主役級の刑事が通り魔に襲われて死ぬ…「太陽にほえろ!」が刑事ドラマとして日本で初めてやったこと
プレジデントオンライン / 2024年5月4日 17時15分
※本稿は、太田省一『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■刑事ドラマの歴史で大きな意味をもつ「太陽にほえろ」
『太陽にほえろ!』は、1972年7月にスタート。1986年11月まで全718回が放送された。主演は石原裕次郎。彼が演じるボスこと藤堂係長に率いられる東京新宿の七曲署捜査一係の個性豊かな刑事たちを中心にした群像劇である。
石原は最初1クールの「13本だけ」という約束で出演を決めたが、人気が爆発して長寿番組になった結果、それ以後も出演を続けた。このときの経験から、石原は自ら設立した石原プロモーションで刑事ドラマの制作に積極的に乗り出すようになる。その意味でも、この作品は刑事ドラマの歴史において重要な役割を果たすことになった。
刑事ドラマには、人情ものとアクションものの2つの系譜があると書いたが、『太陽にほえろ!』には双方の要素がバランスよく盛り込まれていた。
たとえば、一係の最年長である長さんこと野崎太郎(下川辰平)は、いわゆるノンキャリアの交番からの叩き上げで、庶民的で温和な人柄。事件の捜査においても犯人に寄り添うような、人情味あふれる姿を見せることがしばしばである。
一方で、アクションの要素もふんだんに盛り込まれていた。犯人逮捕の場面での格闘や銃撃戦もあれば、大規模なカーチェイスやカーアクションもある。またしばしば指摘されるように、このドラマの刑事たちはよく走る。そうした場面の挿入によって、作品全体のスピード感、躍動感が演出されていた。
■人情ものとアクションを組み合わせる
確かに、人情ものひいては人間ドラマと銃撃戦が見どころとなるアクションとは矛盾する部分もある。だが『太陽にほえろ!』では、双方の要素を物語の見せ場、刑事それぞれのドラマを描く手段として巧みに取り込んでいた。
たとえば、竜雷太演じるゴリさんは、警視庁屈指の射撃の腕前の持ち主。だがある事情からひとを撃ちたくないという思いを抱くようになり、拳銃に弾を装塡していなかった。それが、萩原健一演じるマカロニこと早見淳の殉職をきっかけに一発だけ弾を込めるようになる。
銃を撃つことに葛藤を抱えながら捜査をする姿、心情の揺れや変化を丁寧に描くことによって、ストーリーとしてのサスペンスが生まれるわけである。
つまり、人情ものとアクションものという刑事ドラマの2つの系譜を止揚、統合したといえるのが『太陽にほえろ!』だった。この統合はひとつの歴史的必然であると同時に発明であり、後に続く刑事ドラマのひな形になったと言っていい。
■ショーケンが抜擢された意味
『太陽にほえろ!』に関してもうひとつ押さえておくべき重要なポイントは、それが青春ドラマとして構想されたことである。いうまでもなく、そのアイデアは青春学園ドラマを知り尽くしたプロデューサー・岡田晋吉によるものだった。
岡田は、『太陽にほえろ!』を拳銃や車を使ったアクションものにすると同時に、自らの経験を生かした青春ものにしようと目論んだ。そこでキーパーソンとなったのが、新人刑事の存在である。なぜなら、青春ドラマの最大の魅力は、物語のなかで主人公が悩み苦しみながらも成長していく姿だからである。
学校を舞台にした青春ドラマでは、そうした若者を登場させるのに苦労はしない。だが刑事ドラマではそうではない。ベテラン刑事や中堅刑事ばかりだと、刑事の成長を描けなくなってしまう。したがって、新人刑事の登場と相成るわけである。そして初代の新人刑事役に起用されたのが、知られるようにショーケンこと萩原健一だった。
萩原は、1960年代後半の熱狂的なグループサウンズブームにおいてザ・テンプターズのボーカルとして活躍。ザ・タイガースのジュリーこと沢田研二とともに人気を二分するアイドル的存在だった。
沢田研二がキラキラした王子様的存在としてファンを魅了したのに対し、萩原健一はナイーブな陰の部分を持つギラギラした不良の魅力で一世を風靡した。その後グループの解散などを経た萩原は、1970年代に入り俳優としての道を歩もうとしていた。
![判決公判で東京地裁に入る恐喝未遂罪に問われた萩原健一被告](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/d/1200wm/img_bd232b14cca3d5d4c328c70b342978dc511024.jpg)
■これまでになかった「殉職」
そうした萩原の起用には、時代の空気感もあった。1970年代前半、高度経済成長が達成されるとともに70年安保などの学生運動の熱気も冷め、若者たちは生きる方向性を見失っていた。
それは傍目からは「無気力、無関心、無責任」の「三無主義」に毒された「しらけ世代」と映っていたが、実際はその内面に渦巻くエネルギーをため込んでいた。ただそれが向けられるべき目標が見失われていたのである。萩原健一は、まさにそうした屈折した若者の代表のようなところがあった。
したがって、萩原健一が演じるマカロニこと早見淳はずっと悩み続ける。犯人の境遇につい同情してしまったり、銃を構えても撃てずに犯人を獲り逃したりする。そしてまた落ち込む。
ただその繰り返しのなかで、ボスや先輩刑事に支え助けられ、少しずつ刑事としての自覚を身につけるようになっていく。すなわち、成長を遂げる。ところが、そこに大きな逆説も生まれる。成長そのものは無限に続くわけではない。
甘さを残し、周囲につい依存してしまっていた新人刑事も、経験を積むとともに成熟し、捜査のプロとして職業的自覚を持ち自立するに至る。しかし、そうして「プロの刑事」として大人になったとき、成長は止まる。
言い換えれば、青春ドラマとしての意味を失うのである。そこで生まれたのが、「殉職」というパターンである。主役級の刑事が途中で死んでしまうことは、当時は刑事ドラマであったとしてもあり得ないことだった。しかもマカロニは通り魔に襲われて無様に命を落とす。したがって、その死は衝撃を与え、ファンを集めた“葬儀”も営まれたほどだった。
■刑事ドラマ史における画期的な発明
刑事もヒーローではなく等身大の人間である、という刑事ドラマにおけるひとつの重要な転換、新たな方向性が生まれた瞬間であった。
この殉職によるドラマからの退場を提案したのは、萩原健一自身であったという(岡田晋吉『太陽にほえろ!伝説』、60-62頁。萩原健一『ショーケン』、64-66頁)。
その背景には、後述するように萩原の『太陽にほえろ!』というドラマ自体の方針への不満もあった。
だがいずれにせよこのパターンがいまも多くの刑事ドラマで踏襲されているところを見ても、それが刑事ドラマ史における画期的な発明だったことは間違いない。
『太陽にほえろ!』において自ら脚本を執筆すると同時に他の脚本の監修者的立場にあった小川英は、「日活の無国籍映画以来のアクションパターン」と岡田晋吉が主張した「青春パターン」の結合が『太陽にほえろ!』の原型をつくったと振り返る(日本放送出版協会編『[放送文化]誌にみる昭和放送史』、296頁)。
小川自身、石原裕次郎や小林旭が演じた日活無国籍アクション映画の脚本を数多く執筆していた。それと青春ドラマのフォーマットは相容れない部分も多いが、逆にそうした異質のものがぶつかり合うことで新しいものが生まれたのである。
■「バディもの」全盛の時代に
『太陽にほえろ!』の登場が後の刑事ドラマに及ぼした影響はきわめて大きかった。たとえば、「バディもの」の隆盛と確立は、刑事ドラマは青春ドラマであるという発想からもたらされたものだろう。
チームものではなく、対照的な個性を持つ2人の刑事の対立と友情、そしてそれぞれの成長を描くバディものは、すでに『東京バイパス指令』などもあったが1970年代以降定番化する。その背景にもやはり、先ほど述べた「しらけ世代」の若者の存在があったと思える。
「しらけ世代」とは、社会や組織よりも個人、すなわち自分自身の生き方に関心があるということであり、そこには“自分探し”の要素が濃厚にあるからだ。
バディものではないが、若い刑事が主人公になった作品としては『刑事くん』(TBS系、1971年放送開始)という人気ドラマもあった。主演は桜木健一(ただし第3部まで)。スポ根ドラマ『柔道一直線』(TBS系、1969年放送開始)の主演でブレークした桜木は、森田健作らと並んで当時屈指の青春スターだった。
彼が演じる三神鉄男は新米刑事。夜7時台の30分番組ということもあって明るい作風ではあったが、刑事を志した動機は刑事だった父親を殺した犯人を捕まえるためというシリアスな部分もあった。そうした縦軸のストーリーがあるなかで、三神の成長物語が描かれた。
■『傷だらけの天使』の輝き
ただ、ここで桜木健一が演じた刑事は、キャラクターとしてはどこまでも真っ直ぐな正義漢。その意味では、萩原健一が演じたマカロニのような、「しらけ世代」的な屈折はあまり見られない。
![太田省一『刑事ドラマ名作講義』(星海社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/b/1200wm/img_dba33561fb4648de61c83fd435d2adf2237559.jpg)
そうした屈折を濃厚に表現していたのが、『太陽にほえろ!』の出演を終えた萩原が続けてすぐに主演したバディものの名作『傷だらけの天使』(日本テレビ系、1974年放送開始)である。
役柄としては探偵なので刑事ドラマではないが、事件の犯人を追うという点では基本的構図は重なる部分も多い。萩原のバディ役は水谷豊。水谷は、『太陽にほえろ!』初回でマカロニに捕まる犯人役を演じていた。そのときの演技が萩原の印象に残っていて、相手役に抜擢されたのである。
2人のバディぶりには、青春の屈折とそれゆえの切なさが発散する圧倒的な輝きがあった。
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社会学者
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。
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(社会学者 太田 省一)
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