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本物を食べれば絶対に感動する…「カタい」「クサい」というクジラ肉が高級食材として最高値を更新しているワケ

プレジデントオンライン / 2024年4月5日 11時15分

共同船舶の所社長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

昨年11月、イワシクジラの「尾の身の生肉」が下関市場で1キロ80万円という史上最高値で競り落とされた。捕鯨会社の共同船舶の所英樹社長は「クジラ肉の『かたい』『くさい』というイメージは、調理方法を間違えているから。適切に調理すれば、中トロと牛肉を足して割ったような味と食感になる」という――。(後編/全2回)(聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川徹)

■「こんなにもうまかったのか」と驚いたクジラのある部位

(前編から続く)

――2019年に商業捕鯨が再開しました。しかし商業捕鯨が成り立つほどクジラ肉に需要があるのでしょうか。

以前、消費者がクジラ肉にどんなイメージを持っているか調査を行いました。

〈かたい〉〈くさい〉〈調理の仕方が分からない〉〈クジラを食べる必要がない〉などの回答が寄せられました。しかもクジラ肉を食べた経験がない若い世代も増えています。いや、食べた経験がないどころか「クジラって食べていいの?」という意識の人も少なくない。

私が社長に就任する2020年までは、クジラ肉は、高齢者がノスタルジーで買ってくれる商品と受け止められていました。

そうしたイメージを払拭するために、いま2つのことに取り組んでいます。ひとつは、クジラの本当の味を知っていただくこと。もうひとつは、クジラ肉の成分を広めることです。

私自身、クジラってこんなにうまかったのか、と感動した経験があります。10年ほど前、私は経営コンサルタントとして、日本鯨類研究所が主導するKKP(くじら改善プロジェクト)にたずさわっていました。捕鯨のコスト削減とクジラ肉の品質向上を目指したKKPの一環で、捕鯨国のアイスランドを視察したんです。

捕獲したばかりのナガスクジラの高級部位である「尾の身」を切り取って冷蔵庫で一晩寝かし、熟成させた。

翌日、刺し身でごちそうになりました。肉が柔らかい上に、口のなかに脂がとろけた。その脂の粒子が細かくて上品なんです。飛び上がるほどうまかった。強いて言えばマグロの中トロと牛肉を足して2で割った味と食感と言えばいいか……。その肉が、近くに湧き出す温泉水で割ったハバナクラブによくあって、酒が進みました。

■採算度外視の事業

でも、残念ながら、この肉は日本では食べられません。基本的に日本で流通するクジラ肉は一度、冷凍されています。冷凍肉は、生肉に比べてどうしても味が落ちてしまう。

あの生肉が食べられないのは惜しい。そう感じた私は社長に就任してから、冷凍しない生肉の流通に力を入れてきました。

一昨年秋、冷凍せずに下関市場に水揚げしたイワシクジラの尾の身の生肉が1キロあたり約50万円で史上最高値を付けました。さらに去年11月には同じイワシクジラの尾の身の生肉が下関でキロ80万円で競り落とされ、最高値を更新したのです。

クジラの生肉にはそれだけの価値があると私は確信しています。

――生肉がクジラの需要喚起の鍵になりそうですね。もっと流通させることはできないのですか?

生肉を流通させるには、操業を数日休んで、生肉を積んだ船を1隻陸に向かわせなければなりません。1日で数百万円のコストがかかります。

でも、クジラ肉のファンを増やすには、クジラの本当の味を知ってもらう必要がある。新たな市場開拓のために、採算度外視で行っている事業なので、大量に流通させるのは難しい。

今年3月末に竣工した共同船舶の「関鯨丸」。総トン数9299トン、全長112,6メートル。航海距離は7000海里(マイル)で南極海への航海も可能だ。
筆者撮影
今年3月末に竣工した共同船舶の「関鯨丸」。総トン数9299トン、全長112.6メートル。航海距離は7000海里(マイル)で南極海への航海も可能だ。 - 筆者撮影

■クジラ肉の知られざる効能

もちろん冷凍されたクジラ肉をおいしく食べる方法はあります。

クジラ肉の調理で難しいのは、解凍です。解凍するとうまみを含んだドリップと呼ばれる汁がどうしてもにじみ出してしまう。解凍に失敗するとドリップが一気に出て、味も食感も台無しになってしまいます。

解凍のコツは、ゆっくりと時間をかけること。冷凍庫から冷蔵庫に移して、1日から1日半かけて解凍させると味も風味も落ちません。さらに言えば、熟成させればもっとおいしく食べられる。

マイナス20度で保管していたクジラ肉をマイナス5度程度の環境に1週間ほど置いておく。そうするとゆっくりととけて、身が熟成されて柔らかくなり、うまみが肉全体に浸透していき、解凍してもドリップが少なくなる。本当にうまいですよ。

――クジラ肉のイメージを払拭するための2つ目の取り組みであるクジラ肉の成分についても教えてください。

たとえば、クジラ肉に含まれるバレニンには、肉体疲労、精神疲労を軽減し、免疫力を高める効果があります[杉野 友啓 ほか 株式会社総合医科学研究所 , 2013](※1)

※1「鯨肉抽出の身体作業負荷および日常作業による疲労に対する軽減効果」

またクジラの脂は、オメガ3脂肪酸の塊です。脂には柔らかい脂と硬い脂があると言われています。牛肉に代表されるような固い脂ばかり食べていると脂肪肝になってしまう。マウスによる実験の結果ですが、脂肪肝になったマウスにクジラの柔らかい脂を摂取させると症状が改善される[Satoshi Hirako , Takahiro Hirabayashi 他, 2023](※2)

※2 Docosapentaenoic acid-rich oil lowers plasma glucose and lipids in a mouse model of diabetes and mild obesity

■なぜ〈固い〉〈臭い〉というイメージなのか

とくにクジラのオメガ3脂肪酸には、海生哺乳類だけが持つDPAという成分が含まれています。アラスカのエスキモーには、脳梗塞や心筋梗塞が少ないというデータがあります[隆, 1987](※3)。

※3 白血球アラキドン酸代謝を介するeicosapentaenoic acidの抗炎症作用

彼らは海生哺乳類の脂を頻繁に摂取する。DPAが作用した影響ではないかと考えられています。

年を取って卵が生まなくなった鶏に、クジラの脂からつくったパウダーを与えたら、再び産卵するようになったという報告もあります(取引先が行った社内テスト)。

クジラは長寿の動物なんです。少し前の話ですが、先住民が捕獲した北極クジラの頭部から19世紀に使われていた銛がでてきたそうです。このクジラは200年以上生きていた。クジラ肉にふくまれる成分に若返りや長寿の秘密があるのではないか。そうした推測のもと、いま研究を進めているところなんです。

私は大学時代に食品学科で学んだせいか、クジラ肉の成分にとても関心がある。クジラ肉が持つポテンシャルに好奇心が刺激されるのかもしれません。

――さまざまな研究が進んでいるのに〈かたい〉〈くさい〉という昭和のイメージのまま止まっているのですね。

その原因は、調査捕鯨時代に新規参入する加工屋さんや料理屋さんがいなかったからです。

調査捕鯨がはじまった1987年、クジラをあつかってきた加工屋さんや料理屋さんはクジラ肉の供給がストップして、経営を続けられないのではないかと戦々恐々としたそうです。

そこで水産庁はクジラを手がけてきた業者にクジラ肉の安定供給を約束した。そうした経緯があり、商業捕鯨が再開されるまでの32年間、新しい事業者がクジラ肉を扱いたくても、手に入りにくかったのです。

「築地ボン・マルシェ」のシェフが考えたクジラ料理。左上から①クジラ肉を使った米粉パン、②赤肉のタルタル、③さえずりを使ったコロッケ、④タラバガニとクジラの春巻き
撮影=プレジデントオンライン編集部
「築地ボン・マルシェ」のシェフが考えたクジラ料理。左上から①クジラ肉を使った米粉パン、②赤肉のタルタル、③さえずりを使ったコロッケ、④タラバガニとクジラの春巻き - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■32年間進化も進歩もしなかった業界

つまりクジラを専門にあつかう業者は、競争を知らずに32年間を過ごしてしまった。それがいかに異常な状態か。

町中の居酒屋を想像してください。あまたの店のなかから、お客さんに選んでもらうために、さまざまな工夫をして、店の個性を出している。激しい競争のなかから、サービスや料理の新たなアイデアが生まれるんです。

しかし料理屋や加工屋だけではなく、われわれ共同船舶もふくめた捕鯨業界全体が32年前で進化も変化もないままストップしていた。業界全体が、補助金で守られてきたために変化を望まなかったんです。困ったら誰かが助けてくれるという意識が根付いてしまった。

そんなぬるま湯からは、新商品や新しいサービス、起死回生のアイデアは生まれません。業界全体が意識を変えなければならないんです。

――いま、おいしいクジラを食べられる店はあるんですか?

商業捕鯨になってから、新規参入する業者が増えました。手頃な値段で楽しみたいのなら虎ノ門の「鯨の胃袋」さん。予約がなかなか取れないほど人気になり、3店舗を展開しています。

新母船・関鯨丸の母港になった山口県下関の「日新丸」もいい。日新丸は、今年関鯨丸が竣工するまで、三十数年にわたり、日本の捕鯨を支えてくれた捕鯨母船です。社長が全国飲食業生活衛生同業組合連合会のナンバー2で、新たなクジラ料理を考案してくれています。

■昔と今ではクジラ肉の味わいは違う

大阪では老舗の「むらさき」さん。「むらさき」さんで修行した店主がやっている「どうぞの」さんも予約が取れないほど連日、賑わっています。

われわれもクジラを獲るだけではなく、クジラの本当の味を知ってもらおうと、クジラ肉専門のイタリアンレストラン「LA BALENA NEL PARCO(ラ・バレーナ・ネル・パルコ)」を東京・内幸町にオープンしました。5月の連休まではプレオープンとしてランチだけの営業で、われわれが開発したクジラ肉のソーセージを使ったホットドッグなどを提供しています。

画像提供=共同船舶
「LA BALENA NEL PARCO」で食べられる、クジラの赤肉を使った「特上赤身肉のタリアータ ミックスハーブ添え」 - 画像提供=共同船舶

お勧めはアイスランドのナガスクジラの肉を使ったステーキ。ナガスクジラの肉はオメガ3脂肪酸の影響で、焼いても固くなりにくいんですよ。表面はカリカリなんだけど、中身は火が入りつつしっとりしている。

まずは、ぜひ一度、おいしいクジラ肉を食べてみてください。クジラ肉に対するイメージが、絶対に変わるはずですから。

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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『それでも彼女は生きていく 3・11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社)などがある。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。Twitter:@toru52521

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(ノンフィクションライター 山川 徹 聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川徹)

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