静岡県トップが反対派の「操り人形」のままでいいのか…川勝知事が辞職しても"リニア開業"が見通せない理由
プレジデントオンライン / 2024年4月22日 16時15分
■前浜松市長VS元副知事の静岡県知事選
静岡県知事選(5月9日告示―26日投票)が熱を帯びている。新人県職員への訓示で職業差別発言をしたことなどで辞職願を提出した川勝平太知事の後継者を選出するもので、これまで静岡政財界を牛耳ってきた鈴木修スズキ相談役らが推す鈴木康友前浜松市長(立憲民主党・国民民主党推薦、元民主党衆院議員)と、県中部経済界や総務省関係者が支援する大村慎一元副知事(自民党推薦、元自治・総務官僚)の一騎打ちになる見通しだ。
JR東海が建設を進めているリニア中央新幹線の静岡工区をめぐってとかく難癖をつけてきた川勝氏が、その後ろ盾だった鈴木修氏のパペット(操り人形)として行動していた疑いが浮上したことで、後継知事選ではリニア建設工事がどういう方向に動くのかが最大の焦点の一つになる。結果的に与野党対決の様相になったため、次期衆院選や2025年参院選の前哨戦とも位置づけられるだろう。
■「皆さま方は頭脳、知性の高い方たち」
「(菅義偉首相=当時=の)教養のレベルが図らずも露見した」「目立って顔のきれいな子は、あまり賢いことを言わないと」「御殿場市にはコシヒカリしかない」――。度重なる不適切発言などで静岡県のイメージを落とし、県議会と対立してきた知事が、ついに自爆した。
川勝知事は4月1日、静岡県庁で新人県職員を前にこう訓示した、と報じられた。
知事訓示「県庁は知性高い」「野菜を売るのとは違う」
県庁でも1日、新規採用職員向けの訓示が行われ、川勝知事は「県庁はシンクタンク(政策研究機関)だ。毎日毎日、野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったりとかと違い、基本的に皆さま方は頭脳、知性の高い方たち。それを磨く必要がある」などと述べた。特定の職業を比較するような発言で、再び物議を醸しそうだ。
知事は「うそ偽りを言わないことが大切。言葉遣いが大切です」「情理を尽くして自分が正しいと思う信念を貫くためには、勉強をしないといけない」などと心構えを述べた後、一連の発言をした。
知事は先月、県内のサッカー強豪校に触れ、「ボールを蹴るのが一番重要なこと。勉強よりも何よりも」などと述べ、県議会から「不適切だ」と苦言を呈されていた。(以上、4月2日の読売新聞静岡版)
■「読売新聞の報道のせいだと思う」
実は、知事訓示の内容を朝刊で報道したのは、この読売新聞の小振りの囲み記事(オンライン記事を含む)のみだった。NHKも静岡新聞も訓示を取材しながら、この部分はなぜか報じなかった。2日になって地元民放テレビを含む各社が追い駆け、県庁に川勝知事への非難や抗議の電話が殺到する騒ぎになった。
2日夕、囲み取材に応じた川勝氏は、こうした事態を招いた要因を問われ、「読売新聞の報道のせいだと思っている」「切り取られたんだと思う。誤解、曲解も甚だしい」と言い返し、発言は不適切ではないと強弁した。切り取り批判は当たらない。ここまで不遜な態度でいられるのはなぜだろう。
だが、今後の善処策を問われると、川勝氏は態度を一転させ、「6月の議会をもって、この職を辞そうと思う」と唐突に辞意を明らかにしたのだ。
川勝氏はこの直前に立憲民主党の渡辺周元防衛副大臣(衆院比例東海)に電話で「立候補の準備はできますか」と後継を打診していており、それなりの覚悟はあったのだろう。
■「リニアが2034年以降の開業になった」
翌3日に県庁で記者会見を開いた川勝氏は辞職の理由を2点挙げる。直接の引き金になった職業差別発言については「第1次産業の人たちの心を傷つけた。申し訳なかった」と謝罪した。だが、「私の心も傷ついている」などとして発言をすぐに撤回せず、2日後に報道陣の求めでようやく撤回した。
もう1点の理由は、さらに不可解で、無責任だった。川勝氏は「リニアの品川─名古屋間の2027年開業が不可能だとJR東海が(3月29日に)正式に認め、2034年以降の開業が実際に議論されるようになった」のが一番大きな理由だと説明したのだ。
リニア中央新幹線は総事業費9兆円のプロジェクトで、このうち3兆円は国の財政投融資が充てられる。リニア開業が7年遅れることで、JR東海に7000億円の負担を強いるとの試算もあるが、これを自らの成果とし、花道に飾ると言わんばかりではないか。
川勝知事はこの日夕、パペットを推認されるような行動を取る。記者会見を終え、浜松市内のグランドホテル浜松の料亭「聴涛館」に駆け付け、待っていた鈴木修相談役に辞任を直接報告したのである。
スズキ(本社・浜松市)を世界的企業に押し上げた鈴木修氏は、資金と票を与野党問わずに提供することで、国政選挙や地方選の行方を左右する力を持つ。森喜朗元首相、甘利明前幹事長、逢沢一郎衆院議員らと親交があり、永田町に太いパイプがある。その鈴木氏は、川勝氏が2009年に民主党・国民新党・社民党推薦で知事に初当選した時から物心両面で支えるとともに、当選を重ねるに連れ、県政への影響力を強めていた。
■「上出来だった」「私はリニア反対」
鈴木修氏は翌4日朝、川勝氏との会談に関連し、15年にわたる川勝県政について、報道陣に「上出来だった」「私はリニア反対。東京―大阪が完成したら、一極集中が避けられない」などと筆談でコメントしたという。「リニア反対」のくだりは、静岡朝日テレビが画面の隅にテロップで報じただけだったが、ネットメディアなどで拡散されたこともあり、衝撃が広がった。
川勝氏が鈴木修氏の意向を汲んでリニアに反対していたことが判明した、と静岡政財界関係者に受け止められたからだ。その鈴木氏が推す後継知事候補が引き続きリニアに反対するのではないか、との憶測も呼ぶ。
鈴木修氏が「次の知事は、鈴木康友か、細野豪志(元環境相、自民党衆院議員=静岡5区)がいい。官僚はダメだ」と周辺に言い放った、との情報も伝わってきた。
鈴木康友氏は、浜松市出身で、旧民主党衆院議員2期を経て、07年に鈴木修氏の支援を受け、浜松市長に初当選し、4期務めて退任した。浜松市に建設される県営の新野球場について、鈴木康友氏が、鈴木修氏が求めるドーム型球場実現に奔走するなど、その傘下にあるのは周知されているだろう。
名前が上がったもう一人の細野氏は、5日までに鈴木修氏を浜松市内に訪ね、「今回は国政でやりたい。自民党に入って初めての衆院選に臨みたい」と断りを入れ、了承されたという。その直後、細野氏は「知事は康友でいい。リニアは国策だから、反対できない」と周辺に語り、鈴木康友氏支持に回った。
連合静岡も、自動車総連を中心に、浜松市長時代に支援していた鈴木氏支持に動く。
■「『反鈴木修』を前面に出してもいい」
こうした流れに抗うように、大村氏が4月8日、報道陣を前に、石川嘉延前知事、県中部経済界などの支援を受け、無所属で出馬することを明らかにした。
大村氏は、静岡市出身で、自治省(現総務省)に入り、10~11年に川勝知事の下で副知事を務めた後、総務省地域力創造審議官や新型コロナウイルス感染症対策地方連携総括官などを歴任し、23年に退職した。コロナワクチン接種の推進・普及に功があったとして、菅前首相、二階俊博元幹事長、武田良太元総務相、松本剛明総務相らから信頼を得て、知事選での支持も取り付けている。
武田氏は、大村氏に対し、「『反鈴木修』を前面に出してもいい」とアドバイスする。同じ二階派の細野氏とは、
当初は6月県議会初日に辞職するつもりだった川勝氏が、4月10日に辞職願を提出した。5月9日に失職することと合わせ、知事選が5月に前倒しされることが決まった。短期決戦の方が知名度に勝る鈴木康友氏に有利に働くとの計算もあったのだろう。
渡辺氏は、4月8日のニッポン放送の番組で、知事選出馬について「半分半分というところだ」と含みを持たせたが、13日に自身のフェイスブックを通じ、出馬見送りを明らかにした。理由を「泉健太代表から『国政にとどまってほしい』と懇願された」などと取り繕ったが、立民党県連をまとめられず、連合静岡の支援を得られる見込みもなかった。
■「環境との両立を図って推進していく」
大村氏が12日、鈴木康友氏が15日に記者会見し、ともに「オール静岡」を掲げ、正式に出馬を表明した。大村氏は15日の記者会見で基本政策を発表した。リニア建設工事をめぐる両氏のスタンスの違いが鮮明になった。
大村氏は「推進する」と明言し、「交通利便性の向上や地域活性化につながり、静岡のメリットになる」と強調した。これに対し、鈴木氏は「環境との両立を図りながらリニアを推進していく」とし、川勝知事と同じレトリックを用いて、その手法を踏襲する考えをほのめかせた。川勝氏は、リニア推進派を自称しながら、「大井川の命の水を守る」「南アルプスの自然を守る」などとして静岡工区の着工を認めてこなかった。
押さえるべきは、こうした川勝氏の水資源や環境保全を重視する姿勢だけでなく、JR東海への対決モードが静岡県民から一定の支持を受けていたという現実だ。県内にリニアの駅を造らないだけでなく、新幹線のぞみを止めない、静岡空港に新幹線の駅を作らない、といった不満が底流にあるからだろう。
■自民党情勢調査では鈴木40%、大村29%
大村氏は4月12日に自民党県連に推薦願を提出し、連合静岡、立民党県連などにも支援を求めた。鈴木氏は自民、立民、国民民主各党の県連、連合静岡に推薦・支援を求めた。これを見れば、両氏の政策にさほど大きな違いがないともいえる。
連合静岡と国民民主党は17日、立憲民主党も19日に鈴木氏の推薦を決定する。「川勝与党」が鈴木氏を推す形になった。対する自民党県連は、両氏からの聞き取りを経て、18日に大村氏の推薦を内定した。22日に県連で機関決定し、党本部に上申する。
自民党県連が短兵急に大村氏推薦でまとまったのは、鈴木氏はリニアに反対した川勝県政の継承候補だという認識や警戒感が急速に広まったためだった、といわれる。
自民党本部が4月13~14日に実施した静岡知事選情勢調査では、鈴木氏40%、大村氏29%、不明・未定31%だった。この11ポイント差をどう見るか。自民党県連は大村氏がこれから知名度を上げて行けば、1カ月後には鈴木氏を十分追い上げると判断したのだろう。
■岸田政権として負けられない選挙
今回の県知事選は、大村、鈴木両氏ともに与野党相乗り推薦を目指したが、各組織がそれぞれ候補一本化を図ったため、結果として与野党対決の様相を呈することになった。
自民党本部がこのまま静岡県知事選で大村氏の推薦を決定すれば、岸田文雄政権として負けられない選挙に位置づけられる。年内ともいわれる次期衆院選、25年7月の参院選の行方を占う知事選になるからだ。
細野氏は、鈴木氏を支持するとしてきたが、自身の次期衆院選なども見据えて大村氏支援に転じる考えだ。上川陽子外相(衆院静岡1区)も、「ポスト岸田」の有力候補として選挙戦に駆り出されることになるだろう。
これまで勝ち馬に乗ろうと様子見だった公明党も、大村氏を支援する方向に行かざるを得ないのではないか。
静岡県知事選は、リニアだけでなく、岸田政権の命運にかかわる戦いにもなる、といっても過言ではない。
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政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018~2023年国家公安委員会委員。
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(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)
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