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だから「大谷のグローブ」を職員室に飾ってしまう…子供たちの「野球離れ」が止まらない残念すぎる背景

プレジデントオンライン / 2024年4月6日 12時15分

2023年3月21日、フロリダ州マイアミのローンデポ・パークで行われたWBC決勝戦で、アメリカチームを破り、喜ぶ日本チームの大谷翔平 - 写真=AFP/時事通信フォト

子供たちの野球離れが止まらない。ライターの広尾晃さんは「大谷翔平選手が全国の学校にグローブを配ったように、多くの野球関係者が危機感を持っている。だが、せっかくのグローブを職員室に飾ってしまう小学校があるように、そうした思いが届かない状況がある」という――。

■この1年間、世間の話題は野球一色だった

WBCのあの喧騒と興奮から早くも1年の歳月が経過した。しかし世界一の余熱は今も残っている。

WBCでMVPを受賞した大谷翔平は、MLBのレギュラーシーズンでも打っては44本塁打で本塁打王を獲得、投げても10勝を挙げ、2021年以来の2回目のMVPに輝いた。

さらにオフにはロサンゼルス・ドジャースに10年7億ドル(1000億円超)と言う史上最高額でFA移籍を決めた。

また同じくWBCで先発投手として活躍したオリックスの山本由伸は、NPBのペナントレースでも無双の活躍でチームをリーグ3連覇に導き、自身も3年連続で沢村賞とMVPをダブル受賞。オフには大谷翔平のいるドジャースに12年12年総額3億2500万ドル(約465億円)の契約を結んだ。

また2022年までオリックスの主軸だった吉田正尚はWBCで打点王に輝き、新加入したボストン・レッドソックスでは中軸打者としてチーム最高の打率.289を挙げた。

NPBのペナントレースでは新任の岡田彰布監督率いる阪神タイガースが2005年以来のリーグ優勝、同じ関西のオリックス・バファローズを日本シリーズで下し、1985年以来38年ぶりの日本一になる。岡田監督が口にした「ARE」は流行語になった。

さらに高校野球では「エンジョイ・ベースボール」を掲げる神奈川県の慶應義塾高校が107年ぶりに優勝。坊主頭ではなく自由な髪型で選手の自主性を重んじる指導と、甲子園での大応援団は、一部の批判を招きはしたが、大きな話題となった。

今年3月になって大谷翔平の結婚、さらには通訳水原一平氏のスポーツ賭博疑惑から解雇と、野球関連の大きなニュースが連日報じられている。2023年から2024年にかけて、世間の話題は「野球一色」だったかのように思われる。

■2023年の視聴率ランキングはWBC一色

それを裏付けるデータがある。今年の1月にビデオリサーチが発表した2023年の地上波テレビ番組の視聴率ランキングだ。

昨年、関東圏で放送された15分以上の地上波番組の視聴率では、上位10位までのうち7つがWBC関連。20位まででは12、30位まで(32番組)では18がWBC関連だった。

しかも本番の試合だけでなく「直前情報」「もう一度」、強化試合の「日本×阪神」までもがランクインしている。

■「野球離れ」に効果はあったのか

それだけではない。ここにランクインしている「報道ステーション」「サタデーステーション」「サンデーステーション」「ひるおび」というニュース番組は、すべてWBC期間中のものだ。こうしたニュース番組でのWBCの話題も高視聴率だったのだ。

それを含めれば30位までの32番組中、22番組がWBC関連だったということもできる。

本来は舌鋒鋭く政治問題、社会問題を批判するはずのニュース番組のコメンテーターなども、大谷翔平を絶賛するシーンがしばしば見られたものだ。

今回のWBCは、MLB機構とMLB選手会が出資するワールド・ベースボースボール・クラシック・インク(WBCI)の主催だった。東京ドームで行われた東京ラウンドは、WBCIと読売新聞社が共催した。また侍ジャパンを運営するNPBエンタープライズは代々日本テレビと読売新聞から社長が出ている。

地上波の放映権は、テレビ朝日とTBSが獲得。放映権関連ビジネスは電通が仕切って、読売側は手が出せなかった。

テレビ朝日とTBSは、放映権が高額だったためにここまでの高視聴率をとっても採算的には厳しかったとの見方もあるが、それにしてもこのインパクトは強烈だ。2026年の次回大会の放映権をどの局が獲得するかも注目される。

事程左様に、昨年は「野球の年」だったのだ。筆者は、こうした野球ブームが「野球離れ」を叫ばれて久しい昨今の野球界に大きな影響を与えるものと期待した。だが……。

■増えるどころかむしろ減った

過去5年の小学校(スポーツ少年団学童野球)、中学校(中体連野球部部活)、高等学校(日本高野連)の男子野球部員の推移は以下のようになっている。

【図表】2019~2023年 小学校、中学校、高校における男子野球部員数の推移
スポーツ少年団学童野球、中体連野球部部活、日本高野連資料より筆者作成

2023年3月のWBCを受けて、新年度に野球を始める生徒が増えるかと思ったが、中学、高校はむしろ部員数が減っている。

高校野球では1年生部員は2022年の4万5246人から4万5321人と75人増えているが、これは微増であり、WBCの影響とは言えないだろう。

小学校の数字は毎年1年遅れとなるので発表されていないが、小学校チームの関係者に話を聞くと「むしろ減っている」「今年は10万人を割り込むのではないか」と危機感を募らせる声が多かった。

中学ではこれらの数字のほかに硬式野球部がある。主として4団体あり、合わせて約5万人とされる。4団体の代表にも問い合わせたが、ボーイズ、リトルシニア、ヤングの各リーグは「増えていない」。ポニーは「選手数は増えているがWBCは関係がないと思う」との回答だった。

日本中がこれほど「WBC」「野球」で盛り上がっても、子ども、若者の競技人口拡大にはほとんど響いていないのだ。

■前回の優勝時は増加したのに

これまでは、WBCやオリンピックなど国際大会での「侍ジャパン」の活躍が、競技人口の拡大に寄与していると信じられてきた。

日本は2006年の第1回WBCと2009年の第2回WBCで連覇している。実はこの2大会の視聴率は今回ほどものすごくはない。

2006年は、視聴率30傑のうちWBC関連は3つだけ、世帯視聴率の最高は決勝戦の43.4%(3位)。2009年は30傑のうちWBC関連は7つ、最高は日韓戦の40.1%(3位)だった。

しかしそれでも、その後の小中高の競技人口は増加した。

【図表】2005年~2009年 小学校、中学校、高校における男子野球部員数の推移
スポーツ少年団学童野球、中体連野球部部活、日本高野連資料より筆者作成

特に小学校は5年間で10%も競技人口が増えたのだ。

もちろん、他の要因もあっただろう。だが、野球界は、今回のWBCでの3回目の優勝が子どもたちの野球熱を盛り上げ、競技人口増加に寄与すると大いに期待を寄せていたのだ。

それにしてもわずか十数年前、合わせて65万人を超えていた小中高の野球競技人口が、今や30万人台。競技人口の減少の激しさには、愕然とする。

では、なぜ、かつてない大盛り上がりだった第5回WBCが、子どもたちの野球熱を喚起しなかったのか?

■「草野球は実質的に絶滅した」

小学校の野球指導者は、「テレビで大谷翔平やダルビッシュ有など侍戦士の活躍に夢中になった子どもは、今年もたくさんいたと思います。子ども用のユニフォームもたくさん売れたようですし。でも、今は、子どもたちが野球をしたいと思っても、多くの市町村では、どこに行けばいいのか、とっかかりがなくなっているんです」と話す。

20年ほど前までは、市町村体位では、少年野球チームは3~4つくらいは存在したものだ。だから親は、子どもが「野球がしたい」と言えば、近所のチームに連絡し見学会に出て、チームに参加することができた。

しかし、スポーツ少年団に所属する野球チームは減少している。今では、少年野球チームが近所にない地域も普通に存在する。

競技人口が減って、維持できなくなったチームは数多い。また、後継者が見つからないため高齢化した指導者が引退しチームをたたむケースも増えている。

たとえ近くにチームがなくても、以前であれば「公園で草野球をする仲間」が見つかったものだが、今の公園はほとんどが「球技禁止」になっている。「子どもの草野球は実質的に絶滅した」という見方さえある。

さらに厳しいのが中学野球だ。全国の中学校数は1万1000校ほどだが、2005年にはこのうち9115校に部活の野球部が存在した。しかし2024年は7808校になっている。少なくとも5校に1校は「野球部がない中学校」が存在するのだ。

■「野球を楽しむ」人はどこで遊べばいいのか

中学には部活とは別に、ボーイズリーグ、リトルシニア、ヤングリーグといった「硬式野球クラブ」が存在する。学校や中体連とは関係がないリーグで野球をする中学生は3学年あわせて約5万人いる。

ポニーリーグ以外の団体は、競技人口が増えていないとのことだが「硬式野球クラブ」は、「野球を楽しむ」レベルではなく強豪高校から大学、プロ野球を目指す本格的なクラブであり、野球のすそ野拡大との関連性は薄い。

今の中学野球界は「本気で野球をやる硬式」と「その他の軟式」に分化し、その他の衰退が止まらないのだ。

その結果として高校野球の競技人口も減り続けている。日本では高校から野球を始めるケースは極めて少ないため、高校野球人口の減少を食い止める方法は、ほとんどないのが現状だ。

「小中学校の競技人口を増やさないと、日本野球の競技人口減は止めることができない」は、野球界の共通認識となっている。

しかし「どこから手を付けていいのかわからない」のが実情だ。

それを象徴しているのが、昨年末から今年にかけて、大谷翔平が全国の小学校にプレゼントして大いに話題になったニューバランス社製のグローブの行方だ。

■ただ飾られるだけの「大谷のグローブ」

今の小学校の野球競技人口は前述のように10万人ほどだ。大谷が送ったグローブは6万個。

本来なら過半数の野球少年がこのグローブで遊ぶことができるはずだが、実際にはそれはかなわなかった。

大谷はグローブを少年野球チームではなく、小学校に贈った。少年野球チームが偏在しているうえに組織が弱体化し、子どもの手に届く確証がなかったからだろう。

しかし小学校には野球部はほとんど存在しない。また今の教員の多くは野球経験がない。

結局、大谷が贈ったグローブの多くは、職員室や校長室に展示されることになりそうだ。

筆者が住む市に送られて来た「大谷のグローブ」
筆者撮影
筆者が住む市に送られて来た「大谷のグローブ」 - 筆者撮影

もしこれがサッカー界なら、スター選手がボールを寄贈するのはJFA(日本サッカー協会)になるだろう。JFAは、サッカーする子どもを育成する「キッズプログラム」を通じて全国の子どもにボールを配布し、キッズリーダーが使い方を指導したはずだ。

しかし野球の場合、小中高の団体はすべてバラバラであり、連携していない。

大谷翔平が贈ったグローブは、神奈川県立市ケ尾高校野球部が使い方を地元小学生に教えるなど、一部に連携した動きはあったが、野球界はプロアマ通じて、大部分が傍観していただけだ。

「野球離れ」に対する危機感は、ほとんどの野球人が持っているが、長年続くセクショナリズムによって、その危機感を野球界全体が共有できない。

そのためにいくらWBCで視聴率が跳ね上がっても、それを競技人口拡大につなげられないのだ。

この宿痾ともいえる野球界の問題は、いつ解消されるのだろう。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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(スポーツライター 広尾 晃)

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