受験と関係のある授業は皆無…日本屈指の進学校・筑波大学附属で行われている他ではありえない授業内容
プレジデントオンライン / 2024年3月20日 10時15分
■AI時代を生き抜くために必要な学習法
ここで皆さんに、1つ考えてみてほしいことがあります。現代のように多様化した社会では、「正解のない時代」という言葉を耳にすることがあると思います。では、正解のない時代を生き抜くためには、受験勉強に限らずどのような学びが必要になるのか?
その答えこそが、探究を目指すプロジェクト型の学びだと私は考えています。そもそも、プロジェクト型の学習法とは、1990年代初めにアメリカの教育学者であるジョン・デューイが唱えた学習法です。
自ら課題を見つけて解決していく学習法で、このプロジェクト型の学習法によって課題解決能力や実践能力が育まれるといわれています。
皆さんもご存じかと思いますが、プロジェクト型の学習法は、何もひとりで行うだけではありません。授業中に少人数のグループをつくり、メンバーとともに問題発見や課題解決のためにいくつもの仮説を立て、実験や検証を繰り返しながら答えを見つけるまでのプロセスを重視する学習法でもあります。
こうしたプロジェクト型の学習法が注目されている背景には、文部科学省が推し進めている「アクティブ・ラーニング」があります。アクティブ・ラーニングとは、「能動的学習」とも呼ばれるもので、学習者(主に児童、生徒、学生)が受け身ではなく、能動的に学びに向かうよう設計された学習法のことです。
■受け身ではなく、能動的に学ぶ
文部科学省がアクティブ・ラーニングを推進している大きな理由の1つは、従来のような受け身の授業や学習では、情報化社会やグローバル化といった社会的変化のスピードに適応するのが難しいという現実があることです。
そこで、多様な社会のなかで個を磨き、自分を位置づける力を養うために必要なのがアクティブ・ラーニングであり、プロジェクト型の学習法でもあるということです。
アクティブ・ラーニングも、プロジェクト型の学習法も、受け身ではなく、能動的に学ぶことで得られること、つまり「深掘り学習」なのです。どんな学びであっても、深掘りしていくことでたくさんのことを学べます。
そこから好奇心や興味という枝葉が出ると、その枝葉をさらに深掘りして多くのことを学べるようになっていく。こうした学びを重視しているのが、次に紹介する当時の筑波大学附属高校だったというわけです。
■勉強だけの学校ではなかった筑波大学附属高校
「文武両道」とは、本来、武家の男子に対して、「文(学問)」と「武(武芸)」を両立しなければ、立派な武士にはなれないという教訓的な意味を持っていました。転じて現代では、勉学と運動(スポーツ)の両面に秀でているという意味で用いられている言葉です。
筑波大学附属高校は日本有数の進学校でしたが、「勉強だけの学校ではないですよ」と強くアピールしていたともいえます。独自の文武両道を掲げ、生徒の自主・自律・自由を重んじ、学問やスポーツなどの活動における協同体験を大切にしています。
そのため、部活動でスポーツをやっている生徒は校内でもイキイキとしていて、私も例に洩(も)れず馬術部に入部し、部活動に励んでいました。
ところが、この文武両道というのがなかなか難しい。私を含め運動部に入っている人たちは、勉強そっちのけで部活動に没頭したものです。特に高校1年生から2年生にかけてはひたすら馬術部の活動に集中していました。もちろん部活動をしながら、予習と復習をはじめとした私に合う方法で勉強を続けていました。
しかし、運動部で部活動に励めば励むほど多くの時間を取られます。そのため、効率よく勉強しなければならない状況に追い込まれました。いつも時間が足りないので、宿題もテストの準備も、さらに効果的に進められる方法を見つけなければならなかったのです。
■勉強しているだけでは得られないこと
ただ、運動と勉強を両立させようとして気づいたことがあります。それは、運動による学習の効果、記憶力や集中力の向上です。中学生のときほど勉強しなくても、自然と頭に入って記憶できるのを実感したのです。
記憶力の向上について、メカニズムを簡単に説明しておきましょう。運動をすると脳に酸素が多く供給され、そのため脳が活性化して、記憶力がアップするというわけです。
つまり、勉強で必要な記憶力をアップさせるには、ただ机に向かって勉強するよりも、運動とセットにするほうが、その効果を倍増させることができるのです。さらに、運動すると脳の血流がよくなって集中力が高まるだけでなく、体内でドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質の分泌が活発化し、やる気をアップさせてくれるので、前向きな気持ちで勉強に取り組むことができます。
このような効果は、ただ机に向かって勉強しているだけでは得られないということを、私はこのとき学びました。
いま思えば、筑波大学附属で「文武両道」が尊ばれる理由がわかる気がします。勉強と運動を両方頑張ることで、学習効果が倍増することを生徒に知ってもらいたいという考えが根底にあったのかもしれません。
その一方で、ある別の問題にも直面しました。それは、筑波大学附属の授業スタイルです。
■受験と関係のある授業は皆無
筑波大学附属は進学校だったので、受験に沿って授業を進めていくというイメージを皆さんお持ちかもしれませんが、まったく違っていました。むしろ受験と関係のある授業は皆無だったといえます。
具体的にどのような授業を受けていたのかというと、ひと言でいえば「先生が好きで、教えたい授業」です。
たとえば、地理の授業では教科書はいっさい使わず、ただただ地図を読んだり、あるときには地図に関する新書を1冊読んでレポートを書いたりもしました。
通常、高校の授業では、教科書を万遍なく学ぶものです。新書を1冊読んでレポートを書くというのは、おそらく大学レベルの授業です。そのおかげで地図に関しては、異常に詳しくなりましたが……。
当時の私は、「こんなことをやっていてもまったく受験の役に立たないのでは?」と不満に思ったこともありました。ですがいま考えれば、当時の「深掘り型の学習」が私の学びのレベルを上げてくれたのだと実感しています。実際に、このとき取り組んだ深掘り型の学習が思考の深みへ自分を導いてくれ、幅広い知識の獲得につながっていきました。
深掘り学習と次の項で紹介する融合学習による学びこそが、その後に大学で勉強していくうえで、必要不可欠な勉強法だったと気づくことができたのです。
■倫理・社会の先生によるすごい授業
高校時代、常々感じていたことがありました。「科目というのは、人工的につくられたものに過ぎないんだな」ということです。つまり、科目の区切りはそれほど重要ではないということ。
それを教えてくれたのが筑波大学附属高校の倫理・社会の先生でした。おそらく、科目の垣根を越えて「これは絶対に教えておきたい」と思うことがあったのでしょう。
その先生は教科書をほとんど使いませんでした。たとえば、明治時代以降の民主主義を学ぶという授業を延々とやっていた時期があったのですが、いろいろな登場人物が出てきました。ほとんど知らない人だらけで、私を含め生徒の多くは戸惑いを隠せませんでした。
皆さんは、植木枝盛という歴史上の人物をご存じでしょうか。植木枝盛は土佐藩出身の思想家・政治家で、板垣退助に影響を受け、自由民権運動の理論的指導者として立志社・自由党を結成するなどで活躍した人物です。
植木枝盛については名前を知っている程度で、通常はそれほど詳しく教わらないでしょう。ですが、その先生は授業のコマを3つも4つも使って、ひたすらこの植木枝盛という人物に関する授業をするのです。
■なぜ超マイナーな人物を取り扱うのか
すると当然、生徒たちは「また植木枝盛?」となります。それなのになぜ、先生は多くの時間を割いて植木枝盛の授業をしたのか?
植木枝盛という個性的な思想家・政治家の活動を通じて、その時代の社会構造や取り巻く環境が何となく理解できるようになるから、ということでしょう。
倫理・社会に限らず、教科書に出てきた人物を丸暗記するのでは、その人物が何をやっていたのか、その時代にどのような役割を担っていたのかといったことがわかりません。それでは知識の深みにたどり着けるどころか、現代と比較して当時の社会がどのような状況にあったのかなどということを想像すらできません。
植木枝盛の時代に民主主義が徐々に抑圧されていき、続いて軍国主義が台頭して、やがて戦争に突入していった。そういう時代の流れを知るためには、重要な役割を担った人にフォーカスして、史実と関連づけて学んでいくと理解しやすくなるのです。
その先生は、自身の好みで人物選択をして授業をしていたのですが、いま思えばそれこそが完全な深掘りと融合のハイブリッド学習になっていたのです。
■倫理の授業なのに科学を学べる
ほかにも、その先生が深掘りした題材に足尾鉱毒事件がありました。足尾鉱毒事件とは、明治時代に栃木県と群馬県の渡良瀬川周辺で起きた、日本初の公害事件です。
足尾銅山は、明治時代に国内一の産出量を誇る銅山でしたが、その一方で開発による排煙、鉱毒ガス、鉱毒水などの有害物質が周辺環境に著しい影響をもたらし、流域の水産物や農作物にも大きな被害を与えていました。
こうした状況に対して、周辺住民の抗議運動が高まります。この抗議運動の中心には、地元の政治家・田中正造がいました。田中正造は、この問題を国会で取り上げ、さらに各地で演説を行っては、国民の関心を足尾鉱毒事件に向けようとしました。
田中正造の活動が実り、政府は調査委員会を組織して鉱毒防止令を制定しましたが、その後も鉱毒被害の科学的調査は進まないまま、1973年、足尾銅山は閉山したのです。その先生は、この事件について延々と授業を続けました。
いうまでもなく、こうした深掘り型の授業が倫理・社会という科目の垣根を越えて、現代社会における科学の発展と環境の問題に通じているわけです。
■科目というのは絶対ではない
また、地学では、理学博士号を持った先生がひたすらプレートテクトニクスを教える授業がありました。地球全体のプレート構造について理解を促すと、そこから地球の内部に話が続いていき、これが一種の地球科学と融合し、さらに物理学へとつながっていくのです。
あるいは、発表当時は誰も信じなかった、ドイツの気象学者(いまなら地球物理学者)アルフレート・ヴェーゲナーの大陸移動説を紹介するというように、次から次へと科目を横断しながら融合的な学びへとつなげていくのです。
こうした学習を通じて、私たちはあることに気づくことができます。科目というのは一応は分類されてはいても、科目を横断しながら深掘りをしていくとまったく違う科目につながっていき、科目の枠を超えた融合的な学びへと発展させていけるということです。
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サイエンスライター
1960年、東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学専攻)、東京大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学理論専攻)。理学博士。大学院を修了後、サイエンスライターとして活動。物理学の解説書や科学評論を中心に100冊あまりの著作物を発刊。物理、数学、脳、宇宙など、幅広いジャンルで発信を続け、執筆だけでなく、テレビやラジオ、講演など精力的に活動している。
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(サイエンスライター 竹内 薫)
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