「秘書がやった」と言えば政治家は罪を許される…自民党裏金問題が明らかにした「検察と自民党」の異常な関係
プレジデントオンライン / 2024年1月26日 7時15分
■裏金問題で逮捕されたのは「無名の中堅議員」だけ
自民党安倍派の約90人が裏金を受け取っていたのに、蓋を開けてみると、国会議員で逮捕されたのはたったひとり、在宅または略式で起訴されたのはふたり、いずれも全国的には無名の中堅議員だった。そのほかに刑事責任を問われたのは政治家の秘書や派閥の職員ばかり。
マスコミが昨年末から大々的に報じてきた東京地検特捜部による裏金捜査は、司直による世直しを求める国民の期待を煽りに煽った挙げ句、大物政治家は誰ひとり逮捕・起訴されることなく拍子抜けに終わった。
自民党に20年以上にわたって君臨してきた最大派閥・安倍派は解散に追い込まれ、今回の裏金事件が自民党内の勢力地図を塗り替えた政局的インパクトは極めて大きい。一方で、政治資金を裏金化する不正行為の浄化は「トカゲの尻尾切り」で終わり、巨悪を裁く刑事司法は本来の役割を果たすことができなかった。
検察捜査はなぜこんな結末を迎えたのか。検察当局は自民党に飛び交う「裏金」を大掃除して政治腐敗を一掃するつもりなどハナからなかったと私はみている。
■麻生派、茂木派は立件を免れる
裏金疑惑を最初にスクープしたのは「しんぶん赤旗」だった。これを受けて上脇博之・神戸学院大教授が自民党の主要5派閥(安倍、麻生、茂木、岸田、二階の各派)を刑事告発し、東京地検特捜部はこれを受理した。
ところが、特捜部が強制捜査(家宅捜索)に踏み切ったのは安倍派と二階派だけだった。土壇場で岸田派も立件対象に急遽加え、3派の会計責任者らを起訴したのである。
強制捜査の対象をなぜ、安倍派と二階派に絞ったのか。最後に岸田派まで立件したのはなぜか。検察当局はその理由を説明しないし、マスコミも追及しない。
日本の司法制度は法律要件を満たした場合に必ず起訴しなければならない「起訴法定主義」ではなく、起訴するかどうかを検察の裁量に委ねる「起訴便宜主義」を採用している。ここに「検察捜査の闇」が潜んでいる。
なぜ安倍、二階、岸田の3派だけが立件され、麻生、茂木の2派は立件を免れたのか――。このナゾを解くには、岸田政権の権力構造を理解する必要がある。
■裏金問題が「しょぼい結末」を迎えた要因
第4派閥の会長だった岸田文雄氏は、2021年の自民党総裁選で第2派閥を率いる麻生太郎氏に担がれて勝利し、第100代首相に就任した。第3派閥の茂木派を加え、岸田総裁―麻生副総裁―茂木敏充幹事長が自民党中枢ラインを占める「三頭政治」で統治してきた。
しかし、麻生・茂木・岸田の主流3派だけでは自民党内の過半数に達しない。最大派閥・安倍派は安倍晋三元首相が銃撃されて急逝した後、「5人衆」と呼ばれる派閥幹部の集団指導体制となっていた。
そこで、5人衆の萩生田光一氏を政調会長に、西村康稔氏を経済産業相に、松野博一氏を官房長官に、世耕弘成氏を参院幹事長に、高木毅氏を国会対策委員長に起用し、主流派に取り込んだ。一方で、第5派閥の二階俊博元幹事長や無派閥議員を束ねる菅義偉前首相を干し上げてきたのである。
岸田首相は政権の「生みの親」である麻生氏に頭が上がらず、いわば傀儡政権だった。最大派閥を率いる安倍氏が他界した後、麻生氏は従前に増して突出したキングメーカーとして振る舞うようになり、重要な政治決定の際は岸田首相を自民党本部へ呼びつけた。
さらには茂木氏をポスト岸田の一番手として重用し、岸田・麻生会談に同席させ、「三頭政治」で岸田政権を思うままに操ってきたのである。
■「三頭政治」に生まれつつある亀裂
岸田首相は在任期間が長期化するにつれ、不満を募らせた。特に首相の座を脅かす存在として茂木氏への警戒感を強め、麻生氏主導の「三頭政治」から脱却を探り始めた。
昨年9月の内閣改造・党役員人事では茂木氏を幹事長から外し、後継に小渕優子氏(現選挙対策委員長)や森山裕氏(現総務会長)の起用を画策したが、土壇場で麻生氏に猛反対されて断念し、茂木氏を渋々留任させた。麻生氏から初めて自立を試みたが、失敗したのだ。
岸田首相はあきらめなかった。その後、財務相を長く務めた麻生氏の反対を振り切って所得税減税を強行し、両者の関係は軋んだ。
内閣支持率の続落を受け、麻生氏は今年9月の自民党総裁選で岸田再選を後押しする戦略を転換し、今春の予算成立と訪米を花道に岸田首相を退陣させ、緊急の総裁選で茂木氏を擁立して主流3派体制を維持したまま政権を移行させる構想を探り始めた。
麻生氏の最大の政敵は、今は非主流派に転落している菅氏だ。菅氏はマスコミの世論調査で「次の首相」トップに返り咲いた無派閥の石破茂元幹事長を総裁選に担ぎ出し、安倍派や二階派を取り込んで、麻生氏ら主流3派に対抗する戦略を描いてきた。
岸田首相が総裁任期満了の9月まで続投すれば、一般党員も投票する形式で総裁選が行われ、世論の人気も党内の支持もパッとしない茂木氏では石破氏にかないそうにない。他方、総裁が任期途中に辞任した場合の緊急の総裁選は、一般党員が参加せず、国会議員と都道府県連代表による投票となる。それなら派閥主導の多数派工作で茂木氏を勝利に導くことが可能だ――。麻生氏が岸田首相に3月退陣を促すのは、そうした事情からだった。
■検察の「菅ぎらい」
東京地検特捜部が安倍派と二階派を狙い撃ちした強制捜査に踏み切ったのは、総裁選に向けて麻生氏と菅氏の水面下の攻防が激化する真っただ中だった。安倍派と二階派に大打撃を与えて麻生氏が率いる主流3派体制の優位を決定づける政治的効果は絶大だった。菅氏は不利な情勢に追い込まれた。
検察当局が最も恐れているのは、菅氏の復権である。検察は安倍政権時代、菅官房長官に検察人事に介入され、水面下で暗闘を繰り広げた。菅氏は森友学園や加計学園、桜を見る会など安倍官邸を直撃したスキャンダルで検察捜査を阻む「官邸の守護神」と呼ばれた黒川弘務検事長(当時)を重用して検事総長にねじ込もうとした。
最後は黒川氏が産経新聞や朝日新聞の司法記者らと賭け麻雀を繰り返していたことが発覚して失脚し、検察勝利に終わる異例の展開をたどったが、その後も検察は菅氏への警戒感を強め、河井克行元法相ら菅側近への捜査を繰り返し、さらには菅氏ら安倍官邸が主導した東京五輪招致をめぐる汚職事件も手掛け、菅氏を牽制し続けた。
■検察は「正義の味方」でも「国民の味方」でもない
麻生氏と検察当局は「アンチ菅」で利害を共有してきたのである。安倍派と二階派を狙い撃ちした特捜部の裏金捜査は、総裁選をにらんだ麻生氏の意向に沿う「国策捜査」の色彩が極めて濃い。
検察は「正義の味方」でも「国民の味方」でもない。自分たちの人事や組織防衛を最優先して権力中枢の意向に沿う官僚組織である。「時の最高権力者」の味方なのだ。そして現在の政界の最高権力者は、内閣支持率が一桁台まで落ち込んでいつ退陣に追い込まれるかわからない岸田首相ではない。唯一のキングメーカーとして君臨する麻生氏だ。
麻生氏の政治目的は「安倍派壊滅」による総裁選の勝利であり、安倍派5人衆をはじめ派閥幹部たちが逮捕・起訴されることではない。むしろギリギリのところで安倍派幹部たちの政治生命を守って貸しをつくり、麻生氏ら主流3派に屈服させればそれで良かった。
立件されるのは中堅議員と派閥職員にとどめ、安倍派幹部たちは政治的ダメージを受けつつ刑事責任は免れるという検察捜査の結末は、麻生氏の政治目的にピッタリ重なった。
■裏金捜査と総裁選をにらんだ党内闘争の密接な関係
検察捜査で当初から「扱い」があいまいだったのは、岸田派である。安倍派や二階派と違って家宅捜索の対象から外れたものの、特捜部は岸田派も捜査対象であることをマスコミにリークし、「宙ぶらりん」の状況に置いた。
岸田派は刑事告発された裏金額では麻生派や茂木派よりも少なく、永田町でも主流3派で岸田派だけが捜査対象に加わっていることは大きなナゾとして語られてきたのである。
私は、この背景に3月退陣をめぐる岸田首相と麻生氏の熾烈(しれつ)な駆け引きがあったとみている。岸田首相は予算成立と訪米を花道に退陣し、茂木氏へ政権を譲る麻生構想に強く反発したのだろう。
東京地検特捜部が土壇場で岸田派を立件対象に追加したのは、岸田首相に対して「引導」を渡す麻生氏の意向に沿ったものと理解すれば大きなナゾが解けてくる。この裏金捜査は今年の総裁選をにらんだ党内闘争と密接に絡んでいるのだ。
岸田派関係者によると、岸田首相は検察当局から岸田派立件の方針を直前まで知らされないなかったという。検察当局から「時の最高権力者」とみなされていないことの証しであろう。岸田首相は検察当局の背景に麻生氏の影を感じ取ったに違いない。
反撃の一手として放ったのが、岸田派の解散だった。立件された安倍派と二階派に歩調をあわせて岸田派を解散し、検察捜査では無傷の麻生派と茂木派にも解散を迫る捨て身の逆襲である。主流3派体制の打破を目指して派閥解消を訴えてきた菅氏の戦略に乗ったのだ。
■「派閥解散組」と「派閥維持組」の派閥争いに
麻生氏は激怒した。麻生氏は茂木氏とともに岸田首相に対し、自分たちは派閥解散には応じない意向を伝えた。岸田首相は麻生氏と会食して取り繕ったが、主流3派体制は崩壊したといえる。安倍派、岸田派、二階派、菅氏ら「派閥解散組」vs麻生派、茂木派の「派閥維持派」の新たな対決構図が浮上した。
派閥解散の連鎖で追い込まれた麻生氏と茂木氏は、安倍派幹部たちに自発的離党を迫る構えをみせ、応じない場合は離党を勧告する強硬手段を検討し始めた。安倍派叩きで派閥解消から世論の関心を逸らす逆襲に出たのだ。
検察の国策捜査は政治腐敗を一掃することはなく、自民党の党内抗争を激化させる結果を招いた。岸田首相は岸田派解散で主流3派体制に終止符を打ったものの、激怒する麻生氏と完全決別する覚悟はなく、麻生派と茂木派の存続は容認した。麻生氏と菅氏を天秤にかけて1日でも長く政権に居座る戦略に転じたといっていい。
能登半島地震や物価高、ウクライナやパレスチナなど国際情勢への対応が急務な時に政局は混迷を深めるばかりである。
■民主党政権には強気だったのに…
日本社会には検察当局に対する失望と不信が充満している。1992年の東京佐川急便事件以来の現象だ。
当時、東京地検特捜部は政治資金規正法違反に問われた最大派閥会長の金丸信氏に上申書を提出させ、事情聴取もしないで罰金20万円の略式命令で決着させた。これに憤怒した男が検察庁合同庁舎前で「検察庁に正義はあるのか」と叫び、ペンキの入った小瓶を投げつけ、検察庁の表札が黄色く染まった。検察史に刻まれた屈辱の事件である。
裏金捜査が腰砕けに終わった理由について、マスコミはザル法と呼ばれる政治資金規正法の限界を声高に指摘している。この法律は政治家たちが「抜け道」をあちこちに忍ばせたザル法であり、政治資金規正法の改正が急務なのはそのとおりであろう。
しかしそれが検察の免罪符になるとは私には思えない。なぜなら検察はこれまで相当ハードルが高いとされる数々の事件の強制捜査に踏み切り、強引に起訴してきたからだ。
民主党が自民党から政権を奪取した前後に小沢一郎氏(当時は民主党幹事長)を狙い撃ちした陸山会事件はその象徴である。特捜部は小沢氏の元秘書である国会議員と公設秘書を政治資金規正法違反(虚偽記載)で逮捕し、小沢氏は幹事長辞任に追い込まれ失脚。民主党政権は「小沢vs反小沢」の党内抗争に突入して混迷を深め3年余で幕を閉じた。この検察捜査が自民党の政権復帰をアシストしたのは間違いない。
ところが肝心の事件では、特捜部による捜査報告書の虚偽作成など強引な捜査手法が発覚。小沢氏本人は強制起訴されたが、無罪となった。内政外交の大転換を狙った小沢氏主導の民主党政権を倒す「国策捜査」の印象を強く残す結果に終わったのである。
■弱腰の印象は拭えない
こればかりではない。日産会長だったカルロス・ゴーン氏の事件(ゴーン氏は起訴・保釈後に国外逃亡)や厚生労働省局長だった村木厚子氏(のちに事務次官)を逮捕・起訴した冤罪(えんざい)事件(村木氏は無罪)をはじめ、検察の強引な捜査手法に国内外から批判が噴出した事例は枚挙にいとまがない。
菅氏側近だった河井元法相の選挙買収事件でも、現金を受領した広島市議(当時)らに「不起訴にする」と示唆して「現金は買収目的だった」と認めさせる供述誘導の実態が発覚したばかりだ。
今回の裏金事件は、検察が強引な捜査を進めた過去の事件と比して、あまりに弱腰だった印象は拭えない。本気で大物政治家を立件する覚悟があったのなら、裏金を渡した派閥側の刑事責任を会計責任者の派閥職員ひとりに押し付ける結末にはならなかったであろう。
安倍氏が政治資金パーティーの売り上げノルマ超過分を還流させてきた慣行の廃止を提案して急逝した後、事務総長だった西村氏をはじめ安倍派幹部たちがどのような経緯で還流を継続させることになったのか。真実を徹底究明するには、まずは西村氏ら派閥幹部全員を一斉に家宅捜索し、場合によっては逮捕に踏み切る選択肢もあったはずだ。
それをハナから放棄したことは、この国策捜査の目的がそもそも政治腐敗を一掃することではなく、今年の総裁選に向けて安倍派に壊滅的なダメージを与えることにあったことを物語っている。
■検察は「時の最高権力者の味方」でいいのか
自民党の内情に詳しい関係者によると、検事総長ら検察当局は自民党との窓口を常に確保し、「時の最高権力者」の意向を確認しながら捜査を進めてきた。
リクルート事件が発覚した1988年、検察当局は当時の竹下内閣の閣僚の一人を通じて竹下登首相に捜査の展望を逐一報告していた。竹下氏は検察当局のターゲットは中曽根康弘元首相やその周辺であり、自らに捜査は及ばないことを認識して自信を持って政局判断を下していたという。
小泉政権下で検察当局は小泉純一郎首相と直接やりとりしていた。小泉氏の政敵であった野中広務氏や鈴木宗男氏の強制捜査にはいつでも踏み切れると伝え、小泉首相は「法に基づいて厳正に対処するように」と応じていたという。今回の裏金事件の窓口は、キングメーカーの麻生氏であった可能性が極めて高い。
検察は「正義の味方」ではない。「時の最高権力者の味方」である。検察のリークを垂れ流し、検察の描く捜査ストーリーを流布するマスコミの検察報道は、検察の世論誘導に加担しているだけではなく、「時の最高権力者」にも加勢していることを、検察担当の社会部記者たちは自覚しているだろうか。
検察のリークを大々的に垂れ流すマスコミ報道が安倍派を壊滅に追い込んだものの、派閥幹部は誰一人として刑事責任を問われずに終わった一連の顚末(てんまつ)は、検察捜査のあり方にとどまらず、検察報道の歪みも問いただしていることを指摘しておきたい。
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ジャーナリスト
1994年京都大学を卒業し朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部や特別報道部でデスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2021年5月に49歳で新聞社を退社し、ウェブメディア『SAMEJIMA TIMES』創刊。2022年5月、福島原発事故「吉田調書報道」取り消し事件で巨大新聞社中枢が崩壊する過程を克明に描いた『朝日新聞政治部』(講談社)を上梓。YouTubeで政治解説も配信している。
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(ジャーナリスト 鮫島 浩)
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