ゴミ処理から介護、除雪まで、今ある生活サービスが崩壊する…「人手不足1100万人」の日本が直面する衝撃の未来
プレジデントオンライン / 2024年1月30日 9時15分
※本稿は、古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■2040年に1100万人の働き手が足りなくなる
横並びで堰を切ったように進む賃上げ、現業系のサービスを中心にまったく収まる気配のない人手不足、あの手この手で採用難を乗り越えようとする企業や自治体の奮闘――。
人手不足を直接・間接的に報じるニュースを目にしないことはないし、身のまわりのサービス水準の低下やトラブル、事故の発生などを肌身に感じることも増えてきた。
日本社会に何が起こっているのか、何かが起こっているのではないかと感じたことはないだろうか。
われわれリクルートワークス研究所では、日本社会が構造的な人手不足に陥るのではないかという危機感のもと、2023年3月に「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」という報告書を発表した。このまま「座して待つと何が起こるのか」という将来像を明確にすべく、私たちは労働の需要と供給の観点からシミュレーションをおこなった。
シミュレーションの結果、浮かび上がってきたのは、衝撃的な日本の未来の姿だった。
2040年に日本では、1100万人の働き手が足りなくなる――。
働き手が足りないというニュースは多くの人が耳にしているが、これから起ころうとしている「人手不足」は、これまでの単なる「人手不足」とは異なるのだ。
■生活維持サービスが消滅する危機
なかでも最も懸念されるのは、私たちの生活を支えている「生活維持サービス」の水準低下、そして消滅の危機である。
たとえば、業種別の労働需給シミュレーションの結果を見てみると、2040年には介護サービス職で25.2%、ドライバー職で24.1%、建設職で22.0%が不足することがわかった。
すると、どうなるか。
日本に住むすべての人にとって「大変だなあ」ではすまない。
老いた親の介護サービスが、前日の夜や当日の朝に急に「スタッフの確保ができない」という理由で受けられなくなる。そうなると、働き盛りの家族が介護をしなくてはならない。宅配便の遅延が当たり前になり、買い物に行くために行き来をする時間も増える。ドライバー不足でコンビニやスーパーの商品の補充も毎日はされないかもしれない。さらに、建設現場の人手不足で地方の生活道路が穴だらけになってしまう。すると、買い物や通勤に行くための時間も長くなり、生活がさらに大変になっていく――。
注文したものの配送、ゴミの処理、災害からの復旧、道路の除雪、保育サービス、介護サービス……。私たちは今、これまで当たり前に享受してきたあらゆる「生活維持サービス」の水準が低下し、消滅する危機に直面しているのである。
詳しくは『「働き手不足1100万人」の衝撃』に書いたが、人口動態に基づくシミュレーションは最も確実な未来予測とも言われ、「座して待てば」日本社会が高齢人口比率の高まりによって、今後10年から15年かけてこうした局面に至るのはほぼ間違いないと考えられる。現在起こっている、さまざまなエッセンシャルワークや現業の仕事における著しい人手不足は、その入り口にすぎないのだ。
これまでの人手不足問題は、後継者不足や技能承継難、デジタル人材の不足といった産業・企業視点から語られてきたが、これから訪れる人手不足は「生活を維持するために必要な労働力を日本社会は供給できなくなるのではないか」という、生活者の問題としてわれわれの前に現れるのだ。
■「みなが無人島に住むような」社会
話は変わるが、とあるテレビ番組で、無人になってしまった故郷の島に1人で何年も住んでいるという男性が特集されていた。仕事を引退したあと島に移住したそうで、故郷で過ごした少年時代を思い出しながら日々暮らしているという内容だった。
美しい島の海や自然を眺めながら、さぞ悠々自適の生活なのだろうな、と私は素直に思った。この番組を観た多くの人がそう思うだろう。自然に囲まれた島での暮らし、街の喧騒もなく、空気も美しく、人間関係に煩わされることもない。番組のスタッフは視聴者のそうした気持ちを先読みしたかのように、「自由な暮らしで、さぞ日々ゆっくりした時間を過ごしているのでしょうね」と男性に問いかけた。ところが、男性が次のような答えを返したのは、その番組を観ていた多くの人にとって意外だっただろう。
「じつは、朝から晩まで休む暇なく働いているんですよ」
私たちはみな、他者の労働を消費している。そのことを、「共生」と呼んだり、「互酬」と言ったり、「人はみな生かされている」と感じてみたりする。しかし、単なる建前や信条ではなく、そのありがたさを本当に実感する社会がすぐそこに迫っている。
まわりに頼れる人がほとんどいない離れ小島で、ほかの人の労働の力を借りずに日々を送ろうとしている男性の生活は、そのことをありありと表しているように思う。ごはんは自分でつくり、足りない食料品や生活用品を街まで買い出しに行き(無人島なので当然、モノを運んでくれる物流業者などいない)、家のまわりの道が壊れれば自分で補修する。私たちが日々の生活を送るうえで他者の労働の恩恵を受けられなければ、生活するだけで「休む暇もなくなってしまう」のだ。人はほかの人の労働や仕事に頼ることができないと、生活だけで精一杯になるのだ。
■慢性的な労働供給不足に直面する日本
社会を維持するために必要な働き手の数を供給できなくなる構造的な人手不足を「労働供給制約」という。「労働供給」というのは、働き手、担い手のことだ。対になる言葉は「労働需要」で、企業などが雇いたい働き手の人数だ。労働の供給をするのは個人で、個人は所得を得るためにその労働を需要主体である企業に売っている。それによって生活を成り立たせている。
あまり言及されないが、社会の高齢化は著しい労働の需給ギャップ(供給の不足分)、需要過剰をもたらすと考えられる。
人は何歳になっても労働力を消費するが、加齢とともに徐々に労働力の提供者ではなくなっていく。この単純な一つの事実が、世界で最も速いスピードで高齢化が進む日本の今後に向けて、大きな課題を提示している。つまり、高齢化率が高まるということは、社会において必要な労働力の需要と供給のバランスが崩れ、慢性的な労働供給不足に直面するということだ。これを「労働供給制約社会」と呼ぶ。
■生活に一杯いっぱいで仕事どころではなくなる
報告書のシミュレーションが示す「労働供給制約社会」は、いわば「みなが無人島に住むような」社会だ。社会で生きる人の生活を維持するために必要な担い手の数が、確保できなくなってしまうのである。
原因は人口動態の変化だ。高齢化による労働需要の増加と、著しい働き手不足が多くの問題を引き起こす。その最大の問題が、人が生活の維持にかける時間が増え、結果として生活に一杯いっぱいで仕事どころではなくなってしまう社会である。
この報告書は発表してからテレビや新聞にも数多く取り上げられ、非常に大きな反響があった。講演などに呼ばれる機会もあり、報告書で取り上げた2040年の日本社会をデータを用いて詳らかにしていくと、以下のような感想をいただくことがある。
「日本の未来が絶望的すぎる」
「ショッキングな内容でした」
「未来におののいてしまった」
なかには「詰んでいる感じがして絶望した」という感想もあった。『「働き手不足1100万人」の衝撃』で紹介している日本の未来像がリアル過ぎて、またもしかするとその一部をすでに体感していることもあって、とくに問題意識の高い人たちにはショッキングな内容になっているかもしれない。
■労働供給制約を解決する4つの打ち手
ただ、最後に一点だけ申し上げておきたい。私は、労働供給制約下の日本は、じつはさまざまな新しい可能性に満ちあふれる社会になるかもしれないと考えている。それは私たちが実施したシミュレーションの結果に、いくつかの普遍的な原理原則を組み合わせて考えれば自ずと導かれる。
座して待てば確実に直面する「生活に一杯いっぱいな社会」を回避するために、私たちはどのような手を打つことができるのか。
労働供給制約という大きく途方もない課題ではあるが、解決へ向けたアプローチは「需要を減らす」か「供給を増やすか」のどちらかだ。
私たちは労働供給制約社会に向けた打開策として、4つの打ち手を示す。
「機械化・自動化」「ワーキッシュアクト」「シニアの小さな活動」「仕事におけるムダ改革」である。
4つの解決策を提案した理由は、労働の需要をいかに減らすかという論点と、供給をいかに増やすかという論点を一体で語ることなしに解決不可能な水準の労働供給制約が、十数年後に迫っているからだ。
労働供給量を増やすというのは、つまり担い手をいかに増やすのかという問題だ。私たちはこの担い手には、人間だけでなく「機械」が入ってくると考える。機械と人間が有機的に連携して、新しい働き方をつくり出す必要がある。
労働供給の担い手を考える際には、「どの人がやるのか」だけでなく「機械ができないか」、はたまた「機械の支援を受けた人ができないか」といった選択肢を持つことができる。
必要な発想は、「人間がいないから機械に」とか「機械か社員か」という二者択一というより、「人が機械の力でもっと活躍できないか」という“拡張性”の思考なのだ。
■「働くこと」の意味が変わる
2つめの「ワーキッシュアクト」というのは、娯楽や趣味・コミュニティ参加のような本業の労働・仕事以外で、「誰かの困りごとや助けてほしいという需要に応えている」活動を指す。私たちは調査、研究を進めるなかで、本業以外で普段しているさまざまな活動が、楽しく豊かに持続的に提供され、じつは労働供給をしているという事実に注目した。
このようなワーキッシュアクトが「結果として誰かの労働需要を満たしている」性質があることは、自分のために楽しみながらでも担い手になれる潜在性を示唆し、未来の社会が豊かで持続的な社会となるための重要なパーツとなるだろう。
シニアも担い手としての役割を期待されるが、それは100歳まで現役のようにフルタイムで働くべしといった精神論的なものではなく、小さな活動で無理なく提供されていくことが期待される。さらには、労働需要を削減するという観点で業務のムダ縮減の根本的な議論も必要になる。
当然、提案する4つの解決策に限らない発想も存在するだろう。そのなかで4つの打ち手を提示したのは、これらの打ち手がすでに芽が出ているものだからだ。実践している企業、個人、地域がすでにある。課題の所在と打ち手が明確になっている。今、打てる手として、労働供給制約への解決策はこの4つの打ち手からはじめていこうという提案なのだ。
こうした活動が広がったあとに起こるのは、「労働」や「仕事」が今のイメージから大きく変容することだ。楽しく担い手になれ、社会の役に立てるのであれば、現在必ずしも楽しく満足がいくものとは言えないかもしれない「働くこと」も、また豊かな意味を持つことができる可能性は十分にある。
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リクルートワークス研究所主任研究員
1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。
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(リクルートワークス研究所主任研究員 古屋 星斗)
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