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好待遇でも相談なく消えていく…異例の出世をした若手社員が「退職代行サービス」で次々と辞めたワケ

プレジデントオンライン / 2024年2月20日 13時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AH86

「退職代行サービス」を使う若者が増えている。金沢大学の金間大介教授は「いまの若者たちは、その場で不満を伝えること自体に強いストレスを感じている。感情のアップダウンをとても嫌う傾向にあるため、退職時のストレスをなくすために代行サービスを使う人が増えている」という――。(第1回)

※本稿は、金間大介『静かに退職する若者たち』(PHP)の一部を再編集したものです。

■なぜ若者は相談せず突然辞めてしまうのか

去年あたりから「何も相談せずに辞めた若者」の話を頻繁に聞くようになった。実は僕が実施した「101ヒアリング(101人に対するヒアリング調査)」でも、約7割の人事担当者が「思いもよらない若手の退職」を経験していた。

人事部にとっては、長い時間とコストをかけ、やっと採用した貴重な人材。管理職やメンターにしてみれば、忙しい日常業務と並行して苦労して育成したかわいい部下である。そんな若者が、挨拶もなしに辞めていく。心中を察するに余りある。

「せっかく1on1の場を設けているのに、不満があるのなら、なぜその場で言わないのか?」

問題はそこだ。1on1で決して本音を明かさないのであれば、今後も対策のしようがなくなってしまう。なぜ、若者は本音を明かすことを避けるのか。

とある大手メーカーの開発部長から聞いた話だ。紆余曲折(うよきょくせつ)はあるのかもしれないが、これまで安定した業績を刻んできた会社だ。僕が実際にそう言うと、開発部長は「いやいや、そう見えるだけでうちも色々あるんですよ。紆余曲折なんてもんじゃなくて」と笑う。謙遜はしているが、安定して見えるだけでも十分にすごい。笑いながら返せるというのも、かすかな余裕を感じ取れる。

それを裏付けるように、近年の新入社員のスペックは高い。僕が実際にそう言うと、開発部長は「いやいや、ほんとそうなんですよ。今自分が彼らと一緒に入社試験を受けたら、絶対に落ちます」と笑う。こちらも謙遜しているようにみえるが、あれは本音だった(僕のノンバーバル・コミュニケーション力が狂ってなければですが)。実際に若手社員の学歴を聞くと、ほとんどが旧帝国大学か東京工業大学の修士以上だ。

そんな状態にもかかわらず、「若手人材に悩みがある」なんて言っちゃいけないでしょう(他の会社の人に怒られますよ)。と思ったが、詳細を聞くと、課題は確かに深刻だった。

■女性開発者の活躍の場を広げようとしたが…

具体的には、こんなことがあったらしい。

全社的に男性社員の比率が高く、特に開発部門では女性が圧倒的に少ないことから、今後は女性の研究開発者にも活躍してもらうべく、女性の採用数を増やしつつ、時間をかけて彼女たちのキャリアパスに関する検討を重ねてきた。また、その検討結果は、当事者たちにもすぐにフィードバックするようにしていた。開発部としての方針を要約すると、次の通りだ。

昨今のイノベーション環境に鑑みると、研究開発者といえども、ずっと実験室にこもっているわけにはいかない。より顧客に近いところで知見と経験を積む必要がある。そのことが、新たな研究開発のヒントになるし、そのヒントから生まれたアイデアを、いち早く顧客に示す機会を持つことは、開発者としても極めて重要なことだ。

そこで、女性の研究開発者たちには、営業や企画部門の人たちとタッグを組む形でプロジェクトに入ってもらい、頻繁に顧客のもとへと訪問できるようにした。

むろん、この方針は国内だけに留まらない。この会社の売上の50%以上は海外だ。国際的な競争力を高めていくことこそ、開発部門の使命と言っても過言ではない。人材の多様化は当然の時代だ。彼女たちにも、ぜひダイバーシティ・マネジメントとリーダーシップを身につけてもらいたい。

■4人中2人が突然の退職

一見して、素晴らしい方策だと思った。ぜひ次年度は僕の教え子も雇っていただき、どんどん鍛えてもらおう。そのための推薦書なら、いくらでも書く。そしてその教え子が一事業を成功させた暁には、お祝いのスイーツ・パーティを開いてもらおう。そんなことを本気で考えていたら、話はそこで終わりではなかった。

実際にそのプログラムを始動させるにあたり、まずは4名の女性社員から取り組み始めた。具体的には、彼女たちを開発部に仮所属させた上で、6~12カ月単位で企画部や営業部を経験してもらい、再び開発部に戻しつつ、横断的なプロジェクト化を進める、という流れだ。

やはり、大変素晴らしいではないか。この開発部長とは昔からの付き合いだが、頭の回転が速く、本当に尊敬できる素晴らしい人だ。技術開発だけじゃなく、マネジメントの才までお持ちとは。今からスイーツ・パーティの準備を始めなければ。しかし、悲報は突然に訪れる。

4人中2人が、立て続けに辞表を提出したのだ。しかも、うち1名は退職代行サービスを使って。彼女たちとは、十分にコミュニケーションを取ってきたとのことだった。このプログラムは、本人たちも納得してのものだったはずだと。

退職届とスケジュール帳
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■「意識の高い人たち」のためのものになっていた

唯一、難色を示したのが、最長12カ月におよぶジョブ・ローテーションだった。

実際のところ、難色を示したといっても、簡単な質問が返ってきただけのようだが、そのときも、①あくまでも研修という名目で、頻繁に開発部にも出入りできるようにする、②研修の終了後は必ず開発部に戻す、といった点について、丁寧に説明したという。開発部長は本当にショックを受けていた。というより、混乱していたように思う。「どこで間違えたのか、全くわからない」といった言葉が鮮明に印象に残った。

実を言うと、僕は話の途中から1つだけ引っかかっていた。何度でも言うが、立ち上げられたプログラムは本当に魅力的だ。これを経験することで、きっと社内でも中心的な人材となれるだろう。女性の活躍という視点からも、新たなリーダーとして、素晴らしいロールモデルとなったかもしれない。

開発部長は本当に優秀な人で、責任感も強い。僕が知り合ったころから、ずっと意識高く仕事を進めてきた。彼女たちに話したことは、きっと責任をもって実行しただろう。さて、読者の皆さんは、僕の引っ掛かりがどこにあるのか、もうおわかりだろうか。それはこのプロジェクトが、意識の高い人たちによって、意識の高い人たちのために作られている、ということだ。

■挑戦的なプロジェクトに参加する人はごく少数

当プロジェクトの検討チームの皆さんは、辞めていった彼女たちの気質や性格をどのくらい把握できていたのだろうか。

立ち上げられたプログラムは、(この会社にとっては)今までにない挑戦的なものだ。開発部長の意識も高い。僕の研究室に所属する女子学生も、やはり意識の高い学生が多く、きっとマッチすると思った。でも、当の4人(特に辞めてしまった2人)はどうだったんだろうか。

オフィスでコンピュータの前に座っている疲れたまたはストレスの多いビジネスマン
写真=iStock.com/shironosov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/shironosov

イノベーション人材を研究している身として、つまりは企業の人材育成を客観的に見てきた立場だから、これははっきりとわかる。今、企業内で立ち上げられる多くの新規プログラムやプロジェクトは、意識の高い人たちが作っている総じて日本企業は閉塞(へいそく)的だ。そんな中で、新しいプログラムを立ち上げるには膨大なエネルギーがいる。そんな芸当ができるのは、一部の意識高い社員やマネジャーだけだ。

そして彼らは、全社員に向けてそのプログラムを発する。いずれも魅力的で、挑戦的で、聞くだけでワクワクするようなプログラムばかりだ。しかも細部までよく練られていて、途中で破綻(はたん)することがないよう、多段階のセーフティネットまで設けられている。

でも僕の観測では、そのプログラムに応募するのは、(大手既存企業の場合)全社員の10~20%程度だ。どんなに多くても25%程度まで。しかも、だいたい毎回同じ顔ぶれになる。それ以上の応募者がいる場合、そのプログラムがそこまで挑戦的でないか、あるいは本書を手にする必要のない、ごく一部の先鋭的な企業やベンチャーのどちらかだ。

■なぜ「退職代行サービス」を使うのか

本稿を読んでいる皆さんは、すでに退職代行サービスが提供するサービス内容についてよくご存じかもしれないが、簡単に確認しておこう。

退職代行サービスとは、従業員が(解雇ではなく)自らの意思で退職する際に、そのための通知や書類作成などの一連の手続きを代わりにしてくれるサービスのことだ。本来、自分でやればいい手続きを、わざわざお金を払ってまでやってもらう目的は、大きく分けて2つある。

①面倒で煩雑(はんざつ)な退職手続きを代わりに処理してもらうこと
②スムーズかつ円満に退職すること

①については、あらゆる「代行サービス」に共通した目的であり、イメージもしやすい。忙しいあなたに代わって作業してもらうもので、家事代行サービスやベビーシッターなどが典型例だ。経営学の視座からすれば、そもそもこうしたアウトソーシングは、経済成長の源の1つだ。

「本来、自分がやるべきことを誰かにやってもらう行為」は、いわば仕事(特にサービス業)の定義みたいなものだ。外食産業(料理)、交通機関(移動)、保健医療(治療や介護)など、例をあげれば枚挙に暇がない。イノベーション論の研究者から言わせれば、次に何のアウトソーシングがはやるかを予測することが、すなわち次のイノベーションを予測することにもつながる。

オフィスで契約を結ぶビジネスマン
写真=iStock.com/ilkercelik
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ilkercelik

■代行業者が行っている「3つのサービス」

例えば、生成AIは人のどんな活動を代行することになるのだろうか……。話が脱線してしまった(研究者の悪いクセです)。元へ戻そう。

先に退職代行サービスの目的として、①と②の2つに整理したが、実際のところは②の「スムーズかつ円満に退職すること」が、若者ニーズのほぼすべてといっても過言ではない。昨今の退職代行サービスは、実際にどんなことを代行してくれるのか。代行業者によって細かなサービスの違いはあるようだが、主に次のように整理できる。

①退職に伴う必要書類の準備・作成

退職届や関連する書類の準備・作成をしてくれる。この作業そのものはたいした負担ではないだろう。

②勤務先や雇用主への連絡・取次

文字通り、あなたの退職の意志を勤め先の人事部等に通知してくれる。その後、どうしても複数回にわたるやり取りが必要になるが、それをストレスに感じる若手が多い印象だ。

③法的な手続きの支援

これも結構ありがたいと思う人が多そうだ。労働法や関連する法律に従った手続きをチェック、支援をしてくれる。例えば、適切な退職日の調整や、給与や残業代の精算、社会保険や年金の引継ぎなどが該当する。退職に伴う秘密保持契約の確認なども含まれる。

■退職する際のストレスを減らしたいという需要

このうち、③に対するニーズがあることは想像に難くない。勤め先を辞める、という行為に伴う法的な要件を遵守するためには、正確な知識や手続きが必要になる。特にブラック企業と呼ばれるような勤務先では、あやふやな法律論をかざしてなかなか辞めさせてくれない、などのトラブルも耳にする。

この場合、退職代行サービスはもはや、法律相談所に近いかもしれない。ただ、やはりニーズという意味では、圧倒的に②だ。退職のプロセスは、どんなときでも、誰であっても、一定のストレスがかかる。勤め先を訴えるなどの場合を除き、なるべく円満に退職したいと願うのが普通だ。特に、関係者へ知らせる過程はナイーブで、気を使う。何より、どんなリアクションがあるのかを想像すると、ちょっとくらいお金を払っても誰かにお願いしたい、という気持ちが若者の間で広がっている。

現在の若者の立場からすれば、そのストレス・コストが年々高まっていることになる。そのコストが、退職代行サービスに支払うコストを凌駕(りょうが)するがゆえに、退職代行サービスが人気を集める構図になる。

■その場で要望を伝えるのには抵抗がある

今の若者は、外的な要因による自身の感情のアップダウンをとても嫌う傾向にある。

そんな気質を持つ若者にとって、「辞めたいって言ったら、すごい引き止めにあうらしいよ」なんて噂が耳に入った時点で、もうストレスはマックスだ。決して自分からは言い出せなくなってしまう。逆になぜか赤の他人を挟むと、簡単に言えてしまうのも今の若者の特徴だ。

例えば、かつて僕自身にもこんなことがあった。コロナ禍が到来して間もないころ、多くの大学はオンライン対応に追われた。僕も手探りで授業をオンライン提供していたので、受講生である学生たちに向けて、「何か不備があればいつでも知らせて」、「チャットに書き込んでもらってもいいよ」と、いつもながらの神対応を見せていた(自画自賛です)。

結果、ほとんど不備や要望が伝えられることはなく、「さすが金間先生。優勝!」と、内心思っていた(自信過剰です)。ただそのあと、大学の事務局が全学生に向けてオンライン授業に対するアンケート調査を行ったところ、ちゃんと僕の授業に対しても(不備というほどではないものの)こうしてほしい、ああしてほしい、と書かれているではないか(自業自得です)。これはちょっとショックだった。

割と気楽に仕事をしている僕でさえショックを感じるのだ。企業にお勤めの上司や先輩の皆さんが、退職という事象を前にしたショックは計り知れない。

電話の前でショックを受ける女性
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi

■退職理由を素直に言うこと自体が高ストレス

「そう思うなら、普通に言ってくれればいいのに」ということが、普通に言えないのが今のいい子症候群の若者たちだ。退職の意向を面と向かって伝えること、それをイメージすること自体が、もはや高ストレス状態なのだ。

金間大介『静かに退職する若者たち』(PHP)
金間大介『静かに退職する若者たち』(PHP)

仮に、強く引き留められるようなことはないとしても、必ず理由は聞かれるだろう。そのときに、なんて答えるべきかが極めて悩ましい。むろん、正直に答えることなどできない。

とはいえ、あからさまなウソもよくないだろう。相手に申し訳ないというよりは、後々こじれる可能性は排除しておきたい。ネットに、参考になるような例が載ってないか探してみよう。というか、「退職」と入力した段階で予測変換に「退職代行」が出てくるじゃないか。これにしよう。決定――。

こんな気持ちの流れの中に、上司や先輩に対する思いやりが入る余地はないのだろうか。

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金間 大介(かなま・だいすけ)
金沢大学融合研究域融合科学系 教授
北海道札幌市生まれ。横浜国立大学大学院工学研究科物理情報工学専攻(博士)、バージニア工科大学大学院、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、文部科学省科学技術・学術政策研究所、北海道情報大学経営情報学部准教授、 東京農業大学国際食料情報学部准教授、金沢大学人間社会研究域経済学経営学系准教授、2021年より現職。また「イノベーションのためのモチベーション」研究も遂行しており、教育や人材育成の業界との連携も多数。主な著書に『イノベーションの動機づけ――アントレプレナーシップとチャレンジ精神の源』(丸善出版)、『イノベーション&マーケティングの経済学』(共著、中央経済社)、『先生、どうか皆の前でほめないで下さい いい子症候群の若者たち』(東洋経済新報社)。『静かに退職する若者たち』(PHP)などがある。

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(金沢大学融合研究域融合科学系 教授 金間 大介)

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