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「笠置シヅ子に詳しくないくせに」と叱られたが…「ブギウギ」脚本家が一番こだわった意外なサブキャラ

プレジデントオンライン / 2024年4月6日 6時15分

3月、イベントに登壇した足立さん(左)と佐藤さん(右)撮影=プレジデントオンライン編集部

笠置シヅ子の生涯をモデルに脚本家の足立紳さんが描いた連続テレビ小説「ブギウギ」(NHK)は、好評のうちに2024年3月29日で最終回を迎えた(櫻井剛と合同執筆)。足立さんと対談した娯楽映画研究家の佐藤利明さんは「『義理と人情』をテーマにした人情喜劇に本格的な歌謡シーンの再現がプラスされ、研究家から見ても鳥肌が立つような素晴らしいドラマだった」という――。

※この対談は2024年3月22日、書泉グランデ(東京都千代田区)で行われたイベントの模様を再構成したものです。

■笠置シヅ子をモデルに朝ドラを書くことになった経緯とは

【佐藤】戦前戦後の流行歌の愛好家としても「ブギウギ」は鳥肌が立つぐらい面白かったので、この半年間、毎朝リアルタイムで放送を見てきました。そもそも足立さんは「2023年後期の朝ドラは笠置シヅ子」と決まってから、脚本を書くことになったんですか?

【足立】いえ、最初は題材が決まっていなくて白紙の状態でした。先に朝ドラを担当するということになって、たくさんの企画がある中から笠置シヅ子さんをモデルにすることが決まりました。

【佐藤】そうだったんですね。毎年、10月スタートの朝ドラはNHKの大阪放送局が作っているわけですが、第97作「わろてんか」は吉本興業創業者の吉本せいさん、第103作「おちょやん」が上方女優の浪花千栄子さん、と来ていたので、今回、笠置さんになったのは必然的な感じがしたんですが。

【足立】僕自身は笠置さんに関して全く詳しくなく、お名前と代表曲の「東京ブギウギ」のことしか知らなかったけれど、NHKから送られてきた資料を読ませていただくと面白い。かなり波瀾万丈な人生を歩まれているので、これはドラマにできるのでは、と思いました。ただ、波瀾万丈だけだと僕より上手に書かれる方がいらっしゃるので、「本当に自分がふさわしいのか」と思いましたが、自伝の中で育てのお母さまが、自分が死んだあとに生みの親に笠置さんを会わせないでほしいと夫にお願いしたという、人間の業のエピソードをユーモラスに振り返っていらして、そこに強く魅かれました。

【佐藤】僕は、次に昭和の音楽についての伝記ドラマ・映画を作るなら、笠置さんと服部良一さんのコンビだと思っていました。服部先生とその弟子、淡谷のり子さんと笠置さんの物語を戦前、戦中、戦後と展開して描いていたら、「なんぼかおいしかろ」という話を、前からしていました。それを朝ドラでやってくれたのはうれしかったです。

■『エースをねらえ!』のような笠置と淡谷、服部良一の関係

【足立】僕は1972年生まれですが、本当に笠置さんのこともろくに知らなかったですし、淡谷のり子さんに至っては、モノマネ番組の審査員としての印象しか……(笑)。ただ、資料を読み込むと、淡谷さんもそうとう面白い人生を歩んでいますよね。

【佐藤】そうです。淡谷さんはすべてにおいて笠置さんより一周早いんですね。例えば、服部良一先生の門下に入ったこと、シングルマザーになっても歌手を続けたこと。

【足立】むしろ、キャラクターとしては淡谷さんの方が強い。笠置さんの人生にもいろんな出来事が起こるけれど、資料を読むと「ひとりの生活者であろうとした」という印象を受けて、そこもすごくいいなと思ったんです。

【佐藤】スポ根漫画『エースをねらえ!』みたいな三角関係ですよね。淡谷さんがお蝶夫人で、笠置さんが岡ひろみ、服部さんが宗像コーチという感じで、淡谷さんと笠置さんはライバルでありつつそこには友情もある(笑)。

【足立】すみません。『エースをねらえ!』もよく知らなくて(笑)。

■ドラマが気づかせた笠置と淡谷のシングルマザーという共通項

【佐藤】とにかく、笠置シヅ子の物語の中で淡谷のり子さんがここまでフューチャーされるというのは、想定していませんでした。僕が笠置さんについて書いた本(『笠置シヅ子 ブギウギ伝説』)でも淡谷のり子さんは「ブルースの女王」としてちょっと登場するだけです。でも「ブギウギ」を見ているとたしかに、笠置さんにとって淡谷さんはシングルマザーの先輩であり、淡谷さんは小言を言ったりしながらも、ずっと笠置さんの危なっかしいところを見てあげていた。その視点が新鮮でした。

【足立】ドラマでは、りつ子がどこかでスズ子のことを尊敬しているんだと思うんですね。出会ったときから、りつ子はスズ子に「下品な歌を歌っているんじゃないわよ」みたいなことを言ってきたし、二人の歌の方向性はまったくちがう。ただ、おそらく、りつ子は、自分とは全く違うスズ子の力みたいなものは感じていたんだろうなと思います。同じシングルマザーでもあるけれど、りつ子の方は、歌を選んで、実家に預けっぱなしにしちゃったけれど、笠置さんの方は、ひとりで子どもを産んでも、仕事と両立して育てようと一生懸命頑張る。

笠置シヅ子が劇中で「東京ブギウギ」「センチメンタル・ダイナ」を歌う映画『春の饗宴』(1947年東宝)。ホームドラマチャンネルで4月7日放送
『春の饗宴』©1947 TOHO CO,.LTD.
笠置シヅ子が劇中で「東京ブギウギ」「センチメンタル・ダイナ」を歌う映画『春の饗宴』(1947年東宝)。ホームドラマチャンネルで4月7日放送 - 『春の饗宴』©1947 TOHO CO,.LTD.

【佐藤】スズ子が娘を産んだときに、りつ子がそのことを言葉にしましたね。それは知識として知ってはいたけれど、淡谷さんの人生をそういう風に考えたことはなかったんですよ。

【足立】半ば、子供を捨てた母親、ということになってしまうわけですよね。

【佐藤】昭和歌謡や映画といった事象からの研究をしてきたので、そういう認識が僕の中にはなかった。だから、「ブギウギ」にそれが重要なことだと、気づかさせてもらいました。

【足立】それは淡谷さんの本を読んだ時に感じました。直接書いてあったかは覚えていないので受けた印象ですが、自分は子どもより歌を選んで歌っているということの業の凄まじさというのか、そういうものを抱えながら歌手をやっているんだろうなというのは。

■「笠置の史実に詳しくないくせに」と叱られたことも

【佐藤】そういった感情と表裏一体になって、だからこそ彼女は歌手としてプロに徹しているんだということが、すごく納得できる。足立さん、お見事でしたね。とにかく、スズ子に関しても、笠置さんが大阪で育った幼少期から描き、全体としてライフタイムストーリーに仕立てたのがすばらしかったと思います。

【足立】ありがとうございます。ちょっと怖かったんですけどね、「お前、笠置さんに詳しくないのに、勝手に史実を変えてるんじゃねぇ」とネット上でお叱りの言葉をいただいて。

【佐藤】エゴサーチ、するんですか?

【足立】毎日、していました(笑)。映画の公開のときも毎日しますね。

【佐藤】僕もFacebookで感想を投稿していたけれど、賛否両論あるから、脚本家さんとして心臓に良くないのでは……。

【足立】僕は、批判的コメントを読んでも、そんなに凹(へこ)まない方なので大丈夫ですけどね。佐藤さんの感想は、いつもありがたく読んでいました。

■大阪を主な舞台に「義理と人情」を描いたドラマ前半

【佐藤】僕は昭和歌謡の専門家としての視点からドラマを見ていたので、たしかに「おや?」と思った展開はありました。しかし、きちんと笠置さんの人生のエッセンス、その大切な瞬間を盛り込みつつ、そこに至る道筋は足立さんならではのアプローチでしたね。例えば「義理と人情」というテーマを描いたのはどうしてですか?

【足立】水川あさみさんが演じたスズ子の母・ツヤ、つまり笠置さんの育てのお母さんが義理を重んじる方だったようなので、「義理と人情」をキーワードにしましたが、言い古された言葉ではあるので、今の時代に通じる「義理と人情」とはなんだろうと考えました。最終週はスズ子が歌手を引退するという展開でしたが、その中でそれに対する答えを書いたつもりです。

【佐藤】それぞれのキャラクターとの関係で「義理と人情」が繰り返し描かれていましたね。まず、母親が「世の中は義理と人情やで」と言ってスズ子がその言葉を胸に刻む。そのスズ子が娘にまた「義理と人情やで」と言う……。ツヤが死ぬ間際、親子で夫婦漫才というかトリオ漫才をするのも面白かったです。

■実は脚本家が一番こだわったサブキャラとは?

【足立】あの場面は台本の初稿を提出した時には、「え?」というような反応が返ってきましたが、「ここは漫才で」と頑張って押し通しました。仕上がりを見ると、もう少しベタな漫才っぽくなってもよかったかなとも思うぐらいです。

【佐藤】そうだったんですね。スズ子の実家である銭湯「はな湯」では、記憶喪失の名無しのゴンベエ(宇野祥平)が働いていて、ツヤさんが亡くなったあと、本庄まなみさんが演じるきれいな女性が現れて、ゴンベエと結婚し銭湯を継ぐという……。全部持って行っちゃった(笑)。吉本新喜劇みたいで面白かったです。

【足立】あのくだりはすごい反発もあって、賛否両論になりました。僕にとっては全体の中で一番好きって言っていいぐらいの場面なんですけど。あまり「脚本どおりに演じて」というタイプではないんですが、笑いには強いこだわりがある(笑)。

【佐藤】お母さんが亡くなって、柳葉敏郎さん演じるお父ちゃんは失意のどん底に落ちてどうなるんだろう? と思っていたら、そこでゴンベエに新しい家族ができる。一回、家族を喪失したけれど、「ここで新しい家族が生まれるんだ」という多幸感がありました。

【足立】まさにそういう雰囲気を出したかったんですよ。スズ子家族の大黒柱だったお母さんが死んじゃって、その週のうちにほわっとしたかったので、ゴンベエの大逆転を描きました。そんなファンタジーが成立するような下町の銭湯という舞台にも助けられましたね。

■人情喜劇に加えエンタテインメント性豊かな歌謡ショーを再現

【佐藤】そうじゃないとスズ子が安心して東京に戻れないですからね。銭湯にゴンベエや、アホのおっちゃん(岡部たかし)とかがワイワイ集まっているのって、僕の世代から見ると名作ドラマ「時間ですよ」(1970年TBS)みたいな雰囲気で懐かしかったです。人物名がなく「アホのおっちゃん」という役名になのもすごい。そんなの、ドラマ史上初めてじゃないかな(笑)。

【足立】それについても、役名をつけるべきだとか、いろいろ議論しましたけど、現実にはそう呼ばれている人が存在しているわけなので、そういう、名もなき人がいないという世の中にはしたくなかったんです。

【佐藤】そういう大阪らしい人情喜劇味がありつつも、単なる細腕繁盛記にはせず、笠置シヅ子の音楽が入ってきて、エンタテインメント性豊かになっていく。それがまたすばらしかったですね。僕も笠置さんについてはかなり研究してきたつもりでしたが、ドラマの中に乖離と符合があり、「なんか違うな」と思ったら、1週間の最後でこの言葉、この史実を持ってくるんだ! と驚かされることが多かった。良い意味でのマルチバース。もう、冷静な判断ができないくらいに面白かったです。

【足立】ありがとうございます。

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足立 紳(あだち・しん)
脚本家、映画監督
1972年、鳥取県生れ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書きはじめる。松田優作賞受賞作「百円の恋」が2014年に映画化され、シナリオ作家協会 菊島隆三賞、日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。2016年、NHKドラマ「佐知とマユ」が市川森一脚本賞受賞、2019年、監督・脚本を手がけた「喜劇 愛妻物語」が東京国際映画祭最優秀脚本賞受賞。小説の新作に『春よ来い、マジでこい』(キネマ旬報社)がある。

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佐藤 利明(さとう・としあき)
娯楽映画研究家、オトナの歌謡曲プロデューサー
1963年、東京都生まれ。笠置シヅ子、榎本健一、古川ロッパ、渥美清など、昭和の喜劇人やアーティストについてのコラムを執筆。著書に『笠置シヅ子 ブギウギ伝説』(興陽館)、『クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル』(シンコーミュージック)、『寅さんのことば 生きてる?そら結構だ』(幻冬舎)などがある

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(脚本家、映画監督 足立 紳、娯楽映画研究家、オトナの歌謡曲プロデューサー 佐藤 利明)

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