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「わかりますか?」はハラスメントの危険なボーダーライン…部下に指示・お願いする時の満点言い換えセリフ

プレジデントオンライン / 2024年5月14日 17時15分

■相手が不快に思ったら即ハラスメントか?

最近、「相手が不快に思ったら、そのすべての言動がハラスメントだ」とする社会的な風潮が強まっていることに、私は強い懸念を抱いています。総合職として入社してきた部下に地方への転勤の辞令を伝えたところ、「それはパワハラでしょう」と訴えてきたケースがありました。採用にあたって地方転勤がありえることを含めた雇用契約を交わし、部下本人も内容を確認したうえで署名しているにもかかわらず……。どうしてそう思うのかを尋ねると、「いざ自分が辞令を受けてみて、どうしても嫌だと思ったから」という返答があったそうです。

往々にして、自分が思ったことをなかなか言い出せない部下と、自分が思ったことをストレートに口に出してしまう部下に二分されます。前者の場合、ハラスメントに対する悩みを一人で抱え込み、問題を深刻化させてしまうことがあります。後者の場合は、本来ハラスメントに該当しないにもかかわらず、一方的に「ハラスメントだ」と騒いで、上司やコンプライアンス担当者を右往左往させることになります。

いまではチャットGPTをはじめとする生成AI(人工知能)を使って、自分がハラスメントを受けているかどうかを、時に調べることができます。しかし、自分の置かれた立場をきちんと整理したうえで、正確な前提条件を入力していなければ、チャットGPTといえども判断が歪みます。会社側が事実関係を詳細に調査し、ハラスメントには該当しないことを伝えても、「チャットGPTが正しい」と言って一歩も引かず、根気強く説明するしかないようなケースも少なくないようです。

■次から次へと新しいハラスメントが生まれる

日頃から部下が働きやすい環境づくりに取り組んでいる上司の皆さんからは、「次から次へと新しいハラスメントが生まれ、気苦労が絶えない……」といった、ため息交じりの声が聞こえてきそうです。近頃では、LINEをはじめSNS上でのやり取りの文章で、最後に句点のマルを付けられると萎縮してしまうという若者が、「マルハラ」を訴えてくることがあるようです。上司の皆さんのような大人世代だと、文章の最後にマルを使うのが当たり前でしょう。それで威圧感を受けたと指摘されても、戸惑うばかりで、コミュニケーションが取りにくくなってしまいます。

雨後の筍のように次から次へと新しいハラスメントが誕生してくる社会的な背景として、2019年にILO(国際労働機関)で採択された「仕事の世界における暴力およびハラスメント」に関する条約・勧告があります。それを受け、ハラスメントに関連する法律の内容の整備が促進されました。それに伴ってハラスメントに関する裁判が増え、それらを報じるメディアを通してハラスメントに対する意識が研ぎ澄まされてきたことが影響しているようです。

しかし、あくまでも働きやすい職場をつくるために、ハラスメントを問題にするわけです。些細(ささい)なことをハラスメントとしてあげつらい、職場におけるコミュニケーションを萎縮させて、働きにくい職場にしてしまうのであるなら、本末転倒ではないでしょうか。

■本当のハラスメントは6種類だけ

とはいえ、法律で定められている「ハラスメント」だけは気をつけなければなりません。法律で「ハラスメント」にあたるものは、パワハラ、セクハラ、ソジハラ、マタハラ、パタハラ、ケアハラの6つです。これらは該当する言動をすると訴訟(そしょう)リスクもあります。「ハラスメント」を一言で表すのなら、職場における「いじめ」や「嫌がらせ」。それらによる具体的な言葉や態度、行動によって、「相手を不快にさせる」「人格を否定する」などの人権侵害を引き起こすことから、大きな社会問題になってきました。

【図表】「知らなかった」と言い逃れできない! 法律で認定されている6大ハラスメント

ハラスメント自体は、日常生活のなかでも生じる可能性があります。しかし、禁止や罰則を含めた法的な措置が取られているのは、職場におけるハラスメント(先ほど挙げた6つ)に限られます。ここでいう職場はオフィスや工場内にとどまらず、社外で業務を行う場所、社員同士の飲み会や接待などの場所も含まれます。

日本でハラスメントが注目されるきっかけになったのは、1989年にセクハラを問う裁判が初めて提訴されたことです。その年の流行語大賞を「セクハラ」が受賞しました。それからハラスメント全般が解決すべき社会問題と認識されるようになり、「男女雇用機会均等法」「労働施策総合推進法」「育児・介護休業法」の改正によって、適用される法律の整備が徐々に進められてきたのです。

■パワハラであるかどうかの基準

とはいえ、ハラスメントはなかなかなくなりません。2020年に厚生労働省が行った「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、職場で最も起きやすいのがパワハラで、約3人に1人の労働者が被害を受けています。次いで多いのが、10人に1人が被害を受けていたセクハラでした。

上司はわが身を振り返りつつ、パワハラであるかどうかの基準が気になるはずです。パワハラは、「優越的な関係を背景とした言動」「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」「労働者の就業環境が害されるもの」という、3つの要素をすべて満たす言動であるかで判断されます。

たとえば、「○○さん、本当にやる気あるの? そんな調子だと、次はないよ」といった発言。上司という立場を背景に、指導の範囲を超えた叱責(しっせき)を行ったうえに、雇用を脅かす発言をしていることから、パワハラに該当する可能性が高いと指摘できます。

【図表】シーン1 しかる、注意する

■セクハラ、マタハラの判断基準とは

セクハラは、相手が不快に思う性的な言動によって、相手に不利益を与えたり、働きづらくさせたりしていないかが、その判断基準になります。性的な関係を強要する、身体への接触をする、性的な発言をするといったことは論外であり、個人的な内容の質問や性別での評価もセクハラを疑われかねません。異性間だけでなく、同性間での言動も対象になるので要注意です。「子どもはまだ? 若いうちに産んだほうがいいよ」と、上司は軽い気持ちで部下にアドバイスをすることがあるかもしれません。しかし、子どもを産むかどうかは部下のプライバシーに関わることであり、セクハラに問われかねない発言になるのです。

部下を持つ上司であれば、マタハラやパタハラについても気になるかと思います。職場における妊娠や出産、育児休業などに関する言動によって、労働者の職場環境が害されてしまうものが、それらに当たります。

部下から産休の申請を受けて、「長く休むよりも、いっそのこと辞めたほうが周囲に迷惑をかけないよ」と上司が心ない発言をすることもあるでしょう。産休の取得は「労働基準法」で認められた労働者の権利です。男女雇用機会均等法は、産休の取得による解雇や、不当な扱いを禁止しています。それなのに、取得を認めるどころか、自主的な退職を促しているわけで、法律に抵触する発言といわざるをえないでしょう。

■遠慮のない物言いで相手を傷つけてしまう「モラハラ」

親しい間柄であるがゆえに、つい遠慮のない物言いで相手を傷つけてしまう「モラハラ」(モラルハラスメント)と呼ばれるものもあります。フランスでは法律で禁止されていますが、日本で法的な措置はありません。ただし、職場におけるパワハラの原因となる可能性があるので注意が必要です。

職場におけるシチュエーション別の「ハラスメント発言」や、グレーゾーンの「不適切発言」の事例を具体的に紹介していますので、ぜひ参考にしてみてください。

【図表】シーン2 指示する、お願いする

■部下との心理的な距離感が正確かどうかチェック

パワハラは、上司から部下に対して行われるものとは限りません。パソコンの操作を苦手とする上司が部下に教えてもらう場合、部下は上司に対してパソコンの操作について優越的な立ち位置にあります。そのことを背景に上司をなじるような言動をすると、逆方向のパワハラが成立します。

それと、部下との心理的な距離感も重要です。人間誰しも付き合っているうちに、相手に対してさまざまな思い込みを抱くようになります。上司であるのなら、普段からコミュニケーションが密に取れていて、「自分のことをよく理解してくれているはずだ」と思っている部下が、1人や2人いてもおかしくないでしょう。しかし、チーム全体の士気が落ち込んでいるようなときに、そうした部下に白羽の矢を立てて、少しきつい言葉で叱咤激励(しったげきれい)をしたところ、「それはパワハラです」と想定外の反発を受けることがあります。上司が思っているほど心理的な距離は近くなく、部下は苦痛を感じてしまったのです。そうならないためにも、自分が抱いている一人一人の部下との心理的な距離感が正確かどうか、絶えずチェックするように心がけましょう。

【図表】シーン3 ほめる

■パワハラと言われたら感情と事実を分けよう

実際に部下からパワハラを指摘されたときに最も大切なのは、「感情」と「事実」を分けることです。パワハラを受けたと考えている部下は、心の底で大きな憤りを抱いているはず。「何を言っているんだ」と上司が感情をむき出しにして反論したら、部下の憤りがヒートアップするだけです。まず上司は「あなたの言い分はわかった」と冷静に受け止め、部下の感情がそれ以上悪いほうへ向かわないようにします。

そのうえで上司は、「どうしてパワハラと思ったのか」を部下に尋ね、原因となった事実を抽出します。その事実を検証して、実際にパワハラに当たるのであれば、その非を認めて謝罪することが大切です。上司が潔い姿勢を取ることによって、その場のマイナスのムードは払拭されるでしょう。

■納得がいかない場合は理由を含めてはっきり伝える

しかし、業務を遂行するにあたって必要な指示や注意を与えたのにもかかわらず、パワハラと受け止めてしまう部下が少なからずいます。その場合、「私はパワハラとは思わない」と、上司は理由を含めてはっきり伝えます。万が一納得がいかないのなら、部下から人事部やコンプライアンス担当に相談してもらっていいことを話します。指示や注意を与えるのは上司の重要な役目であり、毅然(きぜん)とした態度で臨みます。

この際の話し方として、「あなたはパワハラと言うが」というように、「あなた」を主語にすると、部下を責めるニュアンスのメッセージになってしまい、部下が耳を塞(ふさ)いでしまう可能性が高まります。逆に「私」を主語にすることで、上司は自分の意見を明確にでき、部下も冷静に耳を傾けるようになってくれるものなのです。

【図表】シーン4 気遣う

■高いパフォーマンスにつながる「心理的安全性」

少し前で触れたように、人間にはさまざまな思い込みがあって、コミュニケーションが取れているつもりであっても、実は取れていなかったことが往々にしてあります。また、上司と部下ともに、お互い相手のことを何でも知っているわけではありません。そうした難しい環境のなかにあって、コミュニケーションが取れているかどうかの判断基準になるのが、上司と部下との間で屈託(くったく)なく意見を言い合えるかどうかだと、私は考えています。

米国のグーグルが自社内のチームの働きぶりを追跡調査したところ、効率的に成果をあげるチームに共通した要素の一つに、「心理的安全性」の確立があることがわかりました。上司と部下がお互いに信頼・尊敬し合い、率直に話ができると思える場合に存在するもの。それが心理的安全性です。チーム内に心理的安全性が存在していれば、些細なミスであっても隠蔽(いんぺい)されずにオープンになります。その結果、改善や改良の余地が生まれ、高いパフォーマンスにつながっていきます。

【図表】シーン5 相談される

また、そうした心理的安全性に支えられた上司と部下との関係であれば、無理に仕事を押しつけたり、個人的なことを詮索(せんさく)したりすることがなくなり、自ずとハラスメントとは無縁になっていきます。さらに、上司は部下のことを何でも知っておく必要がなく、部下の仕事に対する考え方や姿勢、熱意など、仕事に関するものに気を配るだけで、十分事足りるようになります。

このところ定時に帰ることが多くなった部下がいたら、「何か家庭の事情があれば、仕事の配分を考えるから遠慮なく言ってね」だとか、「今日はもう構わないから、報告は明日の朝にくれるかな」といったような、さりげない声がけを通して、部下の気持ちや様子の変化を汲(く)み取ることができます。部下は部下で、上司が気にかけてくれていることを意識でき、さらなる心理的安全性の強化につながっていきます。

■「任せる」と「放任」の違いとは

任せることと、自由放任とは違います。仕事において任せるということは、部下の仕事を見守っていくことだと思います。そのなかで、時には注意や指示が必要になることがあるでしょう。それらは正しい方向へ進むためのものであり、遠慮してはいけません。ただし、きめ細かい配慮は必要です。

仕事は任せるが、付かず離れず、常に寄り添っていく――。それがハラスメントとは無縁の信頼に裏打ちされた、上司と部下の関係構築のポイントだと考えています。

【図表】シーン6 雑談する

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年5月17日号)の一部を再編集したものです。

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山藤 祐子(ざんとう・ゆうこ)
ハラスメント対策専門家
ハラスメント研修専門講師として年間150日以上登壇、年平均の受講者は1万人以上。研修を実施した企業や自治体は400社以上にのぼり、管理職研修の累計参加者数は2万人超。

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(ハラスメント対策専門家 山藤 祐子 構成=伊藤博之 イラストレーション=髙栁浩太郎)

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