1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

芦原妃名子さんには「最強の味方」がいなかった…日本の「マンガ実写化問題」を世界中のファンが心配する理由

プレジデントオンライン / 2024年2月15日 11時15分

芦原妃名子『セクシー田中さん』(フラワーコミックスアルファ)

■クリエイターを守る仕組みが、日本にはなさすぎる

漫画『セクシー田中さん』の実写ドラマをめぐり、原作者の芦原妃名子さんが自殺するという痛ましい出来事は、アメリカの漫画ファンにも衝撃を与えた。

アメリカで人気のSNS「レディット」にファンが立ち上げたスレッドには、彼女の死を嘆くコメントが並んだが、気になったのはこの一言だ。

「日本の漫画業界は過酷だ。女性はなおさら大変だっただろう」

漫画家の彼らが弱い立場に置かれている状況はアメリカのファンの間でも知られ始めている。特に人権や社会正義に敏感なZ世代は、こうした漫画家を心配している。

日本ではドラマの脚本家や放映した日本テレビに批判が集まっているが、問題は作家と脚本家間のトラブルではなく、作家・脚本家双方を守らなかった出版社とテレビ局にあると考える。

というよりも、作家や脚本家といったクリエイターを守る仕組みが、日本にはなさすぎるのだ。

アメリカでももちろん、映画制作会社やテレビ局の持つ力は、原作者に比べて桁違いに大きい。だからこそ原作者が身を守るための仕組みが作られている。

■スピンオフ作品の脚本を自ら書いた『ハリー・ポッター』作者

原作者と映画プロデューサー(テレビ局含む)との間の契約には、映像化するにあたって「原作内容の変更が可能」という条項が含まれるのが一般的だ。映像メディアに適合させるためには、ある程度の創造的な再解釈が必要だからだ。

契約の際は、どのような変更ができるかの交渉が行われる。許される変更の範囲や、それに原作者がどのくらい関与するかは、契約によって異なってくる。芦原さんもドラマ化の話が届いた際、「必ずマンガに忠実に」と要望し、原作者が用意したあらすじやセリフは「原則変更しないでいただきたい」と要望していたと主張していた。

時には変更を厳格に制限、または禁止する契約を交渉する原作者もいるが、アメリカでは一般的ではない。

例えば、『ハリー・ポッター』シリーズの著者J.K.ローリング。彼女は映画化にあたっての契約で、重要なクリエイティブ・コントロール=脚本や制作の最終的な決定権を行使する権限を獲得した。そのため原作のストーリーにいくつかの変更はあったものの、キャラクターの一貫性を保つことができたという。またスピンオフ作品『ファンタスティック・ビースト』シリーズでは、自ら脚本も執筆している。

ここまで作家がコントロール権を持つことはアメリカでは珍しい。彼女の影響力の大きさと、ビジョンを守ろうとする強い意志がうかがえる。

■原作者の利益を守る「エージェント」とは

またベストセラー作家のスティーヴン・キングは、映画化の方向性について発言権を持てる契約をしている。ストーリーを大幅に変更する際には意見したり、時には自分で脚本を執筆したりすることでも知られている。

ただし彼らのような有名作家でない限り、ここまで制作に深く関わるのは難しい。

そこで登場するのが、エージェントという存在だ。

Literary Agent(リタラリー・エージェント=文学エージェント・著作権代理人、以後エージェントとする)は、著者と出版社の間に入り、作品を売り込んだり出版契約をまとめたりするのが仕事。クライアントである著者の権利と利益を守る、経験豊富な専門家だ。

エージェントは、著者(原作者)が映画プロデューサーやテレビ局と契約交渉する際にも、重要な役割を果たす。

エージェントは原作者と綿密に打ち合わせし、作品に対する創造的なビジョンを理解したうえで映像化が可能な限り著者の意図に忠実なものになるよう交渉する。契約金、著作権、クレジット、クリエイティブ・コントロール、承認権などの条件においても、できるだけ原作者に有利になるように契約を進める。複雑な契約条件を理解し、有効なアドバイスができることも特徴だ。

■売りたい出版社が“作者寄り”になるのは難しい

また優秀なエージェントは、現在の市場トレンド、業界や制作会社についても熟知している。そのため、原作者に対し貴重な情報を提供し、プロジェクトについて的確な判断を下すのを助けることができる。トラブルが発生すれば間に入って解決に当たることもある。

それが作家にとってどれほどのメリットをもたらし、金銭的にも執筆環境に関しても彼らを守ることになるかは、言うまでもない。

日本では、こうした仕事は出版社が担うことが多い。しかし出版社もいうなれば既得権益側であり、アメリカのエージェントほど原作者に寄り添うのは難しいだろう。

今年のアカデミー賞で作品賞など5部門にノミネートされている『アメリカン・フィクション』は、作家が旧知のエージェントと一緒に、出版社や映画制作会社と強気で交渉し、かなり無理な要求を呑ませてしまう様子がユーモラスに描かれている。業界での人種偏見なども関わってくるが、こうした仕組みを知るためにはおすすめの作品だ。

原作の映像化にはさまざまなトラブルがつきまとう。例えば『ゲーム・オブ・スローンズ』がテレビドラマ化された際は、原作者のジョージ・R・R・マーティンは当初、番組の制作に関与し意見を提供していた。しかしシリーズが進むにつれて原作からの逸脱が生じ、ファンや彼自身からも不満が噴出した。こうした問題は原作があるドラマや映画で常に発生する。

■脚本家の立場が弱すぎることも大問題だ

『セクシー田中さん』では、脚本家が矢面に立つ形で批判を浴びたが、これもアメリカではまず考えられない。

それは脚本家も守られているからだ。アメリカ脚本家組合「Writers Guild of America(WGA)」の存在である。この組合には1万人以上が加盟している。

日没時のハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム
写真=iStock.com/ViewApart
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ViewApart

アメリカでは昨年、俳優組合が大規模なストを行ったことは日本でもニュースになった。トム・クルーズなどの大物俳優が日本へのプロモーションに来れなくなったことは記憶に新しい。それと同じ時期に148日という長いストを敢行したのが脚本家組合だ。

この2つのストのために、アメリカではほとんどのテレビドラマや映画の制作がストップし、ハリウッドはまひ状態に陥った。

もちろんその間は脚本家も収入がなくなったわけだが、それだけの犠牲を払った成果は大きかった。

最低賃金と報酬を引き上げただけでなく、制作の現場における脚本家チームの立場と、雇用期間に関する条件が改善されたからだ。ドラマシリーズには複数の脚本家が関わることが多いが、ここ数年は予算削減で人数がカットされ、1人あたりの負担が大きくなっただけでなく、雇用期間も短くなり収入が減るなどの問題も生じていた。

また人工知能に関する条項も大きい。脚本家やプロダクションが生成AIを利用することは認めるが、脚本家を排除したり報酬を削減するために制作側がAIを使用することは禁止するという合意も取り付けた。

■だから原作への敬意のある作品が生まれる

さらに、日々の仕事において脚本家の権利を守るのも組合の仕事だ。

まず組合は、脚本家と映画プロデューサーやテレビ局との間で、契約に関する業界基準を確立している。これには賃金、支払い、ロイヤルティー、およびクレジットに関連する条件が含まれる。もし組合がなければ、脚本家はこうした契約内容をいちいち自分で交渉して詰めなければならない。そうなるとどうしても雇う側が有利な契約になりがちだ。

組合があるおかげで、小説や漫画から脚本化する際にも公正な取引条件を交渉でき、プロセス全体で彼らの権利が保護される。

また脚本家にサポートとリソースを提供するのも組合だ。これには、契約における法的支援、プロフェッショナルなスキル向上の機会が含まれる。既存の素材を映像に置き換えるという、複雑なプロセスに取り組む脚本家にとって、これらの支援は非常にありがたい。

作家のエージェントや脚本家組合といった、クリエイターの盾となる存在は、彼らを守るだけでなく、作品の品質向上にもなり、結果的に原作素材への敬意にもつながる。

■労働改善はアニメ大国・日本よりも進んでいる

実はアメリカでは近年、アニメーターや特殊効果部門でもクリエイターの組合結成が進んでいる。弱い立場の労働者が連帯しようという動きはエンタメに限らず、スターバックスやAmazonといった比較的新しい業態でも進み、ちょっとしたトレンドとなっている。

昨年行われた全米自動車組合のストが、労働者にとって非常に有利な結果になったことも、組合への注目が高まる要因となっている。

交渉により賃金が上がると、プロデューサーやテレビ局にデメリットがあると考えがちだが、それはまったく逆だ。

賃金が上がれば、クリエイターの生活環境は良くなる。それが作品の質にも反映するのは当然のことだ。一方で、早く安く作品を仕上げたいあまりにプロデューサーが無理なスケジュールを脚本家に課せば、作品の質を下げて視聴者が離れてしまう。何より健康面で脚本家に負担がかかり、才能の寿命を縮めてしまうことにもつながりかねない。

逆にあらゆる面で環境が改善され、クリエイターがのびのびと仕事できるようになれば、作品の質も上がる。同時に制作予算も上がるから、全体として規模と質の底上げにもなるだろう。

日本のドラマや映画が、アカデミー賞などの賞を狙えるような世界で勝負できる作品をもっと作るためには、不可欠な動きではないだろうか。

■NY州立大は「冨樫義博氏の健康問題」を紹介

日本のテレビドラマに比べ、一足先にグローバルな存在になっているのがアニメだ。特に世界で最もアニメ視聴人口が多いアメリカ(2位は日本)ではここ数年、アニメ制作者や漫画家の労働環境を懸念するファンの声が高まっている。

日本にはクリエイターを守る仕組みがないことを、アメリカのファンはよく知っている。

このままでは、好きなクリエイターのクオリティーの高い作品を見たり読んだりできなくなるのではないか、と心配しているのである。

ニューヨーク州立大学ビンガムトン校が発行する新聞「パイプ・ドリーム」の記事は「日本の漫画業界は、非現実的な納期を守るために、クリエイターが健康を害しかねないほど、過酷な労働条件を強いられている」と指摘する。

「『幽☆遊☆白書』や『ハンター×ハンター』の作者である冨樫義博は、慢性的な腰痛などの健康問題に悩まされてきた。何年もの間、机に座って絵を描くことさえできないほどだった。彼のような最も有名な漫画家でさえ、業界の過酷な現状に苦しんでいるのだ」とし、漫画家が質の高い作品を世に出し続けられるために改善すべきだと主張する。

■日本のテレビ局は作者の権利を軽んじている

芦原妃名子さんの場合、連載に加え脚本の執筆まで行うことになった。どれほど肉体的・精神的に追い詰められていたかは、想像に難(かた)くない。

日本ではブラック企業をなくすことが課題となって久しい。しかしこうしたクリエイターの現状は語られても「好きな仕事をしているのだから」という、ある意味やりがい搾取的な扱いをされていた部分もあるのではないか。

このようにアメリカと比べてみると、日本のテレビ局は脚本家や作者の権利を軽んじていると言わざるを得ない。

今回のような悲劇を繰り返さないためにも、まず法務とビジネスに精通したエージェントや、組合のようなクリエイターを守る仕組みを設けるべきだろう。

同時に、アメリカをはじめ世界のファンは、作品作りの過程でもクリエイターの人権が守られているかに注意を払うようになりつつあることも、考慮したほうがいい。

たとえ世界的な有名ブランドであっても、労働問題や人権問題を抱えていては世界中でボイコットされる時代だ。質の高い作品とは、作り手の人権や環境も含めて成り立つ、という意識を今こそ私たちは持つべきではないだろうか。

----------

シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。

----------

(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください