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同じ知事でもここまで違うのか…「富士山2000円徴収」を決めた山梨・長崎知事と口先だけの静岡・川勝知事

プレジデントオンライン / 2024年3月15日 5時15分

富士山では弾丸登山が社会問題化している - 筆者撮影

山梨県は、富士山の環境保護対策の一環として、今夏より登山客から一律2000円の入山料を徴収することを決めた。一方で、静岡県には目立った動きはない。ジャーナリストの小林一哉さんは「富士山頂の所有権を巡る経緯を鑑みれば、静岡県側でも入山料を徴収することは可能だ。リニア問題で口酸っぱく環境保護を訴える川勝知事はなぜ動かないのか」という――。

■山梨県が「入山料2000円徴収」を決定

山梨県議会は3月4日、富士山の環境保全を目的に長崎幸太郎知事が提案していた、登山客から一律2000円を徴収することや、人数制限などを行うことなどを盛り込んだ条例案を全会一致で可決した。

富士山は国際自然保護連合(IUCN)から世界で最も危機的な国立公園の1つとされ、その過剰利用の改善が求められてきた。

コロナ禍以後、弾丸登山など富士山の頂上に押し寄せるオーバーツーリズム(観光公害)がさらに顕著になっているだけに、山梨県の初の試みは世界中から注目されるはずだ。

■静岡県は「徴収はできない」と消極的

山梨県の富士山保全条例の可決を受けて、同じく富士山登山道を持つ隣県の静岡県の県議会文化観光委員会でも、桜井勝郎県議(無所属)が「なぜ、静岡県でも入山規制ができないのか」とただした。

静岡県議会文化観光委員会で富士山入山制限についてただす桜井県議
筆者撮影
静岡県議会文化観光委員会で富士山入山制限についてただす桜井県議 - 筆者撮影

担当の富士山世界遺産課は「山梨県の場合、県有地である吉田口登山道5合目に『ゲート』を設けて、通行料として2000円を徴収する。静岡県の場合、富士宮口、御殿場口、須走口の3つの登山道とも林野庁の管理する、国有地である。県有地ではないから、山梨県のような通行料は徴収できない。現状では静岡県では入山規制を行うことはできない」と回答した。

これに対して、桜井県議は「富士宮市にある富士山本宮浅間大社、お浅間(せんげん)さんと協力すべきだ」とこれまでの県の対応を改めるよう求めた。

いったい、どういうことか?

■徳川家康が決めた「富士山頂の所有権」

富士山は2013年7月、日本人の「信仰の対象」として世界文化遺産に登録された。名山として、その美しい景観が認められたわけではない。

世界文化遺産に認められた「富士山信仰」と切っても切れない特別の関係にあるのがお浅間さんである。

富士山本宮浅間大社
筆者撮影
富士山本宮浅間大社 - 筆者撮影

富士山本宮浅間社記によると、日本人の富士山信仰は、垂仁天皇3年(紀元27年)に富士山麓に浅間大神をまつったのが始まりとされている。

景行天皇40年(110年)にはヤマトタケルがやはり浅間大神をまつった。その後の長い歴史のなかで、源頼朝、北条泰時、武田勝頼らの武将が社殿を造営したことが記されている。

最も関係が深いのは、「一富士、二鷹、三茄子(なすび)」を好むものに挙げた徳川家康である。「一富士……」は、正月の初夢に見ると縁起の良いもののたとえとされた。

関ヶ原の戦いに勝利した家康は、応仁の乱のあと、長い戦乱の続いた日本の平和を願い、1604年、現在の社殿様式となる浅間造りの豪壮な社殿を寄進した。

1609年、家康は、ご神体として富士山頂上を浅間大社の支配とすることを認めた。

1779年には、徳川幕府は宗教上欠くことのできない奥宮境内地の富士山8合目以上を浅間大社所有と認め、幕府の裁許状を与えた。

これで富士山の8号目以上が正式に浅間大社の所有と認められた。

■「富士山頂は誰のものか」は政治問題に発展

江戸時代には、富士登山に関係する山小屋経営などはすべて浅間大社の許可を必要とした。

明治時代に入ると、国による政教一致の政策が行われ、全国のご神体山と同様に、富士山8合目以上も浅間大社所有から国有地とされた。

戦後、政教分離の原則に基づき、国有財産の処分に関する法律が施行された。この法律で、ご神体山は神社に返還されたが、富士山は返還されなかった。

このため、1948年、浅間大社は宗教上欠くことのできない富士山8合目以上の返還を求めた。

1952年になって、ようやく富士山8合目以上を浅間大社へ返還する方向で話が進んでいた。

ところが、山梨県民らを中心に「富士山頂私有化反対同盟」などが結成され、国会周辺でむしろ旗を連ねるなどの強硬な反対運動が起こった。

政治問題に発展した結果、衆議院行政監察特別委員会は「富士山8合目以上を国有のままとして、そのための特別立法をすることが望ましい」とする意見書を当時の大蔵大臣に提出した。

■最高裁判決で富士山頂は浅間大社のものに

膠着(こうちゃく)した状況が続く中、浅間大社は、1957年に国を相手取り、富士山8合目以上の返還を求める訴訟を起こした。

1962年、名古屋地裁は徳川幕府の裁許状などを根拠に浅間大社の訴えを認めた。

高裁でも国が敗訴、最高裁は1974年4月、国の上告を棄却して、富士山8合目以上を浅間大社の所有と認めた。

それでも、国はすぐには最高裁判決に従わなかった。

2004年12月になってようやく、財務省は富士山8合目以上の払い下げ譲与決定通知書を浅間大社に交付した。

浅間大社は、晴れて富士山頂上付近をご神体として守っていくことができることになった。

富士山本宮浅間大社奥宮(写真=名古屋太郎/CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0/Wikimedia Commons)
富士山本宮浅間大社奥宮(写真=名古屋太郎/CC-BY-SA-3.0,2.5,2.0,1.0/Wikimedia Commons)

以降、富士山8合目以上は、静岡県側だけでなく、山梨県側でもすべて浅間大社奥宮の境内地である。

だが登山者にとっては、富士山頂が神社の神聖な場所であることは全く関係なかった。

山梨県側では今夏から入山規制が始まるが、昨年と今年とで、山梨県の県有地について、どこか違う事情があるわけではない。

長崎知事は、昨シーズンのあまりにもひどい弾丸登山などを踏まえ、これまでと全く同じ状況の中で、常識を覆す「ゲート」設置を思いついたのである。

その発想の原点には、富士山麓がもともと天皇家の財産だったという特殊事情が影響している。

■登山者は知らずに「私有地」に入っている

富士宮市の浅間大社の事情とは表裏一体である。

江戸時代から明治時代に入ると、日本全国の地域、集落などで所有していた山林の大半が国有化された。さらに、明治政府は国有林を御料林として天皇家の財産に付与したため、天皇家は日本一の山林地主となる。

日本一の山林地主となった明治天皇は、相次ぐ大水害に見舞われた山梨県に対して、県土の35%を占める御料林16万4000ヘクタールを無償譲渡した。この無償譲渡された山林は「恩賜林」と呼ばれ、現在では富士山麓5合目まで広がっている。

長崎知事が入山規制に踏み切ったのは、富士山5合目までの山麓付近がすべて天皇家の御料林であり、現在、県有地となった歴史的経緯が大きい。

一方、静岡県でも、富士山8合目以上が浅間大社の所有地であるという歴史的経緯を持つ。徳川幕府の裁許状によって、浅間大社の信仰の場所であると裁判所も認めているのだ。

ただ登山者は勝手に私有地である浅間大社の境内地に入っていることに気づいていない。

■富士登山は「浅間大社への参拝」という意味がある

ただ頂上を目指して登り、ご来光を仰ぐことが目的だと勘違いしている人ばかりである。

実際には、世界文化遺産に認められたように富士山8合目以上が「日本人の信仰の聖地」であり、富士山頂上は信仰の上で、最も重要な場所である。

それが理解できれば、富士登山の意味も違ってくるだろう。

登山者に奥宮境内地という「神域」に入る意識がないから、ごみ、し尿廃棄などのマナー違反や、サンダル、Tシャツなどの軽装で弾丸登山を行い、結果として高山病や心臓発作に見舞われるトラブルなどが起きている、といってもいい。

だから、「浅間大社の協力があれば、入山規制ができるはずだ」と桜井県議は県議会委員会で指摘したのだ。

静岡県は、富士登山が、日本人の「信仰の聖地」である浅間大社の奥宮境内地へお参りするという意味があることきちんと説明すればいい。頂上は神様の場所である。

そんな簡単な事実を静岡県はこれまで一度も言ってこなかった。

■登山客に「富士登山の意味」を周知すべき

静岡県は浅間大社の協力を得て、5合目で境内地への参拝を根拠とした入山料を徴収すればいい。政教分離の原則から自治体が主体となれないならば、何らかの団体の新設を検討すべきである。

そうすることで、現状任意となっている保全協力金1000円と同時に、入山料2000円を徴収することができる。これまでの保全協力金の経緯を見ても、浅間大社が入山料を寄越せと言うはずもない。

もともと「信仰の対象」として富士山が世界遺産に認められたのに、実際には、「信仰の対象」であることを登山者たちはきちんと理解できていない。

静岡県は、世界文化遺産に認められた「信仰の対象」を生かした富士山保全に取り組まなければならない。

静岡県はただ「富士山8合目以上は富士山本宮浅間大社の境内地であり、日本人の信仰の聖地であること」を登山者に伝え、5合目の3つの登山口で入山料の徴収を行えばいいのだ。

■川勝知事が「入山料徴収」の障害に

ただ浅間大社と協力できない障害となっているのは、川勝平太知事である。

富士山保全については口先だけの川勝知事(静岡県庁)
筆者撮影
富士山保全については口先だけの川勝知事(静岡県庁) - 筆者撮影

昨年8月23日の会見で、川勝知事は「(富士山の入山料は)義務化するのが義務だ。なぜか? 国立公園だから自然環境の保護は国民の義務である。同時に世界文化遺産となったから、国際公約なわけだ。山梨県側と調整しなくてはならないが、義務化に関わる方向性を出さねばならない」と述べている。

山梨県側と調整すると述べた背景には、川勝知事が2014年1月、富士山の山梨・静岡県境を定めないとして、当時の山梨県知事と「富士山保全は仲良くやっていく」と宣言をしたことがある。

浅間大社が長年望んできた8合目以上の県境画定を川勝知事は「山梨県と仲良くやっていく」と退けてしまった。

ところが、長崎知事は、川勝知事に何ら相談することなく、独自に入山規制を決めた。山梨県は入山料の義務化について静岡県と調整することなどなかった。

川勝知事が「定めない」とした両県の市町境も、日本政府が世界遺産推薦書に添付した「富士山地図」にははっきり記されている。つまり、市町境の確定は県知事が率先すれば、できないわけがないし、それほどの問題ではない。

いまとなっては、山梨県民がむしろ旗を連ねて浅間大社の富士山頂上の所有権に反対するはずもない。

■英断した長崎知事、口先だけの川勝知事

反リニアを唱える川勝知事は、「南アルプスは国立公園であり、ユネスコエコパークだから保全する義務がある」などと何度も繰り返して、JR東海の静岡工区着工を認めない。

南アルプス保全でJR東海へ無理難題を求めることはできても、富士山保全の解決策は実際には何も行っていない。

政教分離の原則を守りながら、浅間大社と協力することは難しいことではない。

常識を覆して実行に移した長崎知事と違い、口先だけの川勝知事が富士山保全に真剣に向き合うのは無理かもしれない。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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