1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

なぜ世界1位のTSMCが日本の拠点を増やしているのか…米中の「半導体戦争」が日本にとってチャンスである理由

プレジデントオンライン / 2024年4月1日 9時15分

半導体受託製造最大手の台湾積体電路製造(TSMC)の熊本第1工場。運営するのは子会社のJASM=2024年2月10日、熊本県菊陽町[小型無人機より撮影] - 写真=時事通信フォト

■「半導体産業の強さ=国力」の時代に

最近、中国政府は半導体関連分野の産業政策を一段と強化した。半導体関連企業の研究開発や製造技術の向上を強く支援するため産業補助金などを拡充する。米国の圧力を克服して、先端〔回路の線幅が1桁ナノ(ナノは10億分の1)メートル台〕のチップ製造技術の向上を急ぐ。

一方、米国もインテルに対して巨額の支援を行う。わが国や欧州委員会、韓国や台湾なども半導体産業の競争力向上に関連政策を強化する。主要国の半導体分野への支援強化の背景には、半導体が主要国の経済、社会、安全保障に与える影響は拡大したことがある。最新の半導体製造を、他国に先駆けて実現し国産チップを増やす。半導体産業の優劣が、その国の実力に決定的な影響を持つ時代を迎えている。

AI分野の急成長もあり、先端チップの製造技術も大きく進化している。AIの深層学習強化を支えるため、複数の半導体を組み合わせる“チップレット方式”と呼ばれる製造技術が促進されている。

■中国は政府調達のPCからインテル製を排除

今後、半導体などの分野で米中の対立は一段と激化することは間違いない。微細化とチップレットなどの技術進化で、さまざまな半導体関連部材の重要性も高まる。半導体製造用の封止剤や感光材やセラミックなどの分野で、わが国には比較優位性の高い企業が多い。わが国が半導体産業の競争力向上を目指すために、関連分野の支援策はさらに強化することになるだろう。

足許、中国を初め主要国は半導体製造能力の構築を支援し、安全保障体制を強化することを目指している。中国は政府調達のパソコンに使う半導体からインテルなど米国企業を排除する方針も策定した。

ファーウェイの半導体設計能力、大手ファウンドリー中芯国際集成電路製造(SMIC)の微細化推進、政府系製造装置メーカー北方華創科技集団(NAURA)の実力向上を急ぐ産業政策の方針はより明確になった。また、中国は汎用型の半導体を組み合わせてより高性能な演算ユニットなどをつくる“チップレット方式の”生産技術の強化も進める。

3月、産業投資ファンドの“国家集成電路産業投資基金”は4兆円程度の資金調達を開始した。主に地方政府が資金を拠出する。中央政府の支援が加われば、支援規模は強大になるだろう。

■いち早くTSMCの信頼を取り付けた日本

一方、米国のバイデン政権は2022年に成立した“CHIPS科学法”に基づき、インテルに最大85億ドル(1ドル=151円で約1.3兆円)の補助金支給を発表した。また、110億ドル(約1.7兆円)の融資も行い、アリゾナ州などで半導体のチップ製造を支援する。さらに、アリゾナ州でのTSMCの工場建設に、50億ドル(7600億円)以上の追加支援も行うようだ。

欧州委員会も半導体分野の支援強化に動いた。2023年8月“欧州半導体法”を採択し、ドイツ東部のドレスデンにTSMCの工場建設を発表した。主に車載用の半導体(線幅で20ナノメートル台)の生産を計画する。ドレスデンでの投資額は1.5兆円を上回ると予想される。独仏アイルランドに加え、ポーランドにもインテルは半導体の組み立て・検査工場を建設する計画だ。

わが国も迅速に支援策を実施した。熊本県ではTSMCの第1工場が開所し、第2工場の建設も明らかになった。補助金の支給規模全体で米中に引けをとるが、わが国は他の国よりも円滑に補助金などを支給し、TSMCの信頼を取り付けることができた。それは今後の半導体産業の育成に追い風だ。

■「チップレット方式」をめぐる技術競争が激化

改革開放以降、中国政府は海外直接投資誘致などにより、時間はかかったが半導体の国産化を進めた。政府の巨額支援で、中国の半導体設計開発、製造などの能力向上の可能性は高まる。SMICはこれまでに確保した海外企業の半導体製造装置などを改良し、回路線幅7ナノメートルのチップの生産にこぎつけた。

今後、中国政府は半導体関連分野の補助金政策などをさらに強化し、米国の圧力に対抗しようとするはずだ。主な方策として先端半導体の強化に加え、中国は汎用型チップの製造技術を駆使し、より高い演算などを行う半導体の製造技術の確立を目指すだろう。異なる機能を持つ半導体を組みあわせて一つのチップのように作動させる“チップレット方式”の重要性は高まる。

■チップ製造は台湾、韓国、中国頼み

2023年、チップラー(奇普楽)という中国の半導体スタートアップ企業が、米国企業の手放したチップレット関連の特許を取得したことが明らかになった。そのあたりから中国半導体産業でチップレット関連の研究開発は加速した。半導体支援策の強化で中国は、チップレット分野の技術向上も目指しているはずだ。

一方、米国が強力な支援を行うインテルについて、先行のTSMCなどと互角に競争できる製造体制を実現できるか否か、不確実な部分は残るだろう。1990年代以降のIT革命の加速で、米国企業はチップの設計開発などソフトウェア分野に集中して経済成長を実現した。チップの製造は台湾、韓国、中国への依存が高まった。

2023年10~12月期、世界のトップ10のファウンドリー売上高に占めるTSMCのシェアは61.2%(前期は57.9%)に上昇した。インテルはトップ10に入らなかった(台湾トレンドフォース調査)。米国は日欧などにも連携を求めながら半導体関連の対中規制や制裁を強化するだろう。

プリント基板実装工程を担うロボットアーム
写真=iStock.com/kynny
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kynny

■米中対立が日本企業にとってチャンスである理由

インテルの製造技術向上ペースにもよるが、これから、米国は汎用型の半導体、関連装置や部材にまで対中制裁などを拡大・強化する可能性は高い。半導体関連分野で米中の対立はさらなる先鋭化に向かうだろう。必ずしも楽観はできないが、わが国はそうした環境の変化を半導体関連企業の競争力強化につなげることができるはずだ。

米中を中心に、主要国は半導体分野で補助金などをさらに積み増し、自国内で、自国企業を中心に最先端チップの製造を目指すことになるだろう。そのため、台湾と韓国のシェアが高まった半導体製造能力の地理的分散は激化する。わが国半導体関連部材、製造装置メーカーの収益機会は増えるだろう。

チップレットの重要性上昇も、世界の半導体産業の構造変化を勢いづける。近年、TSMCでさえ微細化の加速は難しくなりつつある。それに対し、AI急成長などでより高性能のチップ需要は想定以上のスピードで増えた。需要に対応するためにチップレット生産の重要性は高まる。

■政府は半導体関連の投資を惜しんではならない

チップレット方式では、これまで以上に複雑な生産技術が必要になる。シリコンウエハー(基盤)に回路を形成する“前工程”に加え、チップの研磨や切り出し、ケースへの封入、3次元積層や周辺ユニットとの配線加工など、“後工程”に近い部材、加工装置の需要も増える。関連部材などの分野で、わが国には高い競争力を持つ企業が多い。

TSMCは、わが国に先端パッケージングの拠点設営を検討していると報じられた。GPUなどの高性能化をきっかけに、急速にチップレット製造技術の重要性が高まったことへの対応だろう。前工程での直接投資積み増しに加え、中国の支援強化、台湾企業の進出などで、チップレット分野でもわが国の半導体関連企業に多くの需要が舞い込むことが予想される。

わが国の政府にとって、半導体部材メーカーの製造能力向上に向けた支援を強化する必要性は高まる。政府は、民間企業の研究開発や設備投資が後退しないよう、関連する支援を強化すればよい。それは、2025年に2ナノのチップ試験生産を目指すラピダスの成長をはじめ、わが国の景気回復に大きく寄与するはずだ。

----------

真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

----------

(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください