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「GoToトラベルの地獄」を繰り返すな…まちづくりの専門家が「北陸応援割の便乗値上げ」に大賛成する理由

プレジデントオンライン / 2024年2月10日 7時15分

福岡空港の「Go To トラベル 地域共通クーポン」の案内板=2020年12月29日、福岡市博多区 - 写真=時事通信フォト

新潟、富山、石川、福井4県への旅行商品を半額で購入できる「北陸応援割」が3月からスタートする。まちづくりの専門家・木下斉さんは「政府は、宿泊施設などの『便乗値上げ』を監視すると明言したが、それは間違っている。被災地復興のためには『便乗値上げ』が必要であり、旅行商品の安売りを強いることではない」という――。

■被災地の復興には「便乗値上げ」が不可欠

政府が3月から始める能登半島地震の被災地支援策「北陸応援割」について、今から「便乗値上げをするな」という話が大喧伝されていて、耳を疑ったところです。

首相官邸 令和6年能登半島地震 被災者支援情報「被災者の生活となりわい支援のためのパッケージ」より
首相官邸 令和6年能登半島地震 被災者支援情報「被災者の生活となりわい支援のためのパッケージ」より

この「便乗値上げ」とは、割引相当分をあらかじめ旅行代金に上乗せすることですが、むしろ被災地の観光業は、復興のためにも便乗値上げをするべきだ、と私は思っています。

プライシング(自社の製品やサービスの価格を決めること)は経営の基本であり、事業者の経営判断の核となります。しかし政府は、「割引クーポンは配るが、観光業者は既存の値段のままに、旅行者が安く泊まれるようにしろ」と要請しているわけです。

これでは被災地の復興どころか、状況はさらに悪化するばかりです。

そもそも何をもって便乗値上げなのか、旅行商品を安売りすると何が起こるのか、今一度考えてほしいと思います。

なぜ宿泊施設がクーポン配布の際に値上げをしたがるのか。それは「目先の金欲しさ」だけではない理由があるのです。

■税金による割引サービスの長所と短所

クーポンで旅行商品価格を割引く取り組みは、消費喚起策としても用いられる税金による割引サービスの一種です。2011年に発生した東日本大震災後、あるいはコロナ禍に実施された「GoToトラベル」、最近では熊本地震(2016年4月)後にも実施されています。

このようなクーポンは、税金の活用方法としてはコスパの良いものです。例えば、政府が5000円のクーポンを配り、客がそのクーポンを利用して1万5000円の旅行商品を購入すれば、簡単に言うと3倍の経済効果を生み出すことができます。クーポン配布はレバレッジが効く方法なのです。

だから政府や地方自治体は、消費喚起策としてこの手のクーポン企画をやりたがるのです。自治体がPayPay割をよく行っているのもその理由です。

しかし、税金で割引した結果、旅行者が増えて宿泊施設が満室となり「よかったよかった」となるかと言えば、そんな単純ではないのです。特に普段から良いサービスを提供し、しっかり付加価値を付け、値段を苦労して引き上げてきた事業者ほどバカをみます。

■「GoToトラベル」で発生した宿泊施設の阿鼻叫喚

まず安売りをして何が起こるか。客筋が変わるのです。

「GoToトラベル」では、設備やサービスに投資をしてきた高級宿に、普段は泊まらないような客が押し寄せました。

知り合いの宿では大浴場のアメニティに、オーストラリアの化粧品会社Aesop(イソップ)の高価なソープやボディークリームを置いていたのですが、それらが軒並み盗まれたり、ダイソンのドライヤーが盗まれたりと散々な結果になりました。

大理石のカウンターに設置された美しいアメニティ
写真=iStock.com/whyframestudio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/whyframestudio

さらに、態度の悪い客が増加して、常連客から「なんであんな人たちが泊まっているのか」「大浴場で一緒になったけど大声をあげていて怖い」というクレームが入る始末です。

その高級宿は、一過性の復興支援・安売りに付き合ったばかりに、普段から真っ当な料金を支払ってくれる常連客を失うリスクまで抱え込むことになりました。

だから値上げをして顧客層を調整するようになったのです。皆がクーポン利用時で普段と変わらない金額に変え、サービス部分や食事をより良くしたりする工夫をするようになったのです。

実際に支払う金額で客筋は大きく変わります。単に儲けたいから値上げをしているだけではないのです。

言いたくないことですが、地獄の沙汰も金次第。安さを求める客にろくな客はいません。だから事業者は客を選別するために金額を設定しています。クーポンが利用できる期間だけでなく、長期的な顧客との関係を考えた上で合理的に判断しているのです。

■宿泊施設が強いられる「地獄のオペレーション」

「北陸応援割」は来月からスタートします。先立って予約された方の分は「適用しない」となれば、一旦キャンセルして取り直す人が当然出てきます。今のうちに予約枠だけを確保して、振り替えてくれ、と連絡をしてくる客もいるのです。

クーポンは各種細かな手続きがあり、政府から事業者に金が届くまで時間がかかることが多くあります。この間の資金繰りの問題も発生します。震災で客が減って苦しい中で、さらにキャンペーンをやったらキャッシュフローがさらに悪化するという笑えない事態になることもあるのです。

だからこそ、事業者は価格をある程度引き上げ、資金を回さなければならないのです。

さらに、事業者は細かな書類を作成して、政府・自治体の窓口に提出しなければなりません。「GoToトラベル」の終了後に実施された「地域割」でも、利用者個人の証明書、自筆の承諾書などを保存し、それらを付けた申請書を提出しなければクーポンの現金化はできません。この手の税金クーポンは、楽して現金化できるものではないのです。

事業者側は資金繰りの手当てをすることで資金調達コストとして借入金の手続きコスト、さらに金利を支払い、クーポン現金化のための手続きコストという従業員工数まで投入しなくてはならないのです。

だから元々の値段でクーポン部分を値引きした金額だけでやったら、事業者側が損をするのです。そもそも値上げをしなければいけない合理的理由があるのです。

■クーポン適用外の宿泊施設へのクレーマーたちの猛攻

このような事情から、あえて「クーポン適用外」になることを決断する施設が出てきます。私が関わる施設では、この手のクーポンに頼らず、常連客でしっかり回していこうと決めたところがありました。

しかし、そうすると今度はお客さんから電話がかかってくるのです。「なんでお前の施設は適用除外されているんだ」という恐怖のクレームです。安さだけを求める人たちは恐ろしいのです。値上げをしたら文句をいい、クーポンに頼らず頑張ろうとしても「クーポンを使わせろ」とオラオラ言っていくるのです。

呼び出しチャイムを鳴らす手元
写真=iStock.com/baona
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/baona

いいですか、だから宿泊施設は値上げをするんです。便乗値上げがダメなのではなく、別にやってもいいんです。それで客が来なくても宿の責任になるだけです。ただそれだけの話。客には泊まらない権利があります。泊まらない限りクーポンという税金は、その宿に支払われないのですから国の負担は増えません。

こういうところは市場メカニズムに委ねるべきで、いちいち行政が介入して、元の値段以上に引き上げるな、と被災地に安売りを強要するようなことはやめるべきなのです。

応援特需も活かしてさらに稼いでください、とするのが自然なのです。

■地方の観光業に必要なのは「高付加価値化」

地方の観光業はすでに安売りをしています。安月給で人を雇っていたら従業員が集まらない、人手不足が直撃している産業です。

だからこそ観光庁は、観光産業の稼ぐ力を強化するための「高付加価値化事業」を推進しています。客数ばかりを追うのではなく、客単価を引き上げて少人数でも稼げる産業になることを目指しているのです。

その施策と真逆のことをなぜ被災地に要求するのでしょうか。

被災地の応援消費・高付加価値など、中長期的に見て宿泊施設の経営改善につながる政策シナリオが大切です。せっかくなのですから、単なる安売りではなく、それぞれが創意工夫をして普段はできないようなサービスを作り出す機会にしてもらうのが合理的です。

しっかり値上げをして、そこにクーポンが適用され、事業者がよりよいサービスにトライすればいいのです。それが気に食わない人は、その宿泊施設に泊まらなければいいだけ。客には常に泊まらない権利があるのですから。

客に受け入れられないなら、事業者がまた別のアプローチを考えればいいのです。こういう無数の取引がマーケットで行われることで、はじめて「神の見えざる手」は働くのです。

スーツケースをひいて空港内を移動する人々
写真=iStock.com/izusek
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/izusek

■安売りを強いる「応援割」は、被災地復興につながらない

観光庁は5日の衆院予算委員会で、「便乗値上げ」を監視する方針を示しました。新潟、富山、石川、福井の被災4県に、高額な価格設定が明らかな場合は報告を求め、場合によっては事業者の登録抹消も辞さない姿勢です。

なぜ国が主導して事業者に安売りを義務付け、ペナルティーまでちらつかせるのでしょうか。なぜこのようなおかしな話がまかり通るのか、全く私には理解できません。

宿泊費は値引きなし、お土産クーポンつけるだけの支援制度が最善だと私は思います。実際、熊本県上天草市では市内のホテル・旅館などに宿泊した観光客へ、市内の飲食店やお土産店などで使えるクーポン券を配布しました。変なダンピングにならず、市内の幅広い宿泊客がお金を使う動機になりました。

観光庁や政治家には、北陸の宿の発展、中長期的な高付加価値化の実現につながるような取り組みを期待したいと思います。

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木下 斉(きのした・ひとし)
まちビジネス事業家
1982年生まれ。高校在学中の2000年に全国商店街合同出資会社の社長に就任。05年早稲田大学政治経済学部卒業後、一橋大学大学院商学研究科修士課程へ進学。07年より全国各地でまち会社へ投資、経営を行う。09年全国のまち会社による事業連携・政策立案組織である一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事就任。著書に『まちづくり幻想』(SB新書)、『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)、『地方創生大全』(東洋経済新報社)、『稼ぐまちが地方を変える』(NHK出版)など著書多数。有料noteコンテンツ「狂犬の本音」、Voicy「木下斉の今日はズバリいいますよ」も絶賛更新中。

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(まちビジネス事業家 木下 斉)

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