スマホゲームのヒットは本質ではない…株式会社ポケモンがテレビ局並みの大企業に成長した本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年3月13日 10時15分
※本稿は、中山淳雄『クリエイターワンダーランド』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■『ポケモンGO』のライセンス収入は一部だけ
コミュニティゲームの代表格といえばポケモンだろう。
誰もが知る『ポケモンGO』は2016年夏にリリースされ、ピーク時は2億人以上が遊ぶ世界トップモバイルゲームの1つになった。すでに8年目となる現在においても1億人近くがプレイを続け、毎年10億ドルを稼ぎ続けているお化けタイトルだ。
ただ、そのうちで株式会社ポケモン(以下株ポケ)に入るライセンス収入は「一部」に過ぎない。ゲームの収益の7割はゲームを開発した米国企業ナイアンティックに入る。任天堂も株ポケもナイアンティックの株式は持っているとはいえ、関連会社にすら該当しない少額出資だ。
ポケモンGOのリリース後に、株ポケの純利益は2016年の159億から2017年の88億円に減っていることからも、ナイアンティックからの配当額は年50億〜150億円といったレンジに収まるはずだ。
しかしポケモンGOのヒットを後押しに、株ポケは急成長している。ポケモンGOがリリースされた「2年後」の2018年から売上が急上昇し、2022年の純利益は5倍以上の489億円に達した。
■決して「ゲームで一発当てたから」ではない
これはアニメ制作会社としては日本最大の東映アニメーションの純利益の4倍規模だ。玩具最大手のバンダイ(玩具部門)やタカラトミー、ライセンス最大手のサンリオよりも大きく、日本テレビホールディングスやTBSホールディングスと並ぶ利益額である。
つまりポケモンという1つのキャラクターライセンスだけを扱う企業が、もともと売上100億円、利益数億円だったところから、売上2000億円、利益500億円の超優良企業に変貌した。
サイズ的にはどのアニメ・玩具・ゲーム・出版のトップ企業も敵わない。当然ながら社員数もうなぎ上りで、2010年代半ばは200人程度しかいなかったが、今や1000人を超える。
これは「ゲームで一発当てたから」ではないのだ。株ポケの成長の根幹には、自社事業として行っているトレーディングカードゲーム(TCG)というフィジカルなコミュニティ志向型のゲームがある。
■試合観戦のチケットはメルカリで4万円に
ポケモンのキャラクターを使ったTCG「ポケモンカード」は、コミュニティ運営型の遊びである。
全世界で北米・欧州・アジアなど地域別にトーナメントが開催され、数十万人もの参加者から地域別チャンピオンが選ばれ、そこから2000人ほどのトッププレイヤーが招待される年1回の世界大会で世界一を決める。
2023年8月には1996年のポケモンカード発売以来初めて日本で世界大会が開催された。パシフィコ横浜に50カ国から2000人の選手が集まり、来場者は3日間で1万人を数えた。
入場チケットは異例の高騰を見せて、1日分の観戦チケットがメルカリで4万円で取引された。トーナメントに参加するのではなく、試合を生で見るための末席チケットが4万円である。驚きの人気過熱であった。
コミュニティへの参加者が増えれば増えるほど、そのコミュニティの価値は高まりブランド化が起こる。
■カード1枚が7億円
2022年6月、人類史上で最も高額な「カード」が誕生した。527万ドル(約7億円)で購入されたのは、1998年にコロコロコミックスのコンテストで入賞者に贈られた「ポケモンイラストレーター」のカードで世界に24枚しか現存しないと言われる。
この歴史に残るギネスレコードを手に入れたのは、登録者2000万人をもつユーチューバーのローガンポールだった。
1995年に生まれポケモンカードで育った彼は、2021年ごろから何億円もかけてポケカを集めてきた有名なコレクターで、その半年前にも350万ドル(約5億円)で買ったカードが偽物だったというトラウマもありながら、その収集欲は全く衰えなかった。
■なぜポケモンジェットを飛ばすのか
これほどのポケモン人気をリアル空間で持続させてきたところが株ポケの手腕である。
2005年には愛知万博の跡地を使って期間限定の遊園地「ポケパーク」を開設。コロナ期には苦境にあるエアラインにあえて話をもちかけ、ピカチュウジェットを飛ばした。スカイマークとの提携以来、現在5社7機が稼働している。
これはコロナ不況下の航空会社発のプロジェクトではなく、むしろ株ポケが持ち出しによって展開している施策である。
同社COOである宇都宮崇人の「能や歌舞伎のように世代を超えて続きながらも、最前線にい続ける」という言葉が象徴しているように、株ポケは仮想のキャラクターたちを「リアル」にすることにこだわり続けている。
■「手触りの持つ価値」の重要性
100年ほど前、モルガン・スタンレーやウェルス・ファーゴなど“虚業”と言われた銀行が相次いでニューヨークの一等地に巨大なオフィスを構えていった時期があった。
建築デザインを引き受けたのは当時有名なデザイナーやアーティスト。なぜ地価の最も高い一等地に巨大建築を作る必要があったのか。それはまさしく「手触りの持つ価値」が必要だったからだ。
銀行にとっては安心や信頼が絶対的に必要な経営資源である。お金という最も重要なものを預ける場所だからこそ、客はリスクを感じれば預金の引き出しに走る。
そこで預金を守る証として絶対的に巨大な建築物を作り、これだけお金をかけた確かな手触りのある資産を持つ企業がつぶれるはずがないという信頼を得ようとしたのである。
人がその想像をリアルなものとして感じ続けるためには、フィジカルな場で手触りをもって伝え続けることが何よりも重要になる。
■仮想のキャラクターが実体化する仕組み
ゲーム画面越しに何万人、何十万人がプレイしているカウンターを見るよりも、会場で1000人が熱を込めてプレイしている雰囲気を味わい、日常を過ごしている街中や旅行に行くときのエアラインにキャラクターを見ることによって、空想上のモンスターはリアルなものであり続ける。
リアルな存在感を示すという手法は、6000年前から徴税権を確かなものにするために国家が行ってきたものであり、それを100年前の銀行が応用し、半世紀前にはラジオ局やテレビ局が使い、今まさにポケモンなどのコンテンツ企業もそれを取り入れる時代に入った。
共通しているのは、「想像上」のものでありながら、それが未来永劫(えいごう)続くと錯覚しうるに足る、手触り感とブランドを目指していることだ。
2.5次元舞台や聖地巡礼のように、それが人々の口にのぼる頻度が日常化すればするほど、仮想のキャラクターは「実体化」し、その恒常性を担保することができる。
■世界中でボードゲームが流行している
TCGは日本と米国が世界を牽引する二大市場だが、TCG「ばかり」売れている日本やアジアに対して、北米や欧州のトイショップを彩るコンテンツはもっと多様だ。
その1つに「ミニチュアゲーム」と呼ばれる兵士・兵器の模型を使った戦争シミュレーションゲームがある。
「ウォーハンマー」で知られる英国のゲームズワークショップ(GWS)は、ポケモンにも比するような空前絶後の好景気にある。
1975年設立のGWSがモンスター造形の兵士のフィギュアを使ってジオラマのようなセットで戦うボードゲーム「ウォーハンマー」を企画・開発してから、すでに半世紀近くたつが、近年になってそのアナログゲームは、小説、映画、家庭用・PCゲーム、モバイルゲームにも展開されている。
■まるで1970年代に戻ったかのよう
セガがゲーム化した『Total War:Warhammer II』(2017)は100万本の販売を達成し、ユーロゲーマーのランキングで「2017年ベストPCゲーム賞」にも入った。
ファットシャーク社のFPSシューティングゲーム『Warhammer:Vermintide2』(2018)は200万本が売れた。2017年ごろからPCオンラインゲームでの成功やフランチャイズでの店舗展開にも成功し、GWSの売上は図表1にみるように2億ポンドから4億ポンドまで倍増した。
さらにコロナ期には、驚くべきことに売上は8億ポンドにまで倍増している。外出が減って子供たちと遊ぶことになった大人たちが、手触りをもって遊べるボードゲームに殺到したのだ。
世界中のウォーハンマーファンは、SNSとゲームを経由し、コロナ期にボードゲームに戻ってきた。特に米国は、TCG同様にボードゲーム市場が3年で倍増するような超好景気であった。
“古臭い産業”と言われ続けたボードゲーム業界だが、コロナの時代において、人々は「家の中での体験」の貴重さに気づいた。
自分で装飾したミニチュアや建物に囲まれ、気の置けない仲間とわいわい遊ぶのは、荒んだロックダウン下の生活を彩る、大事な社交活動となった。ウォーハンマーは「ファンタジーファン」を再び熱狂させているのだ。まるで1970年代に戻ったかのように。
■すべてをネットに置き換えることはできない
前章で述べたように、ボードゲーム業界は様々な新規参入により再活性市場になっている。クラウドファンディングの勃興もそれを支援している。人が物理的に出会って、コミュニケーションをとりながら行うゲームは、デジタルゲームの普及・攻勢の中で低迷していたが、コロナという異常事態が人々にその価値を再発見させた。
リアルビジネスの評価は、2000〜10年代のネット普及時代が「底」だった。例えば百貨店や商店街はアクセシビリティの良さだけでビジネスを行ってきて、その中身には集客力が乏しかったということがEC時代に証明されてしまった。
棚に商品を並べるだけだった商売はどんどんと存在感をなくしていった。もはや「目的商品の購入」においてアマゾンに敵う商店は1つもないだろう。
それでも日本で年間200兆円ある小売売上のうちECは20兆円、つまり1割を代替したに過ぎない。米国も500兆円ほど小売売上のうちECは1割強。中国は小売チャネルが未発達だったために世界最先端のEC大国になったが、それでも600兆円ほどの小売売上のうちECは200兆円弱と3割ほど。
■人々の熱狂が宿るのは「リアル」の空間
いずれの国においてもECは「物理的な小売空間を代替する」には届いていない。もはやネットのほうが安く、買いやすく、「すぐに手に入らない問題」も数時間デリバリーの実現で解消されているにもかかわらず、である。全世界で3000兆円にもなる小売売上がデジタルに代替されるのは1〜2割が限界といった見通しである。
なぜだろうか。それは我々がメタバースでの音楽ライブやユーチューブでの動画配信では「満たされていない何か」があることを体感しているのと同じである。「摩擦と干渉」も含めて、何らかの手触りがいかに人間にとって大事かということをネット空間は逆に教えてくれている。
干渉のないシームレスな世界は、人々の熱狂を保存することができないのだ。
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エンタメ社会学者、Re entertainment社長
1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。
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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)
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