吉村府知事は現実を知らなさすぎる…日本の大学で「秋入学・英語公用化」は実現不可能といえるこれだけの理由
プレジデントオンライン / 2024年3月14日 10時15分
■大阪公立大学が秋入学と英語公用語化を目指すワケ
2024年2月9日、大阪府と市による副首都推進本部会議は、大阪公立大学で将来的に全学での秋入学の方針を示しました(大学院と工学部などで先行導入)。併せて、吉村洋文・大阪府知事は大学の公用語を英語とする方針を記者会見で打ち出しました。
なぜこんなことを打ち出したのでしょうか。
大阪公立大学は2022年、大阪府立大学と大阪市立大学が統合して誕生した公立大学です。両校はもともと規模が大きく、この統合により東京都立大学を抜いて、日本で一番学生数の多い公立大学となりました。
この統合には設置者の大阪府・大阪市の意向が強く働いており、大阪都構想を先取りする形となりました。当初の英語表記は「University of Osaka」。しかし、大阪大学の英語表記が「Osaka University」であり、紛らわしいとの指摘がありました。その後、大阪大学との協議を経て英語表記は「Osaka Metropolitan University」に落ち着いています。
この英語名称の騒動からも、グローバル化を強く意識しており、今回の施策もその一環と見られています。
果たしてこの施策は、大学のグローバル化につながるのでしょうか。
日本でこうした「秋入学・英語公用化」が現実的に実現可能かどうかも含め検証してみたいと思います。
■これまでにあった秋入学論争
まずは秋入学について。1980年代から現在まで秋入学論争が4回、起きています。
1987年(中曾根康弘内閣の臨時教育審議会)、2007年(安倍晋三内閣の教育再生会議)、2011~2013年東大、2020年(コロナ禍による休校措置からの署名活動)の4回です。
それぞれ背景や経緯は微妙に異なりますが、4回とも推進派の敗北となりました。
秋入学が導入されなかった理由は4回とも同じです。1校のみ、または大学の秋入学導入だと、高校卒業後と大学卒業後にそれぞれ数カ月の空き期間が発生する、空き期間で語学留学などをすると家庭負担が増える、そもそも、他の教育機関が春入学のところに大学だけだと整合性が取れない、などなど。
全ての教育機関を秋入学に移行する場合は、最低でも30本もの法律変更が必要となります。さらに、移行期間における教員・場所の確保などで1000億円単位の投資が必要ですし、家計負担も大きなものになります。
費用対効果があまりにも悪すぎ、結果として秋入学は見送られ続けています。
大阪公立大学の秋入学構想は戦後5回目となりますが、論点は同じです。まして1校だけとなると、かつては東大も検討し、結果として断念しました。
■企業側からの本音
そのうえ、大阪公立大学は地元出身者が約4割を占める、公立大学です。
グローバル志向の学生もいますが、どちらかといえば、地元志向ないし国内志向の学生が多数です。実際に大学が発表している「過去5年間就職先ランキング(学部)」の22年度を見ると、1位大阪市役所、2位大阪府庁、3位オービック、4位大阪国税局、5位大和ハウス工業となっています。
関西の企業に就職する場合、卒業から就職までの空白期間をどうするか、という問題に直面します。
学生の方はギャップイヤーで対応(大阪府側がその期間の活動費を補助するなど)するとしても、です。
地元企業からすれば「さっさと就職させてくれ」が本音でしょう。しかも、大阪公立大学と他大学出身者を、どのように整合させるのか、企業からすれば手間が増えるだけです。
こうした問題を考えると秋入学については、大阪公立大学も5回目の「敗北」となる可能性が高いでしょう。
■英語ができない教師はどうするのか
では、英語公用語化はどうでしょうか。
こちらも大阪公立大学については批判的な見方が多数です。
大阪公立大学に限らず日本の大学は日本語による授業が基本です。これを英語に変えるとなると、専門知識や教育力だけでなく英語力にも優れた教員が必要となります。
一方で、英語力が劣り英語での授業ができない教員はクビにするのか、という話にもなってしまいます。下手すれば労使紛争となってしまいかねません。
教員側だけでなく、学生の方も問題です。授業はゼミなど少人数授業も含みます。学生も発言することで成立するわけですが、英語公用語化となると、ゼミでの発言も全て英語になるはず。そこまで英語力の高い学生は多くありません。
文部科学省「令和3年度英語教育実施状況調査」によりますと、2021年時点でCEFR A2レベル(英検準2級)相当以上を取得、もしくは取得していないが相当以上の英語力を有している高校生の割合は46.1%でした。
大阪公立大学は難関国公立大の一角ですので平均よりも英語力は高いでしょう。それでも最初から話せるかどうかは別です。よほどしっかりとした導入教育を展開しないと、少人数事業では発言できない学生を量産するだけになってしまいます。
こうした問題点は全学での一斉導入でも一部学部での先行導入でも同じです。
■英語公用化した楽天のケース
大学ではないですが民間企業で英語を公用語化した事例として知られるのが楽天グループです。同グループは2012年7月より正式に英語化に移行。幹部会議などは海外事業だけでなく国内事業でも英語で進められることになりました。
創業者で現在も楽天代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏は朝日新聞インタビュー(2021年3月17日公開)で英語公用語化について、次のように話しています。
その反面、「煩雑な作業が増えただけで無意味」と懐疑的な意見が社内外からはあがっています。
楽天グループは今年2月14日、2023年12月期の連結決算で最終損益が3394億円の赤字であることを発表しました。三木谷氏の「成功しつつある」が正しければ、もう少し違った結果になっていたことでしょう。
■東大が選んだ新課程という道
2月19日には読売新聞朝刊が東大の新課程設立構想を報じました。
「世界水準の研究や人材育成を目指し、東京大学が2027年秋に新学部に相当する5年間一貫の教育課程を創設する方針を固めた。医学から文学まで、東大が持つ教育・研究資源を最大限に活用した文理融合型の課程で、気候変動や生物多様性など、従来の縦割りの学問領域では解決が難しい地球規模の課題に対し、解決策を導くことができる人材を育てる。
新課程は、学部の4年間と大学院修士の1年間を合わせた5年制。(中略)世界中から優秀な学生を集めるため、欧米の大学で主流の秋入学とし、授業もすべて英語で行う」(読売新聞オンライン 2月19日配信記事)
大阪公立大学と東大、どちらも秋入学と英語公用語化という軸については全く同じです。
ところが、大学・教育関係者の間では反応がきれいに分かれました。
大阪公立大学については厳しい見方が大半を占める中、東大については好意的な反応が多数です。同じ英語公用語化、同じ秋入学であるにもかかわらず、なぜ東大は反応が違うのでしょうか。
その理由は全学・一部導入ではなく、新課程の新設だからです。
■デメリットは承知の上
前記の読売新聞記事は教員についても触れています。
既存学部の教員だけでなく、民間や海外からも広く招聘する、とあります。つまり、英語力が低く授業展開も難しい教員をどうするか、と悩む必要がありません。
学内外とも、新課程の理念に共感できて英語力の高いことを応募条件にすればいいだけです。これは学生も同様です。募集要項には秋入学と英語力の高さを明記することでしょう。それで、合わないと思った受験生は既存学部を、合うと思った受験生は新課程を、それぞれ選択していきます。
受験生側も納得したうえでの受験・入学ですから、秋入学や英語公用語化のデメリットも承知の上。
それに、新課程の定員は「1学年100人程度」(前記・読売新聞記事)。うち日本人学生は半数程度、とあります。それくらいの人数であれば、グローバル人材を求める企業であっという間に就職も決まっていきます。
仮に、大学卒業後から就職まで間が空いたとしても、それを苦にする学生はいないでしょう。受験前から分かっている話であり、むしろ、その空白期間(ギャップイヤー)を利用するくらいの学生が集まるのではないでしょうか。
■東大と大阪公立大の反応の違い
まとめますと、大阪公立大学は全学で秋入学・英語公用語化とも導入しようとしているので批判されました。一方、東大は新課程の新設で秋入学・英語公用語化とも導入しようとしているので好意的な反応が相次ぎました。
東大の場合、2011~2013年に全学で秋入学に移行しようとして、結果、断念に追い込まれた、苦い経験があります。
一方で、グローバル化の推進には強い思いがあります。だからこそ、今回は全学ではなく、新課程の新設という部分導入を選択したのでしょう。
今回の新課程は文理融合型ですが成功すれば、新課程の定員増や新課程から別の課程を分離独立させるなど、次の展開も考えられます。
グローバル化の推進と現実、両方のバランスを取った方策と言えます。
もっとも、他大学でも既存学部とは別にグローバル系の学部を新設することですみ分ける方策を取っています。
早稲田大学国際教養学部や法政大学グローバル教養学部などがその典型例です。
■現実を無視した案
大阪公立大学の秋入学・英語公用語化案を取材していると、どうも、吉村知事の理念が先行し過ぎた、との評もあります。
だからこそ、現実を無視した案が出て、批判されることになってしまいました。
グローバル化について全否定する大学関係者は多くありません。私も長年、取材していて国立・公立・私立問わず、グローバル化は必要、と考えます。
仮にグローバル展開している企業ではなく、国内需要が中心の企業への就職でもグローバル化の影響は出ています。観光・運輸業界はインバウンド需要への対応が必要です。商社・メーカーでも国内中心でありつつ、海外企業と取引している企業は多くあります。就職先がグローバル企業であってもなくても、大学はグローバル人材をどのように育成するか、問われる時代にすでに入っています。
しかし、理念先行だと現実が伴わず、「総論賛成・各論反対」となってしまいます。
大阪公立大学の秋入学・英語公用語化案はまさにその典型例となってしまいました。
大阪公立大学が本当にグローバル化を考えるのであれば、東大・新課程や早稲田大学、法政大学などのように、まずはグローバルを前面に出した学部を新設することです。
そうすれば、グローバル化という理念と現実、折り合いがつくのではないでしょうか。
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大学ジャーナリスト
1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。主な著書に『改訂版 大学の学科図鑑』(ソフトバンククリエイティブ)など累計33冊。近著に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2026年度版』(講談社)がある。
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(大学ジャーナリスト 石渡 嶺司)
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