60代から睡眠は6時間で十分…医師が「必要以上に眠ろうとすると、かえって健康を害する」と説く理由
プレジデントオンライン / 2024年2月9日 15時15分
※本稿は、栗山健一『60歳からの新しい睡眠習慣 「眠れない」ことへの過剰な不安を解消』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■夕方~早晩に眠気が出るが、それを我慢するとうまく寝つけない
誰にでも訪れる「加齢」。年をとるとともに、さまざまな体の不調を感じる人が増えてくるのはいたし方ないことです。「睡眠の悩み」もその1つ。
夜、布団に入ってもなかなか寝つけない。夜中に何度も目が覚めてしまう。朝、早くに目が覚めてしまう。こうした悩みを訴える方は、高齢になるほど多くなります。
もちろん、睡眠の悩みは若い人にもよくあること。しかし、若い頃の「眠れない」と60代以後の「眠れない」とでは、性質が異なります。
若い人の場合、夜、寝ようとしてもなかなか寝つけない原因に、うつ病、不安症などの精神疾患が潜んでいることが多々あります。精神疾患が軽症の場合、多くは寝つきの悪化と同時に、「朝、起きられない」という症状をともないます。
しかし、60代以後の場合、夕方~早晩に眠気が出ますが、それを我慢していざ夜、寝ようとするとうまく寝つけず、朝は「早く目が覚めてしまう」ということが多いのです。じつは、これには疾患とはいえない別の原因が潜んでいる場合があります。
■なぜ人は眠くなるのか? 睡眠時間を決める2つの機能
そもそも人はなぜ眠るのでしょうか? 1つは、疲れをとるためです。身体や脳の活動によって生じた疲れを解消し、つねに一定の状態に保とうとする機能が、人間や動物には備わっています。
これを「恒常性(こうじょうせい)維持(いじ)」といい、昼間たくさん歩いた日、きつい仕事をした日は、自然とぐっすり眠れるわけです。
しかし、とくに疲れを感じていなくても、人や動物はある程度眠れるようにできています。これは、睡眠をつかさどるもう1つの機能、「体内時計」が働いているからです。
体内時計は、生体リズムとも呼ばれ、1日の生活パターンに合わせて、自律神経活動やホルモン分泌などの生体調整機能を適正化する役割を担っています。毎日夜になると自然と眠くなるのは、この体内時計の働きも関わっています。
恒常性維持と体内時計(生体リズム)、この2つのメカニズムが、眠る→起きて活動する→また眠る、という生活パターンをつくり出しています。そして、加齢とともに現れる睡眠の悩みにも、大きく関係しているのです。
![【図表2】生活のリズムをつくる体の要素とは](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/b/1200wm/img_3b020ba28d04f7e15564d139bea777a3272302.jpg)
■60歳を過ぎたら必要な睡眠時間が減っていく理由
60代以後の睡眠の悩みには、前述した2つのメカニズムの加齢性変化が関わっています。
まず、「恒常性維持」。年をとると、人は昔のようには動けなくなります。活動量が落ち、基礎(きそ)代謝量(たいしゃりょう)も落ちていきます。また、定年退職や子育てが一段落することで生活パターンもがらりと変化します。
毎日、通勤電車に揺られていた生活から、いわゆる“悠々自適”の生活へ、という方もいます。
生活の負荷が減り、活動量が減ることにともなって必要な睡眠量も少なくなります。つまり、若いときほど長く睡眠時間を確保しなくても大丈夫なのです。
実際に眠っている時間(体が必要とする睡眠時間)を脳波計で調べた調査では、睡眠時間は年齢とともに減少し、25歳では平均約7時間でしたが、45歳で約6.5時間、65歳では6時間を下回る結果になっています。
つまり、年をとると「眠れない」のではなく「眠る必要性が少なくなっている」のです。
![【図表3】年齢別にみた実際に眠ることができる時間](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/2/1200wm/img_e2037795ec027374d7d6578741f51b5c220572.jpg)
■加齢とともに、体は早寝早起きに変化する
睡眠に関係するもう1つのメカニズム「体内時計」の周期は、ぴったり24時間ではありません。それよりも10分程度長いのがふつうです。
そのため、太陽の光を浴びることなどで微調整しながら、毎日同じ時間に寝て同じ時間に起きるという24時間の生活パターンをつくっています。
この体内時計の周期は、加齢とともに少しずつ短くなります。そのため、若い頃よりは早寝早起きのパターンになりやすいのです。
さらに前述したとおり必要な睡眠時間が短くなるので、朝起きる時間がますます早くなり、寝起きの時間が徐々に前倒しになります。
また、加齢により、体内時計がつくり出す昼夜のメリハリも減少するため、眠りは浅く、途中で目が覚めやすくなるとともに、昼間に眠気が起きやすくなります。
しかし、長年の生活パターンは簡単には変えられません。「自然と眠くなる時刻」がきても就寝しないでいると、夜にかえって眠れなくなってしまうのです。
![【図表4】深部体温からみた加齢による生体リズムの変化(模式図)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/1/1200wm/img_5107a95da6e5342cb28635a518cf1647348018.jpg)
■体の変化より急激な生活スタイルの変化
すでにおわかりのように、60代以後の方が訴える「眠れない」「夜、目が覚めてしまう」などの睡眠の悩みは、多くの場合、自然な体の変化の1つと考えられます。
加齢とともに現れる「必要な睡眠時間が減ってきた」「体内時計のメリハリが小さくなった」などの変化にうまく対応できていないだけなのです。
これらの体の変化は、気づかないうちに少しずつ進んでいます。
しかし一方で、生活パターンの変化は急激です。定年を迎えた翌日から、通勤電車に乗る必要もなければ残業もない。会社の仲間と飲みにいくこともなくなり、外出の機会も少なくなります。
こうした生活パターンの変化と体の変化をうまく調整できずに、「眠りたいのに眠れない」と悩んでしまう方がとても多いのです。
また、いまの高齢世代の女性の場合は、子育てが終わった、夫の世話に手がかからなくなったなど、もう少し早いタイミングで出てくることがあります。
![生活スタイルの変化](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/9/1200wm/img_89daa70183f09dc5aafd72f1a424e625331773.jpg)
■「人は昼間に活動するために眠る」と捉える
リタイアして自由な時間が増えると、「さあ、これからは好きなだけ寝られる」と思う方は多いと思います。そんな方に「眠る必要性は若い頃より減っているのです」といっても、なかなか納得してもらえません。
![栗山健一『60歳からの新しい睡眠習慣 「眠れない」ことへの過剰な不安を解消』(河出書房新社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/1/1200wm/img_d159d0dd1b5be6d34042acfe2ca1dc42309647.jpg)
たしかに睡眠は大切です。しかし、私たちの毎日の生活の目的は、昼間の時間を楽しく有意義に活動することであって、眠ることではありません。
睡眠とは、そもそも「必要悪」である。そう捉え直してみませんか。昼間活動するために、体が要求するだけ心身を休めるための受動行動、それが睡眠なのです。
また、睡眠に多くを期待しすぎるのもよくありません。加齢とともに運動・内臓機能が衰える、体の調子が悪くなる、これは誰もが避けられない自然なことです。
健全な眠りが健康に欠かせないのは確かですが、「体調が悪いのは眠れていないせい、たくさん眠れば健康になれる」と思い込み、必要以上に眠ろうとすると、かえって健康を害する結果になり得ます。
![たくさん寝ないといけないと思い込んでいる人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/1/1200wm/img_d1c792292aa163fd4dfc8e7bfd4260b2310395.jpg)
■「眠れない」と「不眠症」の決定的な違い
国際的な睡眠障害の診断基準では、寝つけない、夜中に何度も目が覚めてしまう、朝早く起きてしまう、などの不眠症状だけでは不眠症として扱わない、と明記されています。つまり、疾病(しっぺい)とはみなさないということです。
「眠れない」だけでなく、それによって、日中に何らかの機能障害が生じるようになって、初めて「不眠症」と診断されます。機能障害とは、主に睡眠不足による眠気のせいで、日常生活に支障をきたすことをいいます。
つまり、「眠れない」ことの背景に、必要な睡眠量を不眠症状のせいで満たせなくなり、睡眠不足に陥り、その結果、日中眠くて仕事ができない、約束の時間を寝過ごす、などの困りごとが生じていなければ、疾病とはみなされません。
疾病とみなすかどうかには、治療の要否が関係します。睡眠薬は、睡眠時間を延ばす薬ですので、加齢で生じた睡眠時間の短縮に対し、睡眠薬で無理に睡眠時間を延ばすことに健康上の利益は少なく、むしろ弊害(へいがい)が多いといえます。
![【図表7】不眠症の診断基準 睡眠障害国際分類第3版(ICDS-3)より](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/4/1200wm/img_b465f489dc34c74be39be912a57780e0525765.jpg)
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国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長
1999年、筑波大学医学専門学群卒、2003年、東京医科歯科大学大学院卒。滋賀医科大学附属病院精神科科長などを経て、現職。
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(国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長 栗山 健一 イラストレーション=青木宣人)
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