これをやると飛び抜けた成果が出せる…"渋沢栄一が実践"ビジネスでも応用できる「弱者逆転の戦術」の中身
プレジデントオンライン / 2024年3月20日 18時15分
※本稿は、加来耕三『リーダーは「戦略」よりも「戦術」を鍛えなさい』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■わからなくても、とりあえず進める
弱者逆転の戦術として、“日本近代資本主義の父”と呼ばれた渋沢栄一が、好んで活用した「捗遣(はかや)り主義」をご紹介しましょう。
渋沢栄一は幕末近くに生まれ、江戸から明治に時代が変わる時期に、弱小だった日本の経済を大きく発展させた経済人です。
2024年(令和6年)の7月から、新1万円札の顔に選ばれた人物としても知られています。
彼の戦術がとくに有効なのは、新しいことを始めるときでした。
会社で新たなプロジェクトや新規営業など、新しいことを始めるときに、つい躊躇してしまう人は多いでしょう。
どんな予想外の事態が起こるかわからず、失敗することへの不安などで、なかなか具体的な行動に移せない、という声をよく耳にします。
そんなときに役立つのが、渋沢栄一が用いた「捗遣り主義」のやり方です。
一から日本の近代化を推し進めた渋沢の、戦術を紹介しましょう。
■とにかく速読・多読で論語を学んだ渋沢栄一
この「捗遣り」とは、「物事を早く進める」という意味です。わからないことがあっても、そこで立ち止まらず、わからないままでいいから、とりあえず「X」「Y」「Z」と置いて、そのまま進めていく、というやり方です。
この方法を幼い渋沢栄一に教えたのは、彼の従兄の尾高惇忠(おたかあつただ)でした。
尾高は渋沢に当時一般の『論語』の学び方――師の読みをオウム返しにくり返す方法――を用いず、渋沢が面白いと思う『三国志演義』『水滸伝』『里見八犬伝』などをテキストにして、とにかく速読・多読を重視しました。
最初は意味のわからない単語がたくさん出てきますが、そこで立ち止まらず、「X」「Y」「Z」と置いて、わからないままでいいから読み進めるのです。
すると、同じ単語が何度も出てくるので、前後の文脈から次第にわからなかった部分の意味がつかめるようになっていきます。
やっていくうちに、なんとなく意味がわかるようになるので、立ち止まらずにとにかく、進んでいけばいい――。
幼い頃にこの考え方を身につけた渋沢は、明治の近代化においても、この方法で未知な近代資本主義に突き進んでいったのです。
■借金はむしろ経済発展のために役立つ
時間を1867年(慶応3年)正月まで進めましょう。
このとき、渋沢栄一は15代将軍・徳川慶喜の実弟である民部大輔昭武の、パリ万国博覧会列席に随行します。
初めてのフランス・パリで、渋沢は4歳年上の銀行家フリュリ・エラールに出会い、彼から多くのことを学ぶことになります。
例えば、「株の売買」を渋沢は初めて経験しました。資産を現金のまま持っていても殖やせない、とエラールに教わった渋沢は、鉄道株を1万円ほど購入します。
その後、急遽帰国することになったので株を売却すると、なんと500円も儲かっていました。現代の貨幣価値に直しますと、およそ4億円となります。
株式会社にお金を出せば、出資者も儲かることを、渋沢は身を以て体験したのです。
また、「公債証書」の仕組みを学んだのも大きな収穫でした。
民間から国家が資本を借用して、公益のための事業を興し、その利益によって借金を返済するという仕組みです。
江戸期の日本では、借金は悪いものと決めつけられていただけに、渋沢は借金が、むしろ経済発展のために役立つ、と聞いて大いに驚きました。
■フランスで学んだ株式会社の仕組みを、とりあえず実践
フランスでこの2つの体験をした渋沢栄一は、帰国後に大活躍します。
当時の日本は、明治新政府が誕生したばかりで、欧米列強のような中央集権の体制が確立できていませんでした。
江戸時代の遺産である藩が未だ全国に残っているため、まずはこれを潰さなければなりません。
しかし藩を廃止すると、藩から家禄(給与)を得ていた武士たちは、生活することができなくなってしまいます。もし強行すれば、日本全国で大暴動が起きたことでしょう。
明治新政府はこの問題に頭を悩ませ、手を打てずにいました。
この問題を解決したのが、渋沢栄一でした。
まず彼は帰国後に、静岡で藩と商人たちによる「商法会所」(銀行と商社を足したようなもの)を設立し、新しい経済圏を生み出すことに成功しました。
フランスで学んだ株式会社の仕組みを、実践してみたのです。
もちろん、渋沢もフランスで学んだ金融や経済の仕組みが、すべて理解できていたわけではありませんでした。そもそも、フランス語もおぼつかない中で吸収してきた、短期間の知識です。
とりあえずやってみて、あとはやりながら訂正し、調整していこうと考えたのです。
■見える景色が変われば、新しい状況が生まれる
渋沢の取り組みを評価した新政府は、彼を大蔵省に招きました。
当時の大蔵省のトップは大久保利通で、次官が井上馨(かおる)(長州藩士)です。明治維新を成し遂げた彼らも、経済の問題はお手上げ状態でした。
「廃藩置県」を断行したのですが、武士たちへの給与を明治政府が肩代わりできず、国の中央集権化は遅れ、旧幕府の後始末に国家の財政は逼迫(ひっぱく)していました。
一刻も早い、中央集権化=「廃藩置県」が求められていました。
そこで渋沢は、フランスで学んだ「公債証書」の仕組みを採り入れ、「秩禄公債」という方法を明治政府の中で活用し、「廃藩置県」を実現することに成功したのです。
それまで藩が毎年支払ってきた家禄を整理したうえで、一定額を据え置き、即払いの代わりに利息をつけて、何年もかけて償還していくという方法です。
当然ながら、反発もあり、理論通りに進まない部分もありましたが、そこは「捗遣り」主義の本領発揮です。わからない部分で立ち止まることなく、渋沢は粘り強くシステムの構築・補強に取り組みました。
その結果、明治の日本は近代国家に生まれ変わることができたのです。
渋沢栄一はその功績を“薩長”藩閥政府に認められ、旧幕府出身者でありながら、例外的に“日本の経済”を託されたのでした。
皆さんも、ときにはわからないことはわからないまま、物事を進めてみてもいいのではないでしょうか。とりあえず、「X」「Y」「Z」と置きながら。
前に進んで、見える景色が変われば、その分、知識が増え、理解が進み、新しい状況が生まれていくはずです。
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歴史家、作家
1958年、大阪市生まれ。奈良大学文学部史学科卒業。『日本史に学ぶ リーダーが嫌になった時に読む本』(クロスメディア・パブリッシング)、『歴史の失敗学 25人の英雄に学ぶ教訓』(日経BP)など、著書多数。
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(歴史家、作家 加来 耕三)
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