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「直感的に正しい答え」を信じてはいけない…全米を大論争に巻き込んだ「3つの扉の問題」を解説する

プレジデントオンライン / 2024年2月14日 7時15分

出所=『笑わない数学』

「ギャンブルに勝ちたい」という欲望から生まれた学問「確率論」は何をもたらしたのか。パンサー尾形貴弘が難解な数学の世界を大真面目に解説するNHKの知的エンターテインメント番組「笑わない数学」の放送内容を再構成した書籍より、一部を紹介する――。

※本稿は、NHK「笑わない数学」制作班編『笑わない数学』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■数学者たちを巻き込んだ大論争

早速ですが、問題です。

あなたはいま、あるテレビ番組に出演し、豪華賞品をかけたゲームに挑戦しています。そのゲームは次のようなものです(図表1)。

扉はどれも同じ見た目で、手掛かりは全くありません。また、車の隠し場所はスタッフがサイコロか何かで決めていて、どの扉を選んでも正解である確率は3分の1です。

あなたが直感でAの扉を選び、その扉を開けようとしたとき、司会者が待ったをかけます。司会者はスタッフ側の人間ですから、正解の扉を知っています。心優しい司会者が、何の手がかりももっていないあなたに、正解に至るヒントをくれるというのです。

そのヒントは次のようなものでした(図表2)。

あなたはAの扉を選びました。それでは私は、Cの扉を開けてみましょう。――はい、Cの扉はハズレでした。
出所=『笑わない数学』

司会者はこのように、あなたが選ばなかった扉からハズレの扉を開け、こう言います(図表3)。

ここで、あなたにチャンスを与えます。今なら、扉Aから扉Bに選び直しても構いません。扉を選び直しますか?
出所=『笑わない数学』

さて、ここで問題(図表4)。

車を当てたいあなたは、開ける扉をBに変えた方が有利でしょうか? それとも、Aのままにした方が有利でしょうか?
出所=『笑わない数学』

さてどうでしょう? 残った扉はAとBの2つなのだから、変えても変えなくても当たる確率は2分の1でしょうか?

一見簡単そうなこの問題ですが、初めて出題されたとき、数学者や数学愛好家を巻き込んだ大論争が巻き起こったのです。

■勝ち負けの争いから発展した「確率論」

3つの扉の話を進める前に、確率論の歴史について少しお話しましょう。

確率論は、まだ見ぬ未来に何が起きうるのかを考え、それをもとに今どうすればよいかを探る、数学の一分野です。

数学の多くの分野、例えば幾何学や数論といった分野は、その起源を数千年前にみることができますが、いつどうやって始まったのか正確にわからないほどです。

ところが、現代へと続く確率論の始まりは、はっきりとわかっています。それは、1654年にフランスで始まった、ブレーズ・パスカルとピエール・ド・フェルマーの2人の手紙のやり取りだとされています。パスカルは「人間は考える葦である」などの格言を残した偉人、フェルマーはあの「フェルマーの最終定理」で有名な数学者です。

パスカルが次の問題(図表5)についてフェルマーに相談することから手紙が始まります。

ある2人が同じ掛け金を出しあって、先に3勝した方が全額をもらえるという賭けをした。しかし、一方が2勝1敗の時点で勝負を中断することになった。このとき、掛け金をどう分配すればよいか?
出所=『笑わない数学』

この問題を、仮に、AさんとBさんの2人がコインの表裏を当てるゲームをしていたとしましょう。コインが表ならAさんの勝ちで、裏ならBさんの勝ちというゲームです。

いま、Aさんが2勝1敗になったとすると、例えばこんな感じになります(図表6)。

AさんとBさんがコインの表裏を当てるゲームをやった結果
出所=『笑わない数学』

ここでゲームを中断し、掛け金を公平に分配したいわけです。

勝利に近いのはAさんですが、だからといってAさんに掛け金をすべてあげるわけにはいきませんよね。Bさんが逆転勝ちする可能性だってあるからです。

そこで、パスカルとフェルマーは、この勝負が続いたとして、どちらがどのくらい勝つ可能性が高いかを割り出し、それに従って分配しようと考えたのです。

すると次のようになります(図表7)。

勝つ確率を割り出した図
出所=『笑わない数学』

つまり、掛け金の4分の3をAさんに、4分の1をBさんに分配すればよいというのが、パスカルとフェルマーの結論でした。

■「3つの扉の問題」の答え合わせ

最初に紹介した次の問題(図表8)について、そろそろ答え合わせをしましょう。

3つの扉(A、B、C)のうち、どれか1つを開けると賞品の車があります。あなたが扉Aを選んだとき、他の2つの扉からハズレの扉Cを教えてもらったとしましょう。ここで、選ぶ扉を変更しても良いと言われたら、扉Bに変更した方が有利でしょうか?
出所=『笑わない数学』

この問題は1990年9月9日、あるアメリカの雑誌のコラムに掲載されたことで、大きな話題となりました。コラムを書いたのは、IQ228の天才タレントとして人気だったマリリン・ヴォス・サヴァント。そのコラムに寄せられた質問が、この問題だったのです。

そして、この質問に対して、マリリンはこう答えました(図表9)。

扉をAからBに変えると、当たる確率が2倍になる!
出所=『笑わない数学』

このコラムが掲載されると、全米で大論争が発生。その答えは間違っている、と1万通を超える投書が殺到しました。その中には、有名大学の教授や数学者もいたそうです。

単純に考えたら、マリリンの答えは間違っている気がしますよね。2つ残った扉のどちらかが正解なのですから、扉を変えようが変えまいが、当たる確率は同じはずなのです。

では、あなたが扉Aを選んだ前提で、すべての行動パターンを書き出して考えてみましょう。

商品が扉Aにある場合、司会者はハズレの扉BかCのどちらかをランダムに開けます。この場合は、扉を変えない方がよいですよね。

では、商品が扉Bにある場合、司会者はハズレの扉として必ずCを開けます。この場合は、扉を変えたほうがよいですよね。

そして、商品が扉Cにある場合、司会者はハズレの扉として必ずBを開けます。この場合も、扉を変えたほうがよいですよね。

扉を変えない場合と変えた場合の当たる確率
出所=『笑わない数学』

よって、扉を変える場合の当たる確率は3分の2、変えない場合の当たる確率は3分の1なので、扉を変えた方が2倍の確率で当たるといえるのです!(図表10)

■「まだ見ぬ未来」「ランダムな現象」を予測する

ギャンブルから始まった確率論ですが、時を経るうちに少しずつそこから切り離されていきます。そして20世紀、まだ見ぬ未来やランダムな現象を可能な限り予測することを目指した「現代確率論」へと進化を遂げるのです。

きっかけのひとつとなったのは、相対性理論で有名な物理学者アルベルト・アインシュタインが発表した、ブラウン運動に関する論文です。

ブラウン運動とは、ごく小さな粒子が液体や気体の中で不規則に運動する現象のことです。例えばコーヒーにミルクを入れると、ミルクは不規則に広がっていきますが、これはブラウン運動によるものです。

この粒子の動きはあまりに複雑なので、予測が不可能だと考えられていましたが、アインシュタインは、1つ1つの動きは予測できなくても、全体でみるとどのあたりに広がっている確率が高いかを示す法則を見つけ、数式に表したのです。

その後、世界中の数学者たちの研究により、次の数式が発見されます(図表11)。

世界中の数学者たちの研究により発見された数式
出所=『笑わない数学』

この方程式が解ければ、ランダムな粒子の動きが予測できるはずだと考えたのです。

■若き日本人数学者の「画期的な論文」

ところが、ランダムで予測が難しい運動を表すWtの部分が、あまりに複雑なため、微分や積分といった従来の方程式を解くための手段がまったくといってよいほど使えなかったのです。

しかし、第二次世界大戦に翻弄(ほんろう)されていた日本で、画期的な論文が発表されました。その論文を書いたのは若き数学者 伊藤清。伊藤は、このランダムな部分にも微分積分と同様な考え方を使って方程式を解く方法を示し、さらに計算を簡単に行うための「伊藤の公式」を導いたのです。

「伊藤の公式」を導いた伊藤清氏
「伊藤の公式」を導いた伊藤清氏(写真=Konrad Jacobs/CC-BY-SA-2.0-DE/Wikimedia Commons)

こうして確率論は、ギャンブルとは切り離され、純粋な数学の理論として確立していきました。

純粋数学となったことで、確率論はさまざまな応用が効くようになります。数式はコインやサイコロとは無関係ですから、同じ式で表されるものは、すべて同じように扱えるのです。

確率論は未来が予想できたり、どうしたら有利になるかわかったりする学問でした。つまり、同じ式で表されるものは、すべて同じように未来を予測できるのです。

そして、20世紀半ば、経済学者たちはあるものが粒子のランダムな動きと同じ式で表せることに気が付きます。

それは、金融市場。

ギャンブルから切り離された確率論は、再び金の世界へ舞い戻ることになったのです。

■世界は巨大なマネーゲームへと突入

1970年代初め、世界経済は石油ショックやドルショックに見舞われ、株や金融商品の値段がいったいどうなるのか、先行きが見えにくい時代になっていました。

そんな中、フィッシャー・ブラック博士とマイロン・ショールズ博士があることに着目します。それは、複雑に揺れ動く株価のグラフの動きが、あのブラウン運動とそっくりだということに気付いたのです。

そしてブラックとショールズは、ブラウン運動などを表す例の式に、伊藤の公式を使った数式を導入し、最終的に「ブラック・ショールズ理論」と呼ばれる「リスクを抑える金融派生商品の価格を見通す数式」を完成させたのです。

ブラック・ショールズ理論
出所=『笑わない数学』

ただし、このブラック・ショールズ理論は、数学に基づくさまざまな仮定や条件を前提としているため、現実の金融市場の状況によっては運用できない限界があると指摘されていました。

しかし、この理論が金融取引の形をあっという間に変えていきます。この理論が組み込まれた電卓やコンピュータを使った取引が加速していき、世界は巨大なマネーゲームへと突入していきました。

■数学は条件を間違えば鋭い牙を剥く

純粋数学をマネーゲームに応用することは、伊藤にとってまったく想像もしなかったものでした。

そして、悲劇は突然やってきました。

2008年に起きたリーマンショック。市場の状況の予測外の変化で、世界は深刻な打撃を受けることになりました。人々がマネーゲームに明け暮れる中、ブラック・ショールズ理論の適用限界は、いつしか忘れ去られていたのです。

NHK「笑わない数学」制作班編『笑わない数学』(KADOKAWA)
NHK「笑わない数学」制作班編『笑わない数学』(KADOKAWA)

しかし、このことは決して、数学が悪いとは言い切れません。現実世界に応用するとき、数学は絶対的な真理というよりは、単なる道具に成り下がります。適切な条件の下であれば絶大で有益な力を発揮し、条件を間違えれば鋭い牙を剥く道具です。

世界中の数学者たちが300年以上かけて確率を研究し、あのブラック・ショールズ理論まで到達しました。それはたしかに、私たちの生活を豊かにもしたのです。

これからもさまざまな新しい数学理論が、欲望に突き動かされて生まれてくることでしょう。そして、それはきっと世界を豊かにしてくれるはずです。

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NHK「笑わない数学」制作班 パンサー尾形貴弘が難解な数学の世界を大真面目に解説する異色の知的エンターテインメント番組。レギュラー番組としてNHK総合テレビで、シーズン1が2022年7月から9月まで、シーズン2が2023年10月から12月まで放送された。シーズン1はギャラクシー賞テレビ部門の2022年9月度月間賞に選ばれた。過去の番組はNHKオンデマンドやDVDで確認することができる。

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(NHK「笑わない数学」制作班)

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