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「ラスベガスの地下住人」は1500人に増えていた…ギャンブルの聖地に根付く「地下トンネル生活」の実態

プレジデントオンライン / 2024年1月29日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AnnaArinova

■ラスベガスの地下に総延長960kmの迷宮

米西部の砂漠地帯に広がるネバダ州・ラスベガスは、2つの顔を持つ街だ。地上では中心街の「ストリップ(ラスベガス大通り)」を中心に、MGMリゾートとシーザーズの2大勢力が、華やかなカジノホテル街を競うように繰り広げる。

夜空に燦然と輝く噴水ショーで有名なベラージオや、ギリシャ建築を思わせる風格ある名門・シーザーズパレスもそのひとつだ。ほか、昨年オープンした世界最大の球体建造物であり、16Kの曲面LEDディスプレイがステージを飾るアリーナ「スフィア」など、世界随一の体験が観光客を呼び寄せる。

一方、こうしたネオン街の地下には、得体の知れないトンネル網が広がっている。ラスベガスの知られざる裏の顔だ。排水路などからなるトンネル網は、ラスベガスの地下ほぼ全域に、縦横無尽に延びる。その総延長は600マイル(約960km)にも達する。東京・広島間をゆうに超える距離だ。

このトンネル内に、行き場のないホームレスの人々が最大で1500人ほど暮らす。ネバダの強力な日光をしのぎ、警察の目を避け、安全に暮らせる場として機能しているが、増水時には蓄えた家財ごと人命が押し流される危険をはらむ。複数のボランティアがたびたび、救出活動を展開してきた。

昨年11月に開催されたF1世界選手権のラスベガス・グランプリでは、開催に先立ち地下暮らしのホームレスの人々の一掃を試みる作戦が展開された。レース企画のために住処を奪ってまで開催するのかと、大きな議論を呼んだ。

日の当たらない地下世界へ人々はいかにして行き着き、どのように暮らしを送っているのか。全米有数の華々しい娯楽都市が隠す、もうひとつの顔に迫る。

■暗闇の中で生きる工夫をする人々も…

地下トンネル網のなかには、もうひとつのラスベガスがあると言ってよい。トンネルには単に人々が暮らしているだけでなく、地下コミュニティをつくりながら、入手した用具を工夫して生活している。

拾った廃材や寄付された物品を巧みに利用し、過酷な排水路の環境を安らぎのシェルターへと変えた。英ガーディアン紙は2017年、地下世界へ潜入し、そこで暮らす人々を取材している。公開された動画は、370万回以上再生される注目を集めた。

動画によるとあるトンネルの住民は、廃棄されたソーラーパネルで電気を確保。また、地元企業のつてで水の供給を受けているという。彼らはマットレスと羽毛布団を組み合わせ、トンネル内に居住空間を作り上げた。ある男性はステレオを設置し、カラフルな紙で自分の居住エリアを飾っている。

一見不要にも思えるステレオや装飾だが、日のほとんど当たらない地下空間で正気を保つためには、こうした趣味に力を注ぐことが非常に大切なのだという。ある住民はガーディアンのインタビューに対し、「ある種の日課のようなものを作ること」が精神衛生を保つために必要だと強調した。スケートや音楽、アート制作など、トンネルの住人の少なくない人々が、思い思いの活動に取り組んでいる。

■1LDKほどのプライベート空間を作り上げたカップル

こうした取り組みは、ホームレスの人々本人たちだけの力によるものではない。この地域で活動する主に2つの非営利団体が、水・食料・電池などの生活必需品を提供している。

限られた物資を活用し、少しでも生活水準を向上する取り組みが続く。英デイリー・メール紙は、ラスベガスの「ほの暗い恥部」であるトンネルに、2010年時点で1000人規模の人々が暮らしていると報道している。

同紙は実際にトンネルに潜入し、男女のカップルを取材した。排水路の性質上、床に常に数センチ以上の水が溜まっているという困難な生活環境にありながらも、ベッドや洋服ダンス、本棚までを取りそろえ、カップルは自分たちだけの“自宅”を作り上げた。広さは400平方フィート(約37m2)。日本でいう1LDKのマンションほどだ。

掲載の写真では、水没した床を覆い隠せば、通常のベッドルームとほぼ見分けがつかないほど物品が充実している。もう1点挙げるならば、カメラのフラッシュ以外にはわずかな灯りしか見られないことも決定的な違いだろう。

カップルが暮らす排水路は比較的大きな空間となっており、コンクリートで囲まれた幅4~5mほど、高さ2mほどの空間となっている。足元に溜まる淀んだ不快な雨水を除けば、屋根も壁もある空間だ。通行人の目にさらされ風雨に打たれる地上よりは、よほど快適に暮らすことができる。もっとも、降雨時の増水の危険は常につきまとう。

別のトンネル住人は、地下生活の最大の苦労として、トイレがないことを挙げた。常に床面が水に沈んでいる環境は、水疱(すいほう)や感染症を伴ういわゆる「塹壕足」にもつながる。衛生面の確保は喫緊の課題だ。

夜のラスベガス
写真=iStock.com/RandyAndy101
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RandyAndy101

■緊急用の放水路として整備された

これらのトンネルは、もともとは洪水用の水路として設計されたものだ。ラスベガスは本来、乾燥した気候で知られる。米地方メディアのKSLによると、年間雨量は約4インチ(約102mm)で、東京の年間降水量の10分の1にも満たない。

だが、表土の大部分は水はけの悪い粘土質の土壌で覆われている。まとまった降水があるたび、とたんに各地で大規模な洪水に見舞われてきた。こうした水害を防ぐ目的で建設されたのが、地下トンネル網だ。

米ラスベガスの地元紙、レビュー・ジャーナルは、3カ月続くモンスーンのシーズンには、トンネルは時速30マイル(時速約48km)もの速度で水を通し、湿地帯や東部の人造湖であるミード湖に放流することでストリップの大通りを保護していると解説している。

■行き場を失った人たちの「ふるさと」になった

KSLによると、高さ4~10フィート(約1.2~3m)のトンネルが600マイル(約965km)にわたって建設され、そのおよそ3分の1がラスベガス市街地の直下に位置する。英デイリー・メール紙が掲載した計画図によると、未整備のものも含め、大通り1本につきほぼトンネル1本が対応する。

この迷路のような一連のトンネルシステムは、街を洪水から守るだけでなく、灼熱(しゃくねつ)の夏には地底の住民に涼しい環境を、寒冷な時期には暖かい避難場所を提供している。

トンネルの住民たちは、地下生活の利点を口にし、温度調節は極めて重要なメリットであると口々にいう。ある住人は、「暑い季節は日陰で涼しく、寒い季節は少し暖かくなる」と話す。洪水の調節目的で建設されたトンネル網は、型破りな住居空間としても二重の役割を果たしている。KSLは「ネオンの光の下では、何百人もの人々がラスベガスの地下トンネルを故郷と呼んでいる」と伝える。

■赤ん坊を亡くし、家と仕事を失った50代の元銀行経営者

住人たちは、いかにしてトンネルでの生活に行き着いたか。その経緯はさまざまだ。酒やドラッグに溺れ人生が崩壊した人々がいる一方、かつて第一線の盤石な企業で働き、アメリカのビジネス界を牽引してきた人々もいる。

現在トンネルに住むある50代男性は、かつて銀行の経営者だった。結婚して子供をもうけ、フロリダに32年住むというアメリカン・ドリームを生きた男だ。だが、少なくとももう5年間を地下トンネルで過ごしており、今となってはこの地を離れる気はない。

KSLが取材に訪れると、以前の成功は見る影もなかったという。ソーダの空き瓶やタバコの吸殻に囲まれ、汚れた発泡スチロールのマットレスの上に横たわる男の姿がそこにはあった。

人生の転機について男性は口を濁すが、妻との不和をほのめかした。子供たちが大学へ行くのを見届けると、荷物をまとめてこのトンネルへやって来たという。

デイリー・メール紙は、トンネル暮らしを続ける中年夫婦の例を報じている。まだ赤ん坊だった息子を亡くし、さらには家を失うという不幸が続いたあと、夫はヘロインに手を出した。中毒となり、こんどは職まで失った。

収入が途絶えると、夫婦揃ってトンネルに足を踏み入れたという。今は麻薬とは手を切り、二人は地上のカジノを訪れては「クレジット・ハスリング」をして日銭を稼ぐ。スロットマシンを1台1台めぐり、取り忘れたまま放置された小銭を見つけると、それが二人の収入だ。地下に追いやられた人々の、厳しい生き様を物語る。

地下道トンネルに座り込み、寒そうにしている男性はステンレスマグを手にしている
写真=iStock.com/South_agency
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/South_agency

■身分証がないから抜け出せない…地下世界で続く不運のループ

米著名YouTuberのブランドン・バッキンガム氏(登録者52万人)は昨年、トンネルで暮らす5組ほどの人々にインタビューを実施した。カージャックの被害に遭い、片目の視力と嗅覚を失ったという47歳男性は、もう13年間以上もトンネルで暮らしている。水かさが増しても居住エリアに水が入り込まぬよう、40時間ほどかけて盛り土を作るなど、厳しいトンネルの環境で安全に暮らせるよう心を砕く。

13年間会っていない娘を除き、家族は「みんな亡くなってしまった」と男性は言う。トンネルでの生活を尋ねられると、洪水で持ち物がすべて流されることもしばしばで、「残酷」だと答えた。あるとき、切り刻まれた死体の残骸が土の中に埋もれているのを見たことさえあるという。

トンネルを出て生き方を変えたい男性だが、最大の障害は身分証をなくしてしまったことだ。社会保障カードや出生証明書など、身分証を取得するために必要な書類はすべて流された。身分証なしでは娼婦をのぞき、ラスベガスで仕事を得ることはほぼ不可能だという。

地下暮らしが2~3年ほどになるという女性は、洪水に見舞われるラスベガスのトンネル網が「世界で3番目か4番目に危険なトンネル」とされていることを認める。トンネルの奥深くで、水に阻まれ行き場をなくした人々が死亡していると知りつつも、それでもトンネルを離れない。惚れた男を追ってトンネルに行き着き、酒とギャンブルに溺れる日々がいつしか始まっていたという。

■トンネルの元住民が支援活動に奔走

行き場を求める人々に、善意の支援を寄せる団体がある。ボランティア団体や福祉プログラムが、こうしたトンネル住民にライフラインを提供。基本的な生活必需品だけでなく、就職の機会やより良い生活への道を提供するため、たゆまぬ努力を続けている。

米8ニュースは2022年、シャイン・ア・ライト財団の支援ディレクターであるロバート・バンハート氏率いるチームの活動を報じている。チームは過去7カ月間で、実に220人をトンネル生活から脱出させた。

80人ほどのボランティアグループが班に分かれ、ピーナッツバターのサンドイッチや飲料水、救急キットなどを手渡しで配布している。警戒感を解きほぐし、ときに暴力さえ振るうトンネルの住民と信頼関係を築くことが、支援への第一歩なのだという。

取材当時46歳のバンハート氏自身、かつてトンネルに住んでいた住人のひとりだ。それだけに、一人ひとりの命の大切さや、住民によく見られる中毒や暴力の苦しみを、誰よりも深く実感している。トンネルに現在、1500人が暮らしていると語るバンハート氏は、「すべての人に救う価値がある」と断言する。

地下で受けた暴力がきっかけで、幸運にも地上へと抜け出したバンハート氏は、こんどは自分が人々を救う番だと考えている。

■ラスベガス住民でさえトンネルの存在は知らない

トンネルの存在は、ラスベガスの地上に住む人々には知られていない。35歳女性で看護師のリズ・スミス氏は、いまでは地下に住む人々に医療ケアと精神的サポートをボランティアで提供している。だが、つい数年前まで、地下世界の存在すら知らなかった。

彼女はラスベガス・サン紙に対し、はじめてトンネルに入ったとき、ショックで心の回復に丸2日間を要したと振り返る。「私はラスベガスで育ちましたが、そんな世界があるなんて数年前まで知りませんでした」

彼女がリハビリ施設へとなんとか送った人々でさえ、一夜にして人生を変えられるわけではない。だが、チャンスがあれば変化は可能だ、と彼女は語る。30年間路上で酒びたりだった人が、フルタイムの仕事に就いたのを見た。

「実際に希望を目にしたとき、人々は(希望が存在するのだと)本当に信じることができるのだと思います。人は変われるのだと、そうして知るのです」

あるとき彼女は、ラスベガスの空に高々と掲げられたハードロックの看板のもとで、支援していた一人の男性に呼び止められた。男はどこかで手に入れた小さなレザーバッグを大切そうに持っていた。その唯一の持ち物を、男は黙って彼女に渡した。感極まった彼女は、男性を強く抱きしめた。

支援者がサンドイッチと靴下を持って、誰かをより良い場所に立たせたいのと同じように、男性は他の人間のために同じことをしたいと思っていたように感じたという。

夕暮れ時のラスベガス
写真=iStock.com/wsfurlan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wsfurlan

■ネオン街の地下で、支援団体の地道な努力が続いている

支援活動は地道だ。一人ひとり、根気よく手を差し伸べていかなければならない。30年前、ホームレス生活から救われたルイス・レイシー氏は、いまでは恩返しのため支援団体に協力している。1つずつていねいに、丘に打ち上げられたヒトデを海に返すようなものだ、とレイシー氏は語る。

シャイン・ア・ライトの共同設立者であるジェフ・アイバーソン氏は、ラスベガス市の取材に対し、どんなに人生が絶望的に見えたとしても、出口が必ずあることを知ってほしいと願っている――と語る。

「あなたがどんなに穴に落ちようとも、私たちはここにいて、あなたのためにロープを持っているんです」

それぞれの理由を抱え、人知れずラスベガスのトンネル世界に迷い込んだ住人たち。工夫して地下生活を乗り切っているが、明日は洪水の危険や暴力とは無縁の、より良い暮らしが待っているかもしれない。地上の世界へと復帰させるため、きらびやかなラスベガスの大通りの地下で、支援団体の地道な努力が続く。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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