7割の別居親が養育費不払いの日本と大違い…渋る親の給料から国が徴収・立て替えもする東欧国に学ぶべき事
プレジデントオンライン / 2024年5月1日 10時15分
4月25日から参議院法務委員会で審議が開始された共同親権を巡り、オンライン署名「#STOP共同親権」は22万人以上の署名を集めるほど、反対意見の声が大きくなっており、日々その数が増えている。
先月筆者が滞在したハンガリーは、多くの国と同様に離婚後に単独・共同親権が選べるが、共同親権の形をとっていても、子どもと同居し、子育ての責任をもつ母親が圧倒的多数だという。実際に、中央ヨーロッパ諸国、イタリアやオーストリアは、子どもと月に16~20日暮らし、生活の責任を単独の親がもつ割合が95%以上を占める。
ほとんどの離婚で、母親が子どもと同居をし、日常の面倒を見る点では、ハンガリーも日本と同じである。だが、両国には大きな違いがある。
それは、子どもの養育費受領率だ。ハンガリーは75%以上と、日本の28%の2.7倍もあるのだ。この違いはどこにあるのか。ハンガリーでの取材をもとに考えたい。
■75%の子どもが養育費を受け取っていたハンガリー
根本的な違いは、ハンガリー政府は2010年以降、包括的な家族政策を通して、「ひとり親の困難や貧困」に対する理解を社会に広めてきたことにある。
ハンガリー初・ひとり親支援NGO「Single Parents’ Centre(シングルペアレンツセンター)」の創設者のノッジ・アンナ氏によると、彼女がひとり親支援を始めた2000年代初頭は、「ひとり親は社会で透明な存在」だったという。離婚やシングルペアレンツに対するスティグマ(偏見・差別)があり、ひとり親が抱く困難や貧困に、政府も国民も目をつぶっていた。
だが、ノッジ氏などの活動家やグローバリゼーションの影響で少しずつ社会意識が変わっていき、2010年頃からハンガリー政府は積極的にひとり親世帯の支援に関わるようになった。
■政府がNGOに出資し、「ひとり親の困難と貧困」への社会理解を深めた
ハンガリー政府は様々な非営利団体に出資しており、「シングルペアレンツセンター」もその一つだ。このセンターは法的支援、心理カウンセリング、職業訓練、就職支援、子どもに対する無料の眼鏡、障がい者支援、子どもの預かりから親子のアクティビティなど、ひとり親世帯のために70ものサービスを提供している。日本でこのように政府が出資した大規模なセンターは珍しいのではないか。
「シングルペアレンツセンター」はインテリアも凝っており、明るく気持ちのよい空間だ。筆者が3月に訪れた際はちょうどイースター休暇中で、30人もの児童が遠足からセンターに帰ってきたばかりだった。1週間で合計5ユーロ(825円)を払えば、子どもたちは資格をもった教師の元でランチ付きの各種アクティビティを楽しめる。
日本では、ハンガリーの住宅ローンや所得税の免除といった家族政策ばかりが注目されているが、ひとり親世帯への支援も家族政策の一部なのである。
このように、長年ハンガリー政府と民間団体がタッグを組んで「ひとり親の困難や貧困」の社会意識の変化に取り組んで来た結果、「同居や別居、親権の有無に関わらず、養育は両親の責任である」という社会認識が定着した。
だから2016年の調査では、75%の子どもたちが養育費を別居親から受領していたのである。最新の調査はないが、「2022年に新しい2つの法律により、養育費の受領率は75%以上になっているはず」とノッジ氏は言う。
■養育費が3カ月滞納されたら「徴収・差し押さえ・立て替え」する政府
さらに特筆すべきは2022年にハンガリーがハンガリーが導入した2つの新しい法律だ。
まず一つ目は養育費の徴収、取り押さえ、そして「立て替え」だ。現在、ハンガリー政府は、別居親が3カ月分に当たる養育費を滞納すると、同居親が申し立てをすることができる。この3カ月分は“継続的な滞納”ではなく、累積した3カ月分の養育費額の不支払いだ。
また、ハンガリーではフルタイムで学校へ行っている子どもは、18歳以上の成人になっていたとしても、養育費を未成年と同様に支払わなければいけないという。
さらに、養育費不払いに対する申し立てに、調停や裁判所を経由する必要はない。同居親は政府のウェブサイトやNGOに載っている申し込みフォームをダウンロードし、他4つの証明書を用意して居住地の役所で申請する。すると、養育費が不払い親の給料から天引きされるが、不払い親が無職の場合は、貯金、不動産、株などの財産の差し押さえをする。
資産がない場合は、政府が月最大約2万1000円(5万200フォリント)まで立て替える。刑務所などの懲罰刑はないが、徴収・差し押さえには役所だけではなく、警察も厳しく関わるので、収入や財産があるのに養育費の支払いを避けるのは難しいそうだ。
「以前からハンガリーでは養育費の取り立てや財産の差し押さえは可能でしたが、別居親が家庭裁判所と警察に申し立てを行い、養育費の徴収に何カ月も、ときには何年もかかり、多くのひとり親が養育費をあきらめるはめになっていました。しかし、いまでは税金を徴収するように政府は養育費を徴収し、子どもが“いま”必要なお金が渡るようになりました。立て替えが始まってから2年しか経っていないので、立て替え率は分かりませんが、厳しく養育費を回収していると聞いています」(ノッジ氏)
■ひとり親手当の最低支給額を2倍に増額!
二つ目の法律は「孤児支援(orphanage support)」だ。「孤児」には両親がいない子どもに加えて「ひとり親の子ども」も含まれる。この法律は、最低支給額をこれまでの2倍以上に増額した。
現在、ひとり親・両親がいない子どもたちが受け取る「最低支給額」はひとりにつき月約2万1000円(5000フォリント)だ。ちなみに、ハンガリーのひとり親手当に該当する日本の「児童扶養手当」の最低支給額は1万410円(最高4万4130円)である。
両国には、それぞれにさまざまな手当があり、税制も違うので単純に比較はできないが、ハンガリーの1人当たりの家計収入は日本の半分ほど(2023年:日本は約246万円、ハンガリーは約128万円)なのに、ひとり親への最低支給額は日本の2倍あるのだ。
■父母の“合意”を認可するプロセスが抜け落ちている
先日、閣議決定された日本の共同親権の原案は曖昧な点が多く、当事者を不安に陥れており、この曖昧なまま導入されると、最低でも4つの困難が待ち受けているだろう。
第一に、共同親権は父母の協議による“合意”型をとっているので、父母の間に権力勾配がある限り、その合意が本当に公平なものか分からない。現行の単独親権や新しい共同親権でも、DVやモラハラを行っている親は親権を得られないはずだが、その配偶者は恐れや洗脳から、協議で共同親権に合意してしまう可能性がある。すると、元配偶者と子どもが引き続き虐待を受けてしまう恐れがある。しかも、日本ではDVや虐待を証明したり、DVや虐待から守ったりする法制度が整っていない。
ハンガリーの共同親権制度では、父母が決めた単独、あるいは共同親権やその他養育責任の取り決めを、“裁判所が認可”する形をとっており、子どもの希望も判断材料となる。日本の共同親権もこの「裁判所の認可」を盛り込み、同時に、DVや虐待の法制を早急に整備しなければいけない、という声は多い。
■単独親権を行使する判断事項が曖昧すぎる
第二に、ハンガリーと日本両国とも、父母が合意に達しなければ、裁判所が親権を裁定することになっているが、単独親権を行使する判断事項が日本は、「DVや虐待からの避難など『急迫の事情』」と「監護及び教育に関する日常の行為」とされており、具体的な例示がない。
ハンガリーの共同親権の判断事項はより具体的で厳しい。例えば、父母が遠くに住み、子どもが父母の間を行ったり来たりをしなければいけないような「子どものライフスタイルのバランスがとれない」場合でも、裁判所は単独親権にするという。日本も、DVや虐待の証明・厳罰化の法律を整えるとともに、判断事項を子ども視点で明確にすべきだ。
さらに、子どもの生活に関する決断でいちいち父母が争わない養育の取り決めができる公平なシステムを作らなければいけない。そうでないと、共同親権制では膨大な量の調停・裁判が増えるだろう。
■養育費の立て替えがないと、救われないひとり親世帯
第三に、日本の共同親権には、徴収や差し押さえは盛り込まれているが、ハンガリーのような「立て替え」はない。親権の8割を母親が持ち、そのうちの28%しか別居親から養育費を受け取っておらず、シングルマザーの平均年収が236万円だという事実を顧みると、養育費の立て替えがないと、母子世帯の困窮が改善されるのは難しいだろう。なぜなら、養育費を支払う能力のないとされる父や母は全体の約15%いるのだ。
こども家庭庁によると、そもそも養育費の取り決めをしているのは母子世帯で約47%、父子世帯で約28%しかいない。取り決めをしていない大きな理由は、母子世帯では「相手と関わりたくない」が34.5%と最も多く、次いで「相手に支払う意思がないと思った」が15.3%、「相手に支払う能力がないと思った」が14.7%となっている。
一方で、父子世帯では「自分の収入等で経済的に問題がない」が22.3%と最も多く、次いで「相手と関わりたくない」が19.8%、「相手に支払う能力がないと思った」が17.8%となっている。
■同居親と別居親の収入を合算すると母子世帯の貧困が一層悪化する
第四に重要なのは、子どもの父母の年収が合算されて所得が計算されるとする共同親権の原案には、多くの反対の声が上がっていることだ。なぜなら、養育費が回収されなくても、父母の収入が合算されることにより、所得制限にひっかかり、公的な支援を受けられないひとり親が出てくるからだ。
ひとり親の半数が貧困に陥っている日本。その8割が女性で、平均年収が236万円。父子世帯の平均年収は496万円。このような男女が非対称な社会で、公的支援を受け取るときに父母の収入を合算するとなれば母子世帯の貧困が一層悪化するのは目に見えている。
ハンガリーも完璧な国ではなく、ひとり親世帯の貧困率は2015年の30.5%から2022年には18.3%まで下がっていたのに、2024年は40%に跳ね上がった(日本は50%)。しかし、子どもの養育費受領率が75%以上もあるハンガリーの包括的家族政策から学べることがあるはずだ。
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ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 此花 わか)
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