1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「安い服がほしい」だけではない…日本の若者が中国ブランドSHEINの「1000円Tシャツ」を買う本当の理由

プレジデントオンライン / 2024年3月26日 8時15分

画像=「SHEIN」公式サイトより

中国発の「SHEIN(シーイン)」は、洋服の多くが1000円前後で買える激安ブランドで知られている。経営学者の宮下雄治さんは「中国企業のECはこれまで返品対応が悪かったが、最近はそうした『泣き寝入り』はほぼゼロになった。背景には中国企業のしたたかな戦略がある」という――。

※本稿は、宮下雄治『こうして顧客は去っていく サイレントカスタマーをつなぎとめるリテンションマーケティング』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。

■「返品対応に関するレビュー」まで依頼する周到さ

筆者は中国企業のECをよく利用してきましたが、最近ではサイズ違いや不良品などで返品を要求すると、ほとんどの場合でスムーズに対応してくれます。かつてよく遭遇した泣き寝入りの経験は、ここ数年ではほぼゼロです。購入者の怒りを鎮火して不満を抑えることが目的と思われますが、素早い返品・返金処理がなされます。

ECでの買い物で、返品に応じてくれなかったケースや、応じてくれたとしても返送料が高くつくことで泣き寝入りした経験をしたことがある方もいるでしょう。そのような場合、次の機会も当該企業を積極的に利用したいと思えるでしょうか。「品質が悪い!」という商品に対する印象だけでなく、「対応が悪い!」「失敗した!」というネガティブな印象のみが残りやすく、結果として、顧客は去っていくでしょう。

ECが発展を遂げた中国では、企業に返品・返金を要求し、その迅速な対応に安堵(あんど)するや否や、「返品・返金対応に関するレビュー」の依頼が届きます。商品に対する不満を返品対応でカバーすべく、低評価のレビューを少なくする狙いを読み取ることができます。

むしろ、返品対応で高評価レビューに置換させる中国企業のしたたかさを感じます。

■「そこまでしてくれるの?」とプラスの評価に転換する

グローバルに急成長を遂げているSHEIN(シーイン)では、原則、返品は無料になりました。そして、24時間以内に宅配業者が荷物を引き取りにきます。返品依頼をすると24時間のタイマーが起動します。これは商品を出品している業者に向けたタイマーであり、24時間以内の返品対応を義務づけています。

中には、不良品の交換を依頼した際に、「返品なし返金」で対応されることがあります。これは、「返金には対応するが、商品の返送は不要」というものです。

返品を受けつけないのは、輸送コストの負担が大きいことに加え、返品対応の手間などユーザーの負担やストレスをこれ以上増やし、低評価レビューが増えることを危惧した対応とも言えるでしょう。

こうしたクレーム対応により、顧客の怒りの大部分を鎮火することができます。それどころか、顧客に寄り添った対応は「そこまでしてくれるの?」というプラスの評価に転じ、クレーム客からファンへ変える力もあるのです。

■コスパを重視する人は45.2%にも上る

消費者庁の調査(2022年)において「費用対効果(コストパフォーマンス:コスパ)を重視する」に「当てはまる」(「とても当てはまる」または「ある程度当てはまる」の計)と回答した人の割合は、全体で45.2%となり、「当てはまらない」(「ほとんど・まったく当てはまらない」または「あまり当てはまらない」の計)18.1%を大きく上回る傾向が見られました。

年代別に見ると、コスパを重視する世代は20代と30代がともに65.0%と最も高く、以下、「10代」(58.3%)、「40代」(54.7%)が続きます。50代以降になると、コスパを重視する比率が半数を切り、60代では35.1%、70代では25.8%と低下していきます。

この結果から、年齢層が高くなるほど収入面にも余裕が出てくることから、コスパをそれほど重視しない傾向が示唆されました。

「不満があってサブスクの利用をやめた経験の有無」を聞いたアンケート結果において、サブスクの離脱理由に「経済的な余裕がなくなった」が女性の回答の上位にありました。

■なぜSHEINは若者に支持されるのか

日本経済新聞社が20代から60代の男女1000人に行なった調査で少子化が進む理由を問うと、最も多かった回答は「家計に余裕がない」の74.5%でした。「現役世代への家計支援が不足」「日本の将来への不安」も3割を超えました(日本経済新聞、2022年11月22日朝刊)。

今、20代30代の若者を中心に国民の将来不安は尽きません。コロナ禍で停滞した経済活動による景気後退に加え、足元では物価高や光熱費の高騰などで生活への負担が一段と増しています。

また、日本における育休取得率(2022年)は、男性が17.1%で過去最高になりましたが、女性の80.2%に比べ依然低い割合です(厚生労働省「令和4年度雇用均等基本調査」)。女性への過度な育児負担はいまだ大きな課題であり、早急な見直しが必要であることが顕著にわかります。

将来への不安や、不安につながる経済的リスクへの意識がいまだ日本社会には根強く、サブスクやデジタルサービスを「不満や嫌いでやめる」のではなく、「消極的理由」で断捨離していく消費者の存在が浮かんできます。

冒頭でも紹介したSHEINでは、徹底的にコスパを追求し、数百円から1000円台、高くても3000円台程度の価格帯の洋服からアクセサリーを豊富に品揃えしたうえ、毎日、膨大な数の新製品がアプリで更新されていきます。

さらに、顧客の探索コストを抑えるために、検索や絞り込み機能が充実し、強力なレコメンド機能やユーザーのUGCを充実させるなど、現代の若者の価値観に合致したビジネスを展開しています。

■「億万長者のように買い物をしよう」で急成長

同じく、中国発雑貨系ECのTemu(ティームー)も飛ぶ鳥を落とす勢いで急速に世界のマーケットで存在感を高めています。SNSで怪しさすら感じるほどの激安な商品の広告を目にする機会が増えたこのECは、中国で共同購入型ECとして有名な拼多多(ピンドゥオドゥオ)が2022年にリリースした格安越境ECです。

同社はSHEIN同様に極めて短期間に海外市場でシェアを拡大させることに成功しています。2022年9月、アメリカでのサービス開始を皮切りに、オーストラリアやニュージーランドに拡大し、2023年にヨーロッパ、そして同年8月に満を持して日本でリリースとなりました。

世界が物価高の波に飲み込まれる中、「億万長者のように買い物をしよう」をキャッチコピーにしたTemuの価格戦略は世界の顧客を惹きつけるのに十分に値します。

しかし、「支払う価格が安い」イコール「コスパにすぐれている」というわけでは当然ありません。

■「出かけて選ぶ手間」を省いた日本のサブスク

プロのスタイリストが厳選した3着が毎月自宅へ届く「airCloset(エアークローゼット)」を例に挙げると、サービスの利用料金自体は1万円ほど(レギュラーコース)かかりますが、借りられる服を購入した場合の総額や利便性を考えればコスパにすぐれたサービスとして評価されています。

「air Closet」公式サイト
画像=「airCloset」公式サイトより

ここで言う「コスパ」の良さとは、単に「支払う価格」だけでなく、「買い物に出かける手間」から「商品を選ぶ手間」、さらには「メンテナンスの手間」までを含めたコストとの比較なのです。

エアークローゼットのサービスでは、登録時のファッションタイプ診断で、好みの系統とコーデ例などを把握したのちに、プロのスタイリストが診断結果をもとに300以上のブランドからセレクトした服が自宅に届きます。

スタイリストからのアドバイスを参考に手持ちの洋服などとコーディネートを楽しむことができ、アイテムの交換回数は無制限でできます(レギュラーコース)。納得するまでスタイリングし直してくれるとともに、納得するまで実際に商品を試してから会員限定価格で購入することもできます。着用後のクリーニングやメンテナンスなど面倒な作業は利用客が行なうことはありません。

■解約手続きをあえて簡単にしている理由

顧客にとっては買い物の失敗を回避する、新しい洋服の買い物スタイルとして、同社のサービスは瞬く間に支持を受け、サービス開始から8年(2023年2月)で会員数が100万人を突破しました。

宮下雄治『こうして顧客は去っていく サイレントカスタマーをつなぎとめるリテンションマーケティング』(日本実業出版社)
宮下雄治『こうして顧客は去っていく サイレントカスタマーをつなぎとめるリテンションマーケティング』(日本実業出版社)

一般的にアパレルのサブスクは多くの企業が参入し、その多くが短期間で撤退しています。同社やアメリカのStich Fix(スティッチ・フィックス)のようにAIによるスタイリングを導入している企業が支持を集めています。AIによる予測の精度を高め、1人ひとりの理想のスタイルにいかに近づくことができるか、これがサービス継続のカギをにぎります。

そして、同社にはもう1つ、顧客が「帰ってくる」という特徴があります。

エアークローゼットの代表取締役社長兼CEOの天沼(あまぬま)聰氏は、顧客体験の重要性を強調しながら、解約については次のように言及しています。

「解約の手順をわかりにくくする、無理に引きとめるといったことも、もちろん行なっていません。解約したい方には、すぐ簡単に解約できるようにマイページなども工夫しています。そのうえで、もう一度始めたい人はスムーズに再開できるようにしています」(FiNE HP)

■「戻りやすさ」も重要なマーケティングになる

解約を防ぐための1つの手段として、年間契約の顧客には割引を用意する一方で、解約したい顧客には縛りを設けるなどの無理強いはまったくしていません。これが奏功していることは、「当社の月額会員に登録する方のうち10%強が、過去に解約して再開するお客様です」というコメントから、わかります。

コスパにすぐれているだけではなく、解約にいたるまで“すぐれた顧客体験にフォーカスすること”がリテンションマーケティングにおいて重要であることがわかります。天沼社長の次のコメントがそれを証明しています。

「気持ち良く解約してもらえれば、長くファンでいてくれます。そうすれば、またお客様のご都合が良いタイミングで戻ってきてくださると、定量的なデータでも確認できています」(FiNE HP)

----------

宮下 雄治(みやした・ゆうじ)
國學院大學経済学部教授
東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退。経済学博士。主な研究領域は、リテンションマーケティングとデジタルを活用したマーケティング。国内大手広告会社にて消費財メーカーのプロモーションの立案業務に従事したのち、流通のシンクタンクにて小売企業のCRM(顧客管理)業務とプロモーションの効果測定に携わる。その後、城西国際大学を経て現職。中国のデジタル経済の動向やプラットフォーマーのAIやフィンテックを活用したビジネスを長年にわたり取材し、メディア寄稿や講演、学会での発表を行っている。主な著書に『米中先進事例に学ぶ マーケティングDX』(すばる舎、2022年)、『新時代のマーケティング』(八千代出版、2023年)がある。

----------

(國學院大學経済学部教授 宮下 雄治)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください