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雇用契約は3年、年収は大幅減…元ソニー社員が隠岐諸島で始めた「高校生の地域留学」が全国に広がった理由

プレジデントオンライン / 2024年3月30日 13時15分

一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム 代表理事 岩本 悠 - 撮影=塩田賢二

親元を離れて地方の高校に進学する「地域みらい留学」を選ぶ人が増えている。2019年の開始当初の入学生は218人だったが、2023年4月には744人となっており、参画する学校数も当初34校だったものが来期には130校以上となる見込みだ。「地域みらい留学」はどのようにして始まり、何をめざしているのか。発起人である岩本悠さんのインタビューをお届けする――。(聞き手・構成=ルポライター・柳橋閑)(第3回/全4回)

■始まりは学生時代の「越境体験」

――「地域みらい留学」はどのように始まったのでしょうか。

【岩本】僕は大学卒業後、ソニーで人材育成の仕事をしていたのですが、自分の個人的なプロジェクトとして、「ゲンキ地球NET」という団体を運営していたんです。

学生時代に学ぶ意味を見失い、1年間休学して、世界中を旅したことがありました。このときに現地のNGOや国際協力関係の活動に参加させていただいたのですが、そこで日本で何不自由なく生きてきた自分には想像できなかった貧困や戦争の傷跡など、たくさんの理不尽を目の当たりにし、常識が崩れる経験をしました。

同時に自分が無力で何もできないことを痛感したんです。早く恩返しができるように成長したいと思いながら帰国し、大学で授業を受けたら、まったく違って聞こえてきて驚きました。「こんなにおもしろい話をしてくれていたのか!」と。内発的な学びの動機ができて、意欲に火が付くと、同じ学校、同じ教員でも、まったく見える世界が変わる。これは大きな発見でした。

以来、「越境体験」や「教育」が僕の人生の大きなテーマになりました。同じような経験を、もっと若い人にもしてほしいと、当時は「流学」という言い方をして、学生が越境経験をするための奨学金を立ち上げたり、途上国に学校をつくったり、そういう活動をやっていたんです。

「流学」時代の岩本さん。タール砂漠にて
写真=本人提供
「流学」時代の岩本さん。タール砂漠にて - 写真=本人提供

そこに島根県にある海士町から「出前授業をやってほしい」という依頼が舞い込んだのが、人生の転機になりました。ソニーを辞めて島根に移住し、いまの地域みらい留学につながる「高校魅力化プロジェクト」(※)をコーディネーターとして始めることになったんです。

※島根県の島前エリア3町村(海士町、西ノ島町、知夫村)の町村長、議長、教育長、中・高の校長、PTA会長などが役員となり立ち上げたプロジェクト。

■地方は日本の課題先進地

――仕事を辞めて移住とは大きな決断でしたね。

【岩本】年収は下がるし、契約期間も3年間と将来が保証されているわけではないので、確かに大きな決断でした。でも、チャレンジする価値があると感じたんです。

当時、隠岐島前高校は生徒数が減って、統廃合の危機にありました。島に唯一の高校がなくなるというのは大問題です。高校がなくなれば、子どもたちは進学したかったら、島を出て行かざるをえない。ますます過疎化が進んでしまいます。

そして、気づいたんです。高齢化や過疎化、それに伴う財政難など、この島で起きていることは、日本社会がいずれ直面する課題だと。地方は、日本が抱える課題の先進地なんです。この課題を解決するモデルをつくることができるとしたら、少子高齢化にあえぐ日本の希望になる。やるしかないと腹をくくりました。

■越境体験は国内でもできる

――どのようなことから着手したのでしょうか。

【岩本】高校、自治体と協力して、「島留学」を始めました。都会の高校生に島に留学してもらおうというプロジェクトです。

見学に来ている中学生に説明(島根県立隠岐島前高等学校)
写真提供=島前ふるさと魅力化財団
県外からの見学者と話をする島根県立隠岐島前高校の生徒。「留学」を始めてから生徒数だけでなく、来島者が増えた。 - 写真提供=島前ふるさと魅力化財団

僕自身、東京で生まれ育ったから、島前に行ったときに、ものすごくカルチャーショックを受けたんですよ。ニューヨークとかロンドンで仕事するよりも、島のほうが文化の違いは大きいんじゃないかと感じたぐらいです。

海外でも大都市の企業だったら、言語は違えど共通のビジネスの論理、フォーマットがあって、ある程度コミュニケーションが成り立つじゃないですか。でも、島では、同じ日本語を使っているのに文化が違うんです。僕自身、地域に入っていった最初のころは、自分が培ってきたやり方が通用しなくて、打ちのめされました。

――学生時代に海外でいろんな経験をした岩本さんがそうなら、高校生はもっと大きなカルチャーショックを受けるでしょうね。

【岩本】島前に行ってみて感じたのは、必ずしも海外に行かなくても、日本には多様な地域があって、そこへの越境で大人も成長させてもらえるということでした。自分自身のその体験があったから、日本の地域でもやれると考えたんです。

■留学生だからわかる地方の魅力

――地域に出て活動することが「地域みらい留学」の特徴になっていますが、それは初期の段階からあったのですか?

【岩本】最初に島留学を受け入れた時期が、ちょうど隠岐島前高校で地域をフィールドにした学びを始めていこうというタイミングだったんです。

僕がやっていたのは、子どもたちにどんな力を付けてもらいたいのかを学校の先生や地域の人たちと話し合って、そのための環境を作っていく仕事ですね。地域を舞台にした「探究的な学び」みたいなものをどう作っていくかという。

それで、留学生と地元の子がいっしょになって、新しい観光企画を作る活動を始めました。それが第1回の観光甲子園でグランプリに選ばれたんです。

「ヒトツナギ~人との出会いから始まる君だけの島前三島物語」という企画で、都会の高校生と島の高校生がペアになって島前の暮らしをいっしょに体験するというものでした。いわゆる観光名所よりも、島に住む人たちと出会うことこそが最高の観光なんだというのがテーマだったんですけど、それは地元の子たちだけでは考えつかなかったと思うんです。

――なるほど、カルチャーギャップをうまく活用したわけですね。

【岩本】地元の子たちからすると、「え⁉ そんなのあたりまえじゃない」みたいなことが、都会の子から見ると特別なことだったりする。その子は「人のつながりの大切さを感じた」と言っていました。失恋したときも、地域のおばちゃんがその日の夕方にはそのことを知っていて、そっとパンを渡してくれたとか。そんな話もしてましたね(笑)。

人と人とのつながりのなかで、彼は自分のなかにエネルギーが湧いてくるのを感じたそうです。それで「人とのつながりを体験できるような観光企画を作ろう」という話になった。しかも、彼らはプランだけじゃなくて、実際にツアーも実行した。それに参加した中学生が、「自分もここで何かやってみたい」と言って入学してきたりして、「ヒトツナギ部」という部活になりました。

島根県立隠岐島前高等学校のヒトツナギ部。新入生への説明会の様子
写真提供=島前ふるさと魅力化財団
島根県立隠岐島前高等学校のヒトツナギ部。新入生への説明会の様子 - 写真提供=島前ふるさと魅力化財団

■島の子に芽生えた誇り

――外からの刺激を受けて、自分たちの島を再発見したり、新しい部活が始まったり。地元の子たちにもいい影響がありそうですね。

【岩本】島の子はいままで都会に憧れたり、劣等感を持つこともあったと思うんですけど、自分たちの島について「自然がきれいだ」「人と人のつながりがいい」と言ってもらって、地域の価値を再認識して、誇りを持つことができるようになった。それは大きいと思います。

もうひとつ、学業の面でも変化が起きました。地域の中学校で一番勉強ができた子より、留学してきた子のほうが勉強ができたんですよ。それが刺激となり、切磋琢磨(せっさたくま)が起きて、その学年は国公立や難関大学に行く子の割合が上がったんです。

■全国への展開

――隠岐の島への「島留学」から全国100校が参加する「地域みらい留学」へと発展していくにあたっては、何かきっかけがあったんですか。

【岩本】島留学をやっていくなかで、興味を持つ保護者の方、来たいという子どもたちが増えて、島留学の定員では応えきれなくなったんです。いまも隠岐島前高校は留学生に関しては定員の2倍ぐらいの倍率があります。でも、寮に入れる人数など、現実的な制約もあるので、受け入れ人数には限りがあります。

あと、もう一つの理由としては、全国の高校や地域からの視察がたくさん来るようになったことです。「なぜ普通の公立高校でそんなことができたんだ?」と興味を持つ方が多かった。僕らとしても積極的に受け入れて、いろいろ見ていただいたんですけど、みなさん「できない理由」を探してしまうんですよね。

「これはあの校長がいるからできるんですよね。うちの校長はそういうタイプじゃない」とか「うちの町長はそうじゃない」。あるいは、「これは島だからできるんですよ。うちは山だからできない」。そういう反応が多かったんです。僕らは「あの人だから問題」「あそこだから問題」と呼んでいたんですけど。

自治体と学校が協力して生徒を受け入れる「地域みらい留学」。島根県立隠岐島前高等学校のフィールドワークの様子
写真提供=地域・教育魅力化プラットフォーム
 自治体と学校が協力して生徒を受け入れる「地域みらい留学」。教師だけでなく、市町村の人々が関わることが特徴だ。 - 写真提供=地域・教育魅力化プラットフォーム

■高校と地域が協働できるかが成功の鍵

――属人的な能力や、特殊な環境があるからできるんだろうと捉えられた。

【岩本】そういう声を聞いて、僕としては「本当に島じゃないとできないのか? 山ではできないのか? 他の学校ではできないのか? ただの言い訳なのでは?」と考えました。この壁を越えないかぎり、日本の教育はよくならない。島じゃなくてもできる。スーパー校長、スーパー町長がいなくてもできる。それを実際に見せていかなければいけない。そう思うようになったんです。

これだけ視察に来られるということは、潜在的なニーズはたくさんあるはず。ノウハウもある程度蓄積していたので、それを使って島根県の他の高校、さらには全国での取り組みを始めたんです。

やってみると、うまくいく高校もあれば、うまくいかない高校もありました。そういった事例を分析していくことで、ここを押さえないと失敗するけど、ここは地域ごとにオリジナリティがあっていいんだということが見えてきました。

――うまくいくには何が大事なのでしょうか。

【岩本】地域みらい留学の一番の基盤になっているのは、高校と地域の協働という部分なんです。

たとえば、私立の全寮制の場合は、基本的に学校だけで受け入れますよね。学力の高い生徒や、スポーツで優秀な選手を集めて、学校側が用意した寮に入れて、勉強とスポーツに専念させます。でも、地域みらい留学の場合は高校だけでなく、“地域”といっしょになって生徒を受け入れます。そして、地域を学びのフィールドにする。

地域の主体は市町村となるわけですが、県立高校の運営は県なので、管理者が違うために、これまではうまく協働できなかったんです。でも、地域みらい留学では、県立高校の校長と首長さんにしっかりタッグを組んでもらうようにしています。

たとえば、県立高校が生徒を受け入れますが、受け入れ支援に関するさまざまな費用は市町村が負担するというように両者が協働することで、はじめて地域みらい留学は機能します。これができない地域はうまくいかないので、参画できないルールとしました。

■地元の県立高校に通うくらいのお金で留学できる

――全国に広がるまでに何年くらいかかりましたか。

【岩本】高校魅力化をプロジェクトとして立ち上げたのが2007年度からで、2015年から島根県内での展開を始めました。全国に展開するようになったのは2019年からですね。そのために「地域・教育魅力化プラットフォーム」という財団を作りました。

――資金や人手はどうしたんですか?

【岩本】じつは島留学の取り組みが、「日本財団ソーシャルイノベーションアワード2016」で最優秀賞をいただきまして、日本財団から3億円の支援を受けられることになったんです。それを活用させてもらいました。

――最初は日本財団からの3億円があったにしても、その後はどういう形で運営しているんですか。

【岩本】だいたい4階層になっています。

第1レイヤーが、地域みらい留学に参画する市町村です。そこから出していただく参画金というのがあります。第2レイヤーは都道府県教育委員会。第3レイヤーは国ですね。内閣府、文部科学省、経産省など、教育改革や地方創生的なことをやっている官庁からの予算。第4レイヤーは地域みらい留学の理念に共感し、応援したいと言ってくれる個人や企業などからの寄付です。主にその4つの組み合わせですね。

――予算の規模はどれぐらいですか。

【岩本】いまは全体で約4億円で、地域みらい留学の参画金で1億強、都道府県が1億弱。国まわりが1億。寄付が1億ぐらいです。

――バランスがいいですね。

【岩本】潤沢ではありませんけど、なんとかやってます。安定して持続的に経営していくことを考えると、参画する市町村や高校の数が増えて基盤が厚くなっていくのがいいのかなと考えています。

たえず新しい仕組みも研究開発しようと思っていますし、そこで生まれたものを市町村や高校に使ってもらって、参画するところがさらに増えていくというのが理想ですね。

――留学する高校生や保護者はどのくらい費用を負担するのでしょうか。

【岩本】県立高校にいく学費と、実費は寮費を含めて月3万~6万円程度です。地方は生活コストが安く、また市町村などからの支援もあり、都市部で育てるよりも安く済むと思います。

■「越境の自由をすべての高校生に」

――「留学」としてはかなりリーズナブルですね。

【岩本】これまで高校で越境体験をするには、海外留学や私立の全寮制ぐらいしか選択肢がありませんでした。相当に高い学力があれば奨学金という手もありますけど、いずれにしてもかなりハードルが高いものでした。

でも、地域みらい留学で行くのは公立ですから、学費は地元の高校に行くのと基本的に変わりません。それが公教育のなかでやっている意味なんです。

――子どもたちは地元の高校に進学するのと同じように、地域みらい留学に参画している各地の高校から好きなところを選んで受験すればいい。

【岩本】そういうことです。人は生まれる場所を選べませんよね。だけど、学ぶ場所は誰もが自由に選べるような時代にしたい。「越境の自由」をすべての高校生に――というのが僕らの理念なんです。

一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム 代表理事 岩本 悠
撮影=塩田賢二
一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム 代表理事 岩本 悠 - 撮影=塩田賢二

■地域振興予算を「教育」に使う

――留学する高校生の保護者の費用負担が少ないことはわかりましたが、寮の運営や地域活動をコーディネートする人材の配置など、教育環境を整えるためには公的な予算がかなり必要になってきますよね。

【岩本】高校自体は道府県立なんですけど、市町村がお金や人を出しているケースが多くあります。道府県と市町村、両方から出し合うことによって充実した環境を作り出そうということですね。

もともと日本は教育予算がすごく少ないという問題もあって、市町村から出す場合は地域振興策の一環として出すケースも多いです。それが将来的な地域振興、少子化対策、地域の人材育成や確保につながるという考え方で。

■プラットフォーム化でコストを削減

――ただ、地方の自治体ほど人口が減り、予算が苦しくなっているわけですよね。地域振興予算にしても潤沢にはないでしょう。それを考えると、将来、予算面で留学生受け入れが難しくなる可能性もあるんじゃないでしょうか?

【岩本】一校一校が個別に全国に対して生徒を募集しようとしたら、費用とエネルギーがすごくかかりますけど、100校で連携すれば効率が上がる部分もあります。地域みらい留学は、まさにその考え方なんですよね。プラットフォーム化して100校を合わせてやれば、一定のコストで生徒や保護者、中学校に周知することができるわけです。

参画する学校が一堂に会する「地域みらい留学」合同説明会
写真提供=地域・教育魅力化プラットフォーム
参画する学校が一堂に会する「地域みらい留学」合同説明会 - 写真提供=地域・教育魅力化プラットフォーム

そういう意味では、生徒募集とかマッチングの部分はすでにプラットフォーム化できているので、今後は学びの面でもやれることはやっていこうと考えています。

たとえば、教科の教員が全部の高校に揃っていなくても、複数の高校で授業や学びの機会を共有する。そういう形でやれば効率化できる面はあるでしょう。

あるいは、eスポーツをやりたい子がいるとするなら、一校一校にeスポーツ部を作るのではなく、地域みらい留学に参画している高校全体のeスポーツクラブみたいなものを作る。そういう可能性もあるかもしれません。

次のプラットフォーム戦略としては、リソースのシェアリング、学びのシェアリングということになるのかなと思っています。

■一市町村に1校を目指す

――将来的な規模としては、どれぐらいをイメージしているんでしょうか。

【岩本】いまは100校強ですが、今後3年間で200校ぐらいになると予測しています。留学生の数も、いまは1学年で約750人ですが、1500人ぐらいになると思います。

 市町村に高校がひとつしかないという地域が、全国には約600あります。まずはそういう地域に広がっていくのがいいんじゃないかと思っています。

――潜在的に地方で学びたいという高校生は、まだまだいるという感触がありますか。

【岩本】そうですね。いまのところ着実に伸びてきているので、まだまだニーズはあるだろうと見ています。そのためにも、地域みらい留学のことをちゃんと知ってもらうことが第一ですね。その上で選ぶか選ばないかは、それぞれの子どもたちに判断してもらえばいいのかなと思っています。

(第4回に続く)

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柳橋 閑(やなぎばし・かん)
ルポライター
1971年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋に入社。『週刊文春』『スポーツ・グラフィック・ナンバー』編集部を経て、フリーランスに。近年はスタジオジブリを取材。鈴木敏夫プロデューサーの著書『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』(文藝春秋)、『読書道楽』(筑摩書房)などの構成を手がける。

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(ルポライター 柳橋 閑)

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