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日本の領海でウロウロするしかできない…元海上保安庁長官が明かす「中国船が日本漁船に手を出せない理由」

プレジデントオンライン / 2024年2月15日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/IgorSPb

尖閣諸島周辺では毎日のように中国海警船が確認されている。元海保長官の奥島高弘さんは「彼らは領海内で操業している日本漁船を排除しようと侵入してくるが、海保の巡視船がしっかりとガードしているため、接近もできないけれど出ていくわけにもいかない状態になっている」という――。

※本稿は、奥島高弘『知られざる海上保安庁 安全保障最前線』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

■ほぼ毎日、接続水域内にいる海警船

近年、中国の海警局(沿岸警備隊)の活動はますます活発化してきています。その大きなきっかけとなったのが、2012年9月11日の尖閣3島(魚釣島、南小島、北小島)の国有化です。

図表1のグラフで確認すると、2012年9月以降、海警船が尖閣領海周辺の接続水域に入ってきた日数が一気に増えているのがわかります。その後、2019年以降はこれまでにないほど活発化し、ほぼ毎日、接続水域で海警船が確認されるという状況が続いています。

【図表1】中国海警局に所属する船舶等の接続水域内確認日数、領海侵入件数の推移
出所=『知られざる海上保安庁 安全保障最前線』

図表2のグラフでもう少し詳しく見ていくと、2018年の年間の接続水域内確認日数が159日で1年の約4割強だったのに対し、翌2019年には282日、すなわち1年の約8割にまで跳ね上がりました。

【図表2】年間の接続水域内確認日数(不在日数)の推移
出所=『知られざる海上保安庁 安全保障最前線』

さらに2020年以降は330日以上で、実に1年の9割を超える日数で海警船が接続水域内を徘徊(はいかい)している状況です。

連続確認日数(海警船が連続して接続水域内に留まり続ける日数)も近年増加傾向にあります。

2021年には過去最長の157日、つまり5カ月以上も海警船が連続して接続水域内に留まっていました。翌2022年は、過去2番目に長い138日連続です。

■日本漁船の排除を企むも、海保がしっかりガード

一方、領海侵入の件数は年別で見るとそれほど大きな変化はありません。

ただ、近年の特徴として、侵入時間が長期間に及ぶようになってきています。

こうした長期間に及ぶケースは、尖閣周辺の領海内で操業している日本漁船を排除しようとして海警船が侵入してくるケースです。

当然それに対して海上保安庁の巡視船は日本漁船をしっかりとガードし、日本漁船に操業してもらうという対応をとっています。その結果、海警船は日本漁船に接近もできないけれど出ていくわけにもいかず、領海侵入が長期間に及ぶという皮肉な結果となっているのです。

2023年3~4月の事案では領海侵入時間が80時間36分にも及び、過去最長を更新しています。この「海警船が尖閣から帰らなくなった」というのが大きなポイントです。

図表1のグラフを見ると、海警船が近年、尖閣に頻繁に来るようになった印象を受けますが、実はそうではなくて、海警船が「尖閣から帰らなくなった」のです。

図版1:尖閣諸島の位置関係
図版1:尖閣諸島の位置関係(外務省資料「尖閣諸島について」より)

■大型化・武装化している海警船の脅威

近年、海警が急速に勢力を拡大しているのは日本にとって間違いなく脅威です。

日本のメディア等でも「すでに海警は性能的にも数量的にも海上保安庁を圧倒的に上回る船舶・武器を保有している。しかも海軍と連携して軍事訓練までしているから事実上の軍隊だ」という論調でやや煽り気味に報じられることもありますので、もはや海上保安庁では海警に太刀打ちできないと感じている方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、あくまで本書執筆時点(2023年12月)での話ですが、海上保安庁の巡視船が海警に比べて見劣りするかというと、正直なところまったくそうは思いません。

確かに海警の船舶は大型化・武装化し、隻数も増やしていますが、実際に武器を搭載している船はそのうちの何割かです。全ての船に武器が搭載されているわけではありません。一方、海上保安庁の巡視船は全ての船に武器が搭載されています。

武器の大きさを比較すると、海警の最大の武器は76ミリ機関砲、海上保安庁の最大の武器は40ミリ機関砲なので、海警のほうが威力の大きい武器を搭載しているのは確かです。そのため、「40ミリでは76ミリには到底敵わない」という論調で語られることも多いのですが、実はそうとは言い切れません。

■40ミリ機関砲を使っているのには理由がある

これは専門家でも意見が分かれるようですが、私は経験上、40ミリ機関砲のほうが“強い”と思っています。その理由については機密に関わることなので詳しくは語れません。

ただ、事実だけ述べておくと、実は海上保安庁も以前は76ミリ機関砲を搭載した巡視船を持っていましたが、ある時期から76ミリをやめて現在では40ミリを使っています。これを庁法25条と関連付けて「庁法25条があるから“非軍事”の海上保安庁は強力な76ミリ機関砲を持てなくなった」と誤解している方もいますが、そういうわけではありません。40ミリが海上保安庁にとってベストだという結論にいたったので、40ミリ機関砲を使っているのです。

武器にしろ、船舶にしろ、一部の性能だけを比較して議論してもあまり意味はない(地に足のついた議論にはならない)と思います。

■「軍隊」だから急に強くなるわけではない

「海警は法執行機関だが軍事訓練を受けているから事実上の軍隊だ。有事の際には軍事活動を行う軍隊にもなれる。非軍事機関の海上保安庁では到底敵わないのではないか」という意見もありますが、それにも根拠はありません。「何となくの印象やイメージ」です。

これまで海上保安庁は実際に尖閣で海警と対峙(たいじ)し、互角以上に渡り合ってきました。それなのに、なぜ海警が軍隊の看板を掲げたとたんに、海上保安庁が負けることになるのでしょうか。

問題は、海警が軍隊か否かではなく、実際に“強い”かどうかです。

たとえ海警が「事実上の軍隊」だとしても、特別強力な武器を保有しているわけではありません。法執行機関が保有する武器は「犯人の抵抗を抑止するための武器」もしくは「逃げていく船を止めるための武器」です。海警船が「元軍艦」だからといって、対艦ミサイルのような強力な武器を搭載しているわけではありません。せいぜい76ミリ機関砲です。

少なくとも現在の海警の装備を見る限り、海上保安庁で十分に対応できると思います。

有事下で海警が現状の装備のまま軍隊の看板を掲げ、「俺たちは今から軍艦だ!」と宣言したところで、法執行機関にはできないような特別強力な戦い方が突然できるわけでもありません。海上保安庁としては、海警が軍隊の看板を掲げていようと、法執行機関であろうと、やるべきことは同じです。

■海保が海警に惨敗するとは思えないが…

このように書くと、有事の際に海上保安庁は海警と一戦交えるつもりなのかと誤解されるかもしれませんが、「戦闘」は有事下においても海上保安庁の任務ではありません。海上保安庁がやるべきことは、自衛隊をはじめとする関係機関と連携・協力しながら国民の命を守ること(国民保護措置)です。海警と戦って勝つことではありません。

当然、有事下でも海上保安庁のほうから海警に攻撃を仕掛けるようなことはありませんが、仮に海警から攻撃を受ければそれを防ぐための必要な対応はとることになります。

たとえそのような事態になったとしても、現状の両者の勢力・実力を比較する限り、海上保安庁がなすすべもなく海警に負けてしまうとは到底思えない、というのが私の意見です。

もうひとつ誤解のないようにお断りしておくと、私はけっして「海警など恐るるに足らず」と言っているわけではありません。

繰り返しますが、近年の海警の急速な勢力拡大は間違いなく脅威です。

海上保安庁(PLH-31)
写真=iStock.com/viper-zero
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/viper-zero

■海警は12年前から着実に実力を伸ばしている

船舶の数を増やし、武装化・大型化するなどのハード面の実力のみならず、実は、操船技術などソフト面の実力も以前と比べて着実に伸ばしてきているのです。

尖閣諸島国有化で海警の活動が活発化し始めた2012年、私は領海警備対策官というポストに就いていましたので、まさに尖閣の最前線で海警と丁々発止のやり合いもしました。当時、現場で海警と対峙して私が抱いた率直な感想は「この程度なら勝てる」でした。

詳細は語れませんが、たとえば操船技術ひとつとっても、海上保安庁のほうが圧倒的に海警を上回っていたからです。当時の海警の操船技術は海上保安庁の足元にも及びませんでした。

加えて、あの頃は船舶の性能でも海上保安庁の巡視船のほうが上回っていたと思います。海上保安庁側に十分余裕のある状況だったというのが私の感覚でした。

しかし、現在の海警はもはや当時とは違い、ハード面の強化とともに、操船技術が格段に向上しています。

勢力のみならず能力の面でも、今となってはけっしてあなどれない相手になってしまいました。

■海保が操船技術の稽古をつけたようなもの

実に皮肉な話なのですが、海警側も海上保安庁と長年やり合っていく中で、どんどん操船がうまくなっていったのです。結果的に海上保安庁が海警に操船技術の稽古をつけたような形になってしまいました。冗談ではなく、海警をいちばん育てたのは海上保安庁じゃないかというジレンマすら感じます。

以前の海警は時化(しけ)をしのぐための荒天航法という操船技術を身に付けていなかったようで、時化の予兆があるとすぐに帰っていきました。そのため、年間の接続水域内確認日数も前述の通り4~5割程度でした。

しかし、今では時化でもちゃんと尖閣周辺の海域に留まれる操船技術を身に付けたことに加えて、船舶の大型化や組織体制の強化もあって、海警が帰ることはなく、ほぼ毎日接続水域内を徘徊している状況になったというわけです。

ちなみに、以前は海警船が帰ってからも海上保安庁の巡視船は尖閣周辺の海域に留まり、さまざまな訓練を行っていました。しかし、海警が帰らなくなったことから、その訓練の時間を確保することが難しくなってしまったのです。

■海保の実力と実績は世界トップクラス

これは実はなかなか困りものです。現場配備とは別枠で新たに訓練時間を設けなければならない上に、その訓練によって現場に空白が生じないよう、応援の船艇も必要になるからです。

海警が尖閣周辺から帰らなくなったことで、海上保安庁側は訓練時間の確保や船艇運用の面でも苦労する状況になっています。

ところで、海上保安庁の実力、特に他国のコーストガードと比較した実力については国民の皆さんにあまり知られていないと思います。

過大評価ではなく、いまや海上保安庁は世界トップクラスの実力と実績を築いています。総合能力的に海上保安庁を上回るコーストガードは世界にそうありません。

操船技術はもとより、海上での犯人逮捕、海賊対応、海難救助、流出油の処理など海上保安に関する幅広い分野で世界トップレベルの能力を有しており、多くのコーストガードにキャパシティ・ビルディングを行う指導者、つまり教える立場となっています。

■アメリカ沿岸警備隊が「クレイジー」と賞賛

もちろん、アメリカ沿岸警備隊は世界に冠たる実力を備えた組織ですが、その彼らからも海上保安庁の実力は極めて高く評価されています。

奥島高弘『知られざる海上保安庁 安全保障最前線』(ワニブックス)
奥島高弘『知られざる海上保安庁 安全保障最前線』(ワニブックス)

現在、アメリカ沿岸警備隊とは「サファイア」という名称で合同訓練をやっています。その合同訓練において、海上保安庁がゴムボートで犯罪容疑船舶を挟撃して捕まえるという操船技術を披露した際、アメリカ沿岸警備隊の職員は「クレイジー」という最大級の褒め言葉を発しました。「海上保安庁はこんなことをやるのか⁉」と驚いたのです。

もっとも、アメリカ沿岸警備隊の場合、こうした対応のリスク(接触による転覆等の事故など)を取るよりも、武器の使用が選択されるでしょう。海上保安庁は武器の使用を厳格な基準のもとで運用しているので、逆にそういう技術が自然と身に付き、洗練されていったのです。

■香港からの不法上陸者を捕まえた“神業”

海上保安庁の高い能力は、訓練だけでなく現場でもしっかりと発揮されています。

2012年8月に香港の活動家らが尖閣諸島・魚釣島への不法上陸を強行する事件があった際には、海上保安庁の巡視船2隻が逃げていく活動家船舶(啓豊二號)を両側から挟んで動きを止めたことがありました。

操船に詳しい人が見れば、これはまさに“神業”というしかありません。

海上保安庁のこうした技術・能力は各国のコーストガードからも極めて高い評価と称賛を得ています。

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奥島 高弘(おくしま・たかひろ)
第46代海上保安庁長官
1959年7月7日生まれ。北海道出身。北海道小樽桜陽高等学校を経て、82年に海上保安大学校を卒業する(本科第28期)。海上保安官として警備救難、航行安全等の実務に携わり、政務課政策評価広報室海上保安報道官、根室海上保安部長、第三管区海上保安本部交通部長、警備救難部警備課領海警備対策官、警備救難部管理課長、総務部参事官、第八管区海上保安本部長、警備救難部長などを歴任する。2018年7月31日、海上保安監に就任。20年1月7日、海上保安庁長官に就任し、22年6月28日に退任。現在は、公益財団法人 海上保安協会 理事長を務める。趣味は絵画鑑賞、ワイン、旅行、読書。

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(第46代海上保安庁長官 奥島 高弘)

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