日本のホテルは「1泊10万円」に値上げしていい…円安日本が"インバウンドで景気回復"するための必勝法
プレジデントオンライン / 2024年5月1日 10時15分
■3月の訪日外客数は初めて300万人を突破
日本全国各地に外国人観光客があふれている。最近では日本人でも行かないような穴場の観光地でも外国人の姿を見るようになった。
JNTO(日本政府観光局)の推計では3月1カ月に日本を訪れた「訪日外客数」は308万1600人。コロナ前の2019年7月に記録した299万1189人を大きく上回り、初めて300万人を突破、過去最多となった。これまでのパターンだと、1年で最も訪日客が多いのは夏休みシーズンの7月で、次いで桜の季節である4月、春節でアジアからの来日数が増える2月(年によっては1月)だった。昨年まで桜の開花が一気に早まっていたこともあるためか、今年は3月で一気に最多を更新した。
その後も観光地から外国人の姿は減っていないので、おそらく4月も最多を更新、今年の7月には記録的な訪日数になると予想される。年間でも、2019年に記録した3188万人を更新する可能性が強まってきたうえ、コロナ前に政府が目標として掲げていた年間4000万人も一気に視野に入ってきた。3188万人を記録した2019年では、訪問外国人数が最も多かったのはフランスの8932万人で、日本は12位だった。ウクライナ戦争の影響で欧州への観光客が伸び悩んでいることや、中国やトルコなどベスト10の国々も地政学的に訪問者が増えにくい状況が続いている。そうした中で日本は訪問したい国のトップに選ばれるなど、世界有数の観光国の仲間入りをすることになった。
■2023年の旅行消費額は5兆2923億円で過去最高
もちろん、訪日客が急増している背景には猛烈な「円安」によって、海外から来る人たちにとって、日本が「格安」になっていることが大きい。コロナ対策で各国の政府・中央銀行が大規模な資金供給を行ったことで、世界は急速なインフレに見舞われた。結果、各国の国内物価が大幅に上昇していることも、日本の物価を極端に安く見せている。テレビなどで流れる訪日客へのインタビューでも異口同音に「安い、安い」という発言が聞こえてくる。
国内消費の頭打ちが続いてきた日本にとって、こうしたインバウンド客がどんどん消費してくれることはありがたいことに違いない。2023年暦年の訪日外国人の旅行消費額(速報)は5兆2923億円と、ピークだった2019年を10%上回り、過去最高になっている。日本国内での消費というとコロナ前は中国人観光客の「爆買い」が大きく目立ったが、最近は欧米人もこぞって買い物にいそしんでいる。それほど、本国との価格差が大きくなっているのだ。日本にとっては消費を押し上げる大きな追い風であることは間違いない。
■日本は「安い国」から脱却する必要がある
ではこのインバウンド消費を、どうすれば日本経済復活の切り札にできるのか。それを考えなければ、ただただ、通貨が弱い国に、通貨が強い国の旅行者がやってきてお金を落とすが、結局その通貨が弱い国はなかなか経済成長しない、かつて日本人がアジア諸国で大名旅行したのと真逆の状況が続くことになる。通貨が安いから「何でも安い国」として世界から人々が集まってくるというのではなく、日本の価値を見出して人々が訪れる、そんな観光国に脱皮していかなければならない。フランスを訪れる理由は「安い」からではない、というのは考えてみれば分かる。つまり、日本も「安い国」から脱却していく必要がある。
せっかく世界から人々が集まっているのに、「安さ」を売りに儲けることをしなければ、いつまで経っても通貨安は解消されない。逆にますます円安が進んで、ますます「安い国」に転落していくことになる。外国為替市場では、ついに1ドル=160円台を付けるなど、円安が止まらなくなっている。これは日米の金利差だけでは説明ができず、国力が大きく低下していることに他ならない。
■「世界標準の価格を付けること」が大きなポイント
ではどうするか。
まずは、今のインバウンド観光できっちり儲けることだろう。外国人にせっせとお金を落としてもらうことで、日本の企業や事業者が儲けて、それを働く個人に還元していくしかない。観光に付随する事業はダイレクトに「川下」つまり最終的な事業者にお金が落ちる。旅館やホテルだけでなく、土産物店や飲食店、観光ガイドに至るまで、直接、現金を受け取れる。儲かれば翌月から給与を引き上げることもできる。輸出産業の場合、円安がメリットになるといっても、資金回収に数カ月かかり、それが取引先などに波及し、川下の事業者を潤わせて給与に反映されるには相当なタイムラグがある。それだけ観光業というのは短期間に大きなインパクトを与える産業なのだ。
その際、大きなポイントは「安売りをしない」こと。そのためには世界標準の価格を付けることだ。
京都など観光地では、新型コロナで旅行者が激減して建築需要が落ち込んでいた間に、外国ホテルチェーンが高級ホテルを建設、今やそれをフル稼働させている。しかも、日本人から見たらとんでもない高値で販売している。ホテルで1泊1室10万円以上が当たり前になっている。これにつれて、日本のホテルも値上げを始めているが、まだまだ外資系ホテル並みには行かない。「そんな値段にしたら日本人が泊まれなくなる」といった“良心的”な声を聞く。
■「喜んで買ってくれる最大限の値段」を付けるべきだ
外資系ホテルが思い切った値付けをするのは、世界の相場を知っているからだ。つまり、「ドル建て」で価格を見ているのだ。
戦後、日本は長い間、「良いものを安く売る」のが経営だと信じてきた。松下幸之助翁の水道哲学を持ち出すまでもなく、モノが絶対的に不足している時には、それが正義だったとも言える。だが、今は違う。モノやサービスがあふれ、むしろ余っている時代になっているわけだ。そんな中で「値付け」も大きく変わっている。
稲盛和夫氏は『実学』という著書の中で、「値段を安くすれば誰でも売れる。それでは経営はできない」とキッパリと言っている。「お客さまが納得し、喜んで買ってくれる最大限の値段」を付けることが経営だとしているのだ。今や世界からやってくる外国人が消費を支えているのだから、彼らが喜んで買ってくれる最大限の値段を観光業・サービス業に携わる人たちは付けるべきなのだ。そのためには「ドル建て」で適正価格を考えることが一つの主砲になるだろう。
■ホテル業界で浸透してきたダイナミックプライシング
顧客が喜んで買ってくれる最大限の値段を提示する「ダイナミックプライシング」が日本国内でもだいぶ広がってきた。ホテルチェーンのアパホテルは、部屋代の基準価格の1.8倍まで支配人の判断で値付けできる仕組みを導入している、という。従来、ホテルでは部屋の稼働率を重要な指標にしてきたが、アパホテルの場合、稼働率と室料をかけた指数を評価基準にしている。つまり、満室にすることが絶対ではなく、空室ができたとしても高い価格で部屋を販売することがプラスに働くケースも出てくるわけだ。こうしたダイナミックプライシングはホテル業界ではかなり浸透してきた。
そもそも安すぎる飲食やサービスは、かなりの部分、低賃金によって支えられている。価格を引き上げれば、より高い賃金を支払うことが可能になり、それが最終的には国内消費につながってくる。
■スイスの鉄道料金は「外国人からガッツリ稼ぐ」仕組み
運賃のような価格を上げたら、日本人が迷惑する、という意見もあるだろう。観光立国に成功しているスイスの場合、国内の鉄道料金も事実上、外国人からガッツリ稼ぐ仕組みが出来上がっている。国民は年間パスを購入すれば全国乗り放題になるため、大半の人がパスを持っている。一方で正規料金で乗る外国人からはかなり高額の料金をいただく。さらに観光客しか行かない登山電車などの運賃はとてつもなく高い。露骨でない形で二重料金にして、国民に利益還元していると見ていいだろう。
インバウンド消費の恩恵が人々の賃金を上げていくまで、しばらくは国内の給与水準で働く人々にとっては観光は高嶺の花になるだろう。だが、安い価格のまま外国人にサービスしていれば、いつまで経っても日本人は豊かになれず、低賃金で良いサービスを提供し続けることになりかねない。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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