「社長がムカついていることは何ですか」アパレル企業のビジョンを引き出した"部外者"の大胆な問いかけ
プレジデントオンライン / 2024年1月29日 16時15分
※本稿は、吉田将英『コンセプト・センス 正解のない時代の答えのつくりかた』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。
■「若者ファッションの代表格」からアップデートするために
2019年、創業25周年を迎えた株式会社ウィゴー。新社長に就任された園田恭輔社長からのご相談でプロジェクトは始まりました。
ウィゴーを、ファッションの会社にとどまらない、カルチャーやライフスタイルも含んだ会社にアップデートしていきたい。
当初、そんなご依頼の内容だったと記憶しています。
1994年に大阪でたった3坪の古着屋からスタートして、若者ファッションの代表格にまで成長したウィゴーが、これからどこに向かうべきなのか? 「ここではないどこか」とはどういう状態を目指すことなのか? コンセプトデザインがスタートしました。
まず行なったのは、社長の園田さんとの徹底ディスカッションです。
コンセプトを使う「われわれ」であるウィゴー側からは園田さんをはじめとした経営幹部の皆さん数名。それに対して、客観的な視点でバイアスとインサイトのジレンマを探す伴走役として、僕と、コピーライターの魚返洋平さんをメインとしたチームでお相手をします。
園田さんの中には「何となくこのようにしたいけれど、まだうまく言語化はできていない何か」があるように感じていた僕は、主に彼の中にある「まだつかめていないビジョン」を探るモードで対話を重ねました。
■ディスカッションの繰り返しで視野をストレッチ
ウィゴーを通じて本当になしたいことは何か?
一番、向き合っていきたい誰か、とは誰なのか?
ここまでやってきて、自分たちの存在に一番感じているユニークネスは何か?
社会がどうなったら、この会社は解散してもいいと思えるか?
新社長として、変えていきたいことと、変わらずにいきたいことは何か?
理性と感性。事実と仮説。主観と客観。
いろいろな行ったり来たりを、緩やかな計画は持ちつつも基本的には非構造的なディスカッションを重ねることで、何度か繰り返しました。
その過程で「今回、コンセプトを見立てるに当たって、視野に入れるべき概念領域はどこまでか?」という、バイアスとインサイトの視野のストレッチを行なっていきました。
そもそも、服とは何なのか?
アパレル業とは何か?
若者とは何か?
個性とは何か?
原宿とは何か?
買い物とは何か?
ファッションブランドとは何か?
ストリートカルチャーとは何か?
「どうやったらもっと売り上げが伸びるのか?」といった議論はほぼせず、
「なぜわれわれは存在しているのか?」「われわれが存在している社会と、存在していない社会は、何が変わるのか?」「存在することで、誰がどう、今より幸せになるのか?」――そういったレイヤーで、議論に参加するメンバーの解像度を上げていきました。
■ブレイクスルーは「ムカついてること」から
ディスカッションをしながら、並行して魚返さんによるコンセプトの「言語化」も行ないました。
ディスカッションして、視野を広げ仮説を模索し
それを言語化して複数のコンセプト仮説に仕立て
次のディスカッションの場に持っていき、園田さんからコメントをもらい
そのときの感触を土台にディスカッションを行ない……
これを繰り返しながら、並行して、「社会」の観察を行なうことで、議論の解像度を上げる。その過程で、のちのブレイクスルーの着火点になる問答にたどり着けた瞬間がありました。
「園田さん、このお仕事をされていて、ムカついていることってありますか?」
何かの流れでこの質問を僕から投げかけたところ、「ムカつくわけではないんですが、違和感を感じることはあって……」と、モヤモヤを1つお話してくださいました。
アパレル業界では、そのブランドの方針や、未来のトレンドの方向性を定めるクリエイティブディレクターという立場の役職があるのですが、「トレンドを決めるのはクリエイティブディレクターに決まっている」という業界の常識に、どうにも違和感を感じるというのです。
園田さんは、ファッションやカルチャーの未来のあり方は、クリエイティブディレクターの頭の中にあるのではなく、若者たちの日々の遊びや悩みの中にあると考えていて、そんな一人ひとりのすべての個性を、ウィゴーは「最高じゃん!」と背中を押したい。
若者たちのあらゆる「やってみたい」「なってみたい」という気持ちを、最初に受け止めるエントランスのような存在でありたい。そのような話をしてくれました。
「誰か、限られた少数の人がトレンドカラーを決めて、みんながそれに倣うのって、変だなあ」「そしてそれを当然のこととしているこの業界の考え方って、思い込みなんじゃないかな」
園田さんが感じているバイアスを「ムカつくこと」という、ジレンマを探索する問いから、ビジョンが一気に、言語化された瞬間でした。
■「ブランドがお客様のファンでありたい」
インサイトの観点から考えても、2010年代終盤は若者たちにとって、つながりのうれしさが一巡して、踊り場に達していました。2017年に「インスタ映え」が新語・流行語大賞になり、SNSによるつながりの形は当たり前になり切っていました。
「いいね」を求める欲求がどんどん顕在化する一方で、他者からの承認ありきの毎日に対しての、疲れや違和感の声も徐々に顕在化していました。
人にどうウケるか? 「いいね」がつくか? 賛同を得られるか?
そういった顕在化する声の陰で、「本当はもっと、自分の思うような自分らしさに正直にありたい」という欲があるのではないか? 僕のそのインサイトの見立てと、園田さんのビジョンは、一直線の同じベクトルを形成できると思ったのです。
「きっとこのあたりにコンセプトはあるはず……」と、徐々に的が絞られていく最中、魚返さんから、コンセプトの素体ともいえる考え方がもたらされました。
普通のアパレルブランドは、お客様がブランドのファンになる。
でもウィゴーがやりたいことは要するに、ブランドがお客様のファンでありたいということなのではないか?
この考え方で、バイアスのひっくり返し方が捕まえられたと確信しました。ここまでの議論を本書で紹介しているコンセプト構文に当てはめて振り返ると図表1のようなかたちでしょうか。
バイアス(B)、インサイト(I)、ビジョン(V)をともなって、コンセプト(C)が見えてきました。そして、Cがつかめたうえで、ここまでのディスカッションのほぼ毎回、魚返さんが持ち込んだコーポレートスローガン案を再度見渡してみたところ、「YOUR FAN」という言葉が、実は2回目あたりの議論のときに出されていたことに立ち返れたわけです。
コピー単体ではつかみ切れなかったその言葉の可能性が、B・I・V・Cが構造化できたうえで見返すことによって、まったく違う「認知」として見えてくる。そして、最終的に園田さんはその「YOUR FAN」を、新生ウィゴーの法人としてのコンセプトの具現として、コーポレートスローガンに採択されました。
■「YOUR FAN」なウィゴー、発展中
それが見えなくしていた、どんな個性でも肯定してほしいというインサイト(I)
その先にある、人の数だけフツーがある社会というビジョン(V)
バイアス(B)、インサイト(I)、ビジョン(V)から見えてきたコンセプト(C)とともに、法人としてのウィゴーの人格は再定義できました。定義の次は、実際にその定義を実態に変えていくフェーズになります。ここで、アートディレクター古久保龍士さんもチームに加え、認知から尺度、決定、そして現実を一つひとつオンコンセプトに変えていきました。
コーポレートロゴ、社員向けの行動規範、店頭、ショッピングバッグ、キャンペーンの企画方針からデザイン、そして商品運送用のトラックのラッピングまで。企業活動の隅々まで、「それはコンセプトの体現になっているのか」を問いとして、見直していきます。
コンセプトをコアに置いた、ウィゴーの変革はまだまだ発展途上で、その間にもコロナ禍が起こり、大変な時期を乗り越えて現在に至っているウィゴーさんですが、だからこそコンセプトがあってよかったと、園田さんには言っていただいております。
「このコンセプトが決まったことで、これからウィゴーが何をしていくべきなのか。社員のみんなにとってとてもわかりやすくなりました。日々仕事をしていると、どうしても無難なほうへ流れてしまいそうになりますが、“もっとこうしないといけない”と、踏みとどまる源泉にコンセプトがある感覚です。
コンセプトの一言のみならず、行動指針や、各種の枝葉が、根っこから広がっているので、それらの具体によって日々の活動がより明確に方向付けられるようになり、社外の取引先やステークホルダーの皆様にも、要するに自分たちが目指すのはこういうことなのだ! という思いが説明しやすくなりました。」
株式会社ウィゴー 代表取締役社長 園田恭輔さん コメント
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電通 コンセプター
1985年生まれ。慶應義塾大学卒業後、ADKを経て電通入社。シンクタンク部門のデザインリサーチャーとして、業界・メディアへの社会洞察提言を行ない、「電通若者研究部」代表を務めたのち、2015年から現職。現在、多くの経営者のパートナーとして、コンセプト・デザインを行なっている。生活者とクライアント、社会の声の傾聴を起点とし、大企業からスタートアップ、地方自治体まで幅広い領域のプロジェクトを手がける。関係性不全の解決から社会を前進させる「関係性デザイン」をポリシーに活動中。著書に『>アンテナ力』(三笠書房)、共著に『若者離れ』(エムディエヌコーポレーション)など多数。
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(電通 コンセプター 吉田 将英)
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