「日本車が9割」のインドネシアで大異変…中国EVメーカーが仕掛ける「シェア強奪計画」の恐ろしい内容
プレジデントオンライン / 2024年2月6日 6時15分
■中国のEVメーカーが攻勢をかけている
「これはジャーナリズムの傲慢(ごうまん)だ。読者に偏見を植え付けている」――。
2023年12月27日、インドネシアのムルドコ大統領首席補佐官は記者会見を開いた。同月24日に公開された現地週刊誌『テンポ』の記事に抗議するためだ。
ムルドコ氏はジョコ・ウィドド大統領の最側近の一人とされている。
彼をここまで怒らせる記事の内容とはどのようなものだったのか。
いま中国の電気自動車(EV)メーカーがインドネシア市場に攻勢をかけている。今年1月に中国EVメーカーのBYDが進出を発表したほか、同じく中国EVメーカーの「上汽通用五菱汽車(ウーリン)」はジョコ大統領の側近に猛烈なロビイングをかけているという。
前述の週刊誌記事は、「ウーリン」が、ジョコ大統領の側近であるムルドコ氏に対し、自分たちの充電コンセント規格「GB/T」を「インドネシア国家規格(SNI)」として採用するよう、ロビイングを掛けていたという内容だった。
■ジョコ大統領の側近にロビイング
ウーリンは2022年に「SNI」の規格審査に落ちている。だがウーリンは2023年7月6日に上記のムルドコ氏に手紙を送り、国家規格に入れるよう依頼していた。
インドネシアのEVメーカーで、バス・トラックなど商用車EVの製造を手掛ける「モビル・アナック・バンサ社(MAB)」も、同様の依頼を同月12日にしていた。ちなみにこのMAB社の創業者はムルドコ氏である。
ウーリンの依頼を受けたムルドコ氏は、直後の17日に、SNI規格の権限を持つエネルギー鉱物資源省のアリフィン・タスリフ大臣に、中国ウーリンの「GB/T」を採用するよう手紙を送っている。
■利益相反の疑いが指摘されている
8月4日、資源エネルギー鉱物資源省は、「SNI」の審査委員会に対し、ムルドコ氏の要請に返答してほしいと連絡している。
9月8日、ウーリン側に対して、規格に必要な条件を満たすよう要請していたという。
記事では、大統領首席補佐官を務めるムルドコ氏が、インドネシアのEVの業界団体である「インドネシア電気自動車産業協会(ペリクリンド)」の会長、さらにその加盟社の一つであるMAB社のトップを兼務するのは利益相反であり、審査の透明性が危ぶまれると批判している。
ムルドコ氏は会見で、「ペリクリンド」の利害に基づいて、他省庁に圧力をかけたことはないと反論。手紙を資源エネルギー鉱物資源省に送ったことは認めつつも、「圧力ではなくて要望」、「秩序ある行政の一環」とした。
その上で、「インドネシア国内でのウーリンのEVの使用者は約2万人であり、十分に多くの使用者がいるため、(ウーリンのコンセント規格の採用は)公共の利益にかなう」と話した。
「GB/T」が「SNI」に入るかどうかは関係省庁の間で議論中だが、今後の動きに注目が集まりそうだ。
■ウーリンのEVはインドネシア2位
ウーリンの充電コンセント規格「GB/T」は中国本土では一般的なコンセントの形状で、インドネシア国内にはすでに多数のウーリンユーザーがいる。
ウーリンの立場からすると、今後の拡販を見越してムルドコ氏に自社のコンセントの規格をSNIに入れてほしいと要望するのはむしろ当然だろう。
そうでなければ別規格のコンセントに合わせるか、変換プラグを使用することになり、大打撃を被るのは目に見えている。
![電気自動車の充電](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/c/1200wm/img_8c8e926cdb164c6f7aac36774e88b6b7290896.jpg)
■インドネシア政府に食い込む中国EVメーカー
ウーリンは22年8月に超小型BEV「エアEV」シリーズのインドネシア国内での生産開始を発表するなど、インドネシア市場に最も早い時期から乗り出していた。
直近でも新モデル「Binguo」の現地生産開始も発表するなど勢いを強めている。
PR戦略においても、ウーリンはインドネシア政府に食い込んでいる。
インドネシアは2022年にG20の議長国、2023年にはASEAN議長国を務めたが、ともにウーリンの「エアEV」が公式車の1つに採用され、招待者の会場までの送迎などに使用された。
昨今の脱炭素への協力姿勢をアピールするのはもちろん、国内消費者へのPR効果もあったとみられる。
![「エアEV」の生産開始式典に出席したインドネシア政府高官と中国の駐インドネシア大使](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/a/1200wm/img_7a43ad7109973046c225c1d3f2a532dc695193.jpg)
■「規制に引っかからない車」としてヒット
ウーリンの「エアEV」シリーズは、2022年の販売台数が8053台と、その年インドネシアで最も多く売れたLCEV(Low Carbon Emission Vehicle:低炭素排出車。バッテリーEV、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車を含む)だった。
インドネシア政府による購入時の税減免政策で後押ししたほか、特徴的なデザインと、約200万~300万円という低価格で、ガソリン車と比べても価格競争力があったことが大きい。
インドネシアでは、ジャカルタなどにおける交通渋滞の解消と、大気汚染の軽減や炭素排出量減少のため、交通量が多い道路については車両のナンバープレートに応じた交通規制を実施している。
だが、排気ガスを出さないバッテリーEVは、この規制の対象外であることも、ウーリン製EVにとって追い風となった。
「渋滞規制に引っかからないセカンドカー」としての需要をつかんだというわけだ。
■世界販売トップ「BYD」は年間15万台生産を目指す
前述の通り、今年1月18日には中国EV最大手のBYDもインドネシアへの進出を表明している。
BYDは2022年に70を超える国と地域で約186万台のEVを販売し、アメリカのテスラを抜き「EV販売台数世界一」となった。
同社はインドネシア国内に工場を建設する計画で、その投資額は13億ドル(約1900億円)、生産能力は年間15万台となる見込みという。
ウーリン、BYDのほか、上海汽車傘下のMGも今年2月の生産開始を発表するなど、中国EVメーカーのインドネシア進出が続いている。
■米国市場から締め出され、東南アジアに活路
その背景には、中国国内での熾烈(しれつ)な競争がある。
中国ではEVメーカーがすでに100社以上も乱立しているともいわれる。需要の伸びを上回る熾烈な販売競争が繰り広げられているのが現状だ。
さらに、米国で2022年に成立したインフレ抑制法により、中国EVメーカーは米国への輸出が事実上閉ざされた。
中国EVメーカーとしては、国内の過当競争から抜け出すために、成長が期待される東南アジア市場に活路を求めざるを得なくなっている。
インドネシア政府は「EV生産のハブ」を目指し、外国の自動車メーカーに対し税優遇などの措置を取っているが、これも中国メーカーには魅力に映っている。
![米国と中国](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/e/1200wm/img_4eb0928b5fa31e896b55b1b79c5842461043813.jpg)
■現状では日本車がシェア9割
インドネシア政府は2035年の四輪車全体の生産目標400万台に対し、LCEVの生産目標を30%(120万台)に設定している。特にBEVの開発に注力し、2025年までに四輪車の生産台数の20%をBEVにするという強気の方針を示している。
インドネシア政府がこの目標を実現するうえで、中国メーカーの参入を促したいのは理の当然というわけだ。
インドネシア自動車工業会(ガイキンド)が公表した資料によると、LCEVの販売数は、全体の1割にも満たない約7万台に過ぎない。
BEV単体だと約1万7000台と、全体の2%程度にとどまっている。ガソリン車を含むインドネシア市場全体の自動車販売台数が100万5802台であるのに比べると微々たるものだ。
現状、インドネシア国内における日本の自動車メーカーのシェアは9割を超える。
2023年にインドネシアで売れたLCEVの中では、ハイブリッド車が約8割を占め、そのほぼ全てがトヨタグループの車だ。
■バッテリーEVでは中韓が圧倒的
一方、台数でみれば少ないとはいえ、BEVに限れば中韓が圧倒的なシェアを誇る。
そのため、「中国メーカーが今後も進出、生産を強め、インドネシア政府がそれに歩みを合わせれば日本車のシェアが奪われる可能性は十分にある」(自動車アナリスト)。
インドネシアはEVの車載電池に必要なニッケルの埋蔵量、生産量とも世界最大。
中国政府はその採掘、精錬も含めた総合的な関与を強めている。それを考えれば、いかに日本企業が優勢とはいえ、油断は禁物だろう。
![G20サミットの公式車両に採用されたウーリン「エアEV」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/2/1200wm/img_d2ad19a93e42263d7b6166bce1138bce632470.jpg)
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フリージャーナリスト
「食の安全保障」をはじめとした日本国内の話題に加え、東南アジアの幅広い分野をカバーする。
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(フリージャーナリスト 竹谷 栄哉)
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