円安進行で買収のターゲットにされる日本企業…日本人がわかっていない"外資系ファンドの意外な効果"
プレジデントオンライン / 2024年5月24日 9時15分
※本稿は、丸木強『「モノ言う株主」の株式市場原論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■「外資に買われる」のはネガティブとは限らない
昨今は、外資系の企業やファンドによる買収を警戒する日本企業が多くなっています。もともと資金力に圧倒的な差がある上、折からの円安もあり、たしかにターゲットになりやすいでしょう。
これは防ぎようがありません。最大の防衛策は、できるかぎり株価を引き上げること、そのために売上や利益を伸ばすだけではなく、資本の効率性を高めることです。あるいは東芝のように、非上場化の道を選ぶ手もあります。
ただし外資に買われるというとネガティブに捉えられがちですが、かならずしもそうではありません。経営陣の刷新や経営方針の見直しにより、業績や株価が上がることも期待できます。むしろそれを目的に買っているはずなので、外資だからといって過度におそれる必要はないと思います。
それに国家による外資規制もあります。外為法により、安全保障上の観点から重要な企業の株を外資が買う場合、発行済み株式数の1%以上なら事前に届け出る義務を課しています。審査の結果、国の安全を損なうなどの恐れがあれば、関係大臣は中止の勧告や命令ができるのです。あるいは個別の業法によっても、外資の参入は規制されています。例えば放送法によって、放送事業者では外資の比率が20%未満に抑えられていることは有名でしょう。今後も合理的な理由があれば、外為法なり個別の業法なりで守ればいいわけです。
■外国人投資家が日本から抜ければ、日本は貧しい国になる
それでも外資が嫌なら、もはや日本は鎖国するしかありません。現在、日本株全体のおよそ3割は外国人が保有しています。また日々の売買代金(現物)の約6~7割は外国資金が占めています。悪く言えば日本の株式市場は外国人の動向に大きく振り回されるわけですが、彼らが主要なプレーヤーであることは間違いありません。
それに、日本企業や日本の投資家がこぞって海外の資産や会社を買っていることは周知のとおり。バブル時に三菱地所が米国の象徴とも言うべきロックフェラーセンタービルを、ソニーがコロンビア映画を買ったことはたいへん話題になりました。最近でも、例えば日立やパナソニックなどの大手は海外企業を買収しています。成否はともかくソフトバンクグループのビジョン・ファンド(10兆円ファンド)も話題になりました。2023年12月には、日本製鉄がUSスチールの買収を発表しています。我々が投資している中堅企業の中にも、海外への投資に積極的なところがあります。
自分たちがこれほど自由に買っておきながら、海外からの資本を遮断するのは無理があります。そもそも資本は、国境を越えて縦横に行き来してこそ大きな価値を生むのです。
もし外国人投資家が日本から抜ければ、日本株は大きく下落し、経済は低迷し、日本はひどく貧しい国になるでしょう。それが国民の総意なら仕方ありませんが、そうではないと信じたいところです。より豊かな暮らしをしたいと願い、そのために日々がんばっている方のほうが多いのではないでしょうか。
■外資系ファンドによる東芝へのTOBと非公開化
外資系ファンドと日本企業の関わりという意味で最近とりわけ耳目を集めたのが、東芝へのTOB(株式公開買付け)と非公開化でしょう。
発端は2015年、東芝の長年にわたる不正会計(粉飾決算)が発覚したことにあります。本来なら、ここで上場廃止になるべきでした。実際、もっと少額の不正で上場廃止になった例もあります。2006年にライブドアが有価証券報告書の虚偽記載などによって当時の東証マザーズ市場を追われた件もその一つです。
ところが東芝は上場維持にこだわったため、その後に発覚した米国原発事案の特別損失による債務超過を放置するわけにはいかず、約6000億円の資本増強を迫られました。その手段の一つが、虎の子だった半導体事業の売却。買い手となったのが米国のプライベートエクイティ・ファンド大手のベインキャピタルで、それによって生まれたのが今日のキオクシアです。
しかし、半導体事業売却の時期が2017年3月以降となって東芝の資金調達としては間に合わず、同時進行で増資によって穴埋めする必要に迫られます。それに応じたのが、エリオット・マネジメントやエフィッシモ、サード・ポイントなど複数の外資系アクティビスト・ファンドです。彼らが大株主である以上、その意向に沿った経営をせざるを得ません。
■日本には外資系大手に匹敵する規模のファンドはない
この後、結果として余った資金で自社株買いをしたり、取締役を送り込まれたり、経営側が提案した会社分割案を株主総会で否決されたり等々、経営は混乱をきわめます。その状態から脱するため、2023年には国内の投資ファンドである日本産業パートナーズによるTOBの提案を受け入れ、同年末に上場廃止となりました。アクティビストとの資本関係を断ち、日本の企業連合の資本で経営再建をめざそうというわけです。
一連の経緯から、アクティビストは悪者視されがちです。日本のファンドと企業が連携し、沈みゆく大企業を外敵から守ったという図式を歓迎する方もいるでしょう。しかし私から見れば、アクティビストは教科書どおりに利益を追求しただけ。それよりも上場維持にこだわり、事情をわかった上で、彼らに頼らざるを得ないところまで会社を追い込んでしまった東芝の経営陣にこそ問題があると思います。上場維持にこだわらずに2016~17年に非上場になっていれば、今頃は違う形で再建できていたかもしれません。
ついでに言えば、そもそも日本には、外資系大手に匹敵するほど規模の大きなファンドなどが存在しません。だから緊急で数千億円規模の資金が必要となれば、外資系のアクティビスト・ファンドに頼らざるを得なかったのです。
その状況は今も変わっていません。先のTOBにしても、外資系のファンドには売りたくないベクトルが働いていたようですが、日本産業パートナーズ単独では不可能で、複数企業の協力があって初めて成り立ったわけです。
■そごう・西武はセブン&アイから切り離されて正解
もう一件、やはり外資系ファンドが深く関わったのが、2023年のセブン&アイ・ホールディングスによるそごう・西武の売却です。大株主である米国のアクティビスト・ファンド、バリューアクト・キャピタルによる提案を、セブン&アイが受け入れた形です。売却先はやはり米国の投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループでした。
そごう・西武の労働組合が売却に抗議してストライキを決行したことも話題になりましたが、そもそもこの売却はきわめて真っ当な決断だと思います。セブン&アイの経営陣では、そごう・西武のバリューを引き上げることができなかった。それはかなり以前から明らかだったので、むしろ遅すぎたぐらいです。
■従業員をはじめステークホルダーにとってプラスに働くのではないか
もしかすると、フォートレスが優秀な経営者を連れてきて、業績を改善させてくれるかもしれません。少なくとも以前よりは、従業員をはじめあらゆるステークホルダーにとってプラスに働くのではないでしょうか。
さらにバリューアクトは、同じくセブン&アイの傘下で経営不振が続くイトーヨーカ堂についても疑義を呈していました。やはり今の経営陣では企業価値を上げられないのではないか、ならば持ち続ける意味はあるのか、早く切り離してコンビニ事業に専念したほうがいいのではないか、というわけです。
経営状態を知る人なら、誰もがこの意見に賛同すると思います。しかし2023年10月、バリューアクトはセブン&アイの大株主から外れたと報じられました。収益性を劇的に改善させる秘策があるのかどうか、株主の方なら注視すべきでしょう。なお、2023年10月、イトーヨーカ堂は地方の不採算店舗の削減を決め、全店舗の約4分の1にあたる33店舗の閉鎖を公表しています。
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ストラテジックキャピタル代表取締役
1982年東京大学法学部卒業。野村證券株式会社入社後、主に日本企業や政府関係機関の資金調達案件の引受、大型民営化企業のIPO、邦銀への資金注入に際しての政府関係機関のアドバイザー、米国企業の日本の上場子会社に対する公開買付代理人などの業務を担当。1999年、M&Aコンサルティング(後のMACアセットマネジメント)の創業メンバーの一人として、日本初となるアクティビストファンドの運用に従事。2012年に株式会社ストラテジックキャピタルを設立、代表取締役に就任、同年12月からアクティビスト戦略のファンド運用を開始。国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)メンバー。
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(ストラテジックキャピタル代表取締役 丸木 強)
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