「在任期間が長い社長の交代」は大化けのチャンス…この1年で社長交代した「PBR1倍割れ企業」の全一覧
プレジデントオンライン / 2024年2月28日 11時15分
※本稿は、菊地正俊『低PBR株の逆襲』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■日本企業の「トップ」に厳しい目
世界でAI化・DX化・GX化などのメガトレンドが起こる一方、マクロ経済的な不透明要因も多いなか、企業パフォーマンスにおいて社長の意思決定が果たす役目が一層重要になってきています。
株式持合についても、昔の経営者が相手企業と合意して持ち合ったため、現経営陣はなぜ持ち合ったのか理由を説明できない企業もあります。
社長と会長でどちらが実力者かわからない企業も多いため、法定用語ではありませんが、CEOと付けて最高意思決定権者を明確にしてほしいという外国人投資家の声もあります。
自分を指名してくれた前社長(現会長)に逆らうことはできないという現社長も多くいますが、社長交代は過去のしがらみを打破して、経営改革を進めるチャンスです。
中小型株運用に強みを持ついちよしアセットマネジメントの秋野充成CIOも、『週刊エコノミスト』2023年6月20日号で、「PBR1倍割れでも、改革が期待できるトップ交代銘柄は注目だ」と述べました。
■「PBR1倍割れ」でも期待できる
大手運用会社のファンドマネージャーやエンゲージメント担当者でも、時価総額が1兆円を超えるような大企業の社長と1対1でミーティングできることはほとんどありません。
大企業は証券会社や運用会社のアナリスト向けに、年に数回、社長のスモールミーティングを開催することが多いようです。
一方、時価総額が100億円未満の中小型企業のオーナー系社長であれば、運用資産数千億円以上を持つ運用会社のファンドマネージャーやアナリストに対して、自社の強みを積極的にアピールして、時価総額を上げたいと思うでしょう。
■時価総額は社長のプレゼン次第
社長と個別ミーティングの機会がない機関投資家は、社長のスモールミーティング、決算説明会、マスコミにおける発言などを通じて、社長の統治能力を測ろうとします。
米国大企業のCEOは、若いときからプレゼンの修業を行ない、大学時代の様々なディベートをくぐり抜けてきた人が多いので、まさにプレゼンの猛者といえるようなCEOが多数います。日本ではプレゼンの技術を学ぶ機会がないまま、出世する社長が少なくないため、原稿の棒読みなど聞くに堪えない社長プレゼンも時々あります。
社長のプレゼン次第で、企業の時価総額は大きく異なってしまうので、社長には話し方や伝え方などを学んでほしいものです。
■社長の交代発表が相次ぐ
日本の主要企業の社長は4〜5年で交代することが多いのですが、2023年になって在任期間が長い社長の交代発表が相次ぎました。PBRが約0.3倍のダイカスト大手のアーレスティは、25年5カ月ぶりの社長交代を発表しました。
アーレスティでは創業家出身で、42歳と若い高橋新一社長が就任したので、経営改革を期待したいものです。
アーレスティは2023年7月6日に発表したコーポレートガバナンス報告書に、「成長投資と株主還元、健全性と財務レバレッジを最適にバランスさせる当該財務運営により、ROE9%とPBR1倍の達成を目指してまいります」と記載しました。
PBRが約0.9倍の日本板硝子では、8年ぶりの社長交代が行なわれました。日本板硝子が2023年8月25日に発表したコーポレートガバナンス報告書は31ページと充実しており、原則5‐2で「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応については、2024年3月期を最終年度とする中期経営計画RP24の目標達成に向けた取り組みに加えて、次年度から開始される予定の次期中期経営計画の策定においても、十分な現状分析と検討を実施した上で開示する予定としている」と記載しました。
■マツダ、ワコールも社長交代
PBRが約0.6倍のマツダでは5年ぶりの社長交代が行なわれました。
マツダは2023年8月10日に発表したコーポレートガバナンス報告書で、「資本コストや株価を意識した経営の重要性は認識しており、中期経営計画に指標を掲げている」と述べました。
PBRが約0.9倍のワコールHDは2023年6月に社長に就任した矢島昌明取締役が、決算説明会で「収益性向上と同時に、資産効率、資本効率を改善させることでROEを向上する。成長投資を優先すると同時に、資本効率の改善に向けて積極的に株主還元を実施する」と明言しました。
■ESGに対する関心が低下
人材投資の強化は成長期待の高まりにつながるので、PBR=ROE×PERの方程式に基づいて、PBRを向上させると期待されますが、4月以降に発表された低PBR対策で、サステナビリティ経営や人材投資の強化は投資家の評価が低かった印象です。
ウクライナ戦争以降の資源高によって、ESGに対する関心が世界的に低下したことや、6月有報から人的資本の開示が始まったものの、投資に直接的に役立つ情報開示ではないことが関係しているでしょう。
ユニバーサルオーナー(巨額の資産を持ち、幅広い資産や証券に分散投資を行なっている長期投資家)であるGPIFは、運用業界におけるESG普及に向けて様々な努力をしていますが、ESGと企業価値の関連性について確立した手法がないことが影響しているでしょう。
投資家は短期的には資本政策の見直し、中期的には事業ポートフォリオの見直しに注目しているといえます。ただ、素材産業でカーボンニュートラルが中長期的に業績にネガティブに働くとみられているなど、業種による違いは多少あります。
また、人材投資が長期的に生産性向上や従業員エンゲージメントの強化につながれば企業の競争力が高まるので、長期的にPBRを高めることにつながる可能性はあります。
■日清オイリオグループは目標引き上げ
PBRが約4倍と高い味の素は、以前から人財マネジメントや人的資本の開示の株式市場における評価が高いのですが、2023年5月11日の「2024年3月期業績予想及び企業価値向上に向けた取り組み」に、「すべての無形資産の源泉となる人財資産の強化により、イノベーションを創出していくことが、企業価値向上につながる」、「従業員持株会加入者への特別奨励金を支給した」、「中期ASV経営2030ロードマップについて、従業員と対話を始めている」と記しました。
いくら経営者が立派な企業価値向上策を打ち出しても、従業員に浸透し、従業員がやる気を出さなければ絵に描いた餅になるため、味の素の施策は他の企業の参考になるでしょう。
PBR約0.8倍の日清オイリオグループは2023年5月19日の決算説明資料で、ROE目標を2024年度8%、2030年度10%と引き上げる(2022年度実績は7%)と同時に、中期経営計画の進捗状況として、食のバリューチェーンへの貢献や人材マネジメントなどを説明しました。
■女性活躍推進策の評価が高い大和証券
大和証券グループ本社は以前から女性活躍推進策の評価が高いのですが、2023年5月31日の経営戦略説明資料に、「サステナビリティの観点でビジネスに注力した結果、MSCIで最上位格付のAAA、CDPで最高評価のAリスト企業に選定された」、「競争力の源泉は人材なので、人材の価値を最大限引き出すために、自己申告制度・公募制度の導入、エンゲージメントサーベイ、健康経営のさらなる進化」などを行なっていると記しました。
大和証券グループ本社は、2024卒の学生を対象に文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所が行った「就職ブランドランキング調査・後半」で、伊藤忠商事、日本生命に次いで第3位に選ばれた一方、野村證券は120位にとどまりました。
丸井グループの人的資本経営も有名であり、HPに掲載した人的資本経営に関する資料で、「人の成長=企業の成長」との方程式を根本とし、入社3年以内の離職率が11%と、世の中平均の31%の3分の1水準とのデータ等も開示しました。丸井グループはHPで、「健康経営銘柄」や「なでしこ銘柄」(女性活躍推進)に6年連続選定されたともアピールしています。
日本製鉄は2023年5月10日の決算説明資料で、経営戦略の適切な開示・発信により、高水準の利益の安定的確保と利益成長、カーボンニュートラル・ビジョンの実現性・経済性確保への取り組みについての市場の理解の促進・浸透のための努力を継続すると述べました。
■国内では内需増加が見込めない
一方、日本製鉄は内需増加が見込めない日本国内では脱炭素投資がむずかしいことを課題に挙げました。
2022年度のROEが12.7%でPBRが約0.7倍のINPEXは2023年8月10日の決算説明資料で、PBRは上昇傾向にあるものの足元は0.5倍台と割安だとする一方、ネットゼロ5分野において、風力発電、地熱発電等の再エネ事業を推進するとともに、水素事業やメタネーションの具体化を進めることで、エネルギートランスフォーメーションを強力に進めていると述べました。
資源関連企業はカーボンニュートラルに向けた投資と株主還元のバランスが必要になります。
■ウクライナ戦争で懐疑的な見方も
東亞合成は2023年8月9日の決算説明資料で、2027年ROE8%&PBR1倍以上を目指す施策に、非財務戦略として、持続的な成長を支える人財育成とサステナビリティの実現を盛り込みました。
2025年のGHG(温室効果ガス)排出量を2013年比で35%削減し、報酬・退職金の向上などインセンティブ付与による成長と分配の好循環を実現するとしました。
ウクライナ戦争に伴うエネルギー価格の高騰が世界的にESG投資に対する懐疑的な見方を強めました。
その傾向は米国でとくに強まった一方、欧州では宗教的にESGを信じるアセット・オーナーやマネージャーが依然多数存在します。
■「ESGという言葉はもう使わない」
米国ではESGファンドの残高が、目に見える形で減り始めています。米国大企業の役員報酬は巨額ですが、業績や株価が芳しくないのに、サステナビリティのKPIに結び付けて役員報酬を意図的に上げているとの批判も出ました。
日本は欧米のあいだの立場でしょうが、日本でもESGへの関心の低下を示すアンケート結果が発表されました。国内の市場関係者に対するアンケート調査である「QUICK月次調査2023年9月号」は、ESGに関する質問を行ないました。
ブラックロックのフィンク会長が「ESGという言葉はもう使わない」と発言し、株主提案への賛成も下がっていることをどうみるかに関する問いに対する市場関係者の回答としては、「ESG投資の効果を測ること自体が困難であり、限界が見えてきた」が最も多くなりました。
「日本でのESG等について、市場参加者は今後どのように受け止めていくと思うか」という問いに対しては、「E、S、Gを分けて考えるようになる」が39%と最も多かったのですが、「関心は徐々に落ちていく」との回答が22%と、「重要度はさらに増していく」との回答の8%を大きく上回りました。
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みずほ証券エクイティ調査部チーフ株式ストラテジスト
1986年東京大学農学部卒業後、大和証券入社、大和総研、2000年にメリルリンチ日本証券を経て、2012年より現職。1991年米国コーネル大学よりMBA。日本証券アナリスト協会検定会員、CFA協会認定証券アナリスト。日経ヴェリタス・ストラテジストランキング2017〜2020年1位、2023年2位。インスティチューショナル・インベスター誌ストラテジストランキング2023年1位。著書に『日本株を動かす 外国人投資家の思考法と投資戦略』『米国株投資の儲け方と発想法』『相場を大きく動かす「株価指数」の読み方・儲け方』『日本株を動かす外国人投資家の儲け方と発想法』(以上、日本実業出版社)、『アクティビストの衝撃』(中央経済社)、『良い株主 悪い株主』『株式投資 低成長時代のニューノーマル』『外国人投資家が日本株を買う条件』(日本経済新聞出版)、『なぜ、いま日本株長期投資なのか』(きんざい)、『日本企業を強くするM&A戦略』『外国人投資家の視点』(PHP研究所)、『お金の流れはここまで変わった』『外国人投資家』(洋泉社)、『外国人投資家が買う会社・売る会社』『TOB・会社分割によるM&A戦略』『企業価値評価革命』(東洋経済新報社)、訳書に『資本主義のコスト』(洋泉社)、『資本コストを活かす経営』(東洋経済新報社)などがある。
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(みずほ証券エクイティ調査部チーフ株式ストラテジスト 菊地 正俊)
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