「違法な長時間労働を許容する劣悪企業に人材が流れてしまう」人手不足に苦労する"ホワイト企業"の悲鳴
プレジデントオンライン / 2024年4月19日 10時15分
■ホワイト企業ほど人材確保に苦労している
「人手不足倒産」という危機が現実のものとなってきました。国立社会保障・人口問題研究所による最新の推計では、日本の人口は今後50年間で約3割減少するとされています(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」)。この人口減少は、労働力市場にも大きな影響を及ぼし、すでに多くの産業で人手不足が深刻化しています。さらに東京商工リサーチの調査によると、2023年に人手不足を理由に事業を継続できなくなった企業は158社に上ったという事実もあります。
一方で、昨今のコンプライアンス意識の高まりも相まって、労働環境の改善や従業員の満足度向上を目指し、「ホワイト企業」と称される組織も増加しています。これらの企業は、働きがいも働きやすさも追求しており、理論的には多くの求職者からの関心を集めやすいはずです。しかしながら、実はなぜかホワイト企業ほど人手を確保することに苦労しているというパラドックスが生まれているのです。
これは一体、どのような矛盾なのでしょうか。そして、ホワイト企業が直面するこのジレンマの背景には、どのような事情があるのでしょうか。本稿では人材不足に悩む業界にフォーカスしつつ、この背景を明らかにしていきます。
■採用に成功している企業はデジタル化やSNSの活用が得意
日本の人手不足問題は、多くの業界での大きな課題となっています。特に、運送業、建設業、介護事業といった分野では、この問題の影響が顕著に表れており、企業は日々、人材獲得のための様々な施策に奔走しています。2024年問題として知られる、運送業界の労働力不足は、この中でも特に深刻な状況です。運輸業界は常に人手を必要としていますが、近年ではその需給ギャップがさらに拡大しています。
人材を確保している企業は、その成功の秘訣として、従来の採用手法に加えて、より積極的なアプローチを採用しています。例えば、業界に特化した専用の求人サイトを立ち上げることで、求職者に対し直接的にアピールを行っています。さらに、X(旧Twitter)やTikTokなどのSNSを利用し、社内の雰囲気や実際の業務風景を積極的に公開することで、企業文化への理解を深め、求職者の興味を引きつける工夫をしています。これらの取り組みは、特に若年層の求職者に対して高い効果を発揮し、彼らが自分の働くイメージをしやすくすることに繋がっているのです。
■ハローワークなどの求人広告を出すだけの企業も
一方、人材が確保できない企業の多くは、ハローワーク等の求人広告を出すだけで終わりという、やや受け身の姿勢で対応しているところが見られます。これらの企業は、採用活動において、時代の変化に対する認識が甘く、特にデジタル化やSNSの活用といった、現代の採用市場における重要な要素を見落としています。その結果、求職者とのコミュニケーションにおいてギャップが生じ、有能な人材の獲得に至らないケースが多発しているのです。
さらに、現在の日本では増税や物価高騰の影響で、実質的な給料水準の低下が問題視されています。この状況は、勤務する人材にとってさらに働くことのハードルを高めており、特に生活費の上昇により、かつては魅力的だった給与水準が、現在では生活を支えるには不十分と感じられるようになっています。これは、人手不足問題をさらに悪化させる一因となっており、企業にとっては、単に人材を確保するだけでなく、彼らが長期間働き続けるための環境を整備することも重要な課題となっています。
■「残業がなくなる=給料が減る」というジレンマ
以上のように、人材不足に直面している日本の業界では、採用で成功を収めている企業とそうでない企業との間に大きな差が存在します。この差は、単に人材獲得のための努力の差に留まらず、時代の変化への適応能力や、働く人材の生活状況に対する理解の深さにも関連しています。ホワイト企業であろうとなかろうと、この問題に対処するためには、これらの点を踏まえた上で、総合的な採用戦略の見直しが求められているわけです。
日本経済の中で、ホワイト企業化とコンプライアンスの重視は、今や避けて通れないトレンドとなっています。企業は、従業員の働きやすさや法令遵守を前面に打ち出すことで、社会的責任を果たし、ポジティブなイメージを構築しようとしています。このような変化は、特に残業時間の削減などの労働環境の改善という形で現れることが多いのですが、そこには大きなジレンマが潜んでいます。ホワイト企業化が進むことで残業がなくなれば、その分、社員が満足する給料を支払うことが困難になる可能性があります。
■「違法な長時間労働を許容する企業に人材が流れる」という悲鳴
なお、最近では一般的に劣悪な労働環境である企業を「ブラック企業」と呼ぶのは変わりませんが、「ホワイト企業」とは、コンプライアンスは遵守されていても「やりがいがない企業」を指すことがあり、優れた労働環境とやりがいを併せ持つ企業のことを「プラチナ企業」と呼ぶこともあるようです。
この問題は、特に運送業において顕著です。運送業界では長年にわたり、長距離・長時間労働によって収入を確保するという働き方が一般的でした。しかし、2024年問題として知られる働き方改革関連法の施行により、労働時間の上限が厳格に設定されることになり、この従来の働き方が大きく制限されることになります。このような状況の中で、実際には法律違反を覚悟で働かせてくれる企業に人材が流れるという実態が生まれてしまっています。
実際、現場の運送業企業からは、「違法な長時間労働を許容する企業に人材が流出している」という悲鳴もあると言われています。この問題は、単に法令遵守の観点からだけでなく、労働者の健康と安全、そして企業の持続可能性にとっても重大な課題です。
■日本の企業は大きな過渡期にある
長期的な解決策としては、ホワイト企業が運賃を値上げすることで、給与水準を適正化し、労働者の満足度を高めることが一つの方法として考えられます。しかし、例えば賃上げのためであっても、特に中小企業の運送企業にとっては運賃の値上げは顧客離れを招くリスクもあり、簡単には実行できない難しい選択と言えるでしょう。結局のところ、日本の運送業界を含む多くの産業は、ホワイト企業化と経済的現実の間でバランスを取る必要がある過渡期にあります。
この過渡期を乗り越えるためには、企業文化の再定義や働き方の革新だけでなく、業界全体の価格構造や給与体系を見直すことが求められます。また、生成AIなどの技術革新やデジタル化の進展を活用して、効率的な業務プロセスを構築することも、持続可能な解決策につながるでしょう。ホワイト企業化の流れは、単に労働環境を改善するだけでなく、企業が直面する経済的・社会的課題に対する総合的なアプローチを必要としています。この大きな変化の中で、日本の企業は新たなビジネスモデルと労働倫理を模索することも必要です。
■運送業界では近距離ドライバーが人気職に浮上
そして現代の日本において、働き方の多様化は顕著であり、特に求人に対する企業と求職者の動向には注目が集まっています。2022年と比較して、求人を出す会社の数は2倍に増加している一方で、求人サイトの閲覧数は増えていないことから、求職者の選択性が厳しくなっていると考えられます。運送業界においては、かつて人気だった長距離ドライバーの求人に対する関心が薄れ、代わりに近距離ドライバーが人気職に浮上しています。これは働き方の多様化や求職者の価値観の変化を反映しています。
結論として、企業側の努力不足やコンプライアンスと給与水準のジレンマが、ホワイト企業における人材不足の根本的な問題として浮き彫りになっています。企業は時代の変化に適応し、求職者のニーズを満たすための新たな戦略を模索する必要があるといえるでしょう。
林秀樹(社会保険労務士/林労務経営サポート)
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特定行政書士
1979年、埼玉県行田市生まれ。パワーコンテンツジャパン株式会社代表取締役。特定行政書士。専修大学法学部在学中に行政書士資格に合格。2003年、23歳で行政書士事務所を開設し、独立。2007年に士業向けの経営スクール「経営天才塾」(現:LEGALBACKS)をスタートさせ、創設以来、全国のべ1700人以上が参加。士業向けスクールとして事実上日本一の規模となる。著書に『小さな会社の逆転戦略 最強ブログ営業術』(技術評論社)、『資格起業家になる! 成功する「超高収益ビジネスモデル」のつくり方』(日本実業出版社)、『お母さん、明日からぼくの会社はなくなります』(角川フォレスタ)、『士業を極める技術』(日本能率協会マネジメントセンター)、『会社を救うプロ士業 会社を潰すダメ士業』(さくら舎)共著で『合同会社(LLC)設立&運営 完全ガイド はじめてでも最短距離で登記・変更ができる!』(技術評論社)などがある。
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(特定行政書士 横須賀 輝尚)
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