぎつけた筑前さんも、ここで手が止まってしまった。空き家に関するセミナーや不動産会社の窓口などで相談すると立地の良さから一様に売却を勧められるが、自身の中にその選択肢はなかったのだ。幼い頃に祖母に頼まれて水を交換した神棚、祖父からもらったラジオで遊んだベランダ、叔父や叔母たちともんじゃ焼きを食べた居間……あらゆる場所に懐かしい記憶が宿っている。

木製のテーブルに乗った小さな家
写真=iStock.com/sommart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sommart

「母たちが言っていた『ちゃんとしてね』というのは多分、イコール売却じゃないと思うんです。祖母との思い出が詰まったこの家をできれば手放したくはない。アルバムを捨てられないのと同じですね」

賃貸に出して誰かに住んでもらうことも検討したが、そのためにはリフォームに1000万円はかかる。どうすればいいのか解決策を見出せないまま、相続から2年が経っていた。

■タワーマンションの足元に佇む築100年の家

ある日、物件の風入れに行く筑前さんに同行させてもらった。「定期的に窓を開けないと空気が淀んじゃうから」と、1〜2カ月に1回は来ているという。家が建つ細い路地の先には巨大なタワーマンションが見えて、現在の東京のコントラストが凝縮されているように感じた。

約20年間誰も住んでいないと聞いて、これまでの空き家取材の経験から多少身構えていたが、室内は特に大きく荒れてはいない。「襖(ふすま)なんかは完全にボロボロで、そのままの状態です」というが、かび臭かったり畳が湿気でたわんでいたりすることもなく、空き家として状態は良いほうだ。定期的な管理の賜物だろう。

この日もガラスの引き戸を乾拭(ぶ)きするなど簡単な掃除をしていた。とはいえたしかに障子や襖はビリビリに破れて穴が空き、引き戸の建付けも悪い。年季の入った木造の家は、手入れを止めたらすぐに劣化が進むことは想像に難くなかった。

■持ち帰ってきた家財で自宅の一室が埋まる

「子どもがいればね、その子に遺したいと考えるのかもしれないし、逆に『なんとかしてもらおう』ってこのまま放置していたかもしれません」

子どもがいない筑前さんは、自分の代でなんとか解決したいと考えている。そのために荷物の一部を自宅に引き上げるなど少しずつ整理も進めてきた。見せてもらうと、自宅の1部屋は持ち帰ってきたもので埋まっている。

ブルーシートを敷いてその上に置いた荷物を開けて確かめ、布で拭く。百貨店の印入りの畳紙には着物が包まれていた。祖母のものだろうか。「意外ときれいに残っているな」と懐かしげだ。レコードや誰かの奉公袋などの細々したものに混じってアルバムがあった。黄ばんだ台紙に貼られた白黒写真の中で、幼い筑前さんが澄ました顔をしている。背後にはあの家のベランダや台所が写り込んでいた。「アルバムを捨てられないのと同じ」という言葉に込められた葛藤が、より重みを増す。

「私もいつコロッと逝くかわからないですから、何かしないと家がかわいそうだと思っているんですが、売るのは家族に申し訳が立たないし、リフォームするのも家の思い出が変わってしまう気がして決断できないんです。荷物を捨てるのも大変で、みんなどうやっているのか不思議に思います」

■故人の「ちゃんとしてね」が呪いになる

空き家活用株式会社の和田代表は「亡くなった人の『ちゃんとしてね』という言葉は呪いになってしまう」と指摘する。

「維持してほしいのか、売っていいのか、何をどうすれば『ちゃんとした』ことになるのか、明確でないので言われた側は悩みます。故人の意図を想像しても答えは見つからず、迷いが深まるばかりです。ひとまず一周忌まで置いておこう、三回忌まで置いておこう……と、ずるずる対応を先延ばしにしてしまっているうちに、自分も年を取って愛着が増していく。そうして手放せなくなって困っている方たちを数多く見てきました」

老いとともに気力体力が低下すれば、先延ばしにしてきた問題に向き合うべく奮起するのは難しくなる。管理に通うのも徐々に億劫(おっくう)になって足が遠のいてしまう。

前出の上田理事は「当初は頻繁に管理に通っていても、時間がたつに連れてだんだんと疲れて間隔が空いていき、そのまま行かなくなるケースはよくあります。年を取ればなおのこと大変です」という。

■管理をしなくても自分自身には影響なく過ごせてしまう

それでも過ごせてしまうのは、空き家が当人にとって“自分のもの”と捉えにくいからだ。上田理事の著書『あなたの空き家問題』(日本経済新聞出版、2015年)では以下のように分析している。

「空き家を放置してしまう原因の1つに、放置しても所有者はあまり困らないことが挙げられます。放置されて困るのは、周りに住む人や、その近くの道を使う地域の人です。さらに、空き家の様子は現地に行かないとわからないことも放置されてしまう原因の1つです。(中略)管理をしなくても自分には大した影響がなく、さらに見に行かないと状態もわからないとなると、所有者は罪悪感を抱きながらも放置しがちになってしまうのです」

取材を重ねる中で「実家だった家が荒れ果ててしまったことを直視できない人は多い」という話をよく聞いた。思い出の中のきれいな姿で時が止まっていて、いつか再び訪れる日までそのままの状態で待っている――そんな感覚に陥ってしまうのだ、と。

「ご両親や親族の死によるつらさは時間が解決してくれる部分があると思いますが、空き家対応において時間は敵です。思考停止していると状況はより悪化していきます。放置すれば放置しただけ資産価値も下がります」(上田理事)

放置された空き家は周辺の不動産価値も下げてしまう。前掲書によれば、上田理事が知る中には「隣に景観を損ねる程度の空き家があるため、相場よりも低い価格となります」と査定で明言されたケースがあるという。

■相続放棄が増え続ける背景にも空き家の存在

現在、空き家を所有する人の世代は65~74歳が41%と最も多い。解決に向けて動かないままこの世を去れば、空き家は子ども世代に相続される。寄せられたお便りでは「どうしていいかわからないから、申し訳ないが子どもに解決してもらいたい」「今住んでいる家は空き家になるが、自分が死んだら子どもになんとかしてもらうしかない」と考えている人もいた。

どうにもならない空き家を相続したとき、取りうる最終手段として相続放棄という道はある。最高裁判所が発表する司法統計年報によると相続放棄の申述の受理件数は増加傾向にあり、2008〜2018年の10年間で約1.5倍になっている。メディアでこの件が取り上げられる際には空き家をはじめとする“負動産”を背負い込むことへの忌避感が理由として語られる。

■先送りが子孫の人間関係を壊す可能性もある

NHKスペシャル取材班『老いる日本の住まい 急増する空き家と老朽マンションの脅威』(マガジンハウス新書)
NHKスペシャル取材班『老いる日本の住まい 急増する空き家と老朽マンションの脅威』(マガジンハウス新書)

本来の相続人が相続放棄をすると別の人間が相続人となる。たとえば両親が亡くなった後、子どもたちが全員相続を放棄し、両親の親つまり祖父母もすでに他界していた場合、相続権は親の兄弟姉妹に移る。彼らもすでに亡くなっていたときにはその子ども、相続放棄をした人間にとってのいとこが相続することになる。

実の子どもたちが「いらない」と断った空き家を親族が喜んで受け取ることは稀だろう。押し付け合いの果てに、遺された者たちの人間関係に大きなひびが入りかねない。

「いずれ誰かが解決してくれる」「いったん置いておこう」と、空き家所有者あるいはこれから空き家になりうる家の所有者たちが先送りにしたツケが、次世代に大きな重荷を背負わせる。子どもが亡き親を恨みがましく思うようなことすらあり得てしまうのだ。

(NHKスペシャル取材班)

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