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あなたは「ドイツとアメリカの国家観の違い」をスッと答えられるか…高校の新科目「歴史総合」で問われること

プレジデントオンライン / 2024年1月31日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Milatas

2022年から高校で「歴史総合」が必修科目になった。どんな科目なのか。神戸学院大学人文学部の北村厚准教授は「教科書には用語が少なく、かわりに資料と問いが多く掲載されている。暗記ではなく、現代の課題を歴史的に考えることを目的とした科目だ」という――。

■脱・暗記科目を目的とした「歴史総合」

高校での日本史や世界史の勉強というと、用語集や一問一答問題集を片手に、太字になっている歴史用語を丸暗記して、テストで良い点を取る――そんな暗記中心の方法が思いうかびます。

でも歴史はそんな「暗記もの」でいいのでしょうか? そんな問題意識から、高校の新しい科目、「歴史総合」が生まれました。では、暗記中心じゃない歴史の授業って、どんなものなのでしょうか。ここでは、歴史総合を知らない大人向けに、歴史総合がどんな科目で、どういった点が新しいのかを紹介したいと思います。

■用語が減って資料と“問い”が充実した

歴史総合は、2022年度にはじまった高校での必修科目のひとつで、近現代の「世界とその中の日本」の歴史を総合的に学ぶことを目的にしています。近現代の世界史と日本史を同時に学ぶこと自体まったく新しい試みなのですが、歴史総合の本当の意味での新しさはもっと違うところにあります。

まず、ほとんどの教科書で、書かれている歴史用語が少なくなっています。日本史部分の用語などは、中学校の歴史教科書とあまり変わらないほどです。そのかわり、「資料」と「問い」がたくさん掲載されています。この資料と問いこそが、歴史総合を暗記科目としないためのカギです。

フランス革命を例に、どんな資料と問いがあるのか見てみましょう。山川出版社の教科書『現代の歴史総合』では、フランス革命(ナポレオン時代を除く)について、1ページくらいしか本文がありません。そのうち3分の1ほどのスペースを資料に割いています。

そのうちのひとつは、特権身分の聖職者でありながら平民の味方をしたことで有名なシェイエスの『第三身分とは何か』です。第三身分とは、フランス身分制社会における特権をもたない平民のことです。

資料 『第三身分とは何か』(シェイエス、1789年)
……貴族身分は、その民事的、公的特権によって、われわれのなかの異邦人に他ならない。国民とは何か、共通の法のもとにくらし、同一の立法府によって代表される協同体である。……したがって、第三身分は国民に属するすべてのものを包含しており、第三身分でないものは国民とはみなされない。第三身分とは何か。すべてである。

■「なぜ貴族は国民とはみなされないのか?」

今までの世界史の教科書にも、シェイエスの『第三身分とは何か』については、「第三身分とは何か。すべてである」という有名なフレーズとともに載っていました。しかし歴史総合では、その前の文章も資料として掲載され、さらにこういう問いが提示されています。

「資料で『国民』はどのように規定されているのだろうか?」

高校の教室では、先生は生徒に資料を読ませてこの問いを発します。歴史総合では生徒が主体的に考え、まわりとコミュニケーションを取りながら議論をすることを推奨しているので、グループワークを実施することも多いと思います。

私が先生なら、こんな問いに変更することでしょう。

「第三身分以外、つまり貴族身分も同じ国にくらしているのに、なぜ『国民とはみなされない』のだろうか?」

「第三身分にとって貴族は自分たちと同じ国民とは見なせないほど、18世紀フランスの身分制社会には問題があったんだ。じゃあその身分制社会の問題ってどんなものだったんだろうか」と、生徒たちはグループワークの中で、教科書を見ながらいろいろと考えだすことでしょう。問いが歴史的な思考をうながすのです。

■「近代化」「国際秩序の変化や大衆化」「グローバル化」の三部構成

では何のために資料を読みといて問いを考えるのでしょうか。歴史総合では、ただ適当に資料を出して考えさせているわけではありません。これらの問いをつうじて、近現代の世界における重大テーマについて考えを深めるように促しているのです。

その重大テーマとは、「近代化」「国際秩序の変化や大衆化」「グローバル化」です。歴史総合はこれらの三部立てのテーマで構成されているのです。「近代化」は、ヨーロッパで発生した「産業革命」や「国民国家」の成立、「立憲制」の確立などから構成されています。これらは歴史の個別的な出来事の歴史的な意味について考えるための概念です。この概念について歴史的に考えることが、歴史総合全体をつらぬく目的になっていて、それに応じて資料や問いが用意されているのです。ちょっと難しいかもしれませんが、具体的に考えてみましょう。

■各国がいかに国民国家となったか、学ぶと違いが見えてくる

さっきのシェイエスの資料から、生徒は何を考えたでしょうか。「『国民』とはどういった存在なのか?」ですね。フランス革命のとき、国家の人口の圧倒的多数を占める、特権を持たない平民こそが「国民」だという意識が生まれたと。ごく一部の貴族が国政を動かしていた時代から、大多数の「国民」が国を動かす時代になったわけです。

Liberté, Égalité, Fraternité「自由、平等、友愛」の、フランス共和国の標語が刻まれた門
写真=iStock.com/onairda
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/onairda

この「国民」は、同じ国家に属しているという1点でつながっていますので、国家と自分たちを同一化します。こうした国家を「国民国家」と言いますね。国民と国民国家という考え方は、近代以降の世界中のどこでも発生していきます。

生徒はアメリカ独立革命やフランス革命について資料と問いによって思考し、国民や国民国家という概念とは何なのかを理解します。そのうえで、各国の近代の歴史を見ていくと、国によって国民国家の現れ方や国民のあり方が違うことに気がつくことになるのです。

ドイツでは、もともと統一国家がなくバラバラで、フランスの影響を受けてドイツ人という国民の意識が生まれたのに、ドイツという国家がありませんでした。アメリカでは、ヨーロッパからやってきた白人の植民者たちが国民国家を作り、もともとそこに住んでいた先住民を排除し、奴隷としてアフリカから連れてきた黒人を国民から除外していきました。これらの国民のあり方の違いは、各国の歴史におおきな影響をおよぼしていきます。

■世界とその中の日本を一体的に理解できるようになる

こうしたさまざまな個別の歴史から、歴史的な概念を多面的に深めていくのが、歴史総合の学びなのです。

概念について考えることは、世界と日本との関係について考えることにもつながります。なぜなら、近現代の重大テーマである諸概念は、日本でもあてはまるからです。明治以降、近代化を進める日本は、身分制度の撤廃や平民からなる軍隊の創設、学制による国民教育などで国民を創出していきます。

そうした一連の国民化政策は、西洋諸国をモデルとしながらも、どのような点で異なり、どのような影響を日本の歴史にもたらしたのか。歴史総合では、歴史的概念によって世界と日本との関連性を理解し、比較していきます。これによって、「世界とその中の日本」を一体的に学ぶことができるのです。

■近現代の歴史から「現代的諸課題」を考える

このように歴史総合では、ただ先生が生徒に一方的に教えるだけの授業ではなく、生徒自身に考えさせる授業が目指されているのです。

北村厚『大学の先生と学ぶ はじめての歴史総合』(KADOKAWA)
北村厚『大学の先生と学ぶ はじめての歴史総合』(KADOKAWA)

理科では教科書に書いてあることをただ暗記するのではなく、実験して確認しますよね。数学でも数式をただ暗記するのではなく、練習問題で使い方を身につけますね。それと同じで、歴史総合では資料と問いに生徒が取り組むことで、歴史の使い方を身につけるのです。

でも、この「歴史の使い方」というのはピンときませんね。何に使うのでしょうか? いろいろ考えられますが、歴史総合では「現代的諸課題」について歴史的に考えることが目指されています。

例えば国民と国民国家という概念は、決して19世紀で終わるテーマではありません。今まさに戦争によって多数の命が失われているウクライナやパレスチナの問題を考えるときに、19世紀以来の国民国家のさまざまなあり方を身につけておくと、歴史的な思考ができるようになります。

「ウクライナ人」とは何か。どのような歴史的経緯と特徴を持っているのか。どのような点で「ロシア人」のアイデンティティと対立するのか。このような歴史的な問いが、混迷する現代世界を理解するために必要な思考であることは明らかです。そして歴史総合での、「問い」によって「概念」を歴史的に深めていく学びによって、こうした思考力が身についていくことが期待されているのです。

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北村 厚(きたむら・あつし)
神戸学院大学人文学部准教授
1975年福岡市生まれ。2004年、九州大学大学院法学府博士後期課程を単位取得退学。著書に『ヴァイマル共和国のヨーロッパ統合構想 ――中欧から拡大する道』(ミネルヴァ書房、2014年/日本ドイツ学会奨励賞受賞)、『教養のグローバル・ヒストリー ――大人のための世界史入門』(ミネルヴァ書房、2018年)など。

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(神戸学院大学人文学部准教授 北村 厚)

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