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なぜ貝印はインド市場で生き残れたのか…「インドで作った日本のツメキリ」という売り方にこだわった理由

プレジデントオンライン / 2024年1月31日 11時15分

刃物総合企業KAIグループ「カイ・マニュファクチュアリング・インディア」代表のパンディア・ラジェシュ氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「尊敬する人物は高倉健」インド法人代表の日本観

語り手は貝印ブランドで知られる刃物総合企業KAIグループ、カイ・マニュファクチュアリング・インディア代表のパンディア・ラジェシュ氏。

KAIグループは2022年度のグループ連結売り上げが503億円。国内と国外の売上高が約47対53というグローバル企業だ。

パンディア氏は1956年、インドのグジャラート州で生まれ、日本にやってきた。2016年からカイ・インディアの経営に携わり、売上高を10倍に伸ばし、従業員を十数人から350人に増やした。同社のインド事業を発展させた人物である。奥さんは日本人。日本語も上手で、尊敬する人物は高倉健。

「日本人は海外でふるまう時は高倉健のように立派で、かつ、カッコよくあるべきです」と断言する。

■なぜ今、インドが注目されているのか

【パンディア・ラジェシュ】在インド日本大使館などの調査によると、中国に進出する日本企業(2022年)は1万2706社、一方、インドに来ている日本企業(2022年)の数は1400社しかありません。

それはなぜでしょうか。インドの人口は14億1700万人。世界一です。中国よりも大きく、EU(4億5000万人)、ASEAN(6億8000万人)よりもはるかに大きいです。マーケットも大きい。それでも日本企業と日本人はインドを遠い国だと思っているから進出しないのです。

しかし、われわれ、KAIグループは2012年からインドにやってきて、工場と販売網を作りました。今の会長(遠藤宏治)がグローバル志向だったから、アメリカ、ヨーロッパ、中国、東南アジアにも進出しています。失われた20年以来、日本のビジネスパーソンはシュリンクしています。しかし、海外に出ていかなければ成長しません。特にインドです。インドが重要なのです。

私は2016年からインドの代表をやって、工場を作ると同時に販売網を整備しました。

われわれの商品を扱っている小売店は3種類あります。ひとつはモダントレード、日本でいうとハイパーマーケットなどの商業施設。

次がジェネラルトレード、日本でいうと商店街や個人商店。3番目がeコマース。これから大きく伸びていくのはeコマースでしょう。私たちの製品に限らず、衣料品、雑貨はこうした状況にあります。

貝印ブランドで売れているのは包丁、爪切り、カミソリです。いずれもインドの原材料を使って日本の技術で磨き上げたというのがわれわれのウリで、消費者もインドの原材料と日本の技術が組み合わさった点を評価しています。原材料も技術もふたつとも外国発というものでしたら、これほどは売れなかったと思います。

■「メイドインインディア」だから支持される

2023年の1年間、インド国内で売れた貝印の包丁は100万丁です。国内では第3位の売り上げでした。爪切りは20万個で、カミソリは男性用、女性用合わせて200万個、売れました。爪切り、カミソリも売り上げでトップ集団にいます。

いずれも他社製品との大きな違いは品質です。他社の製品は鉄をクロームメッキしたものですが、貝印はすべてステンレススチールです。切れ味がよくサビにくいし、長く使えます。研いで使えば長く持つのです。そして、ステンレススチール、プラスチックは100%、メイドインインディア。インド人はそこを喜ぶのです。加えて世界一の日本のテクノロジーが組み合わさっている。ここが重要です。

日本企業がインドで何かを売ろうと思ったら、インドと日本の組み合わせを考えなくてはいけません。日本の原材料、日本のテクノロジーだけではインド人は製品を自慢することができないのです。

包丁の話をしましょう。インドでは包丁は消耗品です。1年に1丁、買い替える人はごく普通にいます。日本人の包丁に対する考え方とはちょっと違っています。日本人は1丁の包丁を数年間は使うのではないでしょうか。

■爪切りに込めた“日本らしい”きめ細やかさ

われわれは包丁のプライスポイントを幅広くとっています。さまざまな価格の商品を出しているのです。日本円で300円くらいの小さなナイフから日本円にすれば数千円の高級包丁まで売っています。そして、どれも売れているのです。

貧富の差が激しいインドでは商品の種類を絞るのではなく、多くの種類を出したほうがいい。それこそ70ルピーの包丁から2500ルピーの包丁(約124円~4500円)まで出すと、幅広くお客さんをつかめるわけです。だから、払える人は2500ルピーでも払う。払えない人でも、料理を作って食べなくてはならないので、70ルピーの包丁を買う。自分の懐に相談して買う人たちから、包丁の値段を気にしない人たちまで多くの層があります。

また、金持ちの家だからといって高級な包丁を買うわけではありません。インドではメイドさんが料理することが多い。主人はメイドさんに高い包丁を買って与えることはしないのです。

爪切りもまた好評です。爪切りは「KAI Tsumekiri」(199ルピー=354円)とあえて日本の名前で売っています。当社の場合、インドでは初めての「くふう」をしています。切った爪を収容するケース、爪のなかを掃除するピックを付けました。

インドでは切った爪を散らかすのは縁起が悪いとされています。しかし、これまでインドでは、爪切りはケースのない裸で売っていました。私たちはケースを付けて飛び散らないようにしたのです。インドでは初めて貝印がケース付き爪切りを開発して発売したのです。

■歯で切ることなく、爪の中の掃除もできる

もうひとつは爪のなかを掃除するピックです。これも私たちが初めて付けたものです。インド人は右手で料理をつまんで食べます。手で食べる文化ですので、爪のなかにマサラとかスパイスが入ってしまう。小さなゴミも入ってしまう。インドの爪切りは切れ味が悪いので、歯で爪を切る人もいるくらいです。

そこで、ピックを付けて、ほじくりだすようにしました。われわれはこのピック付き爪切りを健康グッズと考えています。そして、家族でひとつではなく、ひとり一個で売ろうとしています。

例えば、みなさん、バスタオルは共有しませんよね? 歯ブラシも共有しませんよね? いくら奥さんを愛していても、「私の歯ブラシを使っていいよ」とは言いません。健康グッズ、衛生グッズですから、ひとりひとりに一個ずつ必要だと紹介しています。

ケース付き、ピック付きの爪切りは日本の知恵です。日本らしい配慮ともいえます。包丁も同じ、カミソリも同じですけれど、インドの原材料と日本の技術、日本らしい配慮を合わせた製品だから売れているのです。

「お掃除ピック」付きの爪切り
撮影=プレジデントオンライン編集部
日本ではまず見かけない「お掃除ピック」付きの爪切り。手で食べる食文化のインド人に大人気だという - 撮影=プレジデントオンライン編集部

カミソリも売れています。これもまたインドの原材料で、日本の工作技術で作ったものだからです。カミソリは男性用、女性用を扱い、女性用ではビキニラインといって下のムダ毛を処理するカミソリも出しています。これはすごく好評です。

こうした商品を当社の営業マンがインド全土にセールスしているわけです。

■スズキはなぜインドで成功したのか

われわれは「インドで売れる商品はDUPS」と言ってます。Dは、デザイン&ドゥラビリティ(耐久性)。Uは、ユニークネス&ユーティリティ。Pは、パテント&プライス。Sは、セーフティー&ストーリー。この4つがなければインドでは売れません。

インドで知られている日本企業ですが、ナンバーワンはスズキ。インド人のなかにはスズキをインドの会社だと思っている人もいるくらいです。

スズキは今年の初めに約6600億円を投じて、グジャラート州で年産100万台の工場を新設すると発表しました。今もスズキはナンバーワンですけれど、ますます成長するでしょう。

スズキは自動車会社としてもっとも早くからインドに進出しています。そして、車の王様とも言われています。“King of Indian Automobile Industry”なんです。インドでは4割のシェア(41.3パーセント=筆者注)を持っていて、売れている車のランキングにはスズキの車ばかり。EVで遅れていると言われていますが、来年にはさまざまな種類のEVを出すと言われています。

なぜスズキの車が売れているか。まずはクオリティです。そして、メンテナンスの手間がかからない。3番目は故障が少ないから信頼できる。安心して乗っていられるんです。4番目は、インド中に販売店、修理、保守点検のワイドネットワークがある。

われわれの貝印の製品も同じです。インド全土にネットワークがなければ消費者に近づくことができない。時間とお金がかかりますが、ワイドネットワークがなければインドでは成功しにくいと思います。

パンディア・ラジェシュ氏
撮影=プレジデントオンライン編集部

■ユニクロの「ヒートテック」も人気

スズキのネットワークは強い。偽物ではないジェニュインパーツ(純正部品)が簡単に手に入る。インド人はもう偽物のパーツを買ったりしません。車を買える層の人々は安全でないと嫌だから、純正部品でないと買いません。ここは大事です。

ユニクロはプライスとバリューが見合っています。インドのユニクロ製品は日本よりも高いのですが、それでもインドの消費者はエアリズムとヒートテックを喜んで買っています。日本のみなさんは「インドは暑い国なのにどうしてヒートテックを買うのか」と不思議に思われるかもしれません。

ですが、インドが暑いというイメージはステレオタイプです。今、デリーの温度は東京と変わりません。そして冬になるとデリーは寒い。デリーから北へ行ったらもっと寒い。ヒートテックは必需品です。ユニクロインディアが今11店舗持っていて、売り上げの伸びは前年比で60%増(2023年)だそうです。

ただ、まだ製品の価格は高いと思います。インド工場で製産したら、もっと安くなって、もっと売れると思います。ユニクロはいずれインドで工場を作るでしょう。実際にそういう方向にあるとも聞きました。

進出する日本企業の方に言いたいのは、インドでは現地生産が重要なんです。ですから、われわれ貝印はまず工場を作りました。

小型包丁
撮影=プレジデントオンライン編集部
インドで展開している包丁は三徳包丁のほか、手で持って切ることのできる小型包丁も人気だ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■インドで成功したければ「石の上にも十年」

日本で売れないものをインドでちょっとやってみようという怠惰な考え方では絶対ダメです。真剣勝負です。私がいつも言ってるのは石の上にも三年ではなく、インドでは「石の上にも十年」。10年プランで進出しなければ来るな、です。インドは一筋縄でいかない国です。長く努力するしかないのです。

近頃、キリンビールがとても良い発表をしました。提携しているインドのスタートアップ企業、ビラ(BIRA)とインドで「一番搾り」を作るそうです。現地生産です。

インドで一番飲まれているビールはキングフィッシャーですが、キリンビールはスタートアップのビラと組んで造るという。老舗のキングフィッシャーでなく、スタートアップと組むのが私は日本企業にとっていい決断だと思っています。インドのスタートアップと日本の老舗企業が組むというのは進出の仕方としてすごく面白いのです。

ちょっと辛口になってしまうかもしれませんが、CoCo壱番屋もインドに出てきました。まだまだこれからだと思います。店に来ているお客さんを見ると、日本人と日系企業で働いているインド人社員です。これではまだわかりません。もっともっと店を増やして、やはり何かメニューを現地生産することでしょう。

パンディア・ラジェシュ氏
撮影=プレジデントオンライン編集部

■「日本製」を売るのではなく、「インド製」を売る

これまでにインドに出てきた日本企業でも撤退したところがいくつかあります。現地合弁の失敗例ではNTTドコモとタタ・グループ(2014年撤退)。それから、第一三共とランバクシー(2014年撤退)。他にもあるでしょう。これは私の意見ですが、合弁の場合はよほど慎重に相手と交渉しないと難しいです。老舗同士の合弁ではお互いにプライドがあるから大変なのでしょう。

貝印はパートナーを組まないで、スタンドアローンでインドに進出しました。その代わり、10年は辛抱しようと決めました。私はスタンドアローンのほうが成功する確率は高いと見ています。

私は66歳です。インドに生まれて31年住みました。日本には35年、住んでます。上っ面だけでなく両方の国の本質を見ているのです。

日本人がインドで失敗したのも見ました。気をつけなくちゃならないところを見逃したのを見ました。やるべきことをやっていないことも見ました。だから、忠告したいと思います。

例えばインドで売れている携帯電話は中国製、韓国製、そして、インド製です。Xiaomi、vivo、サムスンとrealme。サムスンはインドに工場を作って現地生産しています。

ポイントは現地生産なんです。インドの原材料、インドの技術をリスペクトしないとインドでは成功しません。

インドはものづくり大国なんです。インドにただ進出して物を売ろうという根性じゃなくて、工場を建設してずっとやっていく。だから信用されるのです。どうぞ、日本企業の方たち、インドに工場を作って、進出してきてください。

パンディア・ラジェシュ氏
撮影=プレジデントオンライン編集部

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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