感染拡大で緊急事態宣言、軍隊も出動…ブラジルで急増「デング熱」で武田薬品のワクチンに期待が集まる理由
プレジデントオンライン / 2024年3月13日 7時15分
■ブラジルでデング熱が大流行
南半球のブラジルでは今が夏の終わり。ブラジルの夏といえば、リオデジャネイロのサンバパレードが世界に知られる。サンバのリズムで踊る露出度の高い女性ダンサーの姿を思い浮かべる人も多いだろう。だが、2月11、12日に行われた今年のパレードは例年と大きく異なる点が一つあった。
パレード会場で、リオデジャネイロ州保健局スタッフがパレード参加者へ蚊よけスプレーを散布し、パレードの合間には宣伝車がデング熱対策キャンペーンを積極的に広報していたことだ。
デング熱は蚊を媒介して感染し、急激な発熱のほか、発疹、頭痛、骨関節痛、嘔気・嘔吐(おうと)などの症状が現れる疾患だ。毎年3億9000万人が感染していると推定されており、世界保健機関(WHO)は「2019年の世界の健康に対する10の脅威」の一つにデング熱を挙げている。
致死率は決して高くはないが、子供を中心に重症化することがあり、死に至ることもある。WHOは毎年2万人が死亡していると推計している。
世界の熱帯・亜熱帯地域を中心に感染が確認されており、ブラジルは全域がデング熱発生地域とされている。
リオデジャネイロ市の今年1、2月のデング熱感染件数は3万3254件で、たった2カ月で2023年1年間の感染者数1万9786件の168%を記録した。市はパレード1週間前の2月5日にデング熱による緊急事態宣言を発出し、市内にデング熱対策医療センターを10カ所設置した。
今、ブラジルではデング熱が例年以上に大流行しているのだ。
■サンパウロでは60億円がデング熱対策に投じられた
筆者の暮らすブラジル最大の都市サンパウロ市においては、3月5日にサンパウロ州政府が州全域におけるデング熱緊急事態宣言を発出。1、2月の感染件数は3万6984件で、やはり異例の件数を計上している。
筆者の実生活においても、自宅で蚊に刺されることが例年以上に多く、むしろ痒い経験からデング熱の感染拡大を調べ始めたほどだ。在サンパウロ日本国総領事館も2月に入って「サンパウロ州におけるデング熱の流行」のタイトルで、メーリングリストで在留邦人に注意喚起を流した。
サンパウロ州保健局は、2月6日に連邦政府保健省と連携したデング熱対策緊急オペレーションセンターを開設し、州の特別予算2億レアル(約60億5000万円)を市民への啓蒙(けいもう)と清掃強化に投じた。また同月26日にはウェブサイト「デング熱100の質問」を公開し、市民へ警戒を促している。
■空軍が野外病院を開設も医療崩壊状態
首都ブラジリアでも、今年1、2月の感染件数が4万2718件と、既に昨年1年間の感染件数2万3990件の178%となっている。ブラジル空軍は2月4日に仮設テントによる野外病院を設置し、5日から運用を始めた。空軍は6日朝8時までに行った診察を約1400件と報じている。ブラジリア連邦直轄区はリオデジャネイロ市より早い1月25日に緊急事態宣言を発出した。
ブラジリア連邦直轄区知事は2月22日、デング熱の感染拡大のために同区の病院では既に医療崩壊が生じていることを発表し、「深刻な事態だが、感染のピークはこれからだ」と語った。
ブラジルにおけるデング熱による死者数は近年増加傾向にあり、昨年は史上最多の1079人を数えた。近年の増加はエルニーニョ現象による高温多雨によってデング熱を媒介するネッタイシマカが繁殖しやすくなっているからだといわれている。
■武田薬品の「QDENGA」
そんな状況下でブラジル国家衛生監督庁(ANVISA)は昨年3月3日、デング熱ワクチンとして唯一、武田薬品工業の「QDENGA(キューデンガ)」を認可した。また同年12月22日、世界で初めて公共保健医療施設でデング熱の予防接種を無料で行うことを発表した。
QDENGAは、デングウイルス全4種により引き起こされるデング熱の予防を目的としたワクチンで、ブラジル保健省は4~60歳までを接種対象として承認した。国際臨床試験において高い有効性が確認されており、デング熱患者増加による医療施設への負担を軽減することが期待されている。
デング熱ワクチンは、フランス大手製薬会社のサノフィが先行開発していたが、感染歴のない子供が接種した場合、感染後に逆に重症化する事例があり、普及が進まなかった。
これまでのデング熱対策は、ボウフラ(蚊の幼虫)が発生しやすい水たまりなどを作らないよう市民に注意喚起するか、感染件数の高いエリアに殺虫剤を散布するしか手がなかった。QDENGAのワクチン無料接種は住民にデング熱への抗体を持たせる社会的免疫を促す画期的な施策なのだ。
ワクチン開発において日本は欧米の後塵を拝している。しかし、ことデング熱においては、世界保健機関がQDENGAを推奨していることもあり、武田薬品の独擅場(どくせんじょう)となりそうだ。ブラジルのほかに、インドネシアやEUでも承認されており、同社はQDENGAの年間売り上げを20億ドル(約3000億円)と見込んでいる。
■デング熱ワクチンの無料接種が始まった
2月下旬、いよいよデング熱ワクチンの予防接種キャンペーンが始まった。ブラジル全5565の市町村のなかから保健省が選定した521の自治体を対象とし、未成年から接種が行われた。
サンパウロ近郊のスザノ市では、2月20日から市内の24カ所の保健所で接種が始まった。スザノ市は、サンパウロ州に先駆けて2月14日にデング熱による緊急事態宣言を発出した。
キャンペーン2日目、小学6年生のアナ・ラウラ・シマンスキ・デ・オリベイラさんは母に連れられて市役所脇の保健所にデング熱ワクチンを接種しにきた。
「市役所のフェイスブックで予防接種ができることを知り、娘を連れてきました」と母親のカリーナ・ジオゴ・デ・オリベイラさん。昨年、カリーナさんの叔母がデング熱を患ったこともあり、娘にいち早くワクチンを接種させたくて保健所に駆けつけたという。
キャンペーンはまず同市在住の10、11歳を対象としているが、「成人の番が回ってきたら私も早く打ちたい」とカリーナさんも期待を寄せる。
同市保健局はワクチンキャンペーンの宣伝と普及のため期間限定で市内の大型ショピングセンター構内でも予防接種を行った。
■「入院患者を9割減らすことができる」
爆発的な感染拡大が続くブラジルで、武田薬品は年内にQDENGAワクチン660万本をブラジル保健省に納品することを確約し、2025年には900万本の供給を見通している。
また、世界においては2030年までにQDENGAワクチン1億本を供給する目標で、今年2月27日にはインドの医薬品企業バイオロジカルE社と戦略的提携を結び、インドで最大年5000万回分を製造することを発表した。現在QDENGAワクチンはドイツ・ジンゲン市の武田薬品工場で製造されているが、2025年にはワクチン製造のグローバルセンターも同市に新設する予定だ。
武田薬品のブラジル法人は創業70年の歴史がある。サンパウロ市内の営業事務所に加えて、サンパウロ州内陸のジャグアリウーナ市に工場を構えている。
「私たちの工場では、主に消化器科、神経科学の治療に関する医薬品を、現在37品目製造しています。ワクチンの製造は一般の医薬品と異なり、特別な衛生管理と生物学上の安全プロトコルを満たす必要があるんです。武田薬品は、ワクチン製造をブラジルでも行えるよう国の公的研究所と提携することを求めているところです」と武田薬品ブラジル法人ホセ・マヌエル・カアマーニョ社長は語る。
「実証実験では、QDENGAがデング熱による入院患者を90.4%減少させ、デング出血熱を85.9%減らすという結果が得られました。ワクチンキャンペーンが順調に進んでも、新規感染者を大幅に減少させるまでにはまだまだ長い道のりです。デング熱感染を減らすためにはワクチンキャンペーンに加えて、媒介する蚊の駆除や社会での啓蒙活動が不可欠なんです」
■デング熱の致死率は低いが医療体制を逼迫する
武田薬品はなぜブラジルでのデング熱ワクチンの供給に力を入れるのだろうか。
「ブラジルはデング熱感染件数において世界一で、死者数は全世界の5%を占めています。確かにインフルエンザなどと比較してデング熱感染による死者数は少ないです。しかし、デング熱感染とそれによる入院患者数の増加は、医療施設を著しく圧迫し、デング熱だけでなく他の病気の患者への対応が手薄になります。その点からも、やはりワクチンキャンペーンが必要なんです」
2024年度、ブラジルはデング熱感染件数において史上最多の500万件となることが予測されている。QDENGAという新たな武器とともにブラジル社会が今年1年どう戦っていくか、感染症分野における世界の注目が集まりそうだ。
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ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター
ブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de São Paulo』(BEĨ)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。
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(ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀)
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