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楽天・三木谷氏が「最悪の愚策」と酷評…「自民党議員のおもいつき」で始まったNTT法廃止騒動の顛末

プレジデントオンライン / 2024年1月31日 8時15分

通信政策特別委員会に臨む楽天モバイルの三木谷浩史会長(前列左端)、ソフトバンクの宮川潤一社長(同左から3人目)、KDDIの高橋誠社長(同4人目)、NTTの島田明社長(右端)=撮影日:2023年12月13日、東京・霞が関 - 写真=時事通信フォト

■KDDI、ソフバン、楽天が大反対した「NTT法廃止」

防衛費増額の財源に政府が保有するNTT(日本電信電話株式会社)株の売却益を充てようという下世話な着想から始まったNTT法廃止をめぐる大混乱は、1月26日開会の通常国会にNTT法改正案を提出することで、一息ついた。

その主な内容は、NTTに課している研究成果の公開義務を撤廃し、禁止している外国人役員を全役員の3分の1未満であれば代表権のない取締役や監査役に就くことを認めるというもの。

昨秋から年末にかけて通信業界を揺さぶる大騒動になったNTT法廃止問題は、改正案の付則に2025年の通常国会をめどに再び改正案を提出する旨を盛り込む方向だが、それは努力目標に過ぎず事実上の棚上げを意味する。まさに大山鳴動してネズミ一匹の感はぬぐえない。

それもそのはず。「ネット時代にふさわしい情報通信法制はどうあるべきか」という、もっとも重要で根本的な問題意識とは無縁だったからだ。しかも、防衛費の財源補填は議論の途中で雲散霧消してしまったのだから、何をかいわんやである。

自民党の一部の思いつきから飛び火し、経済産業省をバックにする商工族の独善で急速に盛り上がったNTT法廃止論は、自民党内の対立を招き、「渡りに船」と飛び乗ったNTTも、反対の大合唱をしたライバル通信各社も、行司役の総務省も、みな振り回された。そして、いずれも徒労に終わったようにみえる。

■固定電話の全盛期にできた古い法律だが…

もっとも、通信自由化からまもなく40年、NTTの分離・分割からやがて四半世紀。その間に通信市場は激変し、NTTを取り巻く環境も様変わりした。固定電話の全盛期にできた法律が時代に合わなくなっているのは確かで、適切な見直しは必要だろう。

日立製作所のロゴマークが見える、黒電話
写真=iStock.com/bocco
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bocco

だが、喫緊の課題は、米国の巨大テックが席巻しWeb3.0や生成AIが主役となるネット時代にふさわしい情報通信法制を再構築することだ。NTTの再定義は、その中で考えるべきではないだろうか。

ライバル各社が指摘しているように、国民の負担をもとに構築してきた通信インフラをNTTから切り離して国民共有の財産として位置づけ、そのうえでNTTも含めた通信各社がさまざまなサービスを競い合う公正競争の枠組みをつくるのも一案だろう。いわゆる「上下分離方式」である。

折しも、NHKのネット事業の必須業務化が確定し、放送と通信の融合が名実ともに実現する局面を迎えた。放送も含めた情報通信市場の歴史的転換期といえる。となれば、筋の悪いNTT法見直しの議論は一刻も早く打ち切り、仕切り直して、地に足のついたゼロベースからの議論を始めなくてはならない。

総務省も、自民党も、通信・放送事業者も、有識者も、そしてメディアも、目先の利害にとらわれず、世界的な視野で情報通信市場の激動に取り組まなければ、日本のプレゼンスはますます小さくなってしまう。

■突然、降って湧いたNTT法廃止問題

NTT法は、1984年に日本電信電話公社(電電公社)の民営化に当たって制定された。その後、NTT再編のために97年に大幅改正され、NTTグループを統括する持ち株会社と東西の地域会社を特殊会社として規定、事業活動に一定の制約を課し、現在に至っている。

NTT再編は、固定電話の全盛時代に、通信自由化で新規参入してきた新電電各社との公正競争をいかに進めるかに力点があった。このため、NTTには引き続き固定電話を全国あまねくつなげるユニバーサルサービスが義務づけられた。

ところが、その後、通信の主役は、固定電話から携帯電話やネット、中でもデータ通信に急速に移行。NTT東西の固定電話の契約件数は、ピークだった97年の約6300万件から23年3月には約1350万件と2割程度にまで激減してしまった。約2億1000万件の携帯通信の契約件数に比べれば15分の1だ。今や固定電話事業は、毎年巨額の赤字を出すお荷物になっている。

稼ぎ頭のNTTドコモも、携帯通信のシェアは35%程度にまで縮小、一強どころかKDDIやソフトバンクと競い合う状況が続き、NTTを取り巻く環境は様変わりしてしまった。

このため、たびたびNTT改革が話題になったが、本格的な議論にまで発展することはなかった。

■経産省と自民党商工族が画策

そんな中、2023年秋、唐突にNTTが密かに期待していたNTT法廃止問題が浮上した。

政府は22年暮れ、向こう5年間で防衛費の総額を約43兆円にまで大幅増額し財源として増税を断行する方針を打ち出したが、これを受けて、財源を検討する自民党の特命委員会が、高まる増税への反発をかわそうと目をつけたのがNTT株だった。政府が保有するNTT株は約5兆円相当で、売却が実現すれば貴重な財源となりうる。

NTT株の売却案を主導したのは、特命委員会トップの萩生田光一・政調会長(当時、元経済産業相)だった。特命委は6月に提言をまとめたが、その中に、シレッと「完全民営化の選択肢も含め、NTT法のあり方について速やかに検討すべき」との文言を盛り込んでいた。

申入れを受ける岸田首相1
申入れを受ける岸田首相1(出典=首相官邸ホームページ・令和5年12月11日)

8月になると、特命委の下に、NTT法廃止が持論の甘利明・元経産相を座長とする「NTT法の在り方に関するプロジェクトチーム(PT)」が立ち上がり、NTT改革が俎上(そじょう)に載ることになったが、議論はNTT法改正を飛び越えて一気にNTT法廃止にまで進んでしまった。知恵袋は、安倍晋三元首相の秘書官で経産省から転じたNTT副社長といわれる。NTT法廃止論は、経産省―自民党商工族ラインが画策した「大NTT」復活ストーリーに映った。

降って湧いたNTT法廃止問題に、通信業界はもとより、総務省や自民党内も蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

■NTTvs.オール通信業界の構図で対立エスカレート

ライバルの通信各社は、一斉に反発、廃止反対の大合唱が起きた。

とりわけ、焦点となったのは、NTTが電電公社から引き継いだ通信網や局舎・電柱・管路などの「特別な資産」を保有したままでNTT法を廃止すれば、公正競争が歪められかねないという主張だ。

KDDIなどによると、特別な資産とは、電電公社時代の30年間で約25兆円に上り、現在の価値で40兆円以上と試算されている。土地は約17.3平方キロメートル、局舎は約7000ビル、洞道約650km、管路は約60万km、電柱約1190万本、光ファイバーは約110万kmとなっている。競争事業者が「構築し得ない」規模で、通信の黎明期から築き上げた国民の財産だ(昨年10月19日の記者会見による)。

KDDIの高橋誠社長は「NTTグループの統合や一体化の抑止のためにNTT法は必要。今の段階での廃止は非常に疑問だ。資本分離も含めて議論すべき」と、通信インフラを切り離すNTT解体論にまで踏み込んだ。

ソフトバンクの宮川潤一社長も「NTT法を廃止するなら、NTTが受け継いだ電柱などの公共資産はすべて国に返還するべき。一切引くつもりはない」と全面対決の強硬姿勢を示した。

■楽天・三木谷会長に、NTT広報室は「ナンセンス」と言い放つ

楽天の三木谷浩史会長にいたっては、X(旧ツイッター)に「国民の血税で作った唯一無二の光ファイバー網を完全自由な民間企業に任せるなど正気の沙汰とは思えない。携帯含め、高騰していた通信費がせっかく下がったのに逆方向に行く最悪の愚策だと思います」とこきおろした。NTT広報室はこの投稿を引用し、「ナンセンス」と反論。SNS上で議論が巻き起こった。

楽天三木谷氏の投稿に反論するNTT広報室
楽天三木谷氏の投稿に反論するNTT広報室(2023年11月17日のNHK広報室のポストより)

さらに、全国の通信事業者など181者は連名で、自民党と総務省に「廃止反対」の要望書を提出した。NTTvs.オール通信業界の構図が鮮明になり、双方の対立はますますエスカレートしていった。

■総務省と自民党通信族の巻き返し

自民党内では、総務相経験者が集う情報通信戦略調査会(会長・野田聖子元総務相)が、爆走する甘利PTに「待った」をかけた。

NTT法の廃止にともなってユニバーサルサービスも廃止となれば、地方の反発は避けられず、選挙にも影響が出かねない。「健全な通信市場の形成や外資による買収を防ぐ措置などが担保されない状況で廃止すべきではない」と、反論が相次いだ。

PTの提言は、素案では「NTT法は25年までに廃止」となっていたが、調査会の勢いに押し切られて、結局、「25年をめどに廃止」と切り変わった。「までに」と「めどに」は、わずかな違いのようにみえるが、永田町用語では「めどに」は「できれば」を意味する場合に用いられるケースが多い。事実上の空文化である。

前のめりになる経産省―商工族に対し、廃止に慎重な総務省―通信族が巻き返したともいえる。

総務省は、甘利PTの議論に急かされるかのように、8月に情報通信審議会にNTT法の見直しを諮問した。だが、12月下旬にまとめられた中間報告案は、大半が論点整理にとどまった。

NTTの島田明社長も当初、「NTT法の役割はおおむね完遂した」と廃止論の先頭に立っていたが、絶対反対の包囲網が狭まる中で「NTT法の25年廃止は、私どもが言っているわけではない」とトーンダウン、積極姿勢を大きく後退させた。

■失速したNTT法廃止論

PTは12月初めに提言をまとめ、甘利座長は「NTTの完全民営化に向けて道筋ができた」と胸を張った。だが、PT発足当初の勢いは失われ、内心はいかばかりだったか。

提言は、NTT法を段階的に廃止する方針を打ち出した。

まず第1ステップとして、24年の通常国会でNTTに関する研究成果の公開義務の撤廃などの法改正を実施。次に、25年の通常国会をめどに、「ユニバーサルサービスの提供義務」などの規定を電気通信事業法に移し替えるなど「必要な措置を講じ次第、NTT法を廃止する」とした。

「二段階作戦」の採用は、NTT法廃止がすんなりと進まなかったことの裏返しでもある。何より、一連のNTT問題の発端となったNTT株の売却問題は、肝心の防衛費の財源をめぐる議論が先送りされたため、知らぬ間にフェードアウトしてしまった。

提言では、政府によるNTT株の保有義務は撤廃すると明記したものの、経済安全保障の観点から売却の是非は「政策的な判断に委ねる」とし、さらに売却益について防衛費との関連にはまったく触れなかった。

一連のNTT法廃止をめぐる議論は、防衛費の財源問題に端を発しているだけに、あまりにも筋が悪い。「国際競争力の強化」や「公正な競争環境の確保」などのテーマは後付けでしかなく、議論は生煮えのままだ。

防衛費の財源論議が立ち消えになった以上、NTT法廃止の議論も、もはや打ち止めにすべきだろう。

■NTTの資産は、NTTだけのものではない

今後、NTT改革をめぐる議論の舞台は、総務省の有識者会議に移る。

1月に入って、「公正競争」「ユニバーサルサービス」「経済安全保障」の三つの作業部会を設けて議論を始め、PTの提言も踏まえて、今夏にも答申をとりまとめる予定だ。

だが、鈴木淳司・前総務相が11月に「NTT法は廃止ありきではない」と語ったように、もともと総務省は抜本的見直しに慎重で、いまひとつ本気度が伝わってこない。有識者の間でも「NTT法の抜本的改正は必要だが、直ちに全部廃止してしまうのは妥当ではない」という空気が強い。

NTTのロゴマークが見えるマンホールカバー
写真=iStock.com/Phurinee
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Phurinee

情報通信行政を長く担ってきた総務省OBは、冷静な分析をする。

NTTは、電電公社以来の通信の基幹インフラを支配しているのだから、KDDIやソフトバンクとはまったく事情が異なる。完全民営化してインフラを自由に使えるようにしろというのは、おかしな話。経済安全保障の観点からみても問題で、法律を超えて政治判断で国策を決められる米国のようにはいかないという。

1月にハワイで開かれた太平洋電気通信協議会(PTC)の年次総会では、海底ケーブルやデータセンターの経済安全保障が大きなテーマとなったが、そのもっとも重要なボトルネックである基幹インフラを一民間企業になったNTTが牛耳る未来図は、摩訶不思議としかいいようがない。NTTの資産は、NTTだけのものではないのだ。

NTTの将来像にとどまらず、情報通信市場全体の将来像を描く視点に立って、議論を再出発させてほしいと願わずにはいられない。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。名古屋市出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で博覧会協会情報通信部門総編集長を務める。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。新聞、放送、ネットなどのメディアや、情報通信政策を幅広く研究している。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。 ■メディア激動研究所:https://www.mgins.jp/

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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