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DAZN「1890円→4200円」はなぜ受け入れられたのか…炎上対策専門家が解説「燃える値上げ、燃えない値上げの差」

プレジデントオンライン / 2024年3月17日 9時15分

2022年5月8日、アイントラハト・フランクフルト対ボルシア・メンヒェングラートバッハ戦の写真を編集部で一部加工(写真=Sven Mandel/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

スポーツコンテンツのサブスクリプションを提供する「DAZN(ダゾーン)」が3年連続で月額の値上げを発表し、一時期話題となった。だが現在では受け入れられ、批判の声は少ない。桜美林大学の西山守准教授は「小幅な値上げにとどまる年間契約を設定したのに加え、DAZNのスポーツコンテンツ自体が『応援消費』であることが、炎上が比較的小規模に落ち着いた理由だろう」という――。

■強気の値上げを繰り返すDAZN

スポーツ専門のビデオ・オン・デマンド・サービス「DAZN(ダゾーン)」がここ数年、値上げを繰り返している。その値上げ幅が、ようやく「値上げ慣れ」してきた消費者の度肝を抜く「強気の値上げ」だとして話題になった。

円安、原材料費の高騰などで、多くの商品、サービスが値上げしている。値上げしても需要は減らず、売り上げや利益を増やしている企業がある反面、減らしている企業もある。

海外の多くの国では、物価が上昇を続けており、消費者もそれを受容している。

2016年に赤城乳業の「ガリガリ君」が10円値上げした際に、米ニューヨークタイムズは1面で同商品の「謝罪広告」を紹介し、日本がデフレを脱却できない現状を説明していた。ガリガリ君の「謝罪広告」は真面目に受け止められることを想定して作られたものではなかったが、値上げを当たり前とするアメリカ人にとっては、値上げを謝罪する日本企業が奇異なものに映ったに違いない。

日本の消費者は概して値上げに敏感で、値上げをした企業に対する風当たりは強い。最近は値上げが常態化しており、消費者は諦めムードに入っているが、食品・飲食系の企業などは、依然として料金は据え置きで容量を減らす「ステルス値上げ」を行って、消費者に値上げを意識させない工夫を行っている。

そうした中で、DAZNの値上げはひときわ目を引いた。DAZNの料金体系は下記の通りだが、2月14日にも値上げを行っている。

【図表】DAZNの料金プラン
DAZN公式サイトより

DAZNは2016年8月にサービスを開始したが、2022年以降は毎年2月に値上げを行っており、サービス開始時点から2倍以上の値上げになっている。昨今の物価高を考慮しても、値上げ幅は目立って大きいと言える。

【図表】DAZNの料金プラン推移(DAZN Standard)

これまで、価格が据え置かれていた「DAZN for docomo」も3月1日から値上げされ、同サービスを安く利用する「抜け道」も徐々にふさがれつつある。

■事業者が価格を決める際に考慮する要素

価格(Price)戦略はマーケティングの基本概念であるマーケティングミックスの「4P」のうちのひとつであり、マーケティング戦略の構築において非常に重要な要素である。

一方で、価格を改定した際の需要を正確に予測することは難しい。

DAZNは、これまでは値上げに対する批判は少なかったが、さすがに直近の値上げには批判の声も少なからず見られた。

これまでDAZNが強気の値上げを繰り返してきた理由、そしてこれからの同サービスの受容性を考えてみたい。

一般的には、商品、サービスの価格の設定要因には下記がある。

1.生産、流通コスト(損益分岐点の考え方)
2.顧客に与える価値(カスタマーバリュー)
3.競合環境(代替サービスの存在)

1について考えてみよう。映像配信サービスにおいては、コンテンツの獲得コスト、制作コストの比率が高く、有形の商材と比べると、変動費は小さくなる傾向がある。つまり、損益分岐点を超えることができれば、急速に利益が出やすくなる。

■日本はAmazonプライムの会費が欧米に比べて安い

2と3は裏表の関係にある。映像配信サービスは複数存在し、競争環境も激しい。そうした中で、DAZNはスポーツコンテンツに特化した映像配信サービスとして、独自のポジションを確保している。DAZNが独占放映権を保有しているコンテンツも多く、価格に不満があっても、他のサービスにスイッチするわけにもいかない。

実業家の堀江貴文氏は、直近のDAZN値上げに対して、1月12日、X(旧ツイッター)上に「たった月500円の値上げで限界とか 笑。携帯代とか見直せよ 笑」と投稿している。堀江氏でなくとも、そこでしか見られないコンテンツがあり、それをどうしても見たければ、月額500円程度の値上げは受け入れざるを得ない気持ちになるだろう。

Amazonの有料会員サービス「Amazonプライㇺ」は昨年、年会費を4900円から5900円に値上げしたが、それでも欧米(アメリカは139ドル=約2万円、イギリスでは95ポンド=約1万8000円)と比べるとかなり安い。そこには、日本では、楽天をはじめとするオンラインショッピングモールの競争環境が激しいことが挙げられる。

アマゾンプライムの配達バン
写真=iStock.com/georgeclerk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/georgeclerk

2の「顧客に与える価値」について補足しておこう。DAZNはJリーグのタニマチ、すなわち支援者としての役割を果たしてきた。DAZNに加入することは、間接的にJリーグ、あるいはクラブを応援しているとも言える。

加入者の中には、最近トレンドの「推し消費」「応援消費」のような意識で契約をしている人もいるだろう。こういう人たちは、価格をさほど重視しないし、離脱しにくい傾向が見られる。

■DAZNが離脱防止に設定した「受け皿」

DAZNの周到なところは、値上げをする一方で、お得なプランも設定して、離脱防止の受け皿としている点だ。

注目したいのは、年間プランである。月額プランは500円と高い値上げ率になっているが、年間プラン(一括払い)では月額で170円弱の値上げに過ぎない。Jリーグを視聴しているようなコアなユーザーは年間プランで契約している可能性が高く、値上げによる離反は限定的であろう。月額プランを契約しているライトユーザーを、年間プランへと移行させて囲い込んでいこうという戦略もうかがえる。

また、プロ野球専用の「DAZN Baseball」という安価なプランが提供される予定である。

「DAZN Standard」とDMMが提供する「DMMプレミアム」がセットで提供される「DMM×DAZNホーダイ」が、DAZN単体で契約するよりも安いことで注目を集めている。

多様な料金プランの設定は、値上げをしつつも、顧客の離脱を防止すると同時に、新規顧客も誘引しようという計算された価格体系のように見える。

DAZN公式サイト
画像=DAZN公式サイトより

■映像サブスクは適正価格がわかりづらい

値上げをした企業は、SNSで叩かれがちな傾向がある。批判を避けるために、ステルス値上げをしたところで、消費者はそれを見抜いて余計に叩かれてしまったりする。

そうした状況下で、DAZNは強気の値上げができる(あるいはしなければならない)のだろうか? DAZNの運営会社のDAZN Japan Investmentも、英国本社のDAZN Groupも非上場企業で、あまり情報開示がなされていないため、企業側の事情は良くわからない。

外から見る限りでは、これまで述べてきたことと裏表の関係があるように見える。

そもそも、生活必需品や有形の商品の値上げの方が批判を集めやすい傾向がある。一方、無形のサブスクリプションサービスは適正価格がわかりづらく、投資回収時期に入ったら値上げをすることは一般的に行われている。実際、Netflixの値上げの際にも、「これまでが安すぎた」「サービス内容を考えると、(値上げは)適正」といった声が聞かれた。

■スポーツファンはロイヤルティーが高い

サブスクリプションサービスから離脱する際は、契約者はいずれかの選択を取る。

① 他のサービス乗り換える
② 解約する(乗り換えなし)

①においてはスイッチングコスト(サービスの乗り換えの際に利用者が負担するコスト)、②においてはチャーンレート(解約率)が重要な指標となる。

代替サービスが存在しないDAZNにおいては、スイッチングコストはさほど重視する必要はない。一方のチャーンレートに関しては、スポーツファンのロイヤルティーの高さ、特にJリーグをはじめとする契約者の「推し消費」「応援消費」的な消費行動を考えると、他のサブスクリプションサービスと比べても、低く抑えられると想定できる。

消費者心理の他に、値上げをせざるを得ない企業側の事情もあるだろう。

DAZNの財務諸表は公開されていない。「大赤字である」とする報道も見られるが、その理由としてJリーグの視聴者数が低迷していることが挙げられている。スポーツコンテンツに特化しているだけに、他の動画配信サービスと比べても、利用者の裾野を広げるのは難しい。短期的には既存ユーザーから先に売り上げを増やしていくことは、合理的な選択といえる。

すべての商品やサービスで強気の値上げができるわけではないが、多くの企業が値上げをせざるを得ない状況に置かれていることを考えると、DAZNのような大幅な値上げを可能にしている企業を研究する価値はあるだろう。

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西山 守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。

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(マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)

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