なぜここまで「健康」にこだわるのか…山梨のいちやまマートが「価格は一瞬、健康は一生」にたどりつくまで
プレジデントオンライン / 2024年4月3日 13時15分
■価格ではなく、健康で勝負するローカルスーパー
昨年末、SNSであるローカルスーパーが話題になりました。
無添加、オーガニック野菜、グルテンフリーなど健康志向の食品を数多く集め、価格戦略ではなく「健康的な食生活を提案」という独自の戦略で顧客の支持を集めているというのです。
これが都内の世田谷などにあるスーパーならわかるのですが、このローカルスーパー「いちやまマート」の本社は山梨県甲府市にあるのです。
今回は、いちやまマートに伺い、そのスゴさを調査するとともに、三科雅嗣(みしな・まさし)社長に特異的な戦略をとった経緯を伺いました。
私が以前聞いたいちやまマートの評判は、とにかく繁盛しているスーパーで、いつもお客さんが絶えない店というものでした。しかし当時はそこまで健康にこだわっているイメージはなく、どちらかと言うと売り方が斬新でおもしろく、集客力のあるドミナント型スーパーというイメージでした。
ところが現場で見た今のいちやまマートは違いました。大手メーカーのNB商品や低価格品、割引商品なども売り場には陳列されていますが、売り場のあちらこちらに「美味安心」マークのついた商品が多数陳列されています。
中には完全に売り切れている商品もありました。美味安心シリーズの中でも三科社長推しアイテムの一つ、「焙煎したてのうまいコーヒー」(税抜き699円)は完売していました。
この珈琲豆は焙煎したての豆をパックし、翌日にいちやまマートの店頭で販売するという代物。パッケージには焙煎日が書かれていて鮮度を売りにする珈琲豆です。珈琲専門店のようなこだわりの逸品が隔週で届くというスーパーの常識を打破するアイテムのため、入荷するとすぐに売り切れてしまうということでした。
■PB商品なのに値段は高め
「増粘剤・保存料・アミノ酸等の添加物不使用」のトマトソースハンバーグ(税抜き399円)
「過去20年以上にわたり抗生物質入り飼料を与えておりません」と書かれた和豚もちぶた(税抜き829円;100g当たり299円)
「食塩・塩分不使用の素焼きミックスナッツ」(税抜き399円)
など、いちやまマートの売り場には「身体に悪いものを販売しない」(三科社長)という言葉通りのこだわり商品がいたるところに陳列されています。
筆者は過去、数千店舗の食品スーパーを国内外で見てきていますが、ここまであらゆるカテゴリーにわたって健康に配慮した商品を、「オリジナルのPB商品」で展開している店は見たことがありません。
まさにいちやまマートは食品ではなく、健康を売る店なのだと感じました。いちやまマートのPB商品「美味安心」は、合成着色料、合成保存料、合成香料、化学調味料を使わないというオリジナル商品です。すでに500アイテムほどを開発し、年々アイテム数が増えています。
一般的に、大手量販店やスーパーは、低価格で販売できるPBの開発が常識でした。しかし、いちやまマートの美味安心はこうした価格訴求ではなく、品質重視。むしろ価格は高いものが多いのです。
■他店と違う商品を高く売る
美味安心のパックご飯「ミルキークイーンごはん」(5食1パック)は679円(税抜き)ですが、いちやまマートが加盟しているAJS(オール日本スーパーマーケット協会)のPB くらし良好の「ごはん5食パック」は459円(税抜き)です。220円高いのです。NB商品であればさらに安い。
それでも美味安心のごはんパックはパックご飯の売り上げの35%程度あるそうです。良い物は高くても売れるのです。
一般的には「他店と同じような商品を安く売る」のがセオリーなのに対して、いちやまマートは「他店と違う商品を高く売る」戦略です。まさにスーパー業界の商品イノベーションです。
なぜこのような戦略をとるに至ったのか。いちやまマートの歴史とそのこだわり哲学について見てみましょう。
実はいちやまマートのイノベーションは今に始まったことではありません。それはいちやまマートの歴史年表を見ると分かります。
いちやまマートはもともと菓子・果実店として創業し、その後、スーパーとして成長していきます。現在は山梨、長野に15店舗を展開し、売上高は258億円(2023年時点)。ローカルスーパーとしては比較的大きな規模です。
ここまでくる過程には、創業者であり三科社長の父・十三氏の活躍があります。
■なぜ健康食品を作り始めたのか
「父はアイデアマンでしたね。1976年、いちやまマート貢川店で夜中の12時まで営業するという取り組みを始めたんです。セブン‐イレブンが24時間営業を始めたのは75年の福島県虎丸店からなので、スーパーとしては全国で2番目の早さで夜の12時までの営業に踏み切ったんです」
これを皮切りに、当時は珍しかった100均一セールやお惣菜やパンの店内調理などをはじめたことで、お客は増加の一途となり、売り場面積300坪で年商50億円という全国でもトップクラスの単店売り上げになったという(同店は老朽化のため09年に閉店)。
いちやまマートは創業以来、常にイノベーションによって成長を続けてきた食品スーパーなのです。
次に手掛けたのが、おいしいだけではなく、身体に良い物を作ろうというPB商品開発でした。
「父が55歳でがんでなくなって、そこから私と兄の達矢の二人三脚でスーパーを必死に切り盛りしてきました。私は父の亡くなる2年ほど前に東京から帰ってきたので、右も左もわからないままとにかく働いた記憶しかないですね。父のやってきたことを継承しつつ、PB商品を始めようと模索しました」
ただそれは現在のような健康志向のPB商品ではなく、加盟しているAJS(オール日本スーパーマーケット協会:ボランタリーチェーン)で始まった同会のPB商品を店内で売り始めた。
そんな最中、再び雅嗣氏を不幸が襲う。共同経営者だった兄が46歳でがんで亡くなったのだ。
■「合成着色料が身体にいいわけがない」
短い期間に、二人も大事な人をがんで亡くす。なぜなのか。三科社長は自問自答に明け暮れたといいます。
「答えなんてないんですけどね。でもショックで……。なぜこんなことが起きたのか原因を知りたくていろんな本を読みあさりました。そこで思ったんです。人生においてもっとも重要なことは、健康な身体を保つことこそがではないか、と」
偶然にもその頃、知人から同志社大学名誉教授の西岡一さんのことを知らされました。
「この人の本を読んで、直接会って話してね、食品についての見識を深めました。そして、合成着色料は身体に良いことはないと確信したんです。私はお客さまに食品を提供する仕事をしているわけですから、健康に悪いものをウチの店では売らないことを思いついたんです」
ここからいちやまマートはお客さまの健康的な食生活を提案する企業という姿勢を強く打ち出すようになっていきました。
■お菓子売り場から色が消えた
2001年、三科社長はタール系色素を使用しているNB商品を店では一切販売しないことを決めました。
しかし、当時42歳だった社長の判断に社員からは疑問の声が出ました。
「やはり売り上げが減るのでは? という声は多かったですね。なにより商品がなくなって売り場がスカスカになると。それでもタール系色素が入っているモノはすべて棚から外しました。当時、合成着色料をたっぷりつかっていたのは子ども向けのお菓子だったんです。結果、お菓子売り場からカラフルな商品が消え、なんだか色合いが地味になりました(笑)」
しかしこれだけでは本気度が伝わらないと考えた三科社長は、「半年後に地元紙 山梨日日新聞に全面広告を打つ」と全社員に宣言しました。
「もうこれで方針を撤回することはないぞと。社員に対するメッセージでした」
とはいえ、売り場の担当者やバイヤーは代替品を見つけるのに相当苦労したようです。
「当然、卸やメーカーは難色を示しました。現場ではなく管理職の方々の反応はとくに渋かったのを記憶しています。あるメーカーには、当初はPB商品の提案を不可能だと伝えられました。それでも私の思いを根気強く言い続けたところ、ある時に、その社員の方が『社長の思いはわかりました、上を説得してみます』と言ってくれ、PB商品を作ってくれたんです」
■新聞の全面広告に書いた決意表明
2001年9月28日、新聞にいちやまマートの全面広告が掲載されました。
「タール系色素完全撤廃!」と書かれたチラシには、無添加たらこ・明太子や天然色素すら使わないソーセージなどの商品が4品だけ並んでいます。広告としてはまったく集客できそうもない内容です。特売商品もありません。あるのは一つのメッセージ。
「未来を担う子供達のために、今大人がしなければならないこと。それは、こんなにも安易に使ってきてしまった食品添加物を少しでも減らしていくことだと思います」と書かれています。
これはある意味、これまでの品揃えの否定であり、他の食品スーパーの品揃えに対する警鐘でもあります。
「ただ単に健康的な食品をだしているわけではありません。おいしくないと販売する意味がない」
この取り組みは反響を呼び、07年にはPB商品を化学調味料無添加に完全リニューアルし、株式会社美味安心を設立し、本格的な拡販に入りました。
高知のスーパーがいちやまマートの商品を売りたいと挨拶に来られ、地方スーパーで同じ思いを共有するスーパーへの卸販売も始まりました。24年時点で全国のスーパー60社で美味安心が販売されるまでになっています。
■いちやまマートのふたつの課題
ではいちやまマートの戦略は安泰なのか。
私は2つの課題があると感じました。
① 品質と価格のバランスをどうとるか?
美味安心はおよそ500アイテム。自社販売分のみで年間約9億2000万円の売り上げです。卸が全体の6割を占めますから年間売り上げ15億円程度(筆者推計 現在、確認中)です。
1アイテムあたり300万円の売り上げですから、1アイテムあたりの売り上げとしては大きくありません。本当に良いもので必要とされていればもっと売れてもいいはずです。しかし三科社長は次のように言います。
「やはり地域に根差す食品スーパーにお客さまが求めるのは、価格と品質の両方です。全体の65%くらいのお客さまは価格重視派です。品質重視派は35%程度と感じています。つまり35%くらいは高くても良い物を買いたいという方がいるということです。そのような方は遠方からもわざわざ買いにいらっしゃいます。しかし足元のお客様は安い物を求める傾向が強い。日常的に購入する食品である限り、これは当然の欲求です。だからこれに応えないといけないのです」
特に地方スーパーの場合は人口も東京のように大勢いるわけではありません。店内の商品すべてが健康に良い物になったとしても、価格が高くなれば買いたくても買えない人がでてきます。実質賃金が増えていない日本では価格は重要な要素なのです。
■なぜオンライン販売を強化しないのか
② 認知度を高めることが必要ではないか?
世の中には食アレルギーなどで困っている人は多く、さらに言えばアレルギーに気づいていない人も多くいます。
Vegewelと運営会社フレンバシーが調査した「第4回日本のベジタリアン・ヴィーガン・フレキシタリアン人口調査」に今日本人が取り組んでいる食生活の内容があります。
それによるとベジタリアンやヴィーガン、グルテンフリー、ファスティングなどは増加していますが、無添加・オーガニック、マクロビオティック、低糖質・糖質制限は減少しています。
健康的な食生活というカテゴリー自体が幅広いことと、人によってこだわりたい食生活が体質によってさまざまであることを意味しています。
実際にいちやまマートでも美味安心のグルテンフリー商品を強化していました。
パンなどに含まれるタンパク質のグルテンによって身体の変調を引き起こす人が多いのでグルテンフリーはニーズが高い商品です。海外のスーパーでは大量に陳列している店をよく見かけますが日本ではまだ少ない印象です。
しかし人口比では食アレルギーを持つ人はあまり多くないため、日々の売り上げをとろうと思ったら、特に地方スーパーではグルテンフリーよりも一般的なNB商品の品揃えを増やしたくなるものです。
お客さんの困りごとに応えたい思いがある一方で、目先の売り上げを考えると十分な品揃えができない。こんなジレンマを抱えている店がまだまだ多いのが実態です。
その点ではいちやまマートが東京都心に出店したり、オンライン販売を強化して全国に販売網を広げることも必要ですが、「当面は既存店の充実や地域での宅配強化をしていく」(三科社長)ということです。世の中には店が溢れすぎていて店舗をだすことだけが正解ではないからというのが理由のようです。
地域に根差すことは大事ですが、美味安心が本当に世の中に必要な商品であるならば、都内に美味安心に特化した新業態を作るとか卸先をさらに増やす、ネット販売を強化して全国の困っている人たちが身体に合った商品を購入しやすくするなどの次の一手が必要だと思います。
■ポテンシャルが高いだけにもったいなさも
健康に寄り添った商品の一番の課題は「おいしくないものも存在している」ことです。健康的だけどまずいということではやはりお客さんは買ってくれません。
ところがいちやまマートの美味安心はどれもおいしいのです。筆者はラーメンやミックスナッツ、カレー、ソーセージ、こだわりキムチなどさまざまな商品を購入し食べてみましたが、どれも本当においしい。メーカーさんと一品一品、何度も試作を重ねて作り上げてきただけの品質があります。
美味安心は名前の通り、おいしくて安心だから画期的なPB商品です。それを全国に広げていくのは店にとってもお客さんにとっても必要です。
現在、いちやまマートでは美味安心同様、健康をコンセプトにした「ナチュラル」というPB商品も作っています。これは飼料に抗生物質を極力使わないようにした魚や肉などの健康ブランドです。
今後はこれらの認知度を上げるためにも社員教育も重要と考え、従来は取引先だけだった試食会に社員も参加できるようにし、自社商品の啓蒙(けいもう)を社内からしていく取り組みも始めています。
創業60周年を迎える24年は400人前後の社員に参加してもらい試食会を行う予定にしているそうです。
「食べることが一番の教育。社員に自社商品を食べてもらって、おいしくて安全な商品の価値を知ってほしい。それがお客さまに伝えていく一番の方法だと思います」(三科社長)
いちやまマートの食イノベーションはこれからが本番です。「価格は一瞬 健康は一生」という会社の理念をより広く伝えられるような次のイノベーションが全国でも見られることを期待したいと思います。
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経営コンサルタント
1969年、静岡市生まれ。船井総合研究所にて28年間、上席コンサルタントとして従事したのち、ムガマエ株式会社を創業。流通小売・サービス業界のコンサルティングを得意とする。「面白い会社をつくる」をコンセプトに各業界でNo.1の成長率を誇る新業態店や専門店を数多く輩出させている。街歩きと店舗視察による消費トレンド分析と予測に定評があり、最近ではテレビ、ラジオ、新聞、雑誌でのコメンテーターとしての出演も数多い。
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(経営コンサルタント 岩崎 剛幸)
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