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日本の先生はよく働くが大きな目標がない…インド出身の公募校長が「茨城の公立中高一貫校」で始めた学校改革

プレジデントオンライン / 2024年6月19日 8時15分

海外出身者として初めて日本の公立高校の公募校長に就任したプラニク・ヨゲンドラ(通称よぎ)さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

日本の学校にはどんな課題があるのか。インドのムンバイ出身で、2023年に海外出身者として初めて日本の公立高校の公募校長に就任したプラニク・ヨゲンドラ(通称よぎ)さんは「日本の先生方は本当によく働く。長時間残業も含めて150%の力で働いている。問題なのは、何を目指して仕事をしているかが時に明確ではないことだ」という――。(後編/全2回)

■実績を出した後に「理想の教育」を進める

(前編から続く)

日本の中等教育はカリキュラムが多すぎて、教員には一定以上の目標を持つ余裕がない。進学校だと、難関大学への進学実績が問われ、それ以上のことが目標にならないでしょう。進学実績が落ちてしまえば、定員割れを招いてしまうのではと恐れていることもあります。

私自身は、前編でも話したように、難関大学への進学競争にとどまらず、世界に通用する生徒を育てる学校にしたいと考えているのです。それが、今の日本のニーズでもあります。しかし、本校には茨城県では難関大学入学者実績ナンバーワンというプライドがあります。

そこで、いきなり自分が理想とする学校を目指して変革を強行するのではなく、まずはそのプライドを満たすために伝統的な目標を達成してから、世界に通用する生徒育成を目指したいと考えるようになりました。

■「何を目指して仕事をしているか」を見失っている教師もいる

日本の社会では、専門性があまり生かされていません。例えば、銀行の幹部は工学部や法学部卒ばかりで、経理、財務を学んでいません。日本では専門性を生かしているのは医者や建築士などの限られた業界でしょうか。これまではそれでも大丈夫だったかもしれませんが、これからの日本は、このままでは世界に通用しません。今や、インドは凄まじいスピードで世界を制覇する優秀な人材を排出しています。

戦後の日本経済を成長させてきたのは専門性ではなく情熱だったのかもしれません。今の企業には当時のような情熱は感じられず、入社後の社内教育も十分に行われず、研究やものづくりも後退し、グローバル競争に通用しなくなりつつあります。

学校の教師も同様です。日本の先生方は本当によく働きます。長時間残業も含めて150%の力で働いています。そこで問題なのは、仕事に熱中しすぎるあまり、最新の知識や技術を学ぶことや訓練が減っていることです。日本の教育現場で情熱も訓練も失われたら、いったい何が残るのでしょうか。

■人生は三角柱の万華鏡

大学教授になった親友といつも議論するトピックがあります。人はトップになるには才能、情熱、訓練の3要素が必要であると一般的に考えられています。友人は「情熱と訓練があれば2位にはなれるが、1位になるには才能が必要だ」と主張します。私もそれは理解しますが、そう言い切ってしまうと、多くの人にとっては希望が無くなるでしょう。

そこで私は「人生は三角柱の万華鏡」だと考えています。つまり、3つの面を、それぞれ才能、情熱と練習の面として、どの角度に傾けると自分にとって最高の模様が見えるかを考えるのです。そして、どうしたら自分の才能を発見できるのかをいつも考えていろいろ試行錯誤しています。

■適材適所で教師を配置、部活の負担を削減

自分の力だけでは学校変革はできません。教員の皆さんにも変化してもらう必要があります。そのためには、教員研修にも変革が必要で、良い意味での競争心を持ってもらいたいのです。他の学校も変わりつつあります。そのことに意識を向けてもらえるように、先生方には他校の改革の動きについても常々話をして競争心に火を付けようとしています。

企業でも学校でもそうですが、単純な年功序列の考え方は修正する必要があると考えています。例えば、教えることが得意な先生には授業に専念してもらい、マネジメントが得意な先生は管理面を担当する方がいいと思っています。まさに適材適所です。

また、部活のやり方にも問題があります。学校の先生が部活の顧問をやっていますが、そのために働く時間が多くなり、試合への引率、部会への参加などの負荷もかかります。部活動の指導はもっと専門性を持つ人にやってもらい、教員には授業に専念してもらえるような改革を進めるべきです。

私の学校では近くに筑波大学のスポーツ科学の専門家がいるので、筑波大と提携することを考えています。また、行政として地域にいるスポーツ専門家のリストを作り、必要に応じて派遣してもらうのもいいでしょう。

野球のティー バッティング風景
写真=iStock.com/makotomo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/makotomo

進学校では授業のスピードが速すぎて、どうしても授業についていけない生徒が出てきます。本校では放課後に先生に相談する時間を設けていますが、全生徒に対応することは不可能であり、結局、生徒は外部の学習塾に頼ったりします。先生方の部活対応の負荷を減らせば、放課後にもっと多くの生徒の相談を受けることができます。

■「80%の力で100の結果を出すには」を考えさせる

私が無理に改革を進めようとすると先生へ過度な負担がかかってしまう可能性もあります。そこで先生方に力説しているのは、「現状では先生方は150%の力で働いており、その結果が100だとすると、100以上の結果を出すのは現実的に不可能です。この状況を変えるには、80%の力で100の結果を出せるように仕事のやり方を変えるしかない」ということです。

そうすれば100の結果を出しても20%の余裕があり、その20%の力を使って100以上の結果を出すことが可能になるのです。逆に、そうしない限り現状の100以上の結果は望めないどころか、結果が落ち込むかもしれません。

80%の力で100の結果を出すにはどうすればいいのか、どの無駄を省くのか、どのようにして効率化を実現するのかは、先生各自が自分の仕事を見つめ直して考え抜いてもらうことがとても大事です。併せて、教員の評価方法も改める必要があります。

現在の評価方式では効果的な評価は難しいと思うので、学校独自の評価シートが必要になります。例えば、それぞれの先生が各自で必要とする目標をいくつか設定して取り組んでもらい、どんな成果があったかで評価する方法です。

■「どうすれば授業が面白くなるか」を考えてもらう

最近取り組み始めたことは、授業の在り方を変革することです。すべての先生に各授業における指導項目を整理し、パワーポイントにするようお願いしています。その内容は、①授業の前にその時間で学ぶことは何かを明確に示し、②それに従って授業を進め、③終了後に、学んだことは何かを確認してもらう――という3つのステップを踏むことにします。

また、黒板に向かってひたすら文字や図形を描いては消して授業するのではなく、効果的なツールや道具を考案したり、アプリを使うことを奨励し、授業を面白くしてほしいと思っています。

自宅から数学の授業をリモートで行う教師の女性
写真=iStock.com/MEDITERRANEAN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MEDITERRANEAN

2023年から教師の指導を生徒が評価する制度が始まっています。各教師には、生徒の評価を参考にして自分の教え方を再考、改善してもらいたいと思っています。

また、現在は校長1人が全ての教師を評価していますが、今後はITシステムを使って、教員の360度評価を導入したいと考えています。それは、校長自身も含めて、1人の教師を3人の教師が評価する方法です。誰が誰を評価するかは、適切なロジックを組んでITで公平に決めることになります。その成果をITで総合分析・評価もできるようにしたいと考えています。

私は現在、学校のITシステムの仕様書を書いていますが、それは学校の在り方、あるべき姿を書いているのです。生徒が入学し、その学力検査をして、適性検査、IQ検査、EQ検査をして、その結果に基づいて生徒をどのようにサポートするかを決められます。それをシステム化して学校のあるべき姿を目指すのです。

自分がいないと達成できないような変革では長続きはしません。私がいなくなっても制度、システムとして残り、長く継続されるものを創ろうとしています。さらに、自分の学校だけの変革に終わらせたくはなく、他のすべての進学校やその他の学校にもまねできるものを目指しています。

■生徒の恋愛相談で距離を縮める

私と生徒との関わり方についてもお話ししましょう。

生徒から私に「好きな娘ができたが、どうしたらいいのか」と質問を受けたことがあります。そこで、生徒の質問に校内放送で校長が答えるという企画をやりました。

そこでは、「好きと思ったらまず言ってみる。言わないとなにも始まらない」「ただし、気持ちを伝える表現や方法は工夫する」「口頭で伝えるか手紙で伝えるかなどもよく考える」と聞き返しました。

それを聞いていた先生が驚いて「校長先生はいったい何をしているのですか」と慌てて飛び込んできました。私は「先生は若い頃に恋愛をしたことがないのですか」と答えました(笑)。

■教育を通じて地域活性化を目指す

日本は少子高齢化が進んでいます。少子高齢化を止めるためには、日本の経済や教育の構造を変えて、大都市集中型から地方分散型にする必要があると思います。ところが、日本では教育の制度や中身もあまり変化しておらず、時代の変化に遅れているように感じています。

地方にも最先端のIT教育ができる学校を作るなど、さまざまな教育の機会をつくり、地方で優秀かつ即戦力のある人材を育て、地域の産業、企業と連携して、地元の優秀な人材が外に出て行くのではなく、地元に残って活躍する仕組みが必要だと考えています。

一つの策として、地元の企業が高校の段階で優秀な生徒に大学卒業後の採用を(条件付きで)確約し、可能であれば大学の学費を一部負担したり、大学の長期休暇中にインターンとして受け入れたりするといいと思います。

海外出身者として初めて日本の公立高校の公募校長に就任したプラニク・ヨゲンドラさん(ヨギさん)
撮影=プレジデントオンライン編集部
海外出身者として初めて日本の公立高校の公募校長に就任したプラニク・ヨゲンドラ(通称よぎ)さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部
プラニク・ヨゲンドラ(Puranik Yogendra)
茨城県立土浦第一高校・付属中学校長
1977年、インド・ムンバイ生まれ。インド・プネ大学で学士号と修士号を取得。2010年にみずほ銀行入行、2019年には楽天銀行に入行するも、同年4月の東京都江戸川区議選に出馬し初当選。2021年東京都議選では落選。茨城県の民間人校長公募に応募し、22年4月より同校副校長、23年より現職。

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西川 裕治(にしかわ・ゆうじ)
科学技術国際交流センター(JISTEC)上席調査研究員
1951年生まれ。広島大学工学部卒業し、76年日商岩井(現・双日)入社。20年間海外営業を担当し、インドネシア、スリランカに駐在。広報室、人事総務部、日本貿易会出向を経て、12年より日本在外企業協会『月刊グローバル経営』編集長。15~18年 科学技術振興機構(JST)インド代表を経て、22年より現職。23年よりJSTアドバイザ。世界の優秀な若手人材を日本に招聘するJSTの「さくらサイエンスプログラム」の推進に携わる。

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(科学技術国際交流センター(JISTEC)上席調査研究員 西川 裕治)

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