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スウェーデンの「荒れた中学校」が激変した…「1日30分の運動」で子供たちがすっかり明るくなったワケ

プレジデントオンライン / 2024年2月6日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SolStock

メンタルの健康を保つにはなにが有効なのか。スウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセンさんは「スウェーデンのある中学校では、1日30分の運動を取り入れたことで、落第する生徒が激減した。1番大きく変わったのは『生徒たちの精神状態』だった」という――。(第1回)

※本稿は、アンデシュ・ハンセン『メンタル脳』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■人間の脳は現実とは違う「物語」をこしらえる

脳がどれほど身体から影響を受けるか、つい忘れがちです。しかも脳自身もそれを忘れてしまうようなのです……というか、いつものごとく脳は現実をすべてありのまま見せようとはしません。

体内で細菌による炎症がかすかに起きているとしましょう。病気だと感じるほどではなくても、脳はそのシグナルを受け取り、免疫系がわずかに活発になります。

脳はそこで感情の状態を「ちょっとだるい」としてまとめます。そしてまともそうな理由を探し始めます。その時には危険のシグナルがどこから来たのか忘れてしまっていて、気分が落ち込んでいる原因を身体の外に見つけようとします。

例えば「この本はさっきまで面白かったのに複雑で退屈になってきた」(そうは思ってほしくないですが)というように。しかし身体から「どこも問題ない」というシグナルが送られてくれば、「心地良い」というまとめをして、「読んでいてわくわくする良い本だ!」となるわけです(そう思ってもらえていますか?)。

脳は良い気分にも理由を見つけたいのです。まるで脳が常に「人生の物語」を自分に語って聞かせているようなものです。

うまく出来た物語では、1つの出来事がちゃんと次の出来事につながり、突拍子もないことが唐突に起きたりはしません。そう、私たちは脳から作り話を聞かせられながら生きているのです。そうでなければ人生が複雑になり過ぎてしまうからです。

■現代人は運動が足りない

現代人はサバンナに暮らした祖先の3分の1しか歩いていません。祖先は1日に1万5000~1万8000歩も歩いていて、私たちの身体と脳もそれに合わせて進化しました。そのため、そのくらい身体を動かした時に1番うまく機能するのです。

1つ例を挙げるとすると、ストレスシステムである「HPA軸」でしょうか。HPA軸はかつて野生動物の襲撃、事故、感染といった危険に対応するために進化したのであって、多忙な毎日や成績の悩みといったストレスに対してではありません。しかし現代でもHPA軸は昔と同じように反応してしまうのです。

サバンナでHPA軸を落ち着かせてくれたのは、危険から自分を守ってくれる存在でした。つまり「身体のコンディションが良いこと」もその1つだったのです。

長い距離を走れたり、病原菌が入ってきても大丈夫なくらい身体が丈夫であったりすると、生きのびられる可能性が上がってストレスも感じにくくなります。現代でもその点は同じで、運動をすることで身体が「ストレスに過剰に反応しなくても大丈夫だ」と学ぶのです。それがどんな種類のストレスかは関係がありません。

■スウェーデンのある中学校が行った実験

ところで、現代人の身体のコンディションはそれほど悪いのでしょうか。残念なことにかなり悪いようです。

これはスウェーデンの例ですが、速足で10分以上歩けない人が過去25年で27%から46%に増えました。大人の半数近くが「健康が危ぶまれるほどコンディションが悪い状態」にあるのです。

では若者はどうでしょうか。若者も見込みは良くありません。WHO(世界保健機関)が推奨する毎日1時間以上の運動をしているのは11歳から17歳までの男子の22%、女子の15%だけです。

スウェーデン第2の都市ヨーテボリ郊外にあるイェッテスティエンス中学校は問題のある学校として有名で、2010年ごろには全教科落第せずに卒業する生徒は全体の3分の1しかいませんでした。

そこで校長は新しい対策を試すことにしました。週2回の体育の授業以外にも、生徒が毎日身体を動かせるように計画されました。体育の授業のない日には30分の運動の時間が組み込まれたのです。

■子どもたちの精神状態が向上した

その30分間は最大心拍数の65~70%を目指しますが、競うわけではなく、結果を出さなければいけないというプレッシャーも与えませんでした。すると2年後、1教科も落第せずに卒業する生徒の数が倍近くに増えていました。

学校では当時他にも色々な対策を導入したので、運動量を増やしたことがどの程度成績に影響したのかははっきりしませんが、校長はこの「パルス(心拍数)・トレーニング」が生徒を最も強化したと感じたそうです。

さらに、この本のテーマにも興味深い結果があります。校長によれば、1番大きく変わったのは「生徒たちの精神状態」でした。前ほどストレスや不安を感じなくなり、自信もついたのです。

実験でも、心拍数の上がる運動は子供でも大人でも不安を抑えるのに効くという結果が出ています。特にPTSDにはよく効くとされています。

2020年に18件もの実験の結果をまとめたところ、「どんな種類であれ、運動がその人を不安から守る」ことがわかりました。つまり心拍数の上がる運動だけではなかったのです。

■無酸素でも有酸素でもOK

どんな種類の運動をするかではなく、運動すること自体が大切なわけです。パニック発作を起こす人は発作の頻度が減り、発作の激しさも和らぎました。

社交恐怖症(人に会ったり話したりするのが怖い)の人は人と会うことが前ほどは恐ろしくなくなりました。PTSDの人はフラッシュバックや恐怖感が減りました。

ただ、全員が運動で大きな効果を得られるわけではなく、素晴らしい効果を得られる人もいれば、それほど変わらない人もいました。

しかし、平均的には良い結果が出ています。それでも、やはり心拍数の上がる運動の方が良いのでしょうか。特に重い不安やパニック発作にはその方が効果があるようです。

すでに説明した通り、パニック発作というのは心拍数が上がったり息が上がったりした状態を脳が「危険にさらされている」と誤解し、負のサイクルに陥った結果パニックがひどくなるというものです。

暗い建物の廊下に座ってうつむく女性
写真=iStock.com/xijian
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xijian

しかし身体を鍛えると、「心拍数が上昇するのは身体に良いことだ」と脳に学ばせて負のサイクルから脱することができます。

なお、最初は慎重に始め、心拍数が上がったせいで発作を起こさないように気をつけてください。運動に慣れていない人は少しずつ、ゆっくりトレーニングを増やしていくと良いでしょう。

■うつへの絶大な効果

うつの人を「外に出て走ろう」と誘い出すのは簡単なことではありません。うつだと独りで家でじっとしていたいものです。それでも運動させることが出来れば、ここでも良い効果があります。何よりも、運動はうつにならないための防御になります。

イギリスで行われた調査では、被験者が週に1時間でも身体を動かしていればうつの約12%を防げたとしています。わずかな運動でかなりの効果があるのです。なお、この結果は子供や若者にも当てはまるようです。

歩数計を使って12歳から16歳までの約4000人を調査したところ、運動時間が週に1時間からさらに1時間増えるごとに、18歳になった時のうつ症状の度合いが10%ずつ下がることがわかりました。

■運動をしない理由はない

アンデシュ・ハンセン『メンタル脳』(新潮新書)
アンデシュ・ハンセン『メンタル脳』(新潮新書)

自分の身体は強くて健康だと自覚できれば、様々な意味で素晴らしい気分になることができます。必要な時に前よりもはるかに力を出せるという自信が生まれますし、脳の警報システムが落ち着いて心も安らぐでしょう。

自己効力感、つまり自分の能力への信頼が増し、そもそも身体を動かそうと決めただけでも「自分で自分の未来の舵を取れる」という感覚が強まります。

おまけに運動すると食欲もわいて睡眠の質も上がります。そこから他の良い感情がさらに生まれるのです。

ですから……今現在メンタルの調子が良く、今後も良いままでいたいなら、運動すると良いでしょう。今はメンタルが良くないけれど良くなりたいと思っている場合も運動すると良いでしょう。つまり、運動をしない理由はないのです。

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アンデシュ・ハンセン(あんでしゅ・はんせん)
精神科医
ストックホルム商科大学で経営学修士(MBA)を取得後、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学に入学。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。『運動脳』は人口1000万人のスウェーデンで67万部が売れ、『スマホ脳』はその後世界的ベストセラーに。

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(精神科医 アンデシュ・ハンセン)

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